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「ちっ。校舎内、禁煙か」

 内ポケットから取り出した煙草の箱を、ゴウは残念そうに見てから、もう一度元の位置に戻した。

 校舎の端の、人気のない窓辺に寄りかかり、彼は薄く笑って自分を見る。

 その視線が嫌で、逆に腕を窓にかけて外を見た。澄みきった秋晴れの空が広がっている。仕方がないという風に、彼も体の向きを変え、窓の桟に腕をのせた。

「・・・京ちゃん、すっげー怒ってたな」

「そうですね」

「は、いい気味だ」

 昨日の真里と同じ言葉を、黙って聞き流した。

 苛立ち。そして虚脱感。

 彼女の目に浮かんでいた色。

「お前、本当のところ、どうなんだよ?」

「どうって・・・何がですか?」

「佐山。お前、おれが京ちゃん狙ってた事、気にしてるんじゃないのか? だからああやって、きつく言ったんだろ?」

 ゴウが静かに声を出す。

「いえ。別に。何となくですよ。子供だから、現実と想像の違いをちゃんと教えてやろうと思っただけです」

「じゃあ、本当に何とも思ってないのか? 女として見れないって事?」

 彼の声は、ほんの少しの苛立ちを含む。

「ええ。そりゃ可愛いとは思いますけど。高校生ですよ」

「高校生っつったって、別にそんな変わらないだろ。お前が思ってる程、ガキじゃねーよ」

 窓の向こうを、ダンボールを手にした男女が通り過ぎた。制服を着た、紛れもなく、高校生の男女。

「・・・子供ですよ」

「本当にそう思うのか? あんなにしっかりしてて? お前だって色んな仕事、京ちゃんに頼んでたじゃねーか」

「それでも俺にしてみれば、子供なんですよ」


 はあ、とため息が聞こえる。

 それにまた、苛ついてしまった。どうかしている、こんな自分は。

「じゃあさ。お前、京ちゃんがキスしてんの見ても、子供だと思った?」

 微笑んで、自分から口付けた。

 好きでも何でもないくせに。

「さっきだって、あの相手の男が、いっぱしに京ちゃん庇ったりしてたけど。それでもあいつらをガキだと思うのか? さっきのはガキの恋人ごっこか? おれは思わない。あいつは本気で京ちゃん、守ろうとしてた」

 髪を撫でて。

 ミヤ、と大切な宝物を呼ぶ響きで、そう彼女を呼んで。

 演技だったなら、本当に大したものだ。

「・・・それならそうでいいんじゃないですか? 高校生同士、気も合うと思いますよ」


 彼女が自分で選んだ相手だ。少しは好意もあるだろう。

 本物の恋人となるのもそう遠くない。


「本気か? なぁ、本当に何とも思わねぇの?」

 何故、彼はこんな事を聞くのだろう。

「どうしたんですか? ゴウさん、市村狙ってたんでしょ?」

 彼が防げばいいのではないか。

「おれはとっくに振られてんだよ。だから京ちゃんの味方なわけ」

 もどかしそうに言ってから、彼はそうだ、と声を上げた。

「お前、初体験いつだった?」

「・・・何ですか、いきなり」

「いいから答えろ」

 強い口調で彼は問う。

「十五ですね。高一の夏」

「ほら見ろ。ちなみにおれは中三の冬だ」

 してやったり、と嬉しそうに言う。

 自分の方が早い事を喜んでいるのだろうか。

「京ちゃん、いくつだと思ってんだよ、お前は。高二だぞ、多分十七だろ。それで、あの相手の男も高二だ、同じじゃねーか」

 な、と顔をこちらに向けて、彼は言葉を続ける。

「おれもお前も通ってきた道だぞ。ああやってガキに見えるけど、やる時はやるんだよ、あの男も。お前、それでも何とも思わないのか?」

 彼の言わんとする事は判る。

 高校生だ、血の気は多い。


「お前、いいのか?」


 ましてや、慣れていないからこそ。

 とんでもない事をしでかす可能性が充分にある。


「想像しろ。京ちゃんが他の男に抱かれるんだぞ」


 心の準備ができていない少女に、自分を抑えられず、暴走する。

 嫌だと泣く彼女を無理やりに押さえつけて、欲望を果たす。


「あいつじゃなくてもいい。あれだけもてるんだ。他の男だって、いつもそのチャンスを狙ってるんだぞ。誰と付き合ってもおかしくない」


 笑顔に惹きつけられて。

 どんな男も、彼女の笑顔に惹きつけられて。


「じゃあ俺は?」


 黙っていたせいで。反応がないと思ったゴウはまた口を開く。


「俺が京ちゃん、抱いてても。お前何にも思わないのか!?」


 好きだと言ったのに。


「・・・京ちゃんの肌、きれいだと思うぞ。どんな声で啼くかな」


 好きだと、自分にそう言ったのに。

 ゴウに抱かれてしまう。自分が振ったせいで。



「・・・やめろ」


 彼を黙らせたかった。

 自分のものだとは思えない声が、飛び出した。


 ふ、と笑い声が聞こえた。

「な。嫌だろ?」

 彼を見れば、晴れやかな笑顔を浮かべている。

 それがとてつもなく腹立たしい。

「睨むな。お前、凶悪な顔してるよ、今」

「性質悪いですよ、ゴウさん」

「お前の方が悪いよ。・・・まだ子供だと思ってるか?」


「いえ。とてもそんな風には思えなくなりました。ゴウさんのおかげで」

「それは結構なこった。さて。戻るぞ。戻って野口さんに怒られろ。あの子はな、前にいた杉戸支店の忘年会で、隣のテーブルにいた違うグループの酔った親爺に絡まれて。それでそいつの腕ひねり上げて、まだ何か言いたい事がおありですか? って笑顔で聞いたという伝説の持ち主だ」

「・・・マジですか?」

「ああ、あそこの支店の同期から聞いた。マジだ」


 彼女から見れば、自分の存在は今、可愛がっていた京子に害を与えた男になる。何があったかは理解していなくても、京子がああやって自分に食ってかかった時点で、彼女の敵とみなされたのだ。


「ゴウさん、後で市村の住所、教えて下さい」

「今日中に行けよ。でないと余計こじれるぞ」

「ええ、分かってます」


 爽やかな秋の風が、どこからか流れてくる。

 数日間、消すことのできなかった苛立ちは。

 いつの間にか、暖かなものへと変わっていた。


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