表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やり直すほど、弱くなる ~死に戻りの代償は寿命。無能の僕が『英雄の再来』と囁かれる理由を、僕だけが知らない~  作者: ふゆう
第一章 無能の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/36

第35話『境まで』

団長室の前は、人の出入りが激しかった。


灯りの束を抱えた人。担架を運んでいる人。誰かが「一時間後だ」と怒鳴っている。


僕は、その隙間に体をねじ込んだ。


「団長」


奥で地図を見ていた団長が、顔を上げた。


「僕も、連れて行ってください」


「駄目だ」


即答だった。



「聞け」


団長は、地図から目を離さずに続けた。


「お前はG。……中層がどういう場所か、知っているか」


「……血が、止まらないと」


「誰に聞いた」


「シルビィさんです。さっき、医務室で」


団長が、そこで初めて顔を上げた。


「ならば、話が早い」


指が、地図の一点を叩いた。


「お前が中層で怪我をする。シルビィがそれを診る。……その時に押し込まれるタイランは、誰のぶんだと思う」


息が、詰まった。


「八人ぶんしかないものを、九人で割ることになる。お前が行くというのは、そういう話だ」


「……」


「それに、戦えん者を一人連れれば、そいつを守るために誰かが一人張り付く。十四人が、実質十三人になる」


正しかった。


一つも、言い返せなかった。


「戻れ。時間が惜しい」



廊下に出た。


壁に背中を預けて、僕はしばらく突っ立っていた。


悔しいとか、そういうのではなかった。ただ、言われたことが全部正しくて、自分の中に反論が一つもないことが、どうしようもなく苦しかった。


(……足手まといだ)


分かっている。ずっと分かっていた。


そのまま部屋に戻ればよかったんだと思う。


でも、頭の隅に、さっきの言葉が引っかかっていた。


――担ぐ手が、どこにも余ってないんだ。


シルビィは、そう言った。


数時間前、あの人と八つのベッドを並べた。


あれは、八人が上まで上がってきた時のための八つだ。


上がってこなければ、一つも埋まらない。



(……あれ)


僕は、顔を上げた。


中層は、傷が塞がらない。だから危ない。それは分かる。


じゃあ、表層は。


表層は、プルセさえ付けていれば現世と同じだ。傷も普通に治る。今日、階段で擦りむいた場所は、もう乾いていた。


八人を上げるというのは、中層の底から、地上までの全部を担ぐという意味だ。


その道のりの、下半分だけが中層で。


上半分は――表層だ。



僕は、走り出していた。



バルガさんは、装備置き場にいた。留め具を締める手を止めもせずに、僕を一瞥した。


「口は利かん」


「利いてくださいとは言ってません」


「じゃあ何だ」


「訊きたいことが、三つあります」


バルガさんの手が、そこで止まった。


「言え」


「中層との境から地上まで、階段は何回折り返しますか」


「……二十二回」


「人を一人担いで、上まで何時間かかりますか」


「一人で担げば四時間。二人で交代すれば二時間半」


「今日みたいな荷を担いで、僕は何往復できますか」


バルガさんは、初めてこっちを向いた。


しばらく、何も言わなかった。


「……二往復だ。三度目で足がもつれる」


「ありがとうございます」


僕は、頭を下げた。


「おい」


背中に、声がかかった。


「何を考えてる」


「計算です」



団長室に戻った時、残りは四十分を切っていた。


「まだいたか」


「一度だけ、聞いてください」


僕は、息を整えた。


「僕は、中層には入りません」


団長の眉が、動いた。


「境まで行きます。中層と表層の、境目です。そこから下へは、一歩も入りません」


「……続けろ」


「上げるのは、中層の底から地上までです。でも、中層なのは下半分だけで、上半分は表層です。表層なら、傷は普通に治ります。僕が怪我をしても、シルビィさんのタイランは要りません」



「中層に降りられる人は、そんなに多くないと聞きました」


僕は、地図を指した。指が震えていた。


「その人たちが、底から地上まで全部担いだら、往復のたびに中層を通ることになります。……八人ぶん、何度も」


「そうだな」


「境で受け取る人がいれば、その人たちは中層の中だけに集中できます。上半分は、僕たちがやります」


「僕たち」


「今日、表層に降りた人間なら、道を知っています。階段の折り返しも、荷の担ぎ方も、一回はやりました」


「何人だ」


「四人です。……あと、たぶん、もう少し集められます」



「団長。表層が安全とは限りません」


古参の一人が、割って入った。


「削っていった連中が、まだ下にいる。境の手前で待たせるなら、護衛が要ります」


「はい。要ると思います」


僕は頷いた。


「でも、中層に降りられるほどの人じゃなくていいはずです。表層なら、降りられない人でも守れます」


「新人を四人、下に置くんだぞ」


古参の人が、なお食い下がった。


「守る手が、そのぶん要る。結局、同じことじゃないか」


「表層なら、僕らも走れます」


僕は言った。


「中層と違って、逃げれば助かります。……今日、僕らは全員、自分の足で上がってきました」


部屋が、静かになった。


「バルガ」


団長が言った。


「数字は合うか」


バルガさんは、いつの間にか扉のところに立っていた。


「境から地上まで、担いで四時間。二人交代で二時間半。……底から境までを精鋭が受け持って、そこから上を別の手に渡せば、精鋭の中層滞在は半分以下になります」


「担ぎ手の質は」


「今日、こいつは自分の荷を全部担いで上がりました。……使えます」


それだけ言って、彼はまた黙った。



団長は、しばらく地図を見ていた。


それから、僕を見た。


「ユウマ。条件を二つ出す」


「はい」


「一つ。境から先へは、一歩も入るな。誰が何と言おうとだ」


「はい」


「二つ。列を離れたら、その場で置いていく。誰も探しに戻らん」


「はい」


団長は、そこで一度、息を吐いた。


「最後に一つ、確かめる」


「……はい」


「今のは、誰の考えだ」


「僕です」


「では、責は誰が負う」


先週、この人は言った。私が決めた、責は私が負う、と。


あの背中を、かっこいいと思ったのを覚えている。


「……僕が、負います」


団長は、頷きもしなかった。


ただ、机の上の紙を引き寄せて、羽根の先をインクに浸けた。


十四人の名前の下に、新しい行が足されていく。



「表層中継。責任者、武羅優馬」


読み上げる声が、部屋に響いた。


「――以上。一時間後に出る」



廊下を走りながら、僕は自分の手のひらを見ていた。


震えは、止まっていなかった。


集めなきゃいけない。今日、下に降りた三人。それから、道を知っている人を、あと何人か。


角を曲がったところで、僕は足を止めた。


背の低い子が、そこに立っていた。


もう装備を担いでいた。


「先輩。……僕、行きます」


昼間、僕はこの子に「駄目だよ」と言った。


今度は、言えなかった。


連れて行くというのは、この子の名前を、僕が数えるということだ。


「……荷は、前に抱えて」


僕は、朝に聞いた言葉を、そのまま借りた。


「走るときに、落とすから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ