第百九話 マグマの選択
帝国の皇子であるウィリアムにより、両腕を奪ったのはマグマが罠に嵌め穴に落としたシノブかもしれないと知り、彼の身はワナワナと震えた。
「い、一体どういうことだそれは! あいつは間違いなく俺があの穴に落としたんだ! それなのに!」
「ふむ、どうやらもうごまかす気はないようだね」
「むぐぅ!」
思わず喉を詰まらすマグマ。確かに今の発言は彼が自らシノブを手に掛けたと自白したに等しい。
「テメェ、この俺を嵌めたのか?」
「まさか。大体この状況でわざわざ君を嵌めたところで僕には何の得にもならない。処分など下そうと思えばいつだって下せるんだ」
訝しげにウィリアムを見続けるマグマ。彼の真意が読めないといったところか。
「ならなぜ、あいつがこの両腕をこんなにしたなんて思えるんだ?」
「確信があるわけじゃないが、帝都では妙な仮面の男が暴れまわった後でね。総合的にみるとその男の正体が、シノブという男であった可能性が高くなるんだ。君も知っていると思うけど、その時にマイラという女騎士も一緒に穴に落ちている。だけど、彼女だけは無事穴から帰還したのさ。だけど、正直考えられないのだよ。あの底の恐ろしさは僕も情報としてよく知っているし出て来る魔物も桁違いのレベルだ。騎士としての経験も浅い上ステータスも決して高くない彼女一人の力で出てこれるはずがない。それに――」
ウィリアムはマグマが部屋に軟禁されている間に、市街で起こった事件について掻い摘んで話して聞かせる。
マグマはそれを黙って聞き続けたわけだが。
「そういうわけだ。一応死んだことになっているけど、実際は処刑されるところだったあの女騎士を助け出して帝都から逃げ出した可能性が高いと見ている。問題はなぜあの騎士をわざわざ危険を顧みず助けたかだけど、もしあの時一緒に落ちたシノブという男が生きていたと考えるなら辻褄があうと思わないかい?」
「……ありえねぇ。考えても見ろ、あいつはクラスの判定で無職だった。そんなやつがどうしてそんな危険な迷宮から脱出できる? 処刑の邪魔ができる?」
「もし、彼が何らかの手でクラスを隠蔽していたとしたら?」
「……なんだって?」
マグマの瞳が一際広がりを見せる。どうやらその可能性に関しては全く考慮していなかったようだが。
「実は、これまでの彼の話を纏めているとどうしても引っかかるところが出てきている。例えば訓練と称してサドデスが彼を痛めつけていた行為一つとっても、彼の怪我は無職にしては軽すぎる。本来なら骨の一、二本砕けても可笑しくないほどの暴力を受けても、精々打撲程度で済んでいたそうじゃないか。それ一つとっても不自然だ。特に近くで見ていた君なら、思い返せばそういった妙な点があったりしたのでは?」
そこまで言われ、マグマは改めて考えを巡らせる。確かに、ケントを馬鹿にした時の一件にしても瞬時にその間合いを詰めていたり、階段の下で他の二人と一緒に暴行を加えた際もわりと平然としていた。
「まさか、そんな――」
「どうやら思い当たる節があるようだね。そうなると、やはりシノブという彼は、何らかの方法で自分の力をごまかし、ステータス上では無職と偽っていた可能性があるということだ。勿論、あくまで可能性の一つとしてだが」
「あんにゃろうふざけやがって! つまりあいつはその力を使って俺にあんな化物をけしかけてきたって事か!」
怒りに震えるマグマ。やはり自分の非を認めるつもりはないようである。
「クソ! あの野郎絶対に許さねぇ――」
悔しそうにギリリと唇を噛みしめるマグマ。そんな彼を見やり、そしてその口元を微かに緩めるウィリアムであり。
「何度も言うけどこれはまだ憶測の域を出ない話でもある。だから絶対ではないけど、ただ、あの洞窟で騎士を助けた何者かが君の両腕を奪った事に間違いはないだろう。何せ、その状況でカコという少女だけはほぼ無傷で助かってるわけだし、わざわざ彼女を助けるためだけに現れたとしか説明がつかない。つまり誰かしらの思惑があってのことだろう」
そこまで話した後、ウィリアムは、けどね、と続け。
「例えそれがシノブという男であったとしても、そうでなかったとしても、君の力で勝てる可能性は低いだろうね」
「な、んだと?」
「ふふっ、信じられないと言った顔だね。でもよく考えてみることだ。君が相手した魔物を使役できる程の力があったとしたらその能力は相当なものだ。おまけに処刑場からマイラを連れ去ったんだ。あまり詳しくは言えないけど、その時に城の近くにある塔を破壊し、幽閉されていた人物を連れ去った可能性もある。つまり、それを行った本人の実力も相当なものだってことになる。そんな相手に君が、しかも大事な両腕を失った君が、勝てると本気で思っているかい?」
「ぐっ、ぐ、が、あぁああぁああぁああ!」
獣の咆哮に似た叫び。更にベッドをガンガン蹴り飛ばし、爆裂によって部品の一部が吹っ飛んだ。
相当興奮しているようだが。
「その憤り、気持ちは判るよ。下に見ていた相手がもしかしたら遥かに格上だったかもしれない。こんな悔しいことはないだろう。だけど、今の君では、いや今のままの君ではこれからどうあがいたってその高みには達することができない。これが、真実だ」
「うっせぇええええぇええええぇえええ!」
怒鳴り上げる。その視線はマットに、つまり下に向けられていた。黒目が振動しているように揺れ動いている。
「テメェは何がいいたい! 俺をコケにしたいのか! 両腕を失った俺にはもう価値が無いとでもいいたいのか!」
「――そうじゃない。聞きたいのは一つ、復讐、したいかい?」
「……何?」
「だから、復讐さ。君をこんな目に遭わせた相手に、君自身の手で復讐したいと、そう思わないかい?」
「当たり前だぁあああぁあ! わかりきったこと聞いてんじゃねぇえええええぇえ!」
その返答に、ニヤリとウィリアムの口角が吊り上がった。
「それなら、この僕につくといい」
「――はっ? テメェの下にだと?」
「そうさ。そうすれば――この僕が与えてあげるよ。復讐できる力を。その失った両腕も元に戻るはず。尤も、君の気持ち次第ではあるし、必ず成功するとはいえない。ある意味危険な賭けともいえる。でもそれが成功すれば――君はその両腕を奪った相手よりも、そして、今の勇者よりも遥かに強い力を手に入れることが出来る」
「力、だと? 俺に、力――」
「そう、力だ。今の君が喉から手が出るほど欲しいであろう力。それを与えよう。勿論受ける受けないは君の自由だ。ただし断る場合――」
「受ける! その話、受けるぜ! 当たり前だろが! 両腕も戻る! 力も手に入る! こんないい話、受けない理由がねぇ!」
ウィリアムは目をパチクリさせるが、すぐに、プッ、と吹き出し。
「いいねその決断力。話が早くて助かるよ。なら、ついでに約束しよう、あの迷宮の件はもう君が罪に問われることはない。力を手に入れた後も、ある程度の自由を保障してあげよう」
「そんなものはどうでもいい、とにかく力だ! 俺に力を寄越せ! 早く!」
「ハハッ、気が早いねなんとも。でも、ま、判ったよ。それならもう準備がしてある」
そう言って、ウィリアムがパチンッと指を鳴らすと、扉が開き金の縁取りをした赤い派手なベストと所々に銀の刺繍が施された白ズボンといった出で立ちの男がワゴンを押しながら姿を見せた。
金髪はキッチリとなで上げ、顔には丸メガネを掛けている。目は細く、にこやかとしているがどこか油断のならない雰囲気を醸し出している男でもある。
「毎度おおきに~いや~ほんまマグマはんでしたか? えぇもん手に入れましたなぁ」
「は? 関西弁?」
「はて? 関西弁? なんのこっちゃわかりまへんが、これがあんはんのこれからの両腕でっせ」
違うのか? と眉を顰めるマグマ。その思った以上に軽いノリにも嫌悪感を示したのかもしれないが。
とはいえ、ワゴンの上で布をかけられていたそれ、その布をガバッと剥がした瞬間、マグマの顔色が変わった。
「は? な、なんだよこれ……」
「見ての通り、貴方の新しい腕です」
「あ、新しいって……」
マグマでさえも思わずたじろぐそれが、少なくとも人の腕とは全く思えなかった。色は朱色であり、妙にグロテスク。皮膚がなく、筋肉だけが露出したような様相であり、しかもやたらと肥大化しており、移植するにしてもサイズがあってないように思える。
その上、腕だけにも関わらずまるで心臓のようにドクン、ドクン、と部位のあちらこちらが脈を打ち続け、煮えたぎったマグマのように所々が膨らむと萎むを繰り返していた。
「これが、俺の腕の代わりなのか?」
「そう、正しく君のためにあるといっても過言ではない、名付けるなら灼獄の双腕といったところか。これがあれば、君の炎の力は神さえも燃やし尽くすほどに強化できる」
「全く大したもんでっせ。ま、そん代わり移植した後は、暫く地獄のような熱に悶え苦しむ事になると思うけどなぁ。でもまぁ、それさえ過ぎれば腕はあんはんの理想の形に落ち着いてくれる筈でっせ」
関西弁風の喋りを見せた男が続けた。それを耳にし、喉を鳴らすマグマであったが。
「――くそ! 俺は決めたんだ! やってやるよ!」
そう決意し、そして遂に移植を受け入れた。
それから間もなくして――マグマの無くなった腕の部分に、その何かを取り付ける作業が行われたが、それから暫く部屋から彼の悲鳴が鳴り止むことはなかったという。
「それでは、毎度おおきに。いつもえろうすんまへんなぁ」
移植を終えたマグマを認め、ウィリアムと関西弁風の男は一旦部屋を離れた。
それからウィリアムは特別な商談を行う際にだけ利用する部屋に一緒に向かい、今回の腕やまた使用した魔薬の商談を纏めた。
「それにしても、こう堂々と来てもバレないものでんな」
「ふふっ、何せ顔からして完全に変えてるのだからそれはそうだろうさ。君の正体を知っているのは僕だけだしね。全く、一度は帝国から逃げ出した相手と、こうして交渉しているというのもおかしな話だと思うけど」
「ま、そのへんは持ちつ持たれつってところでんな」
「でも残念だな。人体実験のヤミさんとは会っておきたかったのに」
「えろうすんまへん。彼女はちと野暮用で出てしまってるんですわ。魔薬中毒のジャブなら呼べますが、どないします?」
「……いや、彼はいいよ。でも、彼の薬も役に立っている。さっきのマグマと一緒にいたガイやキュウスケという二人もそれのおかげですっかり抜けれなくなり、結果的に被験者として役立ってくれたからね。それにサドデス用のあれも上手くいきそうだし、君たちと取引していてよかったよ」
「そうでっか、それは良かった。お役に立てたなら何よりです。ま、わてらは貰えるもん貰えるなら問題ありまへんので、また何かご入用なら、この大金持ちのゲイツまでいつでもご連絡くだはいな」




