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第百四十八話 待ち受けていたのは――

 あの後、結局カコの決意は固く、更に人数的にもそのほうが丁度いいというシュウジの意見もあって、彼女はケント達と一緒にくることとなった。


 勿論、あの親衛隊の二人は納得しておらず、暫くすったもんだはあったのだが、ユウトの、カコさんの気持ちを尊重しよう、という発言もあり、結局ふたりも渋々ながらそれを認めた形だ。


 尤も、ケントは二人から、もしカコを泣かせたり、傷つけたり、裏切ったり、危険な真似をさせたりした時にはただじゃ置かない! と忠告を受けたりもしたが、勿論ケントとて一緒に行く以上、そのあたりは考慮していくつもりだ。


「……キザキは本当にそれで良かったのか?」


 とは言え、ユウト達と別れた後の道すがら、念のため確認を取るケントでもあったわけだが。


「う、うん。それに、な、何となくなんだけど、カンザキ君と一緒の方が、私を助けてくれた仮面の人に会える気がするから……」

「そういえばカコちゃん、迷宮でその仮面の人に助けて貰ったんだもんね」

「う、うん、でも、しっかりお礼言えてなくて……」

「ふ~ん、あ! で・も、もしかしてカコちゃんその人の事、気になってたりするのかな~?」

「え? そ、そういうのじゃないよ~」

「え~? 本当に?」


 突如チユとのガールズトークに発展してしまう。しかしカコの言うところの仮面の男、つまり仮面シノビーとシノブが同一人物である事を知っているケントとしては、なんとも複雑な気持ちになったものである。


 そもそも、何故あれがわからないのか? という気持ちも強いが、その説明をそういえばしていなかったなと今になって思い出し若干後悔の念にかられるケントである。

 

 何せこの状況、よくよく考えてみると非常にややこしい。


「でも、仮面の男ってあのシノビーとかいうヒーローだよね? そのヒーローもシノブ君と同じ場所にいるとしたら凄い偶然だね」

「……リョウ、お前もか」

「え? 何が?」

「……なんでもねぇ」


 本当に誰も気づかないんだな、と嘆息しつつ、ケント達は北を目指す。

 出たのは南門だが、そこから帝国側に見つからないように上手く北に進む必要があった。

 方角的には北東方面なので、離れていく帝都を認めつつ、先ずは東の丘陵地帯に出て、そこから北へと歩みを進めていくが――


「よっ! やっと来たな」

「……バーバラか」

「え? この方はどちら様で?」

 

 丘陵地に出て、北へと動き出した一行の前に姿を見せたのは、元傭兵ギルドのマスター、バーバラだ。

 元というのは帝都に帝国公認の新しいギルドが出来てしまい、スラムに存在したバーバラの傭兵ギルドは廃業を余儀なくされたからである。


 だが、バーバラを実際見たことがあるのはこの中ではケントだけだ。

 なので、簡単にではあるが他の三人にバーバラの事を紹介する。


「よ、傭兵ギルドの、ま、マスターさんなんですね」

「元な、元。今は廃業してあたいはただの職なしさ」

「……で? その職無しの元マスターが何でここにいるんだ?」


 ケントが問う。確かに帝都を出る予定日は伝えていたが、わざわざそれを見送るためだけに来るような性分には思えない。


「そんなの決まってるだろ? あたいもこの旅に同行するためさ」

「……本気か? 大体、廃業したとはいえ、結局帝国公認のギルドには登録できなかったという傭兵は大丈夫なのか?」

「それは問題ないよ。立つ鳥跡を濁さずってね。全員ちゃんと新しい仕事先みつけといたから」


 確かにそのような話はしていたが、まさかこの短期間で本当に済ませてしまうとは、この行動力には感心させられるケントである。


「だからね、ギルドも潰れたし、全員の仕事も見つけたしで肝心のあたいが手持ち無沙汰になってしまったのさ。そこでだ、あたいも護衛としてあんた達の旅に同行してやろうと、そう思ったわけさ」


 力こぶを見せつけるように腕を折り曲げ、頼りになることをアピールするバーバラ。折角顔は悪くないというのに所作の一つ一つが実に男らしくそれがなんとも残念でもある。


「何かバーバラさんって凄い……」

「た、逞しいのです」

「あはは、圧倒されてしまうよ~」


 チユ、カコ、そしてリョウがそれぞれ初対面へのバーバラの感想を述べた。

 正直どれも女性につく印象からは程遠い気もするが――


「……言っておくが、護衛としてついてきても護衛の代金は出せないぞ?」


 ケントが念を押すように述べる。彼らも一応は帝国側から預かっていた準備金がある為、全くの無一文というわけでもないが、それでも護衛を雇えるほどの余裕があるわけでもない。


「そんな事は判ってるって。どうせあんたらと旅してれば途中何かしらトラブルに巻き込まれるだろう? そうでなくても旅してれば魔物と遭遇ぐらいする。その素材でも売り払って金にすれば問題ないさ」


 ヤレヤレと息を吐きだしつつ、本当に逞しい女だなと実感するケントである。

 まさかトラブル前提とは思わなかったが、否定しきれないのが悲しいところだ。

 とは言え、ここまで来たら今更何を言ったところで引き返すことはないだろう。


 それに、正直言えばバーバラも同行してくれるのはありがたい部分もある。何せケント達はもともとこの世界の人間ではないため土地勘がない。


 それに、現状このパーティーはケントを除くと魔法職ばかりだ。その為いざ戦いとなった時に壁役をこなせるのはケントしかいなかった。


 しかしバーバラが加わってくれるなら壁役をどちらかが務めて、もう一人が前に出るといった戦い方も出来るようになる。


 つまり戦略も広がる。この差は地味に大きいだろう。


「……判った、そこまで言うならよろしく頼む」

「おう! 任せておきな!」

「あの、私チユです、私もよろしくお願い致します」

「か、カコです――」

「リョウです――」


 そして改めて初対面だったチユ、カコ、リョウの三人との挨拶も済まし、移動を再開させる。


 中々緑の多い丘陵地帯だ。周囲にも背の高い喬木が立ち並んでいる。


「ところで、カンザキ君、そのハーフェンまではどうやっていくつもりなの?」

「う~ん、僕もちょっと気になっていたかも。だって、話を聞く分には、僕達より前にシノブくんは出てしまってるんだよね?」

「……あぁ、それは――待て」

「うん? 待つ?」

「全く! 早速かい!」

「え? え?」


 それは、この中でケントとバーバラのみ気がついた気配。

 頭を上げ、見上げた喬木の先から、何かが落下してくるのを感じ取る。


「ウフフフフッ――」


 大の字となり落ちてくるのはメイド姿の女。炎のような紅い髪、つり上がった灼眼、そして、口端から覗かせている牙。


 一見エロティックな美女だが、体中から発せられる捕食者の匂いが、ただの人間ではないことを明確に証明していた。


 スラリと伸びた手足、その両腕の指先から、今、爪が伸びた。


 それはまるで鋭い刃のようでもあり、いや実際にそれは刃なのだろう。


 前に出て、真っ先に身構えたケントとバーバラに向けて両腕が振るわれた。

 素早く、切れのある一撃。スパパパァン! という快音と、地面に刻まれた長大な爪痕がその威力を物語っていた。


「か、カンザキ君! バーバラさん!」

「……大丈夫だ!」


 チユが叫ぶ。ケントの胸から血飛沫が上がったからだろう。

 五本分の爪痕がキッチリと残っている。


「あたしも、大したことないさ!」


 一方バーバラの頬にも傷。だが、ケントほど深くはない。敵襲に一番近かったのがケントだった為、そこに差が出たのだろう。


 バーバラは既に斧を振り上げていた。二人に傷をつけて着地した、メイド姿の何者かに報復の一撃を叩き込むためだ。


 落下の影響で、女は腰を沈めた状態に陥っている。先手は取られたが、ここで仕留められなかったのは大きい筈。


 女性とは思えない程の轟音を響かせ、女のいた場所に豪快な斜線が刻まれた。


 だが、バーバラの目は驚愕に見開かれている。何故なら、女は屈みこんだ状態からまるで力を溜めたバネのように加速し、上空へと飛び立ったからである。


 結果、バーバラの斧刃は空を切るに終わった。


「ア~ッハッハッハ! 残念だったわねぇ。もしかしてチャンスだと思ったのぉ? 残念ねぇ、悪いけど私、そう簡単じゃないの~」

 

 不敵な笑みを浮かべた女は――空中に留まっていた。

 その様相に、チユやカコ、リョウが唖然とし、ケントもチッと舌打ちする。


「――あんた、もしかして吸血鬼(ヴァンパイア)かい?」


 バーバラが眉間に皺を寄せ彼女に尋ねた。何故なら、その背中から生えてきた蝙蝠のような翼は、この世界でも地球でも共通の吸血鬼の特徴だからだ。


「ふふっ、半分正解」

「半分?」

 

 怪訝そうに顔を曇らせるバーバラ。その後からケントが問いを続ける。


「……それで、あんたはどうして俺たちを狙う?」

「そんなの、貴方達が一番良くわかってるんじゃないのかい?」

「……やっぱりか、こんなに早いなんてな――」


 そこからこの吸血鬼のような女が追手であることを察した。

 だが、帝国はこんな人ならざる者すら抱きかかえているのか? と考えを巡らすケントであり。


 例えそうだとしても、これが公式で動けるようなものではないだろうことを推測した。

 だが、同時にこのような人外を抱えているのであれば、それ相応の地位の人間だろうとも考える。


 どちらにしろ、今はこれを動かした何者かについてより、目の前にいる脅威をどうにかする事に考えを巡らすべきだろうが。


 ただ、そうなると考えてしまうのは、こうして自分たちに追手が仕向けられた以上、当然向こうにも何かしら手が回っていると考えるべきであり――






◇◆◇


 一方その頃、ケントが心配したとおり、南側へ向かうユウト達にも一人の追手が迫っていた。


 それはユウト達にとっても突然の来訪者。しかもかなり風変わりな。


 男はとても体格の良い男であった。筋骨隆々といった言葉がピタリと嵌まる。そんな男であった。


 目が細く、見ようによって人の良さそうな雰囲気も感じさせる彼。だが、森で出会うにはあまりに奇妙。

 

 何故ならその男は、真っ白なクックコートに身を包まれ、前掛けをし、帽子も料理人が被るようなソレ。そして、手には巨大な肉切り包丁。


 この場所で、十人がみれば十人が異様と思える風貌。だが、人はあまりに奇妙な物を目にすると、逆に足を止める。


「――あのね、実は私、ある食材を探していたの」

「食材です、か?」


 こんなやりとりを普通にしてしまうユウト。この尋常でない状況で、妙に頭は冷静に動いていたが。


「それで、それは見つかったのですか?」


 こんな馬鹿馬鹿しくなるような問いかけを、何故かユウトは行ってしまう。


 すると、男はニタァア、と粘つくような笑みを浮かべ。


「えぇ、今、とても新鮮な食材が、目の前にいるわ」

「あ――」


 巨大な影が、今、ユウトの前に迫ろうとしていた。


「クッ、馬鹿! ボーっとするな避けろ!」

「え? あ!」


 巨大な肉切り包丁が、ユウトの頭上を通り抜けた。背中に酷く冷たい物を感じ、顔色も変化する。


 シュウジの声がなければ危なかった。そのおかげでとっさに身を低くして横からの一撃を避けられた。


「【ゲイルシュート】!」


 そしてその直後、シュウジの弓が、魔法の込められた風の矢弾が、次々と男の身体を捉えていった。


 被弾し、うぉ? うぉ! と少しずつ後ずさりしていくコック。


 ユウトは体勢を立て直し、そして聖剣召喚でその手に剣を生み出す。

 

 そしてシュウジの魔法の矢を全て受けきったそのコックは――嬉しそうに笑っていた。


「ウフフフ、いいわ、中々活きの良い食材達じゃな~い。私、嬉しくて、熱くなってきたわ――」

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