第百四十三話 立ち往生
タイムの町を離れてから二日が過ぎた。途中に横たわるカマス山脈をゴブリンの残党を駆逐しながら進み、そしてサンダル山脈の麓の村で一晩を過ごし、明け方から山脈越えを目指す。
まともな宿に泊まれるのも村が最後だったから、食料なんかもしっかりと買い込んでおいた。
それでも限度はあるから基本的には山脈に現れる魔物や、獣なんかを狩っての現地調達も必要だ。
肉だけだと偏るから緑が多いうちは野草やキノコ、それに木に実る果実なんかも大事な栄養源になるから合間合間に採取をしていた。
こういった時、特にネメアとイズナのコンビが役に立ってくれる。鼻が利くし、ネメアはただでさえ食いしん坊だから食材探しは得意だ。
そんなわけで、今のところは思ったより順調な道程ではあるのだけど――
「ぜ、絶対覗いたら駄目っすからね!」
「判ってるよ。のぞかね~し」
「ほ、本当っすか?」
「大丈夫だって、俺を信じろ」
「……なんかそこまできっぱり言われると、それはそれで微妙っす」
「ならどうせいっちゅんだ!」
「あはははは」
俺達のやり取りを見ていたムスメも笑っている。ちなみにマイラが気にしているのはこれから水で身体を洗い流すから。
とはいっても水場が近くにあるってことではなくて、マジックアイテムを利用した簡易的なシャワーだけどな。
商人でもあるパーパは、長旅を想定してこういったアイテムの準備もしてある。
水は樽の水を利用し、足下には大きめの桶を設置、樽の水を吸い上げシャワー口から出し、桶にたまった水は濾過して再び樽に戻して循環させるという仕組みだ。
かなり単純な仕組みだが、これでも買うと結構するらしい。でも長旅でムスメに身体も洗えないような生活を強いるのは嫌だったから思い切って購入したそうだ。
中々の親馬鹿ぶりだな。
この山脈もポイントによって川辺を利用できたりするけど、今日みたいにどうしてもそう上手くいかない場合もあるから気持ちはわからないでもないけどね。
ただ、山歩きはどうしても一日歩いただけでも汚れは目立ってくる。
そう考えるとありがたいとは思う。
とは言え、水浴び中はどうしても無防備になるからな。だから、見張りは俺が立っている。一応布で仕切られているし、外からは見られないから見張りで立っておけば無事に――
『キャァアアアァアアアァアアアァアア!』
と、思ったら悲鳴! マジかよ! 何の気配も感じられなかったぞ!
「お、おい大丈夫か――」
「キャァアアァアァアア!」
仕切っていた布を開いて声を掛けたけど、更に悲鳴を上げられて水をぶっかけられた。
「覗かないと言っていたのに嘘つきっす!」
「それはお前が悲鳴を上げたからだろ! 大体虫ぐらいで騒ぎ過ぎなんだよ!」
「そ、そう言われても脚の多い虫は苦手なんっす!」
悲鳴を上げた理由が百足を見たからだからな。勘弁してくれよ……あと結構やっぱ胸あんなこいつ。
「ははっ、賑やかでいいですな。本当皆さんに護衛を引き受けて頂いてよかったですよ」
「それはどうも。でも、虫ぐらいでここまで騒ぐようじゃ俺は先が思いやられますけどね」
「な!? そこまで言うっすか!」
「いや、だって当然魔物の中には虫タイプもいるんだろ?」
「いますな。このサンダル山脈でも此処から先は巨大な蜘蛛型のゴライアスヴァイトイータや、大蛇ほどもある百足型のグランペダなども出てきますから」
ひぃ~、とマイラがブルブルと震えた。本当虫系が苦手なんだな。
『わ、私も虫系はあまり……』
「大丈夫なのじゃ! このネメアがシェリナ様に近づく悪い虫は許さないのじゃ! 近づく前にぶっ叩くのじゃ!」
それをなぜ、俺をチラ見しながら言う?
全く……まぁとにかく。全員の水浴びも終わった後は狩ってきた食材で夕食を作る。
パーパも手慣れたものだが、俺の手際にも感服してくれていた。悪い気はしなかったな。
その日の夜は交代で見張りに立ちながら過ぎていく。マウンテンウルフなんかが獲物を求めてやってきたりもしたが、その程度はあっさりと駆逐した。
そして明朝からまた馬車を走らせるが――
『ギギギギギギギッ』
「ひぃいぃい、気持ち悪いっす~~~~!」
マイラが悲鳴を上げた。馬車の前に姿を見せたのは、昨日パーパから話で聞いていたグランペダだ。
それはまさに大蛇ほどの大きさを誇る百足。全長は十メートルを超えるだろうか? とにかくデカイ百足が行く手を阻み、しかも後ろからも迫ってきていた。
山道で馬車込みで走れるルートには限りがある。だから、ここを防がれるともう進むことは出来ない上、後ろからもやってこられたら逃げることも出来ない。
つまり必然的に戦うしかないわけだが――マイラはキツいか?
仕方ないな。
「ネメア、後ろは頼んだぞ」
「任せるのじゃ!」
そんなわけで、背後から迫るグランペダはネメアが何とかするだろうから、後は正面を片付ければいいだけだな。
「まさか本当に出てくるとは……昨日はあぁいいましたが確率は低いと思っておりました」
「そうだったのか? でも、まぁ、なんとかなるだろ」
「だ、大丈夫なんですか?」
パーパもムスメも心配そうにしているけどな。看破の術で既にレベルが25程度なのは判っている。
しかもスキルも多くないし、ゴブリンキングやゴブリンクィーンに比べると全然だ。
『ギチギチギチギチギチギチギチギチッ――』
耳障りな音だな。鎌のように湾曲している歯を噛み合わせながら俺を見下ろし威嚇してくる。
そして鎌首をもたげた状況から加速し、俺に突撃を仕掛けてくるが。
「紫電一閃――」
勝負は一瞬一刀の内に決まった。百足の頭がスパンっ、と舞い、ドスンっと地面に落ちる。
あとはそのまま空中旋回し残された胴体を横から叩きつけ倒れる方向を調整。
この大きさなら倒れた先の斜面に乗れば後は勝手に滑落していくからな。
ちなみに昆虫系の魔物は人型や動物タイプの魔物と異なり心臓がない。だからか倒した後の魔石は頭の中、つまり脳にあたる箇所が変化し魔石となる。
だから頭だけ狩っておけば魔石だけはそこから採取出来る。
ネメアも似たようなやり方で、尤も俺より派手にバラバラにしてくれたな。
正直、本体はでかすぎなので、例え素材に使える箇所があっても馬車には積めないだろう。
俺の次元収納も出来れば隠しておきたいし、かといってマジックアイテムで誤魔化すのも無理がある。
そして頭から魔石を回収するわけだが。
「シノビン様、宜しければその魔物の毒腺を譲っては頂けませんか?」
「うん? 毒腺?」
「はい、その中の顎のあたりに存在するのですが――」
言われて探ってみると確かにそれらしきものを発見できた。
どうやら薬の材料として使えるらしく、知り合いの調合師に当てがあるようだ。
それなら別に普通に引き取ってもらっても良かったんだけど、倒したのは俺達だからって事で二つで五千ルベルで買い取ってくれた。
律儀だけど、こんな性格だからこそ俺も二人の護衛を引き受けたというのがある。
そして俺達は更に馬車を走らせて先へ進んだのだが――
「いや助かった! こんなところで他の商人の方に出会えるとは!」
もうすぐ夕刻に差し掛かるかといった頃、立ち往生する馬車を見つけた。
声を掛けられパーパも馬車を止め、話に耳を傾ける。
どちらにせよそうせざるを得ない状況ではあった。
そして男は喜色を浮かべながら俺たちに近づいてくる。
近づいてくる男の背中越しに見える馬車は、パーパの乗っているタイプと異なり二頭立ての小型な物であり、男は自らが御者を務めて旅する商人との事だった。
「見ての通り、落石ですっかり通れなくなってしまっていてね。どうしようかと途方にくれていたんだよ」
そんな話をしてくる男。それは俺達にも一目で判った。男が止めている馬車の数メートル先は大量の土砂によって完全に道が塞がれている。
「それにしても、ここ最近はそこまで天候も崩れてないのに、随分と酷い有様ですね」
「それがね旦那、このあたりはほら、でっかい百足みたいな魔物とか出たりするでしょ?」
「するもなにも、今さっき出会ったばかりだ」
「え? 本当ですかい? よく無事でしたね」
「はい、ここの皆さんは腕のいい護衛でもありますので」
パーパがそう説明すると、へぇこの子達がねぇ、とジロジロと見てきた。パーパに比べると口調は決して上品とは言えず、感じもあまりよくはないな。
「ところで、貴方こそここまでたった一人で来たっすか?」
マイラが男に問いかける。俺からしても気になるところだ。この男自身が言っていたが、そこそこレベルの高いグランペダのような魔物が出る山脈だ。
一人で旅するなんて無茶が過ぎる。
「へい、だからこその天の助けといったところで、勿論護衛は雇っていたんですけどね。全員あの百足にやられてしまって俺だけが命からがら逃げ延びたってわけでさぁ。お恥ずかしい話ですがね」
後頭部を擦りながらそんな理由を説明してくる。それならわかりそうなもの、と思えなくもないんだけど――
「しかし、この土砂には困りましたね。これでは確かに進めませんし、迂回するようなルートもこの近隣にはありませんから――」
「いや、大丈夫でしょう。これぐらいなら、俺が何とかしますよ」
「へ?」
男が目を丸くさせた。そして俺に驚きの感情を向けながら。
「いやいや、何とかって……そんな一人がどうこう出来る量じゃないだろこれは」
「いや、出来るだろ。俺これでも腕に自信あるし、なんなら彼女だって炎の魔法が使えるしネメアだって魔法に近い事が出来る」
本当は俺一人でも十分だけどな。俺程度の土遁でも馬車が抜けれるぐらいの道は作れるし、土砂だけ時空遁で一時的に収納してもいい。
ただ、それだと目立つからあくまで全員でならなんとかなるって体をとってはいるけど。
「さて、それじゃあマーラ、それにネメア、手伝ってもらっていいか?」
「も、勿論っす! 派手に行くっす!」
「任せるのじゃ! この程度なんてことはないのじゃ――」
「ちょっと待てぇええぇえええ~~~~!」
男が叫んで何故か俺達の前に立ちふさがった。
「どうした? この土砂をなんとかすることに何か問題あるのか?」
「大アリだ! あ、いや、だから、別に腕を信じてないわけじゃないが、例え出来たとしてもそんな派手な真似をしたら周辺の魔物に気づかれるだろ!」
「その時は、やってきた魔物を殲滅すればいいだけだろう?」
「なんだその自信! いや、でもほら、もうすぐ日が落ちるだろ? そうなると魔物も特に凶暴なのが跋扈し始める。少なくとも今処理するのは得策ではない!」
どうやらどうしてもここを通したくないらしいな。
「でも、夜になると凶暴な魔物が出てくるなら、ここにいるのも危険じゃないっすか?」
「なに、それなら心配はいらない。実はだ、ここから少しそれた先に小さな村があるんだ。そこには旅人に寝床を提供してくれる家もある」
「え? 村ですか? いやしかし、地図にはそんな村は……」
「小さな村だからな。目立たずひっそりとやってきた村だから知っている奴も少ないのさ」
「そんな村を、何であんたは知っているんだ?」
「お、俺は商人の中でも情報通で名が通ってるんだよ!」
名が通ってるね……そして男の説得は続き、なんなら村で助けを求めれば土砂も何とかしてくれるかもしれないとまでいい出した。
その話を聞いている間、俺はあることを思い出していたが、そうなると――
「どういたしましょうか?」
「そうだな、どちらにしてもここで夜更けまで待つぐらいなら、ま、信じてついていってみてもいいかもしれないな」
「野宿よりは泊まれる家があったほうがいいっすね」
マイラはなんとも呑気だけどな。ネメアもうまい飯はあるか? なんて聞いているし。
「クゥ~ン……」
そんな中、イズナだけは心配そうに俺の裾を引っ張ってひと鳴き。
だから、頭を撫でてあげて、大丈夫だと微笑んだ。
それにしても、イズナはやはり賢いな――




