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第8章 裏切られた信頼

【さくらside】

 夕食を終え、二時間ばかり勉強してからお風呂に入る。


「映画デートってどんな感じなんだろ……しかも恋愛映画。

私たちの気持ち、絶対盛り上がっちゃうよね……緊張する……」


 さくらは付き合い始めたことで、これまで以上に隆司を意識していた。

自分がこんなに誰かを好きになれるなんて、初めての感情に驚くばかりだ。


「はぁ……好き……」

顔を両手で覆ってベッドにダイブ。

火照った頬を枕に押しつけて、ジタバタと悶える。


「隆司くん、恋愛映画興味なかったらどうしよう……」

今さら心配のタネが次々と浮かんでくる。


 すっかり隆司に夢中で、ふにゃふにゃに溶けた

自分を自覚しながら、思わず苦笑いするのだった。



 翌朝、教室に入った瞬間、みんなの視線が一斉にさくらへ向き、

ざわめきが広がった。

え…私、何かした?

胸の奥に不安が渦巻く中、とりあえず日奈子の元へ向かう。


「おはよう、日奈子。…何かあった?」


 日奈子は苛立ちが混じった声で言った。

「この写真、見た?」

差し出されたスマホには、一枚の写真。

年上に見える女性と並んで歩く隆司が、楽しそうに笑っていた。


「なにこれ…。いつの写真…? ねえ日奈子!」

涙声でさくらが叫ぶ。


「昨日の夕方だって。さくら、図書館行ってたよね?」

「うん。でも隆司くんは別の用事があるって…」


 スマホを返す手が震える。

こんな隆司くん、知らない。


全部ウソだったの?

一緒にいて嬉しいって言ってくれたことも、

ジンベイザメのぬいぐるみも、ガラス石だって。

私と遊ぶためだったの…?


 疑念は波のように襲いかかり、頬には涙が伝う。ハンカチで拭っても止まらない。


「とりあえず、話は聞いた方がいいよ。

…あとは、昨日の今日だけど、別れる覚悟も必要かもね」

日奈子の言葉は、ガラス片のように胸に突き刺さった。


 頭が真っ白になり、言葉が出ない。

教室のざわめきも、日奈子の声も遠く聞こえた。


 席に座り、授業の準備だけは機械的にこなす。

その日、何も頭に入らなかった。時計の針だけが容赦なく進んでいった。


 放課後、さくらは日奈子と一緒に帰った。

秋の冷たい風が、怒りの熱を少しだけ冷ましてくれる。


 日奈子は何か話していたけれど、さくらにはほとんど届かなかった。


隆司くん…全部ウソだったの?


 一方で、少しだけ冷静になったさくらの頭に、別の声が浮かぶ。


隆司くんは昔から真っ直ぐな人。何か事情があったのかもしれない…


 真実を知ることが、こんなに怖いなんて思わなかった。


 家に帰ると、さくらは部屋に入り、着替えもせずにスマホを握りしめた。

震える指で隆司にLINEを送る。


「隆司くん。聞きたいことがあるの」


 すぐに返信が来た。

「何? 勉強でわからないところあった?」


 的外れな返事に、胸の奥がキッと痛む。


「写真見たんだけど。昨日の夕方、どこ行ってたの?」

例の写真を送り添える。


 すると着信。

予想外の電話に驚きながら、さくらは通話ボタンを押してしまった。


「…もしもし」

声が震える。付き合って二日で別れ話なんて、考えたくもない。


「さくら、俺。写真見た。…ごめんな」

優しい声だった。それだけで張りつめていた緊張がほどけ、涙が一筋こぼれる。


「写真の人…誰? 付き合ってるの?」

震える声でさくらが問う。


「ちがう。全然ちがうから聞いて。

隣の席の司ってヤツいるだろ? あいつの姉ちゃんが彼氏に服プレゼントするから、

サイズ合わせたいって…司が塾で行けなくて、俺が付き合わされたんだよ。ほんとごめん」


 一気にまくしたてる隆司。必死さが伝わってくる。


「じゃあ…付き合ってないんだね?」

念を押すように、弱々しく尋ねる。


「ないない。あの姉ちゃん彼氏いるし。

ほんとごめん。言っとけばよかった。誤解するよな。

写真なんて撮られると思ってなかったんだ…」


 必死の声に、少しずつ安心が戻ってくる。


「…分かった。でも、今度から先に言って。

今日、すごく居心地悪かったし…全部ウソなのかって思ったんだよ。

ガラス石も、ジンベイザメも、告白も…」


「ごめん。本当に。俺、慣れてなくてさ。

彼女って初めてだし、何が必要なのか分からなくて…

大事な子泣かせて、最低だよな…」


 隆司の声は落ち込みながらも、さくらを大切に思う気持ちが滲んでいた。


「…うん。私も、初めてで。どうしていいか分からなくて、

悪い方ばかり考えちゃった」

安堵が胸に広がる。


 そして、さくらは空気を変えるように言った。


「じゃあさ。今度の映画の帰りのランチ、おごってよ?」


「任せろ。好きなだけ食べていいぞ!

デザートだって二つくらいOK!」

隆司の声に、いつもの軽さが戻る。


「やった。楽しみにしてる!」

胸のもやもやはいつの間にか消えていた。


「よかった…信じてくれて。

不器用だけど、俺、ずっとさくらのそばにいるから。

映画もランチも…楽しみだよ。さくら。…好きだ」


 少し照れた声に、さくらも微笑む。


「私も好き。じゃあ、またね」


「おう、またな」


 通話を切ると、さくらは涙を拭き、ティッシュで鼻をかんだ。

部屋着に着替え、軽い足取りで階段を下りる。


 外はもう真っ暗。

鈴虫の りーん、りーん という音が、秋の深まりを静かに知らせていた。


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