20
「ちっ。校舎内、禁煙か」
内ポケットから取り出した煙草の箱を、ゴウは残念そうに見てから、もう一度元の位置に戻した。
校舎の端の、人気のない窓辺に寄りかかり、彼は薄く笑って自分を見る。
その視線が嫌で、逆に腕を窓にかけて外を見た。澄みきった秋晴れの空が広がっている。仕方がないという風に、彼も体の向きを変え、窓の桟に腕をのせた。
「・・・京ちゃん、すっげー怒ってたな」
「そうですね」
「は、いい気味だ」
昨日の真里と同じ言葉を、黙って聞き流した。
苛立ち。そして虚脱感。
彼女の目に浮かんでいた色。
「お前、本当のところ、どうなんだよ?」
「どうって・・・何がですか?」
「佐山。お前、おれが京ちゃん狙ってた事、気にしてるんじゃないのか? だからああやって、きつく言ったんだろ?」
ゴウが静かに声を出す。
「いえ。別に。何となくですよ。子供だから、現実と想像の違いをちゃんと教えてやろうと思っただけです」
「じゃあ、本当に何とも思ってないのか? 女として見れないって事?」
彼の声は、ほんの少しの苛立ちを含む。
「ええ。そりゃ可愛いとは思いますけど。高校生ですよ」
「高校生っつったって、別にそんな変わらないだろ。お前が思ってる程、ガキじゃねーよ」
窓の向こうを、ダンボールを手にした男女が通り過ぎた。制服を着た、紛れもなく、高校生の男女。
「・・・子供ですよ」
「本当にそう思うのか? あんなにしっかりしてて? お前だって色んな仕事、京ちゃんに頼んでたじゃねーか」
「それでも俺にしてみれば、子供なんですよ」
はあ、とため息が聞こえる。
それにまた、苛ついてしまった。どうかしている、こんな自分は。
「じゃあさ。お前、京ちゃんがキスしてんの見ても、子供だと思った?」
微笑んで、自分から口付けた。
好きでも何でもないくせに。
「さっきだって、あの相手の男が、いっぱしに京ちゃん庇ったりしてたけど。それでもあいつらをガキだと思うのか? さっきのはガキの恋人ごっこか? おれは思わない。あいつは本気で京ちゃん、守ろうとしてた」
髪を撫でて。
ミヤ、と大切な宝物を呼ぶ響きで、そう彼女を呼んで。
演技だったなら、本当に大したものだ。
「・・・それならそうでいいんじゃないですか? 高校生同士、気も合うと思いますよ」
彼女が自分で選んだ相手だ。少しは好意もあるだろう。
本物の恋人となるのもそう遠くない。
「本気か? なぁ、本当に何とも思わねぇの?」
何故、彼はこんな事を聞くのだろう。
「どうしたんですか? ゴウさん、市村狙ってたんでしょ?」
彼が防げばいいのではないか。
「おれはとっくに振られてんだよ。だから京ちゃんの味方なわけ」
もどかしそうに言ってから、彼はそうだ、と声を上げた。
「お前、初体験いつだった?」
「・・・何ですか、いきなり」
「いいから答えろ」
強い口調で彼は問う。
「十五ですね。高一の夏」
「ほら見ろ。ちなみにおれは中三の冬だ」
してやったり、と嬉しそうに言う。
自分の方が早い事を喜んでいるのだろうか。
「京ちゃん、いくつだと思ってんだよ、お前は。高二だぞ、多分十七だろ。それで、あの相手の男も高二だ、同じじゃねーか」
な、と顔をこちらに向けて、彼は言葉を続ける。
「おれもお前も通ってきた道だぞ。ああやってガキに見えるけど、やる時はやるんだよ、あの男も。お前、それでも何とも思わないのか?」
彼の言わんとする事は判る。
高校生だ、血の気は多い。
「お前、いいのか?」
ましてや、慣れていないからこそ。
とんでもない事をしでかす可能性が充分にある。
「想像しろ。京ちゃんが他の男に抱かれるんだぞ」
心の準備ができていない少女に、自分を抑えられず、暴走する。
嫌だと泣く彼女を無理やりに押さえつけて、欲望を果たす。
「あいつじゃなくてもいい。あれだけもてるんだ。他の男だって、いつもそのチャンスを狙ってるんだぞ。誰と付き合ってもおかしくない」
笑顔に惹きつけられて。
どんな男も、彼女の笑顔に惹きつけられて。
「じゃあ俺は?」
黙っていたせいで。反応がないと思ったゴウはまた口を開く。
「俺が京ちゃん、抱いてても。お前何にも思わないのか!?」
好きだと言ったのに。
「・・・京ちゃんの肌、きれいだと思うぞ。どんな声で啼くかな」
好きだと、自分にそう言ったのに。
ゴウに抱かれてしまう。自分が振ったせいで。
「・・・やめろ」
彼を黙らせたかった。
自分のものだとは思えない声が、飛び出した。
ふ、と笑い声が聞こえた。
「な。嫌だろ?」
彼を見れば、晴れやかな笑顔を浮かべている。
それがとてつもなく腹立たしい。
「睨むな。お前、凶悪な顔してるよ、今」
「性質悪いですよ、ゴウさん」
「お前の方が悪いよ。・・・まだ子供だと思ってるか?」
「いえ。とてもそんな風には思えなくなりました。ゴウさんのおかげで」
「それは結構なこった。さて。戻るぞ。戻って野口さんに怒られろ。あの子はな、前にいた杉戸支店の忘年会で、隣のテーブルにいた違うグループの酔った親爺に絡まれて。それでそいつの腕ひねり上げて、まだ何か言いたい事がおありですか? って笑顔で聞いたという伝説の持ち主だ」
「・・・マジですか?」
「ああ、あそこの支店の同期から聞いた。マジだ」
彼女から見れば、自分の存在は今、可愛がっていた京子に害を与えた男になる。何があったかは理解していなくても、京子がああやって自分に食ってかかった時点で、彼女の敵とみなされたのだ。
「ゴウさん、後で市村の住所、教えて下さい」
「今日中に行けよ。でないと余計こじれるぞ」
「ええ、分かってます」
爽やかな秋の風が、どこからか流れてくる。
数日間、消すことのできなかった苛立ちは。
いつの間にか、暖かなものへと変わっていた。




