第9章 「ドキドキ映画館デート」
【隆司side】
さくらとのLINEを見返すたびに、胸がずきっと痛む。
友達の姉ちゃんと軽いノリで出かけたせいで、さくらを不安にさせてしまった。
誤解とはいえ、自分が軽率だったのは事実だ。
「……俺ってほんとバカだよな。さくらの気持ち、ちゃんと考えてたら断ってたのに。恋愛ってむずい」
気持ちを切り替えようとしても、簡単にはいかない。
けれど、落ち込んでばかりもいられない。
「風呂入って、頭冷やすか。映画デートは絶対成功させなきゃな」
湯船に沈みながら、反省と同じくらいデートのことで頭がいっぱいになる。
映画の予習、予約、昼飯はどこにするか……。
考えだすと、つい真剣になってしまう。
「映画は押さえて、昼飯は口コミよかった店にしよ。……よし」
風呂上がり、隆司はスマホに“デート作戦メモ”をきっちりまとめた。
傍から見たら几帳面すぎるプランだが、
さくらならきっと、いいバランスでリードしてくれる気がする。
翌日。学校で、司に今回のことを話した。
「姉ちゃん、めっちゃ喜んでたぞ。隆司に彼女いるって知らなかったからさ……
悪かったな。で、仲直りできた?」
軽いノリの司だけど、きちんと謝ってくれて、ちょっと見直した。
「なんとか……許してくれた。まじ焦った」
隆司の本気の焦りが伝わったのか、司も苦笑いしながら肩を叩いた。
「つか、隆司に彼女できるとはなー。優しいしな。今度紹介しろよ、“親友の倉本司です”って」
「嫌だよ。お前も早く彼女作れ」
そっけなく返し、1限目の準備に取りかかった。
週末のデートが気になりすぎて勉強に集中できない自分がちょっと情けない。
でも今は受験生。切り替えないと。
そんなふうに日々をこなし、ついに週末が来た。
ファッション雑誌を読み漁って選んだ“無難に清潔感を狙えるコーデ”。
白いTシャツに紺のジャケット、黒いパンツ。
靴は白のスタンスミス。
メンズファッションのバリエの少なさに苦労したが、どうにか“ちゃんとしてる感”は出せた……はずだ。
外に出ると、空には薄い羊雲。
日向は暖かくても空気は乾いていて、すっかり秋の匂いがしていた。
駅前の待ち合わせ場所には、すでにさくらがいた。
薄いピンクのワンピースに白いカーディガン。
そのやわらかい色合いが、秋の光に溶け込んでいる。
「……さくら、かわいい」
思わず立ち止まるほどだった。
「隆司くん、こっち!」
手を振るさくらに、急いで駆け寄る。
「ごめん、待った? それと……この前の司の姉ちゃんの件、ちゃんと謝れてなかったから……本当にごめん」
顔を見たら、まずこれだけは絶対伝えようと思っていた。
「ううん。もう大丈夫だよ。誤解ってわかったし……私も、隆司くんを疑ってごめん。もっと信じられればよかった」
さくらの声は、少し照れたように柔らかかった。
「ありがとう。じゃあ……今日は付き合って初デート!
さっそく映画館行っちゃいますか〜」
重たい空気を吹き飛ばすように、隆司は明るい声を出した。
秋の柔らかな日差しが、ふたりの背中をそっと押していた。
【さくらside】
映画館はシネマコンプレックスで、辺りにはキャラメルポップコーンの香ばしい薫りが漂っていた。
「ポップコーンは外せない」
さくらはそう思いながら列に並ぶ。隆司も隣に立ち、順番を待っていた。
「隆司くん、ポップコーン、何味がいい?」
「俺、塩味かな」
隆司は甘いものをあまり好まないのをさくらは知っていた。
「いいね!じゃあ私はキャラメル味!」
「キャラメルも美味いよな」
隆司は塩味のあとに食べるキャラメル、いわゆる“塩キャラメル”は、実はけっこう好きだったりするのかな。
さくらはハーフ&ハーフのポップコーンを選び、飲み物はカフェラテにした。
隆司はジンジャーエールである。
キャラメルソースの甘くて香ばしい薫りが鼻をくすぐる。
大きなサイズのポップコーンを二人でシェアする——それだけで胸が高鳴った。
伸ばした手が隆司の手に触れるかもしれない。
そう思うと、恥ずかしさが爆発しそうで、想像しただけで頬が熱くなる。
「さくら、顔赤いけど大丈夫?熱とかあるんじゃない?」
隆司は彼女の気持ちなど露ほども気付いていない。
(そんなんじゃないよ…)
本当はそう言いたい。でも、そんなところも——さくらは隆司の優しさが好きだった。
「ちょっと暑いからかな…ハハッ」
ごまかして、その場を逃れる。
「そうかもな」
隆司は軽く笑ってジャケットの袖を捲った。運動部ならではの筋肉質な腕。さくらは思わず見惚れてしまう。自分にはない逞しさがそこにあった。
ちらちらと視線を送っては、胸の奥がくすぐられる。
「あと20分くらいあるから、私、お手洗い行ってくるね」
ポップコーンは隆司が紳士的に持ってくれていたので、近くの立ちテーブルにカフェラテを置いて向かう。
「はぁ……ドキドキが止まらないよ。どうしよう」
心臓の音が隆司に聞こえてしまうんじゃないかと、さくらは胸に手を当てた。
(隆司くん、私服だとこんなに大人っぽい雰囲気なんだ…ちょっと、いや、かなりカッコいい。自分の彼氏なのが信じられないくらい)
深呼吸をして気持ちを整え、隆司の元へ戻る。
受験勉強のことや互いの友達の話で盛り上がっているうちに、入場時間になった。
席に着くと、また胸のざわめきが戻ってくる。横に座る隆司の体温が伝わってくるような気がした。
ポップコーンはミニテーブルに置かれ、ドリンクはそれぞれのホルダーへ。
いくつかの予告編が終わり、場内が暗くなる。
ビーッという開演の音とともにスクリーンが大きく開き、上映が始まった。
二人の間には、まるで甘いキャラメルの香りとともに緊張感が漂っていた。
【隆司side】
「 ーうわー……なんとか平静を装ってたけど、めっちゃ緊張するな」
何を話せばいいのか。面白いことなんて急に思いつかない自分が、少しだけ情けない。
入場まであと10分。
(映画が始まってからが本番みたいなもんだよな)
そう心の中でつぶやいた。
席に着くと、ポップコーンをミニテーブルに置いた。
ジンジャーエールは気づけば半分以上減っている。緊張で喉が渇いたのだ。
「俺、トイレ行ってくる」
スッと立ち上がると、さくらが微笑んだ。
「うん、気をつけてね」
その一言だけで、胸の奥の緊張がほんの少し溶けた。
戻ってくると、塩味のポップコーンをつまんで口に入れる。
「久々に食べたけど、美味いな」
思わず本心がそのまま口をついて出た。
「たまに食べると美味しいよね。キャラメルも甘いけど美味しいよ」
さくらに促され、キャラメル味も放り込む。
「美味いな。俺、塩キャラメル好きなんだよ。この組み合わせなら永遠に食える」
少しだけ大げさに言ってみると、案の定さくらがクスッと笑った。
「永遠は言いすぎじゃない? ふふっ」
(よっしゃ、笑った!)
隆司は心の中で謎のガッツポーズを決める。
男子は好きな子の笑顔を見るために必死になる生き物なのかもしれない。
場内の照明が落ち、スクリーンが大きく広がる。いよいよ上映が始まった。
内容は、かつて恋人同士だった男女のすれ違いを描いた物語。
隆司は映画に引き込まれながらも、たまにポップコーンをつまみつつ、
さくらの手を握る“タイミング” をずっと計っていた。
物語がクライマックスを迎え、
長年お互いを想い続けた二人が、
口約束していたフィレンツェのドゥオモにたどり着くシーン。
最高にロマンチックな瞬間、
隆司は意を決して、そっとさくらの手に自分の手を重ねた。
さくらの手が一瞬小さく震える。
だがすぐに静かになり、彼女はゆっくりと隆司を見上げた。
二人の視線が合う。
さくらの指が自然に絡んできて、恋人結びになる。
暗闇の中で、並んだ二人はそのまま笑顔でエンドロールを見つめていた。
寄り添った気持ちが、ぴたりと重なっていた。




