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第百二十三話 これに決めた!

「で、でもこの防具じゃ、相手の直接攻撃に全く対応出来ないっす!」

 

 俺の頭によぎった疑問を、マイラが素直に言葉にしてくれた。

 いまだ顔は上気したようになってしまっている。やはり恥ずかしいという思いが強いのかもしれない。


「だ、大体何でこの装備はこんなに面積が小さいっすか! こんなのまるで裸じゃないっすか!」

「はい、そこが実は意外と重要なポイントなのです」

『ポイント?』


 聞いていたシェリナも石版を掲げつつ小首を傾げた。気持ちは判る。ただの趣味じゃなかったのか?


「実は火炎狐系のこの装備は、装備品自体が常に熱を放出してしまうという欠点があります。しかもその熱が篭りやすい為、通常の鎧のような形にしてしまうと茹で上がるぐらいまで温度が上昇してしまう……それではとてもではありませんが使い物になりません」


 確かに、サウナスーツを着ながら旅を続けられるか? と言ってるようなものだしな。そんな装備だとかなり厳しいと言える。


「そこで、この装備品を最初に設計した職人は考え、試行錯誤を重ねました。勿論諦めた職人も多かったようですが、彼は決して諦めず、その結果、この装備に最適な黄金比を見つける事が出来た――それこそがこの形なのです!」


 興奮した調子で口にする店主。なるほど、そう言われるとなんとなく納得してしまいそうな気になる。

 

 一見ただ男の視線を集めるためだけに面積を狭くしてるのかと思えるが、実は職人が必死に考えた末に編み出した汗と涙の結晶なのだろう。


「惜しむべきはそのこだわりの結果、これを装備できるのは女性か一部の嗜好を持った男性のみに限定されてしまうと言ったところでしょうか……しかしそれだけに効果は高いと断言してもいい!」


 一部の男性という表現が気になりはしたがそこはあえて考えないようにした。


「なるほど、話は判った。そこまでこだわりがあるなら……これにしておくか?」

「しておくか? じゃないっす! 質問の答えが聞けてないっすよ! こんなの防具としては役に立たないっす!」


 あぁそうだ。うっかりしてた。確かに直接攻撃に対してとなると色々と問題点が多そうだ。


「ふふっ、ご安心ください。当然ですが、この装備を作った者がその点も考慮しないわけがない! ここで重要なのは、先程話した欠点が、実は長所にもつながっているという事!」

「な、なんだってーーーー!」


 俺はわざとらしく驚いてみた。店主もご満悦の様子だ。


「さっきのって、熱が放出されているとかそのことっすか?」

「そう、そのとおりです。実はそこが肝でもありまして、確かにこの装備は常に熱を放出し続けます。ですが、それによって装備者の周囲に厚い空気の層、つまり見えない壁のような物が生まれることとなり、防具で守られていない部分もしっかりとガードしてくれるのです!」


 熱く語る店主。だがマイラの視線は冷たい。どうやら半信半疑といった様子だが。


「――なるほど、熱膨張か」


 俺はこの現象には覚えがあった。故についついそんな言葉が口から漏れてしまう。

 つまり熱で周囲の空気が膨張され、結果的にそれが相手の攻撃を妨げるカーテン的な役目を果たしているってわけだ。


「えぇ、流石博識でございますね。確かにそのような現象が関係していると聞いております」

『熱膨張……何か凄そう(ゴクリ)』

「うぅ、たしかに凄そうっすが本当にそんなので防御効果あるっすか?」

「論より証拠です。ちょんわーーーー!」


 やはり疑念が拭い去れないと見えるマイラ。すると、突如店主が声を上げ、近くにおいてあった丸い金属の玉をマイラに投げつけた。


 それはそのまま当たればマイラの丸出しになったへそあたりにぶつかる位置。

 だが、マイラに当たる直前、玉の勢いが何かに阻まれることで失われ、マイラに命中する前にポトンっと床に落下した。


「こ、これは確かに、何かで守られているようっす!」

「ふふっ、そういう事です。勿論あまり過信しすぎるのはよくありませんが、かなり勢いは殺してくれるので、結果的に下手な革装備よりは防具としての性能は高いのですよ」

 

 これで近接攻撃への防御力も決して低くはないと判明された。マイラの不安も払拭されたわけだが、ただ、肝心の買う買わないに関してはやはりこの装備を着続ける自信があるかという話でもあり――


「き、決めたっす! 背に腹は買えられないっす! これにするっす!」


 マイラは意を決した表情でそう言った。ただ、これ普段装備とするには恥ずかしそうだな……なので普段は上から着るような何かいいものはないか? と訪ねたらオレンジ色の外套を安く譲ってくれた。


 これも魔法の力が篭っていて若干の冷媒効果が望めるらしい。ただ、あくまで普段用なので、戦闘で相手の攻撃を守ってくれるような性能はない。


 ただ、その場合は脱ぐと同時に小さくまるまる使用なので、一緒についている革袋にでもいれて吊っておけば邪魔にならないだろう。


 というわけでマイラ用の防具を購入。後はシェリナの防具も何かないか聞いてみるが――


「なるほどなるほど、それであれば丁度よい掘り出し物がありますよ」


 ほぅ……しかし掘り出し物が多い店だ。

 とは言え、まさかシェリナにまでマイラのような露出度の高い装備品を持ってくるんじゃないだろうな? と心配になったが。


「これは【聖羊のローブ】という代物でして、名前の通り聖なる羊の羊毛を利用して作られた一品です」


 そう言って持ってきたローブ。色は白で清楚な感じ。縁取りはイエローでよく見ると羊が柵を飛び越えるデザインが施されている。


 店主の言われるがままに袖を通してみせるシェリナだが、マイラとは違い露出度は高くない。

 

 ただ――可愛い! 袖には羊の尻尾のようなモコモコがついていて、フードを被ると羊の耳がぴょこんと飛び出ている。勿論ダミーだが、小柄なシェリナがこれを身にまとうとなんとも可愛らしい。


 マイラとは別な意味で破壊力があるなこれ。


「ぬほぉおぉお! これはたまらんのじゃ! シェリー様はまさに羊界の天使なのじゃ!」


 ネメアが興奮した。何だその例え? 

 今にも鼻血が吹き出しそうな雰囲気もあるぞ。お前、一体どこへ向かおうとしているんだ……。


『……に、似合ってるかな?』

「勿論、よく似合ってるぞシェリー」

「シェリーにピッタリっす! うぅ、でもあたしもこんな可愛らしいのが良かったっす……」


 早速外套で身体を隠してるマイラだが、まぁ気持ちは判る。


「この聖羊のローブは邪なるものから身を守ってくれるローブでもあり、アンデッド系の敵の攻撃はかなり軽減してくれます。更に状態異常系の攻撃に強い耐性をもっており魔法に対する耐性も強いです。あとはそうですねこれを着ている間は眠り効果のある魔法やスキルにかかることはなく、逆に攻撃してきた相手を眠らせる事があるというおまけつきです」

『す、凄いです……』


 確かに話だけ聞いている分にはかなり優秀だ。ただ、物理的攻撃に対してはそこまで強い耐性があるわけでもなく注意が必要だとか。

 眠りの効果が発生すれば、攻撃される前に相手が眠ってくれるらしいけど、確率系の効果だから過信はできないしな。


「しかしそれだけの防具がこの金額で本当にいいのか? むしろ安すぎな気もするけど」


 勿論異世界の感覚は俺にはわからないが、マイラのはフルセットで四万、シェリナのは三万で提示してくれている。


「はい、もともとこの店ではあまり価格を上げても売れませんからね。ですからこういった類は多少採算があえばいいといった感覚なのです。常に店に並んでいる代物とも違いますし、どれも在庫はないものでサイズも限定されますからね。丁度サイズの合う方に出会えて良かったとさえ思います」


 なるほど、掘り出し物と言っていたが、即金が必要になって持ち込まれた物を買い取ったりとかそういった事情もあるようだ。 

 

 サイズも固定ならここで俺たちが買わなかったら暫く在庫として残る可能性もあるだろうしな。


「ところで皆様、購入は防具だけの予定ですか? 武器の方は?」

「いや、この後二階に見える武器屋にいってみようと思っていたのだけど」

「それはちょうど良かった! 私どういうわけかお客様の事を気に入ってしまいまして、二階は私の兄が経営している武器屋なのです。なので少しお待ち下さい、私が兄に説明してぴったりな武器を用意させます」


 きょ、兄弟でやっていたのか――確かにそれなら話は早いけど、少々お待ちを! とかいって二階に駆け上がっていったぞ。


 おいおい他に客がやってきたらどうするんだ?





「ガッハッハッハッハ! お前らが弟の言っていた連中か! ほうほう、なるほどなるほど、確かに弟の防具がよく似合っているではないか!」


 そしてしばらくして豪快に笑う大男が降りてきた。その隣にはあの店主がいる。


「え~と、この方が?」

「はい、兄でございます」

「ガッハッハ! 肉食えよ肉!」


 全くタイプが違うな。こっちは本当にとにかく色んな意味で大きそうな店主だ。


「娘! お前にはこれだ! 魔装剣! 油蟻の長剣(アブラソメビ)! 炎使いならこれほどぴったりな武器はないぞ!」


 随分と変わった名前の剣だな。大柄な店主は柄に収まったままのそれをマイラに投げ渡す。

 受け取ったマイラはまじまじとその剣を眺めた。鞘は赤く、また鍔と柄も朱色に染まっていて、波打ったような形状。


 そして鍔の中心には黒い輝石が埋め込まれている。

 マイラは鞘から剣を抜いてみる。刃もやはり特殊な形状で見た目は柄から炎が吹き出ているようでもある。


「これ、切れるのかな?」

「当然! 切れ味は抜群よ! だが何より、その剣はな、論より証拠、先ずは娘、その剣にマジックアイテムを扱うような感覚で念を込めてみるがいい、ガッハッハ!」


 また笑った。まぁともかく、言われたとおりマイラが念を込める。


 すると、黒い玉から染み出すようにして刃に何かが垂れていき纏わりついていく。


「え? これは?」

「がっはっは! なんでも良いから適当に火をつけてみろ。魔法でも構わんぞ!」

「それじゃあ、ファイヤー」


 マイラが魔法を唱えると、指先に炎が灯った。焚き火する時なんかは便利そうだな、と思っていると、マイラがそれを刃に近づけ――ゴォ! と突如剣が炎に包まれた。


「キャ! あ、危ない! 火事っす!」

「ガッハッハ! 落ち着け落ち着け、それこそがその剣の特徴。オイルアントから取れる素材や魔石を組み合わせて作った代物でな。その石からはよく燃える油が染み出す仕掛けなのだ。お前は魔法剣士ではないらしいが、その剣であれば炎限定ではあるが魔法剣士のような戦い方が可能であるぞ」


 なるほど。確か魔法剣士は剣に魔法の属性を付与できるクラスで、魔法騎士より重宝されているんだったな。


 でも、この武器なら炎限定ではあるけど確かに魔法剣のような使い方も出来る。工夫次第では戦い方に幅をもたせることも可能なようだ。


「それと、暗いところでは松明代わりにもなるぞ。ガッハッハ!」


 お、おぅ、地味だけど、まぁ役立つかな?


「マイラ、どうだその武器は?」

「いい感じっす! 炎の魔法が得意なあたしに持って来いっす!」


 燃え盛る剣を掲げながら喜ぶマイラ。確かに炎使いにはピッタリそうな武器だな。

 しかも値段は一万ルベルと安い。これは炎ありきの武器という事で買い手が限定されるからこの値段でいいそうだ。


 防具とあわせると丁度支度金の五万ルベルで収まったな。


「嬢ちゃんにはこれだ! 癒樹の羊杖(いやしぎのようじょう)! これも中々の優れものだぞガッハッハ!」

 

 素材は白木のような感じだな。ただ、先端にはデフォルメされた羊の意匠が施されていて、これまたなんとも愛らしい。


「この杖は癒やしの効果を上げてくれるのが特徴でな、癒やしというのがポイントで別に魔法でなくてもスキルでもポーションを使うだけでも持ち手が使えば効果があがる。その上これを振るとその先にいる相手は眠りに落ちるのだ! ガッハッハ!」


 しかしよく笑うおっさんだな。ただ、地味に癒やしの効果が役立つな。範囲が魔法だけではないというのがいい。それに振ると相手が眠るというのも直接攻撃手段を持たないシェリナにピッタリだ。射程は数歩分程度らしいけど、近づかれた時にはとにかく振ってもらおう。


 勿論そういう状況に陥らないで済めばそれが一番だけどな。

 

 ちなみにこの杖は効果が中々高いだけに値段は二万ルベル。ローブが三万ルベルだからやはり前金丁度で収まった形だ。


 シェリナも気に入ってくれたみたいだしこれで決まりだな。


「いい買い物が出来たよ。ありがとう」

「いえいえこちらこそ、良いお客様に出会えて嬉しかったです」

「ガッハッハ! 何かあったらまた来いよ! 後肉を食え、ガッハッハ!」


 兄が個性的すぎるな……まぁとにかく、装備品も揃ったので今度はアクセサリー系の魔装具を扱っている店に向かう。


 そこでステータス偽装と鑑定遮断の効果のある魔装具を見せてもらった。

 偽装していれば鑑定遮断は必要なさそうに思えるが、店主によると偽装は鑑定に見破られる可能性が高く、完璧にしたいなら両方の効果のある魔装具かそれぞれの効果のあるものを別々に買ったほうがいいとのこと。


 どちらにせよ、偽装と遮断の両方が揃った魔装具はこの店には無かったので、指輪と腕輪で一つずつ購入した。

 

 ちなみにネメアに関しては指輪を嫌がったので腕輪と首輪だ。

 首輪には最初難色を示したけど、そういうおしゃれもあると言ってごまかした。


 俺は買わなかったけどな。調べてみたけど、俺の忍術よりはやはり効果は劣る。

 

 勿論その分に関しては俺が出した。申し訳なさそうにしていたけど、一緒に旅するわけだし、見つかったら厄介なのはお互い様だ。


 とりあえず気持ちだよと付け加えておいたけど、そしたら今度はマイラとシェリナが顔を赤くさせてモジモジしてた。


 魔装具の一つが指輪だったことが気になってたようだけど、なんだ? 

 嫌だったのか? でも別なのに変えてもらおうか? といったら断固拒否された意味がわからないぞ!


 まぁとにかくその足で最後に薬師の店に行き、ポーション系や傷薬を買い込む。

 エーテルという魔力を回復させる薬もあったが、こっちはだいぶ在庫が減っているようで二本しか残ってなかった。明日のために他の冒険者が買い込んでいったのかもしれない。


 そして買い物も全て終えた後はすっかりあたりも薄暗くなっていた。

 俺達は宿屋に戻るが、そこでパーパに呼び止められる。


「確かマーラさんは炎の魔法が得意なのでしたね。なら、これ読まれますか?」


 そう言ってパーパが手渡してくれたのは一冊の魔導書だった。


「こ、これは大威魔法も載っている魔導書じゃないっすか! い、いいのですか?」

「えぇ、私たちは当然読めませんし、読める方が読まれたほうがいいでしょう。差し上げますのでどうぞ活用してください」


 マイラはギュッと魔導書を抱きしめながら何度もお礼を言った。


 そして明日までに絶対新しい魔法を覚えるっす! とやる気でもある。


 それにしても何から何までありがたいかぎりだな。その分明日の討伐で結果を出して早く安心して出発できるようにしないとな――

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