カミラの邪龍討伐記
予想より長くなったので、次章と分割します。
カミラは仲間と共に洞窟にやってきていた。
名を呼ぶ人もいないこの洞窟には邪龍が巣を構え、多数の街を荒らし、人々を食らい財宝を奪い去っていくという。その邪龍を撃ち滅ぼすことこそ、カミラたち勇者一行に与えられた使命だった。
メンバーの中でも最も素早く感覚に優れた獣人のレンジャーであるピッケがその鼻を活かして周囲の情報を探る。
「……間違いないよ。ドラゴンは今この洞窟の中にいる」
その言葉に仲間たちの間に鋭い緊張が走る。並外れたレンジャーであるピッケの言葉を疑う者などこの場にはいないが……それゆえに恐るべきモンスターである邪龍が目の前の洞窟の中にいることを確信してしまえば、恐怖に駆られるのも致し方ない話である。むしろここで恐れず無謀な突撃を仕掛けるような冒険者では邪龍の討伐を依頼されるまでに上り詰めることはできないだろう。
「ね……ねぇやっぱり一度引かないかしら? 私たちの実力で勝てるかどうかは本当に微妙だし、今日のところは邪龍の巣を間違いなく確認できただけで良しということで……」
多種多様な魔法を使いこなす賢者であるヴィオラが後衛という立場からか、冷静な慎重論を唱える。しかし、その発言に
「そりゃ一理あるがよ、クエスト受けてから結構な時間経ってるんだぜ?今更態勢整えて再挑戦するってレベルでもねーだろ。それこそ退いたら確実に勝てる保証はあるのか? 戻っている間にドラゴンが巣を移す可能性はどうだ? 今は迷わず突撃する場面だと俺は思うね」
素手での格闘術を極めた鉄拳ことバルクがいかにも前衛らしい突撃論で返す。
「……ちょっと、人が臆病だとでも言うの? そんなことして全滅したらそれこそ元も子もないじゃない。ここまでくる間にも消耗品は減っているし、道はわかっているのだから次からはスムーズに来れるわ。確実に勝つためにここは退こう、っていうのが理解できないの?」
「あぁ? 臆病だなんて言ってねーだろ。わずかな消耗品の補充程度のメリットじゃあ退くことで生じるデメリットに見合わねーっつてんだよ」
「相手はおぞましい邪龍よ!できる準備は万端に整えなければ、そのわずかな消耗品が生死を分ける可能性だってあるのに……」
侃々諤々と議論を続けるヴィオラとバルクの脇で、
「……拙者は皆の決定に従うでござる」
それまで黙りこくっていた長大な太刀を携えた侍、新右衛門が言葉少なに自らの立場を表明する。ピッケは己の役割は果たしたとばかりに突っ立っているのみだ。ひょうきんな外見に反して意外と職人肌な彼も、自分の意見は出さずパーティーの決断に従うつもりなのだろう。
―必然的に決定権はパーティーの最後の一人であり、リーダーでもある勇者カミラに委ねられる。
「……突撃しましょう」
わずかな逡巡のあとカミラの出した結論はシンプルだった。彼女も、慎重論の利は理解できるがそれ以上に時間が惜しい、と感じていたのだ。
それを受けてバルクは大げさに喜び、ヴィオラは一瞬不満げだったもののすぐに気を取り直して道具の再確認を始めている。彼女もここでこれ以上言い争う愚を犯すよりは、行動に備えるべきだと理解しているのだろう。新右衛門とピッケは無言のまま支度を整えている。
方針さえ決まれば、一流の冒険者である彼らの行動は早い。罠を察知できるピッケを先頭に、バルク、新右衛門、カミラ、ヴィオラの順で洞窟に入っていく。
しばらく歩いたところで、無数の影が突然襲い掛かってくる。
「さっそくお出ましか!」
ピッケが愛用のパチンコを取り出し、襲い掛かってくる影の中から真っ先に飛びかかってきた敵、翼を持つ悪魔の像であるガーゴイルの頭を正確に撃ちぬき地面に叩き落す。
「ガーゴイルとは舐めてくれたもんだなっ、と!」
バルクの拳の一撃が撃墜されたガーゴイルの胸のコアを打ち砕く。たちまちのうちに塵となって洞窟の空気に飛散するガーゴイルを尻目に、バルクは獰猛に次の獲物に狙いを定める。
「…………」
新右衛門は、無言のうちに群れからはぐれたガーゴイルを後衛であるヴィオラに流れないようさばいている。とどめを刺すことにこだわらず、翼を狙い機動力を奪い去っていくその熟練の技は派手さには欠けるが恐るべき冴えであった。
そのヴィオラは、と言えば、
「大技行くよ! 新右衛門さん射線を空けて! 貫炎槍破!」
新右衛門が稼いだ時間で終えた詠唱を元に、炎の上級魔法を撃ちだしていた。刹那のタイミングで新右衛門が体を躱したところへ、すさまじい炎の奔流が走り、地面でいまだもがいているガーゴイルを含め、その射線上にいたすべてのガーゴイルを燃やし尽くしていく。
そしてたちまちのうちに群れが半壊し、ガーゴイルたちの間に動揺が走ったところへ、
「……重王次元斬ッ!」
裂帛の気合いと共にカミラが長剣を振り下ろしつつ、残った群れの中心に飛び込んだ。その剣の一振りはすさまじい威力を持って、生き残ったガーゴイルを蹂躙していく。
そこで戦いの趨勢は完全に決した。
残ったガーゴイルたちが満身創痍のまま連携も取れず、カミラたちに殲滅されることになったのはそれからそう時間を置かないことだった。
「……やれやれこの調子じゃ噂の邪龍殿も期待できそうにないな……」
バルクがいかにも不完全燃焼気味に語る。邪龍の配下だろうガーゴイルたちにあまりに手ごたえがなかったことが不満なのだ。
「油断召されるな。それこそ邪龍の狙いやもしれぬ」
新右衛門はいかにも歴戦の侍らしく、戦いが終わった後であっても微塵も警戒を緩めていない。
「その不満はすぐ解消されそうだよ……」
ピッケが不意に呟く。彼の鋭敏な感覚は、間違いなくガーゴイルとは格の違うプレッシャーがゆっくりと正面から近づいてくるのを捉えていた。
「ガーゴイルでは足止めにもならないと踏んで親玉登場、と言ったところですか。バルクと私が最前衛に立ちます。新右衛門は後ろからの不意打ちに備えてください。ピッケは引き続き一番前で警戒を続けてもらいますので、邪龍が来たら私たちの後ろに即座に引いてください。邪龍ではない小物の気配にも注意してくださいね! ヴィオラは最大級の魔法を準備して接触と同時にぶちかましてください!」
カミラがリーダーらしく指示を出しメンバーがそれに従い隊列を整えたところで、ピッケの声が焦りに満ちる。
「! 邪龍の気配が加速! ものすごい勢いで迫っているよ! これは……正面? いや、昇っている? なんだこの不規則な動き……まさか!」
そして、ピッケがその解答にたどり着いたときはあまりに遅すぎた。
突如としてパーティー中央で呪文の詠唱を行っていたヴィオラの頭上の天井が崩れる。
「きゃあっ!」
呪文の詠唱を中断し、とっさにとびのくヴィオラをそれの力強い尻尾が強く打ちすえた。
「ヴィオラ!」
カミラが叫ぶも、ヴィオラは意識を失ったのかぐったりしたままだ。
少しずつ砂埃が収まり、天井を突き破り襲来したそれの姿がはっきりする。
10メートルを超えるだろう巨体は歪な鱗に覆われ、顔の大半まで裂けた口には禍々しい乱杭歯が並び、その間からは瘴気が漏れる。今しがたヴィオラを弾き飛ばした棘だらけの尻尾は別の生き物のように蠢いていた。その両手は一般的な「龍」のイメージを覆すように、強靭な筋肉に包まれ2メートルはあるとてつもなく長く鋭い爪を備えていた。
全身に邪な気配をまとい、数多の冒険者を打ち砕いてきた恐るべき「龍」。
邪龍が怒りと闘争心に震えながらその場にいた。
ピッケは己の不甲斐なさを恥じるかのように舌打ちすると、レンジャーだけが使える特殊な煙玉を投げ邪龍の視界を奪う。
「ヴィオラを救出するから援護お願い!」
煙玉の効果時間はごく短い。それでもその短時間で最前線でモンスターの気配を探っていたピッケがヴィオラの元にたどり着けたのは、獣人としての特性をさらにレンジャーという職業で伸ばしたピッケの素早さもさることながら、邪龍の注意を全力で引き付けた二人の功績が大きいだろう。
「ぬおぉー! バーニング・スタンプ!」
「……鬼刃閃華!」
バルクと新右衛門が邪龍の正面と背後からそれぞれ己の持てる最大級の必殺技と共に飛び込む。
しかし、爆炎を纏い恐るべき速度で胸に叩き付けられたバルクの両腕にも、一瞬のうちに十を数えるほどの閃きを見せた新右衛門の刀にも、
「ほとんど無傷かよ!?」
「……不覚ッ!」
邪龍の鱗はろくに傷ついていなかった。
それでもピッケはその時間を活かし、倒れ伏したヴィオラに駆け寄ることに成功する。
「ヴィオラッ! クソッまだ動けないのか!」
死んではいないようだったが、ヴィオラが自分の意思で歩けるまでには今しばらく時間がかかりそうだった。
そしてその隙を見逃すならば、邪龍は恐るべきモンスターとして人々を畏怖させることなどできはしなかっただろう。
バルクと新右衛門の必死の攻撃をそよ風のように無視し、邪龍のアギトにすさまじい瘴気が集まっていく。邪龍の必殺技、「混沌の龍気」だ。
もちろんその的は、
「!」
いまだ動けないヴィオラと彼女を引きずってゆっくりと移動していたピッケである。
絶体絶命かと思われたまさにその時、
「雷獣牙突閃!」
すさまじい雷光がまさに混沌の龍気を放たんとしていた邪龍の口に飛び込む。
流石に弱点を貫いた雷の最上級魔法は邪龍も無視できず、苦悶の鳴き声を上げながら体をかしげる。
並の魔物なら一瞬で消し飛ばす魔法を口中という急所に受け、それでも力尽きなかったのは邪龍のすさまじい生命力の証左であろうか。即座に地面を踏みしめ邪龍は恨みに満ちた目で己を傷つけた者を見やる。
そこには、今まさに魔法を放ったばかりのポーズで、カミラが自らこそこの場の真の主であるといわんばかりに立っていた。
ようやくピッケが少し離れた場所でヴィオラに気付け薬を飲ませることに成功し、ヴィオラが立ち上がる。
カミラはピッケたちを守るように剣を抜き油断なく邪龍に対峙する。そこへカミラの両脇を固めるようにファイティングポーズを取ったバルクと、鞘に納めた刀に手をかけた新右衛門が到着する。
カミラの背後には、さっそく杖を手に詠唱を始めたヴィオラと飄々とパチンコを構えるピッケがいた。
その様を見たカミラは満足そうに、
「一度は不覚を取りましたが、これで全員揃いましたね? では……決戦です!」
リーダーが放ったその台詞と共に、冒険者たちと邪龍の死闘が始まった。
「おーい。カミラ?」
「ぬわー! なんですか、コイツ! 『マッドネス・ドラゴン』なんて雑極まりない名前のくせになんでこんなアホみたいに強いんですか! 爪の一振りで体力半分とかありえんでしょう! あ、ちょっとブレス吐こうとしてるでしょ! 新右衛門、何アンタ突貫してるんですか! 『うwwwはwwやられちったwww』じゃないでしょうが! 自分で決めた侍キャラぐらい最後まで貫き通しなさいよ! え? ヴィオラ? 『晩御飯に呼ばれたから落ちます』って冗談じゃないですよ! このピンチに後衛いなくなったら……あ、もういない! ちょっとバルクとピッケも棒立ちになって諦めないでくださいよ! せっかくここまで来たんですから、3人だけでも……わー! またブレス来てる! 止められない! あぁー!」
カミラがコントローラーを放り出して頭を抱える。先ほどまで激闘が繰り広げれていたパソコンの画面には、今は勝ち誇ったポーズを取るなんとも禍々しいデザインのドラゴンと「クエストに失敗しました」というメッセージが表示されていた。
しばらくすると、ようやく扉から入ってきたこちらに向き直ったカミラが口を開く。
「……進士さん……」
「……なんだ」
内容は大体わかっていたが聞き返す。
「バーチャルな世界をいくら救っても虚しさが募るだけなんですけど……」
「いや、今救えてなかっただろ?」
俺は思わずどうでもいいことを突っ込んでいた。
カミラがこの世界に来て、東京タワーを半壊させて、立ち直って俺の家に居座ってから一か月が過ぎていた。
その間カミラが何をしていたかと言えば……
ほとんど引きこもってゲームしていただけだった。
一か月前の決意は何だったんだと言いたくなる姿であり、俺としても普通なら間違いなくそう言っていただろうが、このような状態になっているのは間違いなく俺の責任……というか俺がわざとそうさせているので、非難など到底できない。
というわけで、俺はこの一か月仕方なく引きこもりの勇者娘の世話をかいがいしく焼いているわけである。
「晩飯だ。そろそろゲーム終えて下に来い」
「ふにゃ~い」
何ともだらけきった返事をカミラが返す。よれよれのジャージを着て億劫そうに腰を上げるその姿は一か月前とはまるで別人である。
……楽しくないとは言わないけれども、やはりこのままじゃいかんよなぁ。
俺としてもカミラとしても不満極まるこの状態がいかにして生まれたかと言えば……割と長い話になる。