第百五十話 吸血鬼との戦い
「さぁ! さぁ! さぁ! どうしたの~? ほらほら、少しは抵抗してくれないと面白くないじゃない~」
空中を踊るように舞う吸血鬼(恐らくだが)が、翼を広げながら、挑発の言葉を投げかけてくる。
そのスピードは速く、ケントとバーバラ以外は目で追うのもやっとといったところである。
一方でボクシングで動体視力を鍛えてきたケントは、その動きはしっかりと捉えることが出来ているが、しかし空中にいるという点が厄介となる。
ボクシングの技術は当然といえば当然だが、あくまで地上戦を想定したものであり、空中にいる相手ではそれほど効果的ではない。
近づいてきてさえくれれば当てることも可能であろうが、空中にいる相手に中途半端にパンチを当てたところで効果は薄い。
地に足がついている相手であれば、パンチの衝撃をダイレクトに伝えることも可能だが、空中ではパンチの威力が分散されるからだ。
とは言え、ケントはテクニカルな一面も併せ持つボクサーだ。今の欠点も相手が向かってきたところにカウンターを当てることが出来れば欠点もおぎなえる。
勿論――まともに当てることが出来ればだが……。
「私のダークアロー、まだまだ喰らってみる~?」
吸血鬼の女は一定の高度を保ったまま、飛び回り、漆黒の矢で攻撃を繰り返してきた。
カコの付与魔法によってそれぞれ魔法への耐性は強化されているが、連続的に発射されるダークアローは地味にダメージを蓄積していってしまう。
その多くはバーバラやケントが壁となり、他の三人にダメージがいかないようにしてくれてはいるが、何の対応策も講じなければジリ貧なだけだ。
「アハハハハッ! さぁ? どうしたの? さっきから反撃もなしじゃ、こっちもつまらないのよ~」
「ぼ、僕達を舐めないでください!」
すると、遂にここでリョウが動いた。杖で術式を地面に描き。
「【トゥイグウィップ】!」
リョウが魔法を発動。すると周囲の樹木、その枝の一本が鞭のようにしなり、飛び回る吸血鬼に向けて高速で振るわれた。
「甘いわね」
だが、枝の鞭はあっさりと相手に避けられてしまう。
「甘いのはそっちだ、【バインドアイヴィー】!」
だが、どうやら最初の一撃はあくまでこちらの魔法を当てるための布石だったようであり、今度は地面から伸びた一本の蔦が吸血鬼の身体に巻き付き、そのまま地面に引きずり落としてしまう。
「な! こっちが本命なの!?」
「やった! さすが自然祭司!」
「地上に落としてしまえばこっちのもんだよ――」
思わず声に力のこもるチユ。そしてバーバラが前に出て斧を構えた。
「ま、不味い! このままじゃ! な~んちゃって」
焦る吸血鬼の女、かと思えば、突如余裕の笑みを浮かべ身体を縛り上げていた蔦を伸ばした爪で切り裂いた。
「私の爪は鋼鉄だって切り裂くのよ。この程度の蔦ぐらいどうという事はないわ。そして――」
背中の翼を左右に広げ、殺意の篭った視線で向かってくるバーバラを射抜き。
「そんなの関係あるもんか、だったら飛び立つ前に……」
「残念ね! 逆に私がこの翼で切り裂くのよ! 【飛翼疾風刃】!」
バーバラの声に覆いかぶせるように発し、そして一気に加速した吸血鬼が、その翼でバーバラを切り裂こうと迫る。
彼女の爪は鋼鉄も軽く切り裂くが、それは爪に限った事ではないようであり、スピードの乗った翼は爪より恐ろしい凶器と化す。
「アハハハハハッ! 切り株が一つ、出来上がりよ、な!?」
今まさにその翼がバーバラの胴体を捉えようとしたその時、突如翼を広げた女が後方へふっ飛ばされた。
クッ! とうめき声を上げ、そのまま縦回転し何とか体勢を立て直した女だったが、そこへ更に彼女を押し戻す一撃、二撃、そして三撃――遂に藪の中にまで消えていってしまったわけだが。
「か、カンザキ君、す、すごいです」
脇を固め、オーソドックススタイルの構えを見せるケントを見ながら、カコは思わず嘆声を上げた。
一人分の間を挟んで隣に立っていたチユも目を丸くさせている。
ケントが行ったのはその場から拳圧だけで相手を飛ばすといった芸当だ。
勿論こんな真似、常人では出来るわけもなく世界を取るために日々努力し続けてきたケントだからこそとも言えるだろう。
そんなものを見せられたらケントの戦いぶりを初めて目にしたであろうカコは当然驚く。
チユに関しては以前のダンジョン攻略途中にも、通路の壁を破壊するというケントの離れ業を目の当たりにしているが、それでもやはり改めて見れば、二度驚いてしまう凄さを感じたのだろう。
勿論リョウにしても目を白黒させて言葉を失ってる程だ。
ただ、バーバラに関しては片眉を上げ、何かがピンっと来ない様子。
「――ありがとう、助かったよ」
とは言え、今のはケントのおかげで大事を免れた。それは事実だ。
未だ戦闘中の為、そこまで気の利いたことも言えず、敵の飛んでいった方から目も離していないが、お礼はしっかり述べている。
「でも、今の威力じゃ倒せはしないだろうね」
「…………」
しかし、同時にどこかしこりが残ってるような物言いも残すバーバラであり。
「ダークジャベリン――」
「チッ、やっぱりかい!」
あの女の飛んでいった方角から、毒々しい色彩をした槍が飛んでくる。
舌打ちし、斧を構えるバーバラだが。
「グリンバリケード――」
バーバラの正面に植物で出来た牆壁が生まれ、放たれた槍を受け止めてみせた。
ただ、一撃貰っただけでバラバラになってしまったので、壁としての耐久度は低いのだろう。
「アハハハハッ、さっきのは少しだけ驚いたけどね」
サンキューとリョウに言葉をかけるバーバラ。
それとほぼ同時に上空に飛び立つ件の吸血鬼。その顔はまだまだ自信に満ち溢れている。
「確かに大したものだけどねぇ、あんな攻撃じゃ私は倒せないよ。でも、ちょっとイラッと来たから少しだけほん――なっ!?」
だが、一行を俯瞰しながら嘲笑う吸血鬼に、再びケントの拳による圧が降りかかる。
「あ、あんたいい加減に、な、ちょ、キャッ!」
しかもケントはまるでシャドウでも行うようにその場で拳を振るい、連続で拳圧の嵐を相手に浴びせていった。
その行為に、思わず可愛らしい声まで上げてしまう吸血鬼であり。
「す、凄いよケントくん! 余裕だね、余裕の対応だね!」
それを見ていたリョウが喜色を浮かべて声を上げた。
確かに、ケントの所為を見ていると、余裕ゆえの行動にも思えるが。
ただ、それを見ているバーバラの表情は心なしか曇っていた――




