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 何をしていた生徒だったろうか。

 先ほどまで、パフォーマンスを見せる少年達は、中世ヨーロッパの映画に出てくる、村人のような格好をしていたので、それが誰だったのか思い出せない。


「女神様、いや、ミヤと呼ばせてくれるね。ミヤ。僕は君を手に入れた。だからミヤ。君はもう、強くあろうとしなくていい、僕の傍で泣くことができる」

 芝居がかったセリフであるのに。

 その言葉もまた、観客を惹きつける。彼の真摯な瞳が、それを助け、ピアノの静かな旋律も耳に心地いいのだろう。ミヤ、と呼びかけるその音はこの上なく優しかった。


「いつまでも動けない振りはもうやめよう』

 ピアノの奏でる音のテンポ、大きさが変わる。体育館の二階、壁に沿ってぐるりと張り巡らされた通路から、何人か、何十人か、かなりの人数の声が頭上に舞い降りてきた。

「この足が痛むのは、傷付く事を恐れているから。この荷が肩にくいこむのは、未知の重責を何としてでも避けようとするから」

 歌は先程、彼女が歌っていたのと同じものだ。けれども混声で奏でられるそれは、また観客を魅了する。

「何を求めているか。欲しい物は己で手に入れる。それを忘れたわけではあるまいに」

 歌に合わせ、そして彼自身も歌いながら、前へと進む。

 彼は何故、選ばれたのだろう。

「開かない扉は壊せばいい、誰もがそれを望んでいた」

 短めの黒髪。日に焼けた肌。彼はまっすぐに舞台の闇を見ていた。

 歌声は完全に四部合唱となる。

 その美しさに、後ろの席の年配の女性がため息をもらした。

「裸足でまろび出る、立派な衣装は売ってしまった、それでも貴女が許すならば、この灰色の我が身を献上致そう」

 近くに彼がやってきて、空手の型を披露していた男だと気付く。

 少し歩みを緩め、彼が体に巻きつけていた、ぼろぼろの、その布を取り去った。


 中から現れたのは、この学校の制服。

「いや、嘘はいけない。お前を手に入れたかった、その涙をこの手で拭わせてくれ。そして笑顔を見せてくれればそれでいい」


 舞台の上に彼は駆け上がる。追いかけた光と、新たに灯された照明に彼女と彼の姿が浮かび上がった。微笑み合い、その手が重なる。


「それが至上の宝となろう、私だけの至上の宝」


 彼の手が、京子の腰を引き寄せた。

 照明が、淡く、ゆっくりとしぼられていく。

 京子が少し背を伸ばし。

 その唇が、彼の顔へと寄せられた。


 まさか、と。

 たかが高校の文化祭、それも演劇部でも何でもない、ただの素人劇だろう、そこまでやる必要はあるのだろうか。

 どこからか、きゃあ、という声が上がる。


 ピアノの旋律が消え、幕が落ちた。



「なっ、ちょ、おい。今のマジでしてた!?」

「・・・してたわね」

「うん、あれはしてた」

「マージーでぇ!? 京ちゃん、オレのところに永久就職するのに!!」

 拍手の鳴り響く会場に明かりが戻り、その中で聡がかなりの動揺をみせていた。

「あっ、なんか出てきたよ!」

 ぴゅう、と口笛の音が聞こえ、舞台に目を戻すと。父親役、若者役、そして女神役の京子が幕の前に出て、頭を下げていた。

「楽しんで頂けたでしょうか。これにて、女神の選択、終了となります。好演をみせてくれた彼らに、盛大な拍手を! なお、只今より、出入り口にて善意の募金を受け付けております。お優しい方は是非お恵みを。三時からは、校舎内を女神と選ばれた若者が寄付金を集め、行進する予定となっております。五百円以上のお恵みを頂いたお客様には、先着五十名様に、女神のブロマイドを差し上げますので、お見かけした際はお声をおかけ下さい」


 アナウンスが消え、彼らも舞台袖に姿を消した。

「・・・京ちゃん、すっかりアイドルだわ、さすが」

 真里が感慨深げに頷いて、笑顔を見せた。

「京ちゃんのブロマイドって何!? オレ欲しい!」

「ね、校舎内回ってくるんでしょ? その時お花渡そうよ」

「そうね。もらったタダ券使いに行こっか。幸成、あんた写真撮れた?」

「ちょ、真里さんこれ見て。すっげぇいいのが撮れた!!」

 幸成がデジカメを真里に渡す。それを聡と沙紀がのぞきこんだ。

「わ、すごい、いいね、これ。きれい」

「おぉ! ユッキー、でかした!!」

「やだぁ、何これ! 後で焼き増ししなさいよ」

「え、おれにも見せて」

 ゴウが真里からカメラを受け取る。ディスプレイには、斜め前を見据え、口を開く彼女。歌っている途中に撮ったものだろう。

 明かりに照らされたその顔は、美しかった。紛うことなく、女神の姿。






「・・・おい、京子。お前・・・」

 幕を閉じた舞台袖。

 成功を手にしてはしゃぐクラスメート達の中。

 隣に立つ、浅野が。自分で選び、キスを与えた彼が。

 心配そうな声で、こちらの顔を覗き込んでくる。

「・・・っ。何でもない!」

 目が合って、それを逸らした。

 歌っている途中で、真里たちの姿を見つけた。手を振る彼らに微笑を返し、そしているはずのない、佐山の姿を見つけてしまった。彼の前で、好きでもない男に口付ける。それは耐え難い屈辱だったけれど、自分で引き受けたのだ、初めから。初めから、キスぐらい別にいいや、と。

 好きな人もいない、それぐらいはできる、と。そう思って引き受けた。佐山を好きだと気付いていない自分には、少し恥ずかしさを我慢すればいいだけの事だと思っていたのだ。

 同じではないか。

 特別な相手ではないけれど、楽しむことができるから抱くのだと、そう言った彼と。同じ事をした。

 けれどもそれは、ひとつだけ違う。

 好きな相手がいるなら、ただ傷をえぐるだけだった。

 佐山を好きな自分には、この心の痛みを深める行為でしかない。彼は何とも思わなかっただろう、だからこそ、ここに来たのだ。

「京子、お前、そんな顔するなら・・・初めからするなよ・・・」

「・・・ごめん、平気。行こう、募金集め」

「謝るなって・・・」


 まだ、やるべき事がある。

 それが終わるまでは、泣く事は許されない。

 押しやって、触れる事も、目を向ける事も、まだ許してはいけない。


 仮面を外し、裸足になるのは。

 女神の殻を脱ぎ捨てた後。


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