第百五十四話 ダークミスト
「実は、このあたりは領主であるレーヴェン・マウントグラム・ゼーンスフト子爵の御力添えもあり、開墾も大分進んだのですが――」
それは馬車でも話に出ていたな。元々は魔物の数が多く、遅々として開拓が進まないような土地だったが、傭兵の力を駆使し、少しずつ人の暮らせる範囲を広げていた結果、今は穀倉地帯としても有名になってると。
村長の話を聞く分には、混合農場に展開する地域も増えているようで、この村の周辺はまさにそれにあたるようなのだが――
「最近になって突如、この周辺に奇妙な霧が発生するようになってしまったのです」
「奇妙な霧?」
「はい、暗い不気味な霧でして、しかも夜になるとその中から黒い狼が現れ家畜を襲うのです。その上、夜の間にその暗い霧、我々はダークミストと呼んでますが、それが広がっていく一方で、このままでは大切な畑も霧に食われてしまいそうで気が気じゃなくて……」
なるほどね。それでタイミングよく俺達がやってきたから、その霧を何とかして欲しいって事か。
「その霧の正体は結局なんなんっすか?」
「それが判れば苦労は……正直原因も不明でして……」
「それでどうやって対処しろと言うのじゃ?」
ネメアが眉をひそめつつ言った。確かに、最悪黒い狼とやらはなんとかなるにしても、霧の対処は保証できないな。
「情報が足りなくて申し訳ありませんが、黒い狼の討伐と、霧についての調査という形で何とかお願い出来ないでしょうか? 勿論そこまで沢山の御礼はご用意出来ませんが、出来る限りの事はいたしますので……」
う~ん、こうも必死に頼まれるとな。でも――
「俺はここのパーパさんに雇われている身だから、俺の判断だけでは決められないが」
「そ、そうでしたか。それではパーパ様、何とぞ彼らの力をお借り出来るようお願い出来ませんか?」
「はぁ……勿論困っている時はお互い様といいたいですが……ところでこの件に他の傭兵への相談はされたのですか?」
「いえ、何せこういった村ですので、なかなか傭兵や腕に覚えのある方は立ち寄ることがありません。特に最近はサンダル山脈でも山賊がでたりと物騒だったので、商人も避ける傾向が強かったのです。それに伴って傭兵もみなくなったもので」
他にもタイムの町のゴブリンの件もあったしな。商人の脚が鈍るのも仕方ないか。
「それでは、領主の方へのご相談は? 話を聞いているとかなり出来る御方のようにも思えるのですが」
「は、はぁ、確かに手腕は見事なのですが、少々変わった御方で、あまり人前に姿を見せようとしないのです。屋敷もわざわざ町や村から離れたプロスペクトという丘の頂上に構えているぐらいでして、それでも少し前までは時折様子を見に来ていたのですが、最近はそれも……」
「つまり、領主との連絡がほとんど取れてないと?」
「あ、いえ、直接は確かにそうですが、あそこにはアルベルト様がいますからね。彼は優秀な執事で、ゼーンスフト卿の代わりによく顔を出してくれていたのです。ただ、そういえば最近彼の姿もみないなぁ……」
どちらにしても、現在は領主と連絡が取れない時間が続いているということか。
「それと、出来れば、こういった問題は村長の私の内で終わって欲しいという思いもありまして、お恥ずかしくもあるのですが……」
結局そこか。村長としてはこういった問題にどう対処するかも大事と思っているのかもしれない。
村長や町長の選別は基本領主が行うみたいだしな。領主の手を煩わせて村長の座を追いやられるのが嫌だってとこか。
そのダークミストの問題も、確かに厄介そうだが、現状そこまでの被害を出してないってところも大きいのだろう。
これならまだわざわざ遠く離れた領主や屋敷に知らせにいくほどでもないと、そう考えてしまっているのだろう。
大体の問題は大きくなってからではもう遅いんだけどな。
「ふむ、そうですか、しかし……」
「ねぇパーパ、助けてあげようよ。困ってるみたいだし、ね?」
「勿論さ! 今私も丁度それを言おうと思っていたんだムスメよ!」
「やった流石パーパ!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
おいおい……本当娘に弱いな。
「……ただ、とはいえ、シノビンさんは、それで宜しいですか?」
「あぁ、構わないさ、パーパさんの判断に従うと言っていたわけだしな」
「そうっすね! 困ってる人がいたらやはり助けるべきっす!」
「はぁ、相変わらずお人好しなのじゃ」
『わ、私は、ただ冷たいだけの人より、お人好しと呼ばれるぐらいの人のほうが好きですよ。それにやはり放ってはおけないですから』
「流石シェリー様なのじゃ! その慈愛に満ちた精神はきっと世界を救うのじゃ!」
全くこいつは……まぁとにかく、結局村長の依頼を請けることになったわけだが。
「ですが一つだけ、今回協力するのは今夜一晩だけです。私達もそのことだけに時間を取られるわけにはいきませんからね。ですから、もし今夜中に根本的な問題が解決できなかった場合は、しっかりと領主様に報告して下さい」
「う、わ、わかりました……その場合は確かに、仕方ないですね」
流石パーパはそのあたりはしっかりしてるな。釘をさすことを忘れない。
問題が解決出来るまでいてもらえると勘違いされても困るしな。
そんなわけで、俺達は早速そのダークミストとやらの調査に向かった。
ついでに黒い狼というのも何とかする必要がある。村長の話だと、そろそろ出没し始める頃らしいし、急いだほうがいいだろう。
なので、今回はシェリナには村で留守番をお願いした。そもそも危険な夜に姫様を連れ歩くわけにもいかないしな。
そして当然だが、シェリナが残るとなってネメアも側にいるといいだした。予想通りだけどな。
だから今回は俺とマイラとイズナというふたりと一匹での調査になる。
「アン! アン!」
イズナが嫌に張り切ってるな。あの山でも俺の教えた事を物にしようと必死だったしな。
元の飼い主があれだったとは信じられないぐらい根性のある犬である。
「シノブも明かりならあたしに任せるっす!」
マイラも気合入ってるな。アブラソメビを松明代わりにして並走してる。
まぁ、正直俺忍者だから、夜でもそんな気にならないんだけどな。夜でも視界かわらないし、気配にも敏感だし。
「あ! もしかしてアレっすかね!」
村長に教わった道のりを暫く進むと、マイラが叫んで指をで示す。
人差し指の向けられた方には、確かにどんよりとした暗い霧が発生していた。夜になった今でも濃度の違いから存在が歴然だな。
「――ウォン! ウォン!」
すると、イズナが霧に向かって吠え始めた。
俺も霧咲丸を構え、マイラにも抜くように告げる。
明らかに敵意ある気配が近づいてきているからな。
『ゴルルルルゥウゥウ――』
そして霧の中から現れたのは、五匹の黒い狼。これがあの村長の言っていた魔物か。
ステータス
名前:ブラックウルフ
レベル:27
種族:魔物
クラス:獣系
パワー:400
スピード:550
タフネス:270
テクニック:360
マジック:220
オーラ :260
固有スキル
闇隠れ
スキル
闇属性魔法、強化嗅覚、気配察知、集団行動、マーキング
称号
闇夜の狩狼
看破の術を使ってみたが、ブラックウルフという名前はまんまだな。
レベルとステータスそれなりってところだが、固有スキルと称号、そして闇魔法が使えるという点に注意が必要になる。
「マイラ、あれはブラックウルフ。闇属性の魔法を使用してくるのと、夜は気配が希薄になる。見失わないように注意しろよ」
「ブラックウルフ……初めて聞くっすが判ったっす! て、あれ? 消えたっす!」
いや、だから夜は気配が薄れるんだって。
「ワン! ワン!」
「あ! いたっす! 助かったっす!」
奴らの一匹がマイラの横にまで移動してきたが、イズナが吠えて教えてくれた。
気づきさえすれば魔物を捉えるのは難しいことではない。
そして俺の方にも二匹やってきてたが、それは最初から判っていたこと。
「ギャイン!」
噛みつきを狙ってきた相手を先ずは霧咲丸で切り裂く。急所への一撃は一発で仕留めるには十分過ぎる程だった。
仲間がやられたことで、もう一匹は警戒して距離を取ろうとする。
だがそこへイズナが接近、喉笛に噛みつき上空へ飛んだ。
そのままクルリと回転し、ブラックウルフの頭を地面に向けながらグルグルと回転しそのまま地面に叩きつけた。
イズナだけにまさにイズナ落としといったところだな。
正直イズナは物覚えがかなりいい。最初は可能ならと思ったけど、本当にこのまま忍犬に育ちそうな勢いだ。
マイラの方も一匹片付いたようだな。
さて、後は残り二匹だが――
「グァ!」
「え?」
一匹が吠えた直後だった、俺の視界が闇に染まる。つまり視界が奪われた。
参った、何も見えないぞ。これは、闇魔法の一種か――なるほど。
「シノブ、目の当たりがおかしいっす! 大丈夫っすか!」
マイラの声が聞こえた。どうやら視界を奪われている間、俺の目の周辺に靄のような物が現れるようだ。
なかなか判りやすいが、視界を奪われるのは普通に考えたら圧倒的に不利だろう。
「シノブ! 魔法が来るっす!」
「アンッ! アンッ!」
マイラとイズナの鳴き声が聞こえた。そう確かにブラックウルフの二匹がそれぞれ俺に向けて魔法を放ってきたようだが。
「大丈夫、問題ない」
俺は、スッ、スッ、と飛んできた黒い塊を上半身の動きだけで躱していく。
ブラックウルフの驚いた様子が目に浮かぶようだ。
しかし、相手が悪かったな。何せ俺は忍者だ、暗闇での戦闘は勿論、例え視界を奪われても気配でこの程度の攻撃は見切られる。
さて、それじゃあここで一つ――俺はその場で印を結んでいく。
わりと複雑な印だが、それを完成させ――
「合わせ忍遁・迅雷風烈の術!」
雷遁と風遁との組み合わせ、これにより電撃混じりの突風がブラックウルフ二匹に向けて吹き荒れる。
『ギュギイィィイイイイ!』
断末魔の叫び声を上げ、ブラックウルフは死んだ。元々黒いが、感電によって黒焦げとなり、より濃さが増した。
「やったっすね。ところで目は大丈夫っすか?」
「うん? あぁ――」
ブラックウルフを倒したことで、徐々に靄は薄まっていき間もなくして視界はもとに戻った。
魔法を使った相手が死ねば、視界が戻るタイプだったのかもしれない。
「問題ないな。後はとりあえず回収は後回しにするから、遺体ごとしまっておくとして、さっさと霧の調査をしてしまうか」
「アンッ!」
任せて! とイズナもやる気を出している。マイラも気持ちを切り替えたようだし、俺達はそのまま暗い霧の中へと足を踏み入れていった――