第百四話 俯瞰する者
件の森が一望できる丘の上に、三人の男女の姿があった。
一人はメイド服を来た女性、そして残りの男女は共に似たような装束姿。
それはこの世界では見られない袴と狩衣で構成されており、上着は丸襟で袖が広いのが特徴であり、全体的にゆったりとした作りだ。
頭には円錐に近い形状をした烏帽子を被っており、それぞれ手には八卦鏡と呼ばれる導具を手にしている。
二人共、装いに関してはほぼ一緒、ただし装束に関しては色が異なっている。
少女は全体的に黒で統一されており、少年に関しては逆に白で統一されていた。
「――相変わらず、見事な技だな」
すると、更にもう一人の乱入者の姿。口元をマスクで多い、綺麗に剃り尽くした頭には炎の入れ墨が掘ってある。
全身を黒い外套で覆っており、普段はフードも被り姿を隠すことが多い人物――帝国ではゴーストと呼称されているが、その正体は、日本からの転生者。
生前は業火遁の玄庵として知られた忍者である。
「これはこれは唐沢様、随分と久しぶりにも感じますが元気そうですね」
すると、白装束の方の少年が先ず振り返り、朗らかな表情で彼を迎えた。
その笑顔はどこか太陽を思わせる。そしてそれに続いて黒装束の少女も振り返るが、少年とは異なり美人ではあるがどこか陰鬱な表情であり笑顔もない。肌の色も不健康そうに青白く、少年と異なり挨拶などはかわそうとせず、ただ黙ってじぃ~っと玄庵を見つめていた。
「よせよせ唐沢様だなんて心にもない呼び方。俺は様もいらねぇし、玄庵ってだけで十分だ」
「……そうね、彼はあまり畏まった態度は嫌いみたいだから」
メイド姿の彼女、ハーミットが口を挟んだ。それを耳にし、禿頭を擦る玄庵である。
「それにしても、今日は幸運でした。まさか幻乱さんのこのようなメイド姿が見られるなんて、いやはや眼福眼福」
少年は幻乱と呼んだハーミットを一瞥し、けらんけらんと笑い声を上げた。
どこまでも明るい少年ではあるが、同時にどこか人を喰ったような印象も感じられる。
「それにしても、霧隠のをここまできて結局どっかに送っちまったのか? 島に連れて行くものだと思ったけどな」
「成長次第ではそれもありましたが、見たところまだまだ我々の仲間に加わって貰うには力不足のようですからね。尤も、彼だけではなく、そういった血脈は多いですけどね」
「十勇の血脈か……それにしてもあんた方二人といい、同じ世界に全員揃うなんて妙な偶然だな」
「あはは、そうですね。ですが、あの方はそれもある程度予想はついていたようですが」
少年はやはり笑顔だが、しかしあの方のくだりにだけは敬意のようなものも感じられた。
「ま、それはそれとして、あの連中は結局どこへ送ったんだ?」
「あはは、わかりません」
「は?」
「ですからわかりません。なにせ僕達もここについたばかり、仔細な情報も掴んでおらず、その上突然山が飛んできたわけですからね。咄嗟に姉様に陰穴を開いてもらいましたけど、僕の方は適当に陽の出口を開いただけです」
「……呆れたねなんとも」
「そう言わないでください。僕だってこれでも頑張ったんです。それに適当といっても取り敢えず寅の方角へ、都からはかなり離れた位置に程度は設定しましたよ。海のある方角ではありますが、距離的には海に落ちるような事はないと思いますし」
「全く、随分と大雑把なものだな」
「あの状況じゃこれが精一杯です。ま、後は霧隠の子孫に頑張って貰うしかないですね、試練と思って」
何の試練だか、と玄庵は肩をすくめるが。
「まぁ、話は判ったよ。さて、あいつがどうなったかも見れたし、俺は行くぜ」
すると、玄庵は身を翻し、まるでこれでお別れだと言わんばかりの態度。
「――玄庵、お前、帝都を出る気なのか?」
「え? そうなのですか?」
すると幻乱がその背中に問いかける。少年はそうなのですか? と目を丸くさせるが。
「あぁ、やはりお前はこうなると気づいていたか。ちょっとした逸材を見つけてな。興味を持った。今は自分でも気がついてないようだが、鍛え上げれば面白いことになりそうでな」
「その逸材というのは、あの暗殺者持ちか?」
「……そうだ」
そうか、と彼女が答える。すると少年は、まいりましたね、と口にし。
「玄庵さんは僕達の仲間でもあるのですから、勝手に行動を決められるのはちょっと。一応あの方にも相談ぐらいは――」
「あの方、ね。これでも感謝はしているさ。生前だって知らない仲じゃあなかったし、こっちて転生してからあいつには世話にもなった。だけどな、柄じゃねぇんだよ、やっぱりな。組織に縛られるような生き方は俺には合わねぇ。だから、こっからは好きにやる」
「好きに、ね……」
少年が呟くと、顔だけで振り返り。
「それでも文句があるってなら、別に抜忍として処理してくれても構わないぜ。そういうのには慣れてるからな」
そう言い残して、まるで風のようにその場から消え失せた。
「全く、勝手な人だ」
「――それで。どうされますか?」
「まぁ、一応は報告しますが、そんな心の狭い御方ではありませんからね。暫くは自由にさせておく事でしょう」
「……そうですか」
そして、少年の答えを耳にした後、幻乱は玄庵の去った方に目を向けた。
どこか安心したような表情で――
◇◆◇
帝都を出ることを決めた玄庵は、先回りの為先を急ぐ。するとふと、懐に入った一枚の紙切れに気がついた。
「――これは幻乱か、全くいつの間に」
その紙はどうやら手紙のようであり、駆けながらもそれに目を通す玄庵であったが。
「……なるほどな。アレにそんな秘密があったとは、これはなおさら面白くなりそうだ――」
そう独りごち、楽しそうに口元を緩めながら、玄庵は足を早めるのだった――
◇◆◇
「……全く、何から何までとんでもないねぇ――」
二号を背負い、穴の中からヒョイっと顔を出したピンク、もとい、バーバラが呆れたように目を細めながら呟いた。
そんな彼女の背中に体を預けている二号は、完全に気を失っているようでもあり。
「ふぅ、それにしても、彼のお陰で命拾いしたね――」
気持ちを吐露するバーバラ。森の状況を確認するように顔を巡らすと、周囲の景色は一変しており、よくこれで生き残ることが出来たなと改めて安堵する。
そしてほんの少し前の出来事を想起する。
あれは彼に肩を貸し、森を出ようと必至に足を動かしていた時のこと。
突如頭上に、山が現れた。比喩でも冗談でもなく、事実、山が空中から森に向けて落下してきたのである。
森をすっぽりと覆うような影で、それに気がついたバーバラであったが、流石にこの時ばかりは覚悟を決めた。
あの速度で山が落ちてきては、いくらバーバラが急いだところで間に合わないことは自明の理であったからである。
だが、そんなときに彼、二号が言った。
『……俺がなんとかする』
バーバラは正直耳を疑った。なにせ彼は直前の黒騎士戦で疲弊しきっている。体力だって殆ど残っていない筈だ。
なのに一体何が出来るのかと――
だが、二号は一旦彼女の肩から離れ、かと思えば、地面へと渾身の力でその拳を叩きつけた。
するとどうでしょう。何もなかったはずの土の地面に、二人が入れる程度の穴が空いたのです。
「……壕の代わりだ、これに入って、やり過ごす――早く、隠れるぞ」
二号にそう言われ、バーバラも意味を理解したのか、満身創痍の彼を再び肩にし、壕の中へと飛び込んだ。
その直後、森を吹き飛ばすほどの衝撃が駆け抜け、ある程度土砂も崩れてきたが――なんとか大事には至らず、無事やり過ごすことが出来たわけである。
(全く、シノブもとんでもないやつだったけど、その仲間も同じぐらいとんでもないね――)
そんな事を思いながら、ケントをおぶって都へと急ぐバーバラの顔は、どこか嬉しそうでもあったという――