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第百三十八話 それは突然やってきた

「頼む、私はどうしても勇者様にあわなければいけないのだ」

「クドいぞ! どこで聞きつけたか知らないが、勇者様はお忙しい身なのだ!」


 そんな押し問答が繰り返されていた。帝都の南門での事であった。

 門を守る衛兵は二人いるが、そろって訝しげに眉を顰めている。


 門番に縋るように願い続けているのは緑色の外套に全身を包まれた何者かだ。

 背は正直高くはない、衛兵は男としては普通の身長と思われるが、その胸の辺りにようやく頭の天辺が届いている程度だ。


「せめて中に入れさせてもらうぐらいはお願い出来ないか? そうすれば後は勝手にさせてもらう」


 その声は男にしては高く女にしては低めな中性的な物であった。

 ただ、はっきりと性別を図れる術はない。目深に外套のフードを被っているため、金色の毛先が若干ユラユラしている以外に特徴が掴めない。


「駄目だ。ただでさえ今はいろいろな事が重なり警戒度は上がっているのだ。顔すら見せようとしない身分証も持っていない、そんな怪しい輩を入れるわけにはいかん!」

「ましてや軽々しく勇者様に会いたいなどといいだすような者、通す訳がないであろう。そもそもなぜ顔も見せぬ?」

「――私には私の事情というものがある。勇者様に会えるまでは、誰にも顔を見せるつもりはない」


 衛兵二人が互いに顔を見合わせる。そして一つ頷き。


「お前、ちょっと詰め所までこい」

「一体何の目的があって来やがった? もしかしたら最近都を騒がせた仮面シノビーとかいう頭のおかしな奴らの仲間じゃないのか?」


 は? とフードの中から疑問符の篭った声を発する。どうやらさっぱり意味が判っていないようだが。


「私はただ勇者様に会いに来ただけだ。それなのにそのような目にあわされる理由がない!」

「黙れ、いいから大人しくついてこい!」

「そうでなければ痛い目を見てもらうこととなるぞ?」


 衛兵二人が支給品である長槍を構えて威嚇する。穂先よりも柄が長い長柄槍であり、形状としては突くのに特化したものだ。


「私は別にお前たちと争うためにここまで来たわけではない。ただ、勇者様に助力をお願いしたいだけなのだ。それがなぜ判らぬ!」

「黙れ! 勇者様が貴様のような素性もわからぬ怪しい輩に、協力などするものか!」

「そう勝手に決めつけられると、若干心外に感じるのですが――」


 熱り立つ衛兵と対立するフードの人物。するとその背後から十代の若い声。

 ただ、若さゆえの未熟な音色だけではなく、どこか勇敢さとどんな逆境をも跳ね除ける芯の強さがその声には含まれていた。


「ゆ、勇者様!」

「お戻りになられてましたか!」


 衛兵ふたりが驚きの声を上げる。その視界の先では、勇者と呼ばれた少年と、その仲間と思われる男女の姿があった。


「――なるほど、強い力を感じたが、貴方が勇者様でしたか」

「そんな様だなんてつけられるような大した者ではありませんが、一応はそう呼ばれています」


 微笑を浮かべる勇者の姿を、外套に包まれたその人物は素早く観察した。


「ふん、強い力を感じただと? 何を馬鹿な……」

「そんなもの、後からならどうとでも言える」

「いえ、確かにそちらのお方はユウトの力を感じ取っていたようですよ」


 そこに女剣士然とした少女が口を挟んだ。

 ほぅ、と外套の中から声が漏れる。


「マイがこう言っているなら間違いないよ。強者を見極める感覚は僕よりも鋭いし」


 ユウトが説明すると門を守っていた兵士も口を結ぶ。


「ところで、貴方は一体?」

「なんかユウト様に会いに来たみたいだよね~」

「なるほど、それであればまずこのマオに話を通してもらってから……」

「いやいや、レナもマオも大丈夫だから。直接でいいよ」


 前に出るレナとマオを苦笑し制するユウト。

 帝国からの依頼にはカコを除いた親衛隊のメンバーと、そしてクラスメートではもう一人、弓塚 秀治(ゆみづか しゅうじ)が同行していた。


 校内でも有名だった秀才で弓道部所属、部員のなかでも弓の腕はトップでありその為か現在のクラスは魔弓士である。


 常にメガネを掛け髪型は七三分けとかなりキッチリとした印象。口数は少ないがそのクールな雰囲気で女生徒の心も掴んでいた。


 そんな彼は直接会話に加わることこそなかったが、眼鏡越しに見ているその瞳はかなり鋭い。 

 彼は物事を客観的に見てしまう節があり、その分まず疑いから入る癖がある。

 尤もいきなり勇者に会いに来たなどと言っている人物を訝しむのは当然のこととも言えるだろうが。


 そして彼と同じように瞳を鋭くして目の前の人物を見遣るのは二人の帝国騎士。


 ある程度自由を与えられた生徒達ではあるが、宮殿や城の管轄外の区域へ赴く際、かならず帝国の騎士が同行するようになっている。


 名目上は彼らの護衛であるが、結局のところは常に監視されているという事なのである。


「え~と、それで今レナも言っていたと思うけど、さっきまでの話を聞いていた限り、僕に会いに来たという事でいいのかな?」

「はい、申し遅れましたが私はディード。勇者様にどうしてもお願いしたいことがありまして馳せ参じました」


 恭しく頭を下げる。相変わらず外套で姿は隠されたままだが態度は丁重である。


「これはご丁寧に、僕は一応は勇者の称号がついているユウトと言います。それとこっちが――」


 ユウトが他の皆についても簡単に紹介した。

 そして、ここでは落ち着かないだろうし街の中で続きを聞きましょうか、と提案し、外套の人物も承諾するが。


「お前! さっきから何を勝手なことを! 勇者様、耳を貸すことはありません。こいつは今から詰め所につれていくところなので」

「詰め所に? どうしてですか?」

 

 目を丸くさせてユウトが尋ねた。


「見るからに怪しい奴だからです。素性もあかせないような者が勇者様と言葉をかわすこと自体、許されることではない」

「そんなルールは初めて聞きましたよ。大体怪しいと言っても、直接何か危害を加えたわけではありませんよね?」

「そ、それは――」


 衛兵ふたりが口籠る。確かに見る限り衛兵が一方的に槍を構えているだけであり、向けられている側は腰に剣を帯びているにも関わらず抜こうともしていない。


「少なくともこの方に敵意のような物を僕は感じない。それに、切羽詰まっているのは本当のように思える。話ぐらい聞いてもいいと思うのですが?」

「――さすがは勇者様です。私も、わざわざ来たかいがありました」

「ちょっと待ってください。そんな勝手に話を進められても困る」


 外套の人物から安堵の声が漏れる。

 だが、そんな二人に後ろから待ったが掛かった。

 異を唱えたのは帝国騎士の二人である。


「我々は勇者様の護衛も任されております。その立場で進言させて頂くなら、勇者様の判断はあまりに軽率」

「軽率?」


 眉をしかめて復唱するユウトであるが。


「そうです。もしその人物が暗殺者の類だったらどうするおつもりで? 勇者の存在を知った他国の間者である可能性は捨てきれないでしょう」


 さらにもう一人の騎士も追随してくる。

 ユウトからみればとてもそんな風には見えないわけだが。


「――だとしたら逆に不自然だろう」

「シュウジくん……」


 ここで初めて静観していたシュウジが口を開き、話をつづけていく。


 姿を晒そうとしない人物に疑念は抱いていたようだが、それでも気になる点があればシュウジは指摘する。


「もし、本当に他国の間者であったり、暗殺者などであるなら、逆にその格好は目立つ。そんなものは疑ってくれと言っているようなものだからな。事実今この場で衛兵に疑われ詰め所にまで連れて行かれようとしている。それが他国の間者だというなら無能としかいいようがないな」


 確かに、本当にユウトの命を狙う間者であるなら、もっとマシなやり方はいくらでもあるだろう。

 変装にしても商人の振りなどをしていたほうがまだ怪しまれない。


「僕もシュウジの言い分は尤もだと思う」

「し、しかしそれでも姿を隠しているのはやはり――」

「でも、名前は明かしてくれたし、きっとあれだよ、ディードさんは凄く恥ずかしがり屋さんなんじゃないかな?」

『――はっ?』


 流石にこの意見には全員が口を揃えて唖然としてしまうが。


「とにかく、話だけでも聞いてあげたいんだ。それに僕は勇者だ、困っている人は放ってはおけない」


 ここにきて勇者の称号をしっかり利用するユウトは中々したたかと言えるかもしれない。


 だが、騎士ふたりもここまで来たらもう何を言っても無駄だと思ったのだろう。


 結局、騎士二人も同席して良いなら話ぐらい聞いてもいいということで落ち着いたのだった――

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