第百五十三話 山越え
「ひいぃいぃいい、やっぱ蜘蛛も苦手っす~」
「いや、マイラそんな事じゃしょうがないだろ? 今後の事もあるんだ。もっと慣れろ。大体、こっちの相手とその蜘蛛、どっちがいいか聞いてお前はそっちを選んだんだろうが」
群がるように襲ってくる蟲共を払い除けながら、俺はマイラに発破を掛けた。
サンダル山脈もいよいよ最終の峠を越え、山越えまで残り三分の一といったところなのだが、この辺りになって急に蟲系の魔物が増えてきた。
パーパ曰く、こういった蟲タイプはあまり高い場所には生息していないため、必然的に山の中腹あたりで餌を待ち構えている事が多いのだとか。 その上で縄張り意識もあるので、タイムの町側から入った道の途中ではあの巨大な百足タイプのグランペダが多く、山越え直前のこの辺りは巨大蜘蛛であるゴライアスヴァイトイータが牛耳っているってわけか。
勿論山脈での旅の中で他にも蟲タイプの魔物に遭遇する事もあったけどな。高所は蟲が少ないというだけで全くいないわけでもなく、ダンゴムシのような魔物や、かなり気持ち悪いがゴキタイプの魔物にも襲われた。
その度にマイラは悲鳴を上げていたから、あれはもう蟲がそもそも駄目なんだろう。
横目でちらりと見ると、やっぱ腰が引けてるしな。
「おい、判ってるだろう? 蟲の多くは炎に弱い。本来マイラにとってはここの相手は絶好の成長材料なんだよ」
「う、うぅ、判ってるっすよ」
本当に判ってるのかね? と思いつつ、俺はシェリナを守る為に戦う! と馬車の上で爪を振るうネメアや、後ろで追いつこうとしてくる魔物を倒していくイズナの様子を見た。
相手をしているのはマイラと対峙している蜘蛛と異なる、フライスコーピオスという魔物だ。
胴体が蠍で背中には羽が生えているようなそんな魔物だが、当然これもそれなりにでかい。成人男性ぐらいの大きさはあるだろう。
蠍と同じく手には鋏、尻尾には毒針が備わっている。そんなのが大量に耳障りな羽音を立てながら群がってきているんだから嫌になる。
とはいえ、こっちはかなり順調であり、そもそもネメアに関してはいつもどおり苦戦の様子は見えない。
イズナにしても元のボテンシャルが高い上に、途中で俺が色々と芸を仕込んだおかげか、戦闘力に関してはかなり上がっている。
今も爪と牙を巧みに利用し、迫る魔物共を駆除してくれている。
ネメアも爪による斬撃とばしを繰り返し、それによって蟲共は次々とバラバラに切り裂かれていく。
勿論俺の方も――
「風遁・鎌鼬の術!」
「――ギギッ!?」
シュパパパパパパパン!
奇妙な鳴き声を上げてフライスコーピオスはバラバラになった。
うん、順調順調。
「お~い、こっちはもうすぐ片付くぞ。そっちはどうだ~?」
「わ、判ってるっすよ!」
大蜘蛛が口から飛ばしてくる酸を躱しながら、マイラが叫んだ。
いよいよ覚悟を決めたのか、アブラソメビを炎に染めて、先ずはバーニングショットで相手を怯ませる。
炎に弱い蟲系の魔物は、これで一瞬怯んでくれる。そこへ一気に距離を詰め――
「【火炎十字剣】っす!」
気合一閃、蜘蛛の顔面に炎の十字架を刻んだ。たまらず巨大な蜘蛛が上体を起こす。普通の蜘蛛なら中々あり得ないが、肢体の力が上がっている魔物の蜘蛛ならではといったところか。
どちらにせよこれで胴体ががら空きになったので、そこへマイラがファイヤーボールを叩き込み、更に火炎十字剣をもう一度喰らわせたところで勝負は決まった。
ちなみに火炎十字剣というのは、ようはマイラが覚えていたスキルの二段切りを、十字形に決めたものだ。
それにアブラソメビに纏わせた炎と合わせて火炎十字剣というわけだ。
それは結局のところ炎を使った二段切りじゃないかって気もしないでもないが、マイラ曰く、こっちの方が強そうっす! とのことで実際オーラの乗りも火炎十字剣の方が良さそうで、威力も上がっている。
気の持ちようというのもこの世界では重要なのかもしれない。
ただ、アブラソメビありきのこの技はステータス上では表示されてないが。
ふぅ、とはいえこれで襲ってきた魔物は全て片付いたな。マイラが相手していたゴライアスヴァイトイータに関してはLV32だし、現在LV24のマイラに比べると確実に格上なのだが相性が良かったな。
勿論、俺達が手助けしてあげればもっと早く片がついただろうけど、こういった相手を一人で倒すことも大事だ。
この世界のレベルという制度はそれなりにわかり易い。強い相手と戦う事で、レベルは上がりやすくなる。
その上で格上の相手に勝利することでよりレベルの向上が見込める。
当然相手が明らかな格下の場合は逆に上がりにくいしな。
だから、ちょうどいい相手というのは貴重だ。特に魔物系は人間相手より彼我の実力差がわかり易い。
初見ならともかく、一度相手すれば大体のパターンは読めたりもするしな。まぁ中にはゴブリンみたいに小狡いタイプもいたりするけど。
「やったっす! レベルが25になったっす!」
おっと、どうやら丁度マイラのレベルが上ったようだな。
大蜘蛛を倒させて正解だったな。
「お姉ちゃん、おめでとうです!」
「ありがとうっすムスメちゃん!」
『マーラさん頑張りました! 凄いです!』
「え? そ、そうかな? エヘヘ」
「し、シェリー様! ネメアは、ネメアはどうでしたか?」
『勿論、ネメアちゃんも守ってくれてありがとう』
「やったのじゃ~褒められたのじゃ~」
マイラはムスメやシェリナに賞賛の言葉を受けて嬉しそうだな。ネメアは相変わらず単純だけど。
「ク~ン……」
「うん? あぁ、イズナもよくやった。助かったよ」
「!? アン! アン!」
ねぎらいの言葉をかけて頭を撫でてやると、嬉しそうに俺の周りを駆け始めた。
う~んこの無邪気さ、癒される。
さて、最初は山賊に遭遇したりなんてこともあったけど、それ以降はこういった魔物との遭遇戦を除けば、特に問題もなく道程は進んでいっている。
山賊を退治してから三日ほど掛かってしまったかな。そしてここでの戦いの後は半日ほどで山をおりることが出来た。
麓には小さいながらも村があったので、そこで一泊し再び旅を再開させる。
それから暫くは、見晴らしの良い草原の道をのんびりと進み続けることとなる。
どうやらタイムの町から港町ハーフェンのあるシーノスサイド領に至るまでの中間にあたる、この周辺は子爵の治めるマウントグラム領となるようだ。
この領地は子爵領としてはかなり面積も広い方なようだが、途中にあったサンダル山脈といい、人が暮らすのに向いてない難所も多く、また草原一つとっても魔物の縄張りと化している場所も散開しているため開拓できる範囲はどうしても狭まってしまっていたそうだ。
それでも傭兵を駆使したりして最近ようやく少しずつ村の数なども増えてきたところらしい。
実際走っている途中でも畑が多く見られ、パーパの話では良質な穀倉地帯としても名がしれてきたらしい。
放牧地などもあり、畜産や酪農も盛んだ。このあたりは魔物の数も少ないようだな。
そして今日はその途中にある村で一晩宿を取ることになるわけだが。
「あの、もしかして皆様は傭兵だったりしますか?」
食堂で夕食を摂っているとそんな事を聞かれた。聞いてきたのは六十歳程度の老齢の男性だった。
「一応、このパーパさんやムスメさんの護衛を引き受けてはいますが、貴方は?」
「おっと、これは失礼いたしました。申し遅れましたが私、この村の村長を任されている者でして」
「なんと村長様でしたか。これはこれはわざわざありがとうございます」
正体を明かされ、パーパが彼に向けて頭を下げた。ムスメもそれに倣ったので俺達もそれに合わせる。
「いえいえ、そんな大層な物ではございませんので。それにここに私が来たのも、腕っ節の強そうな人たちがいると聞いたからでありまして」
腕っ節か。そういえばこの村で素材を引き取ることは可能か聞いたんだっけ。
麓の村はかなり小さかったけど、ここはそれなりに規模が大きかったしな。
それである程度は買ってもらったんだった。流石に全部は無理だったけどな。
それに鍛冶屋もあったからマイラも剣を修復して貰ったし、それでそんな話になったのかもしれない。
「確かに、彼らのおかげで私達も大変助かってますからな。サンダル山脈に現れた蟲の魔物も退治してくれましたし」
「なんと、あの山の蟲は凶悪なものも多く、蟲避香で凌ぐものも多いとききますが倒したのですか?」
村長はかなり驚いていたな。その蟲避香についてもパーパから聞いてはいたけど、今はその材料が不足しているとかで数が手に入らないそうだ。
ゴブリンの件が大きかったようだな。丁度ゴブリンが繁殖していた森に素材があったらしいし。
「それであればなおさらです。申し訳ありませんが、今夜だけでもその者達の力をお貸し頂けないでしょうか?」
うん一晩? この様子だと、どうやら何か厄介事を抱え込んでいるようだが――
年内の更新は今日が最後となります。
来年は書き溜めをある程度してから1月の10日までぐらいには再開させたいなと考えております。
それでは皆様今年もお世話になりました!よいお年を!




