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現代で忍者やってた俺が、召喚された異世界では最低クラスの無職だった  作者: 空地 大乃
第二章 それぞれの旅路編

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第百四十九話 パーフェクトコック

「花の精霊フローラよ――」


 巨大な肉切り包丁を構え、口角を吊り上げる謎のコック。

 その時、ディードが動き、花の精霊に命じた。


『ディードの花の精霊ね! あの変態に今向かったわよ』

「え?」


 肩の上に乗っていた、羽の生えた可愛らしい存在。風の精霊シルフだ。彼女はユウトが気に入ったのかディードと合流後も彼の側から離れようとしなかった。


 ユウトも精霊に好かれる事に悪い気はしないためそのまま肩に乗せているわけだが、ディードの恩恵で視えるようになったのは彼女によって紐づけされたこの一匹のシルフだけであり、その為、他の精霊に関してはユウトでもやはり視る事は叶わない。


 だが、シルフの話ではディードの持っている小瓶の中身、つまり花粉から顕現した花の精霊が今まさに、コック姿のあの男にまとわりついている状況らしい。


「――勇者様、今は戦うことよりも逃げることを優先致しましょう。精霊で時間稼ぎが出来る筈です」


 ディードの言葉にユウトがハッとした表情を見せる。

 確かに今は、下手に戦って余計な被害を負っている場合ではない。

 

 逃げ出す機会があるなら、とにかくそうすべきだ。


「彼女の言うとおりだ! とにかくこの場を離れることを優先――」

「それは無駄なのよねぇ~」


 敵襲から逃れる事を選択したユウト。だが、耳に響くはあのコックのまとわり付くような口調。

 

 かと思えば、空間を切り裂く斬撃音。

 ユウトから見れば、ただコック姿のその男が、何もない場所を肉切り包丁で切りつけたというだけであり――


 しかし、それをジッと見つめていたディードは、まさか!? といった驚きの表情を、その端正な顔に貼り付けていた。


「――精霊を、切った?」

「え?」


 震える声でディードが呟く。それを耳にして、短い言葉でユウトが反応するが。


『嘘でしょう、本当にあいつ、花の精霊を、切っちゃった……』

「少し違うわねぇ」


 ユウトの肩の上に乗ったシルフも、フルフルと震えて、顔を青ざめさせた。

 だが、コックはそれを否定するように返し。


「私は、ただ切ったんじゃないのよ。調理の為に、食材として加工したの。どんなものでも、下処理は大事だもの――」


 異様なオーラを周囲に発しながら、そのコックは言った。


「つまり、貴様には私の使役した精霊も視えているという事か?」

「えぇ、バッチリね。パーフェクト(完璧な)クッキング(調理)を持っている私には視えない食材も調理できない食材も存在しないのよ」

 

 くっ、と短く唸るディード。彼女にとって精霊こそが強みだ。だが、それが食材として切られてしまうとなると本来の力は発揮できない。


「それにしても、これだけの精霊を操れるところをみると、さては貴方エルフね? ふふっ、だとしたら楽しみ、エルフの肉を料理できる機会なんてそうはないもの」

「なんてことを――」

「こんな醜悪な存在が、この世にいるなど許されるのか……」

 

 ユウトが奥歯を噛み締め、マイが悍ましい何かを目の当たりにしたような表情を見せる。


「安心してください。僕がいる限り、貴方には指一本触れさせません――」


 ユウトはディードを気遣い声をかける。コックの興味が、エルフの彼女に向けられたからであろうが。


「待てユウト、ここはやはり逃げだ。精霊が効かなかったといえ、距離は離れている。相手はあの巨漢だ、本気で逃げれば――」

「それは些か心外ね――」


 シュウジが目を剥いた。何故ならいつの間にか彼の背後にコック姿の男が回り込んでいたからだ。

 そして今まで立っていた場所には当然その姿はない。


「見た目の印象で決めつけないことね。それに、料理人にとって大事なのはパワーは勿論だけど、スピードもなの。ノロノロやっていたら折角の料理も台無しなのよ。つまり――」


 そこまで語った後、肉切り包丁を振り上げ。


「スピードもパワーも兼ね添えた料理人は、戦闘においても最強ってことなのよ!」


 振り下ろされる包丁。しかし、シュウジは完全に身が竦んでしまい、逃れようにも逃れられず――


「シュウジ! 伏せなさい!」


 だが、その時降り注ぐ少女の声。我に返り、シュウジは言われたとおりその場に伏せた。


 その瞬間、赤い塊がシュウジの真上を通り過ぎ、攻撃途中のコックに命中、爆発した。


「あんたこそ舐めすぎよ! こっちにはまだ私達がいる!」


 杖を構えて叫んだのはマオだ。放たれた魔法はファイヤーボール。


「た、助かった。悪いなマオ」

「全く、ぼーっとしてるんじゃないわよ」


 その場から一旦離れたシュウジがマオにお礼を述べる。そんな彼を叱咤するマオだが。


「うふふ、今のはちょっとだけびっくりしたわ。ちょっとだけね」


 だが、男の周りに発生していた煙が晴れた時、そのコックは楽しそうに笑っていた。 

 あれだけの爆発を受けても、まるで効いていない。


「でも、甘いわね。この程度じゃ」

「そんな事、想定内に決まってるじゃん!」


 話している途中、コックの真横から、何本ものナイフが迫る。持ち前の素早さと、気配を消す力を活かし、相手の虚をつける位置取りをしてからの、多段ナイフ投げ。


 クラス哨戒士のレナらしい戦法だ。


「甘いわよ」


 だが、それもこの男には通じず、全てのナイフが包丁で弾かれてしまう。 

 

「甘いのはどっちよ!」


 しかし、レナの攻撃はそれで終わりではなかった。むしろナイフはただの誘いであり、その対処に意識がいっている間にレナはコックに近づき、そして忍ばせておいたワイヤーで全身を縛り上げた。


「むぐぅう!」

「無駄だよ! そう簡単にそのワイヤーは千切れないんだからね。さぁ、みんな!」


 レナが声を掛けた時には、既にユウトとディード、マイが飛び出していた。


「はぁああぁあああぁあ! 聖十字斬(ホーリークロス)!」

「これで決める――燕返し!」

「精霊の恨みは精霊で返す、シルフィードピアッシング!」

 

 ユウトの放った攻撃は、コックの身体に大きな聖十字を刻み、マイの太刀がその胸を切り刻み、そして風の精霊の力を借りたディードの無数の突きがコックの全身を貫いていく。


「やったか!」


 それを目にし、思わずシュウジが叫んだ。

 その瞬間、吹き荒れる暴風。発生源は、コック、その振るった包丁で生み出された余波が、攻撃を仕掛けた三人を吹き飛ばした。


「な!? まだあんな攻撃を!」

「そんな――あのワイヤーが引きちぎられるなんて……」

「この馬鹿シュウジ! なんでやったかなんて言うのよ!」

「え? 私の、せいなのか?」


 マオに怒鳴られるも、シュウジには意味が判っていない。

 だが、それは万国共通のフラグであった。


 そしてレナはレナで、折角動きを封じたワイヤーがあっさり無効化されたことに少なからずショックを受けているようだ。


「ふぅうううぅう、本当に、活きが良くて、素敵な食材だわ。でも、少し元気がありすぎね。そろそろ締めて、大人しくさせないと――」


 張り付いたような笑顔で、そう述べる。

 全身から発せられる異様な空気に、その場の全員が呑まれそうになる。


『怖いよユウト、怖い怖い、あの包丁、怖いよ~』

「……うん、怖い、そうだよね。でも、僕たちはこんなところで、負けるわけにはいかない!」

 

 しかし、勇気を振り絞って、ユウトが前に出た。右手を前に突き出す、シャインボルト! と聖なる光の弾を発射した。


 ユウトの使用できる聖魔法の一つ。だが、これはあくまで牽制。

 そこから加速し、距離を詰めた後、相手の脇腹に向けて渾身の一撃を叩き込む。


聖光真突(セイクリッドブレイク)!」


 全体重を乗せた突きがコックの腹部に命中、弾けたように光が溢れ、そしてその巨体が引きずられたような跡を地面に残し、後方へと流れていく。


 現在のユウトの最大威力のスキル。その破壊力は折り紙付き、だが――


「ふぅぅうううう、残念だったわね。それでもまだ、足りないわ。私のこの肉体を貫きたいなら、最低でもあと三倍は威力を上げないとね」

「そ、そんな――」


 フンッ! と流れる身体を止め、踏ん張りを利かせたコックが、ユウトに向けてそう言い放った。


 既にユウトはかなりの体力を消耗している。その上で今使える最大の技も効かないとあっては――


「あら?」


 無数の矢弾が迫り、その巨体に被弾していった。更に岩の槍も大量に飛来する。


「諦めるな! その子の村を救うんだろ!」

「そうですユウト様! それに、ユウト様は一人ではないのですから!」

「みんな……」


 ふと周りを見ると、レナもマイもディードも、構えを取り、まだ抵抗する意志を見せていた。

 

 それなのに、勇者の称号を持つ自分が、真っ先に諦めてどうするのかと、剣を構え直す。


「だから、無駄だと言っているのよ! 食材は大人しく――」

「あんた達は逃げな!」


 その時だった――何者かの声がその場に響き渡り、かと思えば、空中から数体分の影。

 それが着地し、コック姿の男を取り囲んだ。


「え? これは……」

「あらあら、何かしらこれは? 竜牙兵? どうしてそんなものがここに~?」

 

 コックが目を眇める。彼を囲んでいるのは、骨の戦士だった。

 しかし、ただの骨の戦士と若干異なるのは、頭蓋から角のような突起が飛び出ている事。


「さぁ、何をぼ~っとしてるんだい! このあたしがわざわざ足止めを買ってやると言っているんだ。あんたらはさっさと逃げな!」

「え? でも貴方は?」


 ユウトが戸惑いの表情で問いかける。姿を見せたのはフードと外套で姿を隠した何者かであった。手には木製の杖を持ったその人物は、随分としわがれた女の声をしていた。


 中の人はそれなりに年を召してると考えるべきかもしれず、そんな相手にこの場を任せていいものかと戸惑っているようだが。


「ちょっと貴方、舐めすぎねぇ。この程度の竜牙兵で、私をどうにか出来ると本気で思っているのかしら?」


 シェフが肉切り包丁で一閃、その一振りで囲んでいた竜牙兵がバラバラに粉砕される。


「骨はしっかり砕いて! いいフォンの材料にしてあげないとね!」


 バラバラになった竜牙兵を眺め、嘲るように述べるコック。

 だが、その直後、細かった瞳が見開かれた。何故なら砕かれた骨の中から、別の兵士が生まれたから――しかも直前に見た竜牙兵よりも、遥かに太く、巨大な骨の兵。


「これは、竜鱗兵――」

 

 それに気がついた時には、既に竜鱗兵が組み付き、シェフを押さえ込みにかかる。まるで重装歩兵を思わせる堅牢な存在に、コックにも焦りが生まれた。


「なぜ、竜牙兵の中からこんなものぉ、ハッ! そうか、貴方! 最初から竜牙兵の中に!」

「ふん、少しは頭が回るようじゃないか」


 フードの中からしわがれた声が聞こえてくる。

 竜の鱗から生まれる兵は、竜牙兵に比べると頑強であり膂力も防御力も桁違いだが、その分動きが鈍重という欠点がある。


 それを補うため、この人物は竜牙兵に鱗を忍ばせ、運ばせていた。


「さぁ! これで判っただろ。足止めならこのあたしにだって出来る! さっさと逃げな!」

「で、でも――」

「でももカカシもないんだよ! この場に残って無謀な戦いを続ける事が美徳かい? 違うだろ。自覚しな、今のあんたらじゃ逆立ちしたってこいつには勝てない! 足止めだって出来ない。それぐらいあんたらは未熟なんだ!」


 う、と声にならない声を上げ、ユウトは拳を握りしめる。


「ふん、一丁前に悔しがる気持ちがあるなら、もっと強くなりな。力なき正義ほど、無意味なものはないからね」


 フードの人物が言う。そしてとっとと行きなと促す。


「ユウト! その人の言うとおりだ! 最初にも言っていただろう。今するべきことをする! その為に大事なのは、ここで無謀な戦いを挑むことじゃない!」

「――そうだユウト、私だって悔しいが、私たちはまだまだ、弱いんだ!」

「……そうだね、情けないけど、よくわかったよ。でも! どこの誰かは知らないけれど、感謝します! 僕たちはもっと、強くなってみせる!」


 そして、ユウト達は彼女の言うとおり、足止めをしてもらっている間に、その場から逃走した。


「――全く、召喚されてきた連中ってのは、こんな疲れるのばかりなのかね……」


 すると、フードの人物は何かを思い出すようにしながら、一人呟く。


「フンヌォオオォオオ!」


 ユウト一行が無事その場から離れたのを認めた後、コックを取り押さえていた竜鱗兵がバラバラに砕け散った。


「おやおや、やはりそこまで長くは持たなかったかい」

「はぁ、はぁ、あんた、やってくれるわねぇ。この私を取り押さえて、包丁を振れないようにするなんて――でも、私の素のパワーを舐めてもらっては困るわねぇ」

「別に舐めちゃいないわよ、あたしは。あの子達を逃がせればそれで良かっただけ」

「……なるほどね。ならいいこと教えてあげるわ。私達だって基本的には連れ帰ることが目的だったけれど、絶対じゃなかったのよ。だから、私のターゲットは完全に貴方に変わったわ。その声だと、あまり良い質の肉は期待できないけど、だからこそ私の腕の見せ――」

「べらべら煩いんだよあんたは」


 その瞬間だった、砕けて散らばっていた骨が、槍に変化してコックの全身を貫いた。


「ガハッ! な、なにこれ?」

「見ての通り骨の槍だよ。その骨の使いみちは兵隊を作るぐらいだと思ってたのかい?」

「グッ、あんた、絶対に、絶対に許さないんだから!」

「そうかい? 本当に、タフさだけは中々さね。だけどね、最初から言っておいただろう? あたしの目的は最初から足止め。だから、これ以上あんたをどうこうする気はないさ。正直しんどいしねぇ。ま、そのまま暫く呻いていな」


 そしてくるりと踵を返し、やれやれと肩を叩きながらローブの人物は森の中へと消えていった。


 怒りに満ちたコックの叫びを背中に受けながら――

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