第百八話 影武者と皇子と――
「……今日はまた随分と口が回るな。なんだ? そんなに私の本体と会いたいのか? 我は例え影武者と言えど記憶は共有しておる。問題はなかろう?」
息子であるウィリアムが影武者について語ると、やれやれといった表情で皇帝が言葉を返す。
「いえ、別に父上に不満があるというわけではありません。ただ、あまりに素晴らしいスキルに少々嫉妬してしまいまして」
「ハハッ、嫉妬か、なるほど。それは良い、上に立とうと考えるものであるなら、例え相手が親兄弟であろうと嫉妬を抱くぐらいでないとな。なんならいつ首を狙ってきても良いぞ? ま、我もまだまだ殺られる気もなければこの座を退く気もないがな」
「――父上もご冗談が過ぎる。今の私がその首を狙うなどありえません。それにまだ私ではその玉座に座るには荷が重すぎる。尤も、もしアレが生きていればその首狙ってきても可笑しくないかもしれませんが」
「……それを持ち出すか。ふん、あんなものとっくに始末している。心配は不要だ」
「かとは思われますが――ですがそのことに限らず、此度のようなことも今後ありえないとは限りません。あのおかしな仮面の男、当然まだ生きていることぐらい承知の事と思いますが、あれにまた狙われでもしたら厄介でありましょう? いえ、それだけではありません。召喚した連中の内七人があの混乱に乗じ帝都を脱走し、追手も撃退されております。それとほぼ同時にゴーストも姿を消した……前回の召喚の時もそうですが、本来ならこのようにのんびりと話している場合ではないでしょう」
「……何がいいたい?」
まるで父であるライオネルに非があるようないいぶりに少々ムッとしながらも、皇帝は息子を睨めつけ問いかけた。
「我々は今後はさらに気を引き締める必要があるということです。そのためにも、我が帝国にも強力な戦士の力が必要でしょう」
「――ほぅ、それでお前にはそのあてがあるのか?」
「父上は此度の弟の活躍についてどう見て頂けましたか?」
「弟? カカッ、あれを弟とお前は呼ぶか? 確かに生まれたときから出来損ないだったゆえ、お前がせがむから処分はせずに玩具として与えたが、あそこまでの化物にしてしまうとはな。全く、酷い兄だよ貴様は。流石は母喰いだな」
「――その原因を作った冥器を与えたのは父上では? とにかく、役立たずの愚弟から、ここまでの力を秘めた怪物に昇華出来たのも、ある種の実験のおかげ。その成果は帝都に広がる樹海の様子を見て頂ければ納得頂けるかと」
彼が愚弟と呼ぶロイドが暴れた所為により、樹海の凡そ四分の三程度が消滅し荒野と化した。確かにその力は怪物と呼ぶに相応しいものであろう。
「――全く、魔法師団泣かせの奴だ。あれだけ荒れ果てた大地を元の樹海に戻すとなれば、マジェスタを含めた上級の魔導師が束になっても十日程は掛かるようだぞ?」
「実験には代償はつきものですよ父上」
「見事あの連中には逃げられたけどな」
「そこだけは誤算でした。勿論あの状況でも死なないように手は打って置いたのですが、あのような邪魔が入るとは。ですがそれに対する対処も、私がなんとかしてみせましょう」
「ふむ、食材が掛かっているとなると必死なようだな。まぁ良い、それはそれとして、あの怪物でなにを伝えたい? 確かにあのパワーは認める。あれ一つでも帝国の軍事力は跳ね上がることだろう。だが、あの巨体、それに何より目立つ。あれでは自由に動き回ることは出来ぬな」
「勿論、あれはそれ自体が要塞のようなものだと思って頂ければ。重要なのは実験によってあれだけの力が手に入るという事です」
ほぅ、と興味深そうに皇帝がウィリアムを見やる。
「つまり、あれと似たようなものを量産できるということか?」
「後々には、勿論まだまだ実験段階であり、その為の準備も必要です。ですので改めて父上には許可を頂きたい。実は丁度よい被験体がおりまして――ただそれは……」
ウィリアムがその実験について皇帝に許可を求める。その為の説明を受け、一瞬だけ皇帝の眉が吊り上がったが。
「そこからとはな。とは言え、確かに今後の事を考えればな。それに、勝手な行為に至った責任は取る必要はあるであろう。オニスはあのとおりだが、他の者にもな」
「では、許可は頂けるということで?」
「構わん、好きにするがいい」
「ありがとうございます。それでは早速――」
ウィリアムはそこまで話すと、その場から退席しようとする、が、そこで思い出したようにライオネルを振り返り。
「そういえば、カテリナが父上を探しておりましたよ。何かどうしても話したいことがあるそうです」
「……あいつがか? ふん、どうせ下らぬことであろうがな。まぁ、影を使って話ぐらいは聞いてやるか――」
そして、今度こそその隠された謁見室を退室するウィリアムであった――
◇◆◇
「うぉおおぉおおお! 糞が! いつまでこの俺様をこんなところに閉じ込めておくつもりだぁあぁああ!」
「ま、マグマ様、落ち着いてください。とにかく今は、絶対安静が必要で――」
「何が絶対安静だ! 俺は全然元気だってんだ! おら来やがれ!」
「キャッ! い、いや、やめてください」
「うるせぇ! 俺が元気だってとこをしっかり教えてやるよごらぁああぁああ!」
扉の奥から聞こえてきているのは獣としか思えない雄の怒鳴り声。
そして治療にあたっていた女回復士の悲鳴。そして続くベッドの軋み音と徐々に嬌声へと変わっていく牝の響き。
「全く困ったものだ。でも、随分と元気そうじゃないか」
「げ、元気すぎますよ。目覚めてから日がな一日中暴れっぱなしで、男を入れたりしたら喉笛を噛みちぎられかねません。女に対応させれば多少はマシですが、その代わり大体がこの有様です」
大体というのは性的な意味合いが強いのだろう。一応食事もしっかりと摂っているようだがその食いっぷりは野生の獣と変わらない。
むしろあぁいった状態に追い込まれることで逆に極度の興奮状態に陥り、獣へと退化したと見るべきか。
それはそれで面白い現象だが。
「ま、かといってこのままにはしておけないかな。人なら、もう少しは知性ある行動に出てもらわないと」
「ちょっ! お待ち下さいウィリアム殿下! いくらなんでも今部屋に入るのは危険です!」
「大丈夫さ。その為にしっかりこれも持参してある」
そういって皇子であるウィリアムは腰のハンニバルを軽く撫でた後、目下、野獣が交尾の真っ最中である部屋へと足を踏み入れる。
部屋に入るなり、なんともいえない据えた匂いが鼻腔をついた。壁際に設置されたベッドが壊れんばかりに激しく上下している。
「お盛んなのは良いけれど。一旦中断してもらっていいかな?」
「あん? なんだてめぇはぁああぁあ! 邪魔すんじゃねぇえええぇええ!」
「キャァアア!」
すると、怒りに任せてマグマが腰の回転だけで牝をウィリアムへ放り投げた。
やれやれと皇子は息を一つ吐き出しつつ――剣を抜く。その瞬間、飛び出した巨大な口が女を喰らいバリバリと噛み砕き、ゴクリと飲み込み剣の中へと戻っていく。
「な、なんだぁ?」
「これで、邪魔者はいなくなったね」
ニコリと微笑みながら、ウィリアムがマグマの側へと寄っていく。
扉の前で控えていた兵士の話では、かなり荒ぶっていると聞いており、事前の様子からも確かにその雰囲気はあったが、ウィリアムの所為を見ては流石に何も考えずに噛み付くわけにいかないようだ。
尤も、ウィリアムとしてもそれぐらいの思慮は持ち合わせておいてもらわないと困る。
何も考えずただ血の気に任せて吠え、噛み付くだけの猛犬では信頼たる道具にはなり得ない。
「それにしても、そんな姿になっても元気そうだね。色んな意味で」
「――なんだそりゃ? この俺様を、笑いにでも来たのかよ!」
とはいえ、その口調は強気で荒々しい。それだけをみればまさに野犬、血の気の多い野良犬だ。
召喚された当初から彼には問題があったこと、それは報告書を読むことである程度理解している。
その上、手に入ったクラスが中々強力だった事も影響しているのだろう。
実はクラスの希少性はS~Gランクまで序列がある。これを決めたのはクラスについて研究を続ける学者たちだが、彼の手に入れた爆裂戦士はAランクだ。
聖女や魔女などのSランクほどではないが、それでもかなり希少である。
ただ欠点がないわけでもない。爆裂はあまりに爆破というスキルに偏りすぎている為、くるとわかっていれば対処がしやすいという事だ。
つまり爆裂戦士というクラスだけ持っていたところで理想の強さは手に入らない。
それはマグマ自身が身をもってわかっていることだろう。
その上――
「くそ! 大体、大体なんで俺の両腕がないんだ! 気がついたら、両腕は仕方なく切断しただと? ふざけるな!」
そう、マグマには既に両腕がない。爆裂戦士のクラス持ちであればこれは致命的だ。折角の爆裂も両腕がなければ効果は半減だ。
一応は足の攻撃でも発動しなくはないが、マグマの主な攻撃手段は剣であり、足だけの戦闘など経験したことがない。
そもそも足技を使いこなせるクラスなどかなり特殊だ。これからマグマにそれを使いこなせというのも酷な話であり、だいたいそんなものを待つほどの余裕があるわけでもない。
「仕方ないだろう。治療専門の魔導師が束になっても、その両腕は戻せなかった。骨はグシャグシャでほぼ千切れかかってもいたんだ。そこまでいくともう切断しか手はない」
実際は、まったくないというわけでもないが、かなり希少なエリクサーなどの薬を使用するか、それこそレベルの高い聖女や大司祭級が使用する魔法が必要となる。
時間的に見てもそれをすぐに手配するのは厳しく、またそもそもするつもりがウィリアムにはなかった。
「くそが! くそが! なんで俺がこんな目に! 大体! 大体帝国の連中にも責任があるだろうが! 何が危険のない迷宮だ! その結果がこのザマだ!」
「はははっ、君は中々面白いことを言うものだね」
なんだと? とマグマがウィリアムを睨む。今にも飛びかかってきそうだ。
もしウィリアムが狂食冥剣を所持してなければ間違いなくそうしていたことだろう。
「ふぅ、マグマ君、君はもう少し自分の状況を理解した方がいい。君が嵌めようとしたカコという少女も保護され、この件のあらましは大体つかめている。当然僕の耳にも入ってきているからね」
「……何がいいたい?」
「君の立場は決して良くないということさ。勝手に迷宮の隠し通路に足を踏み入れ、クラスメートの一人を穴に叩き落とし、その上で少女に襲いかかったんだ」
ウィリアムの説明に、クッ、とマグマが呻くも。
「そんなもの、俺だけが悪いわけじゃない。大体最初に話を持ちかけてきたのはオニスって軍曹だ。実行犯だってサドデスみたいなもんだ。俺は連中に誑かされたんだよ」
「そんな言い訳が通じるとでも? 既にオニスの処分は下った。サドデスからも当然話を聞いているが、君がこの件に積極的に関わろうとしていたことは判っている。今はまだ一部の者の胸の内で留めてもらっているが、このままいけばいくら召喚された英雄であるにしても、極刑は免れない」
「ふざけるな! クソが! クソが! なんで俺が! 悪いのはあいつらだ! 俺をコケにしたシノブやケント、それにあのいけすかねぇユウトだ! それなのに! それなのに!」
ベッドをガンガン蹴り飛ばしながら悔しそうに吐露しておく。正直こうなったのも自業自得でしかないのだが、マグマ本人は自分の責任だなとと毛程も思っていないだろう。
「ふふっ、悔しそうだね。ま、判らなくもないかな。特に君が最初に名前を出したシノブという男は、もしかしたら君の腕を奪った張本人かもしれないのだからね」
「――なん、だ、と?」




