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第百二話 穴

 俺はマビロギを連れたまま、子獅子状態のネメア、そして姿を隠してるマイラ、シェリナと一緒に森の出口を目指した。


 とにかく、帝都周辺からすぐに逃げ出すことが大事だ。森から出たら、マビロギはそのあたりに縛り付けて、二人を抱えて瞬間移動で移動してしまおう。ネメアもこの状態ならシェリナに抱えてもらっておけば大丈夫だしな。


 せっかくのケントの足止めを無駄にはできない。三分後は気になるところだけど、丁度彼女も近づいてきていたし、その後のことは任せよう。

 

 とにかく、今のうちに少しでも距離を――


「グォオオォオォオオオオオ!」


 その時、頭上から降り注ぐ、人間離れした雄叫び。かと思えば目の前に落下する影。


 まるで、巨大な岩山が降ってきたかのような感覚。壁のように立ちふさがったそれは、異形の様相をした巨人であった。


「お、オデ、オデ。お、ニイヂャン、お、ニイヂャンの為、絶対ニガザナイ、おまえ"だぢ、ずがまえ、る――」


 耳障りな濁った声が届く。髪の毛が生えていない、コブが寄り集まったかのような顔相は、あまりに悍ましく、奇怪と言えるだろう。


 肩幅が異様に広く、更に腕も太く長い、拳がただでさえ大きな顔面以上に大きいってどんな冗談だ?


 しかし、かなり濁ってはいるが、発する言語は俺にも通じる、つまり人のものだ。


 そうなると、こいつは魔物や巨人といった類ではなく、一応は人間やそれに準ずる種族って事か?


 しかし、様相はあまりに人間離れしている。


「な、なんなんっすかこれは!」

『むぅ、何か異様でとんでもない力を感じるのじゃ! 油断したら駄目なのじゃ!』


 マイラが驚愕の声を上げておののき、ネメアも何かを感じ取ったようだ。


 だけど、一番この存在に強い反応を示しているのはシェリナだ。俺の腕をぎゅっと掴んでガタガタと震えている。


 マビロギすら呆気に取られているようであり。


「おい! アレなんだ? 俺達が逃げるのがお前を助ける条件なのに、なんでまた変なのがくんだよ」

「し、知るか! 大体僕だって、こんな奴初めて見る!」


 知らないのかよ。どうりでそんな面を喰らったような顔をしているわけだ。

 それにしても一難去ってまた一難かと思えば、それを乗り越えてもまた障害かよ。

 やってられないぜ。


「おで、おで、お前、お前、おニイヂャンの為、おまえ、ら、ぜっだい、ぜっだい、とおざない!」


 それにしても、さっきから口にしている、お兄ちゃんって、一体誰のことだ?


 とにかく、こいつはそのお兄ちゃんとやらに言われてここまで来たらしいが――


 ふと、その異形な男、性別は多分だけどな。これで女だったら流石にビックリだし。


 とにかく、それが身体を大きくひねり出した。


 それにしてもやたらとモーションが大きいな。力をいかにも溜めてますって感じか。

 これ、今のうちに逃げれるんじゃないか? と思ったりもしたが――ブォン! という轟音。


 最大限に伸ばした強力なゴムのごとく、溜めた力を開放し、拳が繰り出された。


 背中にはシェリナに乗ってもらい、両脇にマビロギとマイラの二人を抱えたまま、俺は体遁で脚力を強化し、大きく飛び上がる。

  

 何か、嫌な予感がした。そして、それは間違いではなかった。

 結果として拳は俺達には当たらず、ただ地面を殴るだけにとどまった。


 だが、その余波がとんでもなかった。まるで核ミサイルでも着弾したかのような衝撃、轟音、揺れ、空気がやたらと振動し、波紋状に広がる衝撃波で周囲の木々がなぎ倒され、いやそれどころじゃないな、粉々に砕け大地が捲れあがり、あの巨人がいた場所を中心にしてその周囲の地盤が一気に下がった。


 まるでその部分だけがすっぽり抜け落ちたかのようですらある。


 自然破壊も甚だしいな。


「これは、とんでもないな……」


 かなり高く跳躍したが、それでも一瞬余波に流されそうになってしまった。

 なんとか堪えたが、それにしてもなんだったんだあれ。


「こっちに人質がいるって判ってるのか? おい、あんなの喰らったらお前も死んでたぞ?」

「クッ、ぼ、僕は別に命なんて……」


 そんな事いいながらガタガタ震えてんじゃねぇか。


「頼むからもうおもらしは勘弁してくれよ」

「な!? き、貴様まだそんな事を!」


 いや、あばれんなって。

 それにしても、勝手に殴って、勝手に地盤沈下に巻き込まれたってとこか?


 無事かどうかは知らないが、あれだけの大穴があいてしまったら、もうそう簡単には出てこれないだろう。


「す、凄まじいっす……一体なんだったんっすか?」

「さぁな。でも、勝手に自滅していたらしょうもな――」

「おで! 絶対に、にがざない!」


 は? おいおい冗談だろ?

 ニョキッと腕が穴の中から生えてきた。穴の縁を掴み、そのまま跳躍して地上に再び姿を見せる。


 マジかよ……俺達は俺達で、すっかり見通しの良くなった地面に着地したが。


「おで、おニイヂャンのきだい、うらぎらない!」


 俺たちを認め、再びのっしのっしと近づいてくる巨体。

 シェリナだけではなく、マイラも俺の腕を抱きしめる力を強めてきた。

 ネメアからは妙な緊張感が漂っている。


 確かにあのパワーは絶大だ。あんなのに巻き込まれたらシャレにならない。


 だけど――


「大丈夫だ、倒すのではなく逃げるなら、こいつはあの黒騎士やマジェスタよりはやりようがある」

「は? お前、本気で言っているのか? あんなのどうしようというのだ。言っておくが僕は一切協力などするつもりはないからな!」

  

 はいはい、別にそんなこと期待もしてないって。 さて、あの異形の巨人が再び身構えだしたな。何か攻撃をされる前に。


「おまえだち! 逃がさ――」


 巨人が濁った声で叫んだその瞬間、俺は逆に相手に向かって跳躍する。


 それに驚いた声を上げたのはマビロギだ。まさか、自分から近づいていくとは思わなかったのだろう。


 だが――


「霧遁・呑雲吐霧!」


 大きく息を吸い込み、異形に向けて重たい霧を思いっきり吹き付ける。

 この巨人は、基本的な動作は重々しい。だから、この術も躱すことは出来ない、そう判断し、見事にその予想は的中。


 霧は足下から徐々に巨体を侵食していき、全身を包み込んだ。


「ぬぅうあぁああ、なに"ごれ! ぢゃま! おで、こでぢゃま! お前! なにじだーーーー!」


 滾った声を上げる巨体。まるで獣の咆哮だが、相当イライラしているのは判る。


「こで! げぜーーーー!」


 そして、再び拳を振り下ろそうとしてくる。だが、案の定さっきのような勢いはない。この霧は重たく、更に全身に纏わりつくとその動きを激しく阻害する。


 結果的に拳を振り下ろす速度も激減することとなる。攻撃をする時、単純なパワー以上に大事なのは勢い、つまり速度だ。


 この異形は動きこそ鈍重で攻撃に入るモーションも大きいが、いざ攻撃が放たれれば、その速度、つまり勢いはかなりのものだった。


 それが、結果的にあれだけの化け物じみた破壊力を生んだわけだが、その勢いが殺されれば――


「あ、ああ、ああぁあああぁあ、ぢがう、ごんなの、ぢがうぅううぅううう!」


 結果として、振り下ろした拳は地面を凹ませる程度の威力はあったが、先程のような余波を生み出すことはなく、それが信じられないのか、奴は大口を開けて絶叫した。


 だが、それも当然だ。それでも地面が凹んだのは、単純に奴の自重(じじゅう)によるところが大きい。

 あれだけでかければ拳の重さも相当だからな。


「おいおい、ただでさえのろまな亀みたいな動きだったのに、更に遅くなったな。今の拳ならハエだって止まれそうだぜ、全く、凄いのは見た目のデカさだけかよ。このとんま野郎!」

「あ、ああぁああああぁああ、ぢがう! おで、おニイヂャンにぎだいされてる! のろまぢゃ、ない!」


「お、おい! 何考えてるんだ! あんな焚き付けるような事を言って!」


 マビロギが焦ったように言うが、いや、これでいいんだよ。こいつ、パワー以外は相当わかりやすいからな。


 頭に血を上らせて、冷静さを失わせる。後は上手く罠にはめて、その隙に逃げ出すだけだ。


「それはあれだ、お前の兄ちゃんの見る目がないんだ。全く兄弟揃ってどうしようもないな。ば~か、あ~ほ、お前のにいちゃんでべそ~」

「さ、最後の方はひどすぎっす、子供みたいっす……」


 う、マイラが呆れたようにつぶやいた。咄嗟に思いついたのがこれしかなかったんだよ!


「ヴヴうヴうぅうヴうヴうぅうああぁああ、おでのおニイヂャン、でべそじゃ、ねぇえええぇええええぞおぞおおおおぞおおお!」


 そこかよ! 思いの外単純な悪口がきいたよ!


 とは言え、これで後はムキになって突っ込んできたところで、土遁で落とし、直ぐに埋めてやる。

 どの程度時間稼ぎ出来るかってところだけど、霧遁の効果もまだ残っているからそう簡単には――


「おまえだぢ、絶対、ゆるざねぇ!」

「……は?」


 そして、声を張り上げた異形の巨人だったが、かと思えば俺の視界から消えた。


 あれ? なんだ、どうした?


「……なんか、飛んでいったな――」

「そ、そうだな……」


 そう、マビロギの言うとおり、あいつは何故か突然地面を蹴り上げ、どっかに飛んでいった。動きを阻害していたとはいえ、飛ぶという行為に関して言えば、脚に力をためて最小限の動作で行えば霧の影響をそれほど受けずに済むこともある。


 それを、何か本能でやってそうではあるけど、とにかく、何を考えているか知らないがどっかに消えてしまった。


「……ま、いいや。これはこれで、わざわざ待ってる必要もないし、逃げよう」


 そして俺は踵を返し、さっさとその場を立ち去ろうと思ったわけだが。


「――あ、ああぁあああ、そんな、そんなっす!」

「うん?」

『な、何を呑気な声を出してるのじゃ! 右に見える山を見るのじゃ!』


 何かネメアも焦った声を上げた。何だろな一体。右の山?

 確かにあれのせいで随分と視界はよくなったけど――


「――は?」


 思わず声が漏れた。そう、言われたとおり俺は右の山を見たわけだが。結構先の方に見える山の、中腹から上が――浮いていた。


 見たところ標高二千メートル以上はありそうな山なのだが、その中腹から上が、上下で割れるようにして、空中に浮かんでいたのである。しかもそれは妙な動きで、山の上側が段々と近づいて――


「……ま、まさか、ほ、本気かよ!」

「な、なな、あれを、あれをあの怪物が持ち上げて、と、飛んできているというのかーーーー!」


 マビロギも叫ぶ。そう、つまりそういう事だ。あの異形はここから飛び去り、そして瞬時にあの山にまで到達し、そして中腹から上を砂山でも持ち上げるかのような感覚で持ち上げ、こっちに向かって飛んできているわけだ。


 つまり、あのバケモンは、その物体をこの森に叩きつける気満々ってことかよ!


 何考えてんだ! あんなの持って突っ込まれたら、さっき大穴を作ったパンチどころの騒ぎじゃないぞ。


「ど、どどどどど、どうするっすか! シノブぅ!」

「は? シノブ?」


 マイラのやつ、うっかり名前出してしまってるし……でも、この状況じゃ仕方もないか。 

 マビロギに関しては後でなんとか考えるとして――問題はここだ。


 どうやって逃げる? 

 いや、てか、本当、これかなりヤバいな。位置的に悠長に印を結んでる暇もなさそうだし、なんとか高速で行使しようにも、俺たち全員で無事逃れるすべが思いつかない。

 

 時空転移をしようにも、余計な忍気の消費を抑えるために、既に全てのマーキングは解いてきてるし、そもそも時間が足りない。


 どうする、どうする――


『陰穴――』


 俺が必死に頭を回転させ解決策を考えていると、突如誰かの声が耳に届く。

 あの濁った声ではない。もっと高い、女性のような――


「な、なんだ?」


 そして、次いで現れたのは、俺の頭上にぽっかりと開いた穴。空間が裂けて突如出現したそれに、今度は何が? と怪訝に思うが。


『吸引――』

「は? お、おい! ちょっとま――」


 かと思えば再び声が届き、そして生まれた穴が突如文字通り吸い込みを始め、俺が抱えてる皆も含めて引き込もうとしてくる。

 

 正直わけがわからず、抗おうともしたが両手も塞がった状態では何も出来ず――


「う、うぉおおおぉおおおおお!」

「く、な、なんだというのだ一体、うわぁああぁあ!」

「も、もう駄目っすーーーー!」

『この方は、絶対に我がお守りするのじゃーーーー!』


 全員が思い思いの言葉を残しつつ、結局抗うことも叶わず――俺達はその穴に吸い込まれた……。


 その直後、とんでもない衝撃と轟音が耳に届いたかと思えば、そのまま穴は閉じてしまった――

この章、第一章においてのシノブ一行の出番はここで終りとなります。次は第二章から!

この後は穴がなんだったのか、そして他のメンバーについても少し触れ第一章は終わりとなります。

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