第百三話 ケントの足止め
第百二話のあとがきに追加しようとは思いますが、シノブ達のこの章の出番は第百二話の時点で終わっております。
シノブ達がこの場から離れていくのを認めた後も、ケントの猛ラッシュは続いていた。
黒騎士相手に不意をついたとは言え先制攻撃を決め、そのまま固有スキルである三分間の死闘を行使し、その上でハルバードロールという大技で息もつかせぬパンチの乱打。
一度勢いに乗れば、ケントのこの技は振り子と同じ。しかも軌道の変化に長けた動きで徐々に加速しながら上下左右、更に斜めまで四方八方から強烈なパンチが乱れ飛ぶ。
渦中にいる黒騎士からすれば、強烈な台風のさなかにいるのと変わらない事だろう。その猛烈な圧力は対象から酸素さえも奪い、呼吸困難とて引き起こす。
尤もそれは相手が普通の騎士だった場合だ。いや、今目の前で必死に機会を伺っている黒騎士にしろ、ギアが上がっていなければこれだけでも十分勝負になったことだろう。
だが、今の黒騎士は違う。ギアをフィフスまで上げたこの存在には既にケントの攻撃が見切られている。
その証拠に、既に黒騎士は脇を固めるようにし、出来るだけ表面積をコンパクトにさせ、首も引っ込めて完全に防御を固めていた。
更に腕をクロスさせ、手持ちの片手半剣すらも盾代わりに持ち替え、鉄壁の姿勢である。
一見するとまるで甲羅に隠れる亀であり、あまりに消極的な構えにも思えるが、その防御力は絶大であり、しかもケントの放つパンチの一撃一撃をも、僅かな体の動きだけでポイントをずらしダメージを最小限に抑えている。
肩を使ったショルダーブロックや肘を使ったエルボーブロックも多用され、ケントの攻撃は決定打に繋がらない。
ただ、反撃を試みる様子もない。黒騎士は今、ケントという台風が引き起こした嵐の真っ只中にいる。この状況の中で下手に手を出しては、いくらギアを引き上げ強化された騎士とはいえ巻き込まれるのは必至。
だからこそ、迂闊に手を出してこようとはしない。しかし、だからこそケントは底知れぬ怖さを感じる。
防御を固める相手の表情は決してやぶれかぶれや、とにかく守りを固めてやり過ごそうなどという消極的なものではなかった。
その証拠にガードの隙間から覗かせる双眸は、獣のようにギラギラとしており、まさに今肉食獣が獲物を捉えるため、慎重に事を運んでいるような、そんなしたたかさを感じさせる。
そして黒騎士の姿勢が正しいことはケント自身が一番良くわかっている。
今使用している固有スキルの【三分間の死闘】は、三分という時間内だけ劇的に拳の威力や身体能力を向上させる。
だが、その分使用後には一気に体力を消耗してしまうという欠点も併せ持っている。
その為、三分を過ぎた後は、大きな隙を作ってしまう事にも繋がる。
だが、かといってケントも今更後には引けない。この三分間をフルに活かし、少しでもシノブ達の逃げる時間をかせぐ必要がある。
だからこそ――
「むぅ……」
黒騎士が僅かに唸った。ケントによる攻撃の手が、ここにきて緩むどころか急加速を始めたからだろう。
【怒涛のラッシュ】――三分間の死闘からの派生スキルであり、効果が終わるまで残り十秒を切ってから使用が可能な固有スキル。
残リ僅かな時間で全てを燃やし尽くすのが目的。当然その分、更に輪をかけて身体能力が向上するが、スキル使用後は三分間の死闘とは比べ物にならないほどに一気に疲弊してしまう。
だけど、それでもケントはこれに賭けた。このままノーダメージではケントにとって意味はない。
だからこそ、息継ぎもせず更にラッシュを続ける。回転数が更に増し、ギュルンギュルンという駆動音が全身から吹き上がる。
だが、最初の数発こそ手応えはあった。しかし、黒騎士は予想以上に手強く、それだけで軌道を修正し、再びケントの攻撃を最小限のダメージで抑え始めた。
それでも、ケントはとまらない。既に全身から大量の汗が吹き出ている。腕も汗でぐっしょりだ。
だが、退けない。効果が切れるまで、残り五秒、四秒、三秒――その時だった、ケントの肘が下がり、猛然とラッシュを続けていた拳が止まった。
最後に打ち込んだ拳の反動で背中から押し戻され、倒れそうになる。
だが、前に出ていた左足を大きく下げ、踏ん張りを聞かせた。
しかし、膝が落ち、地面すれすれのところで片膝立ちのような状態となる。
奥歯を噛みしめるその肩は震えていた。顔を上げ、悔しそうに黒騎士と目を合わせると、相手の双眸がギラリと光る。
そして、そのときには既に黒騎士の剣は振り上げられていた。
「終わりだ――」
無情な響きがケントの耳に届いた。両手で構えた剣がケントに向けて容赦なく振り下ろされる。
そして、まさに今、ケントの頭をかち割り、一刀両断に斬り伏せられるかと思ったその時――
「――グボォ!?」
ケントの左拳が、黒騎士の顔面を捉えていた。メキメキメキという鈍い響き、拳は顔が変形するほどまでにめり込み――
「う、ウォオオォオオオオオオォオ!」
獣の如き咆哮を上げながら、ケントは左のストレートを振り切った。
それは、完璧なカウンターだった。
そう、ケントは最初から狙っていた。当然だ、プロのボクサーであり世界チャンピオンを目指す彼にとって、どんな状況でも勝負を投げ出すことなどありえない。
友人を逃がすために、自己犠牲の気持ちでなど、そんな後ろ向きな考えは最初からもっていない。
ケントはある意味では臆病な男だ。そう自分でもわかっている。だからこそ、どんな状況でも自分を過大に評価したりしないし、相手を過小評価もしない。
常に挑戦者たれという気持ちを持ち続け、勝利をつかむためにはあらゆる手を尽くす。
だからこそ必要とあっては過剰な挑発行為もする、そして騙し討ちだって行う。
そう、ケントの拳が止まったあの一瞬、実は時間は後一秒だけ残されていた。
ケントはその一秒に全てを賭けるため、罠を仕掛けつつ相手の攻撃を待った。
左足を引いたのは疲弊からではなく、ただのチェンジだ。そして、それを誘いに使いその上で膝を落とす。
ここから狙う技は一つ、【居合カウンター】。膝を落とし、片膝立ちに近い状態に持っていったのは、このカウンターを決めるためのベストな姿勢を保つため。
そして相手の攻撃を紙一重で避けつつ、膝のバネさえも活かし拳を前に出す。相手の振り下ろしの角度のベストなタイミングを見計らい、振り下ろされた腕に交差するように自らの腕を重ねた。
クロスカウンターにも近い挙動、だが、居合カウンターと名付けられたわけはここから先にあり、汗を大量に流した状態で行動に移したのは、腕の滑りを良くするため、そして相手の腕なり武器なりを利用し、交差させることで、居合における鞘滑りと同じ効果を引き出し、瞬時に加速、カウンターを決める。
その威力は本来のカウンターを遥かにしのぎ、まさに一撃必殺といって差し支えない代物である。その分狙うタイミングは難しいが――ケントは己の体力が尽きたフリをし、相手を誘い出し、見事これを決めてみせたのである。
カウンターを受けた黒騎士は、そのまま森を突っ切るようにふっ飛ばされ、その視界から消えた。これがリングの上であったなら、相手選手は観客席を越えて最奥の壁にでもぶち当たっていた事だろう。
下手したら壁すら突き破っていたかもしれない。それほどの威力である。
「……これで、足止め、完了――」
そして黒騎士の姿を認めたケントは、満足げに独りごち――かと思えばぐらりと膝が崩れ、そのまま傾倒しそうになるが。
「おっと! 危ないねぇ!」
そこへ仮面シノビーピンクが現れ、その身を支えてあげた。
「全く、突然一人で駆けていっちゃうんだからねぇ。あたいも追いかけるのに苦労したよ」
やれやれといった顔で言葉を投げかける。その姿にケントもニヤリと笑みを浮かべ答えた。
「……それは、済まない。あいつを逃しててな。ただ、会えるチャンスは奪ってしまったな」
「ば、馬鹿! もうそんなことはいいんだよ。それより、一応決着ついたんだろ? 全くあたいも張り切ってきたのに役に立たなくて申し訳ないけど、せめて脱出するのは手伝わせておくれよ」
「……悪い、でも、大丈夫か?」
「舐めんじゃないよ。弱ったあんたを担いでいくぐらいの力はあるんだからさ」
そういいつつ、ケントを背負うようにしてその場を去ろうとするが、ふと上を見ると、ローブを纏った魔導師然とした男が二人を見下ろしていた。
その妙な雰囲気に、ゾクリとしたものを感じたピンクだったが、それ以上特に何かしてくる様子はなかった為、ケントを連れて直ぐにその場を立ち去った――
◇◆◇
(アインがやられるとはな。だが、孫の件を考えれば助かったと見るべきか――)
マジェスタは逃げる二人を観察した後、そんな事を思いつつ、アインの方に目を向けた。
やられたと判断はしたが、暫く動けなくなったというべきであり命に別状があるわけではない。それに関してはあの白騎士にしても一緒であった。
尤もその直後には回復し、既に森を去ったようだが。
とは言え、だからこそ、敢えて二人に追い打ちを掛ける必要はないと判断した。
孫のマビロギを人質にした奴らの仲間であったなら、手を出すのは得策ではないと判断したからだ。
それに黒騎士と白騎士がそれぞれ生きてさえいれば、体裁は保つことが出来る。
それよりも問題なのは、孫を攫った連中の動向だ。もし万が一でも約束を反故にしようとしたなら、その瞬間にはすぐに魔法を行使できるよう準備は進めている。
(――奴ら、あの事にまでは気がついていないようだし、妙な気は起こさないと思うが……)
マビロギについて唯一心配なのはそのことだ。そしてそれがあったからこそ本当は彼とて孫を魔導師団には入れたくはなかった。
帝国の騎士にしろ魔導師団の連中にしろ、そういった意味では全く信用していないのがマジェスタだ。
だからこそ、それでもどうしても入りたいというマビロギに条件として薬を飲むことを義務付けた。
その効果が続いている限り、少なくともそっち方面の心配はなくなる。
「それにしても、何をグズグズしておる! 逃げるならさっさと逃げて解放せんか馬鹿者が!」
遠見の魔法によって、連中が言っていたようにマジェスタはその動向をこの場所からでも知ることが出来る。
最もだからこそヤキモキしていると、そう言えるのだが――しかし、その時、突如謎の巨人が乱入したのをマジェスタは目にすることとなる。
「ば、馬鹿な! 何だこれは! こんな化物、見たことが――」
狼狽するマジェスタ。しかも――
「山を、持ち上げただと――」
マジェスタですら信じられない程の怪力。あまりの事に一瞬気が動転しそうになるが、当然こんなものを落下させられては孫もタダではすまない。
あの連中などどうでもよいが、孫だけでも助けたかった。だからこそマジェスタは、その場ですぐに障壁を展開させ、森全体を覆うようにした。
ただ、あまりに範囲が広大になるため、地上からそれほど離れてない場所に、かなり薄くしか展開できなかったが――
その為、化物の落下と同時にとんでもない衝撃が訪れ、マジェスタでさえも一瞬意識がとびかける。
だが孫のため、絶対に助けようと魔力を振り絞るが――
「な、なんだと!」
しかし次に出たのは驚愕の声であった。何故なら、その孫もろとも、突如空間が裂けるようにして現れた謎の穴に連中と一緒に吸い込まれてしまったからであり。
「ば、馬鹿な、一体どこに――くっ、ダメだ! もう持たん! 仕方がない!」
結局マジェスタはその場からなんとか障壁をギリギリで保ちながら黒騎士を連れ、森から脱出した。
直後、障壁は消失し――そして山の着弾によって森の四分の三が、消滅した……。
この章もまもなく終わりを迎えます。穴が何なのかや他のメンバーについてなどは残りの話の中で触れていくことになります。




