第百十一話 父と妹
時はカテリナが帝都を出る少し前――そこには皇帝である父に向け、語気を強めるカテリナの姿があった。
「納得が出来ませぬ父上!」
「やれやれぶしつけに何かと思えば」
皇帝であるライオネルは、やれやれと嘆息する。娘であるカテリナの入室を許可したわけだが、やってくるなり、随分と強い口調で文句を言い立て始めたのだ。
それはマイラという女騎士の処刑にはやはり納得してないという事と、ピサロの処遇、そして結局塔の崩壊に巻き込まれ死亡したとされる妹、乱入者、そしてマイラの遺体が確認できないことへの不満であり。
「マイラという女騎士に関しては処刑が妥当であった。明らかな帝国への反逆心が見て取れた上、調べによると帝国へ反逆を起こそうとしている節もところどころあったようだしな」
「そんな……しかし彼女はまだまだ騎士としての経験は浅く、そのような大それた事を考えるはずなど――」
「カテリナよ。我が娘ながら愚かな考えだ。あまり我をガッカリさせるな。お前の言っているのは何の根拠もない感情論でしかない。騎士としての経験が浅いなど、反逆者として考えるのに大した問題ではない。そもそも騎士になった事が帝国の内情を掴むため、つまりスパイとして入り込んでいた可能性とて否定は出来ないのだからな」
「そ、それは、しかし――」
「それにだ、あのマイラという女騎士は、あの悲劇の村の生き残りだ。あれはまさに悲劇の事故であり、帝国側に落ち度などはなかったが、それでもそのことを逆恨みして反逆心が生まれてもおかしくはない。後で聞いた話ではそのことがあったからこそ、二度とそのような悲劇を起こさないために騎士の道を選んだなどと語っていたそうだがな。敢えて騎士団の間違いを上げるなら、その時にもう少しよく調べておくべきだったということであろう。今回の乱入騒ぎにしろ、もしかしたら最初から計算であったかもしれないのだからな」
カテリナは反論の言葉を探っていたようだが、ライオネルはそんな隙を与えることもなく、言葉を被せていった。
つまり帝国側としては、今回の処刑の執行からの乱入騒ぎ、そこから救出されるという一連の流れすらも、反逆行為の一端だったのではないかとそう考えているようであり。
「ま、今となっては死人に口なしだがな」
「そのような言い方……私の最愛の妹が、父上にとっても最愛の娘であるはずのシェリナとて亡くなっているのですよ!」
「そんな事は判っている。だが、いくら我が子の死といえど、上に立つものであれば私情など挟んではおられないのだ。我が嘆いたからといって状況は何も好転せぬ。女子供のようにメソメソと悲しんでいる暇など我にはないのだ」
クッ、と下唇を噛むカテリナ。その気持ちは全くわからないわけでもないが、納得のいくものでもないのだろう。
「ならばせめて私にも遺体を……」
「勿論、落ち着いたらシェリナの遺体は確認できるように手配しよう」
「何故ですか? 何故今では駄目なのですか?」
「クドい! 少しは、少しは考えるが良い。遺体の損傷が激しいのだ。そのような娘の、妹の姿を、お前に見せたくなどない。だからせめて最期ぐらいは綺麗な姿で送れるよう、魔法で整えて貰っておるのだ。それぐらいはしてもバチは当たらないと、そう思ったのだ」
父上、と物悲しげに呟くカテリナ。目頭を押さえるその姿に、これ以上この事には触れられないと、そう考えたのかもしれない。
「――判りました。もう遺体については追求いたしません。ですが、ピサロについてはどうか!」
「そのことなら、もうとっくに話はついているとレクサスから聞き及んでおる」
え? とカテリナが目を丸くさせる。レクサスとは帝国の四大将軍の一人であり、末端の方ではあるがピサロも大本を辿ればレクサスの管轄下に置かれている事になる。
その事を耳にし若干の戸惑いを感じさせる娘の様子を認めながらも皇帝は更に続けた。
「レクサスの話では処分は保留という形に決まったそうだ。どうやらレーヴェとの間で何かしらの話し合いが行われたようでな。その結果ピサロはレーヴェ側で責任を持って面倒を見させるという形で落ち着いたようだ。勿論今後このようなことがないよう戒めた上でなようだが」
そうは言っても今回ピサロには全く落ち度はない。そもそも塔の守りについていなかった上、あのような天災とも噂される現場では出来ることは限られてくる。
ただ――
「ヴァイス将軍が……」
ポツリとカテリナが呟いた。レーヴェ・ヴァイス将軍。帝国の気高き白獅子という異名でも知られているこの男もまた、四大将軍の一人である。
ただ、必要となれば女子供でも容赦なく切り捨てると噂されるほどの非情さで知られるレクサスとは真逆の意味で知られており、気高く、それでいて温情に溢れ、清廉潔白という言葉がピタリとはまり、それでいていざ戦となれば獅子の如き奮迅ぶりを発揮する。
そのような誉れ高い将軍。それがレーヴェ・ヴァイスという騎士であった。
「あの者について知りたいのであれば、直接レーヴェに聞けばよかろう」
「――判りました。それではそのようにさせていただきます」
うむ、と皇帝が頷き、カテリナは謁見室を出ようとする。だが、途中で立ち止まり。
「父上――身代わりの者には気の毒な事とは思いますが、それでも、貴方が無事でよかった」
そう言い残し、その場を後にしたカテリナ。その後姿を見送った後、皇帝はフッ、と鼻で笑い。
「全く我が娘ながら、甘いな、そして愚か者よ――」
そう独りごちるのであった。
「あらお姉さま、ご機嫌麗しゅう」
「イグリナか……」
父であるライオネルに言われ、四大将軍の一人であるヴァイスの下へ向かおうと城の廊下を歩いていると、正面から妹であるイグリナの姿。
微笑を浮かべながら近づいてくる妹に、一旦足を止めるカテリナであるが。
「お姉さまはどうやら父上とお話があったとか、一体どのような事で?」
「……シェリナの件だ。遺体をせめて確認させてほしいとお願いをしにな。お前は――どうなんだ?」
どうとは、イグリナは遺体を見たのか? という質問である。
「お姉さまでも拝見できないものを私が見れるわけがありませんわ。ですが、愚かな妹の遺体など見たくはありませんけどね」
「何だと?」
ピクリとカテリナの眉が反応した。流石に聞き捨てならない言葉だと思ったのだろう。
「お前は実の妹になんてことを……」
「ですが、事実ではございませんか。あの愚妹は敬愛なるお兄様に毒などを呑ませた悪女ですわ。何故あのような場所に閉じ込めるだけなどと手ぬるい処罰で済んでいたのか些か信じられないぐらい。それもお兄様の心優しさがあっての事でしょうが、それでも私はいずれは処罰されると信じておりました。そんな妹が死のうが知ったことではありません。むしろ清々してますわ」
思わず眉をしかめるカテリナ。だが――
「お前が私の妹でなければ誰であれ問答無用で引っ叩くところだがな。だけど、お前の兄に対する愛情は判っているつもりだ。だからこそ、ついそのような毒も吐いてしまうのだろう。だがイグリナ、私はそもそもあの毒はシェリナの仕業とは考えていない」
「……相変わらずお人好しが過ぎますわねお姉さまは。そんなことではいずれ足をすくわれますよ? お姉さまに対して少々失礼かもしれませんが、もう少し利口になられたほうが宜しいかと……」
「ありがとう。親切心からくる言葉と受け止めさせてもらうよ。ただ、私からも一つ、お前は少し毒気が多い節がある。折角私なんかより気立てもいいのだから、内面にももう少し気をつけた方がいいかと思うぞ」
イグリナの蟀谷あたりがピクピクと波打った。
「言ってくださいますねお姉さま」
「気を悪くしたならすまない。だが、私はイグリナ、お前も愛している。故の苦言のようなものだ」
カテリナは、これに関しては嘘偽りはない。実際妹をふたりとも大事に思っているのである。
「――それはそれは、ですが、見た目ならばお姉さまもまだまだいけてますよ。ただ、いい加減騎士などといった物はお辞めになっては? 只でさえ花の命は儚いもの。それなのにわざわざ自分から踏みつけられに行くような真似――それでは誰も貰い手がいなくなってしまいますよ?」
「うむ、その気遣いは素直に感謝しよう。だが、私はまだまだ騎士をやめる気にはなれないのでな。ただ、お互い儚い命とやらを散らさないよう気をつけねばな」
「――クッ!」
イグリナが悔しそうに呻く。カテリナの切り返しが効いたのかもしれない。
尤も当のカテリナは無自覚でこれを口にしているわけだが。
「とにかく、私としてはイグリナのシェリナに対する誤解を少しでも払拭できるよう努めたい。昔みたいに――また仲良くやりたいものだからな」
そこまで語り、カタリナは再び歩みを再開させた。そんな後ろ姿を眺めていたイグリナであるが。
「――今更、昔のようになんて戻れるわけないじゃない……そんな事、誰も望んでいないんだから……」
そう呟き、彼女もまたカテリナに背中を見せその場を離れた――




