第百十二話 白獅子レーヴェ・ヴァイス
「お久しぶりですヴァイス将軍」
「いやいや、ようこそおいでくださいました。殿下ならきっと来てくださると思っておりましたよ」
宮殿に設けられた一室、そこは四大将軍の各々に与えられた特別な私室でもある。
尤も将軍ともなれば個々の仕事は量より質が求められ、秘匿性の高いものも多くなる。
各将軍の思惑も絡んでくるため、当然四大将軍の部屋はそれぞれがかなり離れた位置にあり、部屋に向かうまでの通路には個々の将軍が信頼を置く兵士が常時見張っている。
王女であるカテリナでさえも、立ち入るためならば見張りの兵士に声を掛けた上で、許可を取る必要がある。
尤もカテリナの場合は殿下であると同時に――
「殿下はおやめくださいヴァイス将軍。騎士としては私など貴方様に遠く及びません。敬称など恐れ多いことです」
「いやいや、しかし殿下のことはこれぐらい小さな頃から知っている身ですからな。この呼び方でないとどうしても落ち着きません故」
柔和な表情と、朗らかな笑みを湛えヴァイスは答える。カテリナも姫騎士となってからは互いの立場もあり、顔を合わせる機会はかなり減っており、確かに直接会いに来るなども随分と久しいことだ。
しかし幼いころはよく遊んでもらった記憶もしっかり残っている。尤も遊ぶといってもその頃から男勝りに剣術に明け暮れていたのがカテリナであり、遊びといいつつもそのまま剣術の鍛錬に繋がっていることが多かった。
カテリナの今の剣の腕は、この将軍あってこそとも言えるが、それが騎士を志すきっかけになったとしたならヴァイスとしては少々複雑な心境かも知れない。
「とは言え、殿下はしっかり皇族としての勤めも果たしておりますからな。私の方こそ頭が上がらない思いです」
終始ニコニコとした表情は崩さず、裏表など一切なさそうな空気を纏い話してくるため、嫌味などは一切感じられない。
白獅子の異名を飾る上での主張とも言える白髭は顔の輪郭に沿うように生え揃えており、あごひげは特にフサフサとしているが、それが妙にヴァイスの人の良さを更に強調しているようでもある。
そんな彼が本心で言っているのは確かであろう。帝国騎士、その将官の中でも尤も位の高い四将の中でも人としてみれば尤も出来た人間なのがヴァイスだ。
それ故、帝国騎士の中でも彼に憧れるものは多い。
「さぁ、とにかく立ち話もなんですのでどうぞ――」
「ありがとうございます。では失礼して」
一揖し、カテリナは革張りのソファに腰を落とした。柔らかすぎず、かといって固くもない、丁度いいフィット感であり、カテリナの臀部を程よく受け止めてくれる。
カテリナとヴァイスを隔てる形で設置してある木製のテーブルは艶出しにより光沢感があり、見栄っ張りの貴族が好むようなゴテゴテした装飾などは施されていないが、かといって決して安っぽくはないシックな作り。
部屋のインテリアなどに関しては個々の将軍の手に委ねられており、それゆえに部屋には性格がよく現れるものだが、資料用として配置されているであろ本棚にキッチリと書物が収められ、調度品もじゃまにならない程度それでいてそれなりの遊び心を加えて配置されており、しかもそのどれもが機能的に配置され動線を邪魔するような事もない。
壁にも染みや傷など一切ついておらず、床にも埃一つない。勿論、将軍ともなれば普段からメイドなどの使用人も清掃に入るものだが、ここまで徹底しているという事は、普段からヴァイス自身がそれだけ気を遣っているという事なのだろう。
物事に対する柔軟さ、それでいて取り組む仕事に対する丁重な姿勢などがこの部屋一つ見ても良く現れている。
「少々お待ちください、今紅茶を入れますので」
「え? いやいやそんな! 将軍にそのような真似! 私がやりますので!」
「ははっ、わざわざ部屋までお越しいただいた客人にそのような真似は出来ませぬよ。それに最近紅茶にもはまっておりましてな。入れるのも趣味みたいなものです」
そんな会話をしつつ、結局ヴァイスは自分で紅茶を入れ焼き菓子まで用意してくれた。
「な、何か逆に申し訳ありません……」
「いえいえ、お口にあえば良いのですが。まぁ、とにかくお話の前に一つ。甘い菓子も良い紅茶も気持ちを落ち着かせるには最適故」
そう薦められ、まるで心でも見透かされたような気持ちになるカテリナである。
確かに、ヴァイスにあってからは懐かしさと安心感もあったが、もしかしたら彼なら色々と自分の知らない事実を知っているかもしれないと気が焦っていた節もあった。
薦められるがままに菓子を口にし、紅茶を頂いた。焼き菓子はサクサクとした食感がたまらなく、極上の甘さが一瞬にして口内に広がりを見せる。
それに程よい酸味のきいた紅茶は良くあった。鼻孔を付く匂いも芳しく、風の季節に運ばれる精霊の恵みのように一瞬にして駆け抜ける。
「ふぅ、これはとても、いいお味です。心なしか、気分が落ち着いてきました。最近は色々考えることも多かったので、とてもありがたいです」
「そうですか、それは良かった」
とても温もりの感じられる笑みをヴァイスは残す。カテリナを思い遣るような慈しみの感じられる微笑みであった。
「ところで、考えることというと、その中にはピサロの事も入っておりますかな?」
「――流石は気高く、賢豪としても知られているヴァイス様でございます。既に察せられておりましたか」
「うむ、しかし将軍や様などとつけられるのは、私の方こそ恐れ多い気も致しますな」
「私の事を殿下と呼ぶのであれば、これは続けさせていただきますよ」
「おっと、これは一本取られたな」
カップを片手に持ったまま、ハハッと笑う。そして一口喉を潤した後。
「とりあえずピサロに関して心配は不要ですぞ。上手くあのレクサスとも話を通した故、今は私預かりとなっておりますので」
「そうですか。父上の言われたとおりのようですね。ピサロには私も色々世話になっておりまして、手を差し伸ばして頂き感謝の言葉もありません」
「いやいや、私が勝手にしたことです。殿下が頭を下げることではありませんよ」
お礼を述べてくるカテリナに若干の戸惑いの表情を見せるヴァイスである。
「ですが、よくレクサス将軍が承知いたしましたな。正直そこが一番驚いております」
「確かに、あのレクサスは冷徹などとも言われ、一度下された処罰を覆すようなことは滅多にありませんが、まぁ、そのあたりはこれまでの培ってきた話術と交渉で納得して頂きました。借りは一つ作ってしまいましたので、いずれどこかで返す必要はあるかもしれませんが、その分優秀な人物と知り合うきっかけが出来ましたからな。十分お釣りがくるほどです」
笑みは崩さない。ピサロについては本当にそう思っているのかもしれない。勿論会ってすぐにそのような判断をしたわけではなく、きっと前もって情報は掴んでいたんだろう、とカテリナは考える。
ピサロが優秀な人材であったことはカテリナとて知るところだ。正直騎士ではなく一兵士として活動しているのが不思議なぐらいである。
実力で言えば下手な騎士など舌を巻く実力を誇っている。ただ、以前聞いた話ではどうやら馬に乗れないらしく、それを気にしていた点と、規律に縛られるのは苦手とのことであった。
とはいえその実力は確かなため、塔の番人として任されていたというのもあったのであろうが。
「まぁとにかく、ピサロに関しては悪いようには致しませんのでご安心を。今は教官につかせ色々と話をしたりしているところなので、すぐには呼べないかもしれませんが」
「いやいや! そういうことであればそちらを優先させてください。どうぞお構いなく」
「そうですか。ですが近いうちには殿下の前に姿を見せることにはなると思いますので――とは言え、さて」
そこまで話したところで、突如ヴァイスは居住まいをただしはじめ、そして真剣な眼差しをカテリナに向ける。
「カテリナ殿下は他にも色々と知りたいことがあるのではないですかな? 例えば――妹君の消息についてなど……」
そして続けられたその言葉に、え? とカテリナは表情を固くさせるのだった――




