第7章 波乱の予感
手に取っていただきありがとうございます。
面白いと思ったら、”いいね”いただけると次作へのモチベーションになります。
【さくらside】
翌朝。
桜柄のポーチをしまいながら、浮きうきした気分で制服に袖を通す。
鏡に映る自分は、昨日より少しだけ大人になった気がした。
「おかあさーん、今日、香水貸してー」
ダメ元で声をかけてみる。
「なに急に色気出してんの。校則違反でしょ、ダメに決まってるじゃない」
母ならではの勘で、何かに気づいたらしい。
けれどそこには触れず、校則の一点張りで却下。
「――まったく、色気づいちゃって」
口ではそう言いながら、娘が大人になっていくのが嬉しくて仕方ない。
勉強さえちゃんとしてくれれば、見守るつもりでいた。
「ちぇー、ケチー。じゃ、行ってきまーす!」
階段を下りる足取りは軽い。
今日ならどこまでも歩いて行けそうな気がする。
教室に入ると、あちこちから「おはよー」の声。
その中を歩いていると――
クラスのスクールカースト最上位、
安斉麻子がツカツカと寄ってきた。
普段ほとんど接点がないのに、なんだろう。
「さくらっち、彼氏できたんだって? 聞いたよー。
で、どこまで進んだの?」
――目が白黒する。
鳩が豆鉄砲を食ったって表現は、たぶんこういう時に使う。
「だ、誰から聞いたの!?」
精一杯、普通の声で返す。
「誰ってか、もうクラス中の話題だよー。いいなぁ」
え、ちょっと待って。
昨日、日奈子に話しただけだし!?
まさか――日奈子が?
いやいや、日奈子はそんな子じゃない。
じゃあ、公園でのやりとり誰かに見られてた?
その線が濃厚すぎる。
焦ったさくらは、なんとか会話をつなぐ。
「う、うん。まあね。
でも安斉さんも、彼氏いたよね?」
すると麻子は、何でもないように肩をすくめた。
「あ、J高のヤツでしょ? 先週別れた。
なんか私の態度が嫌だって。生意気なんだよね。
で、さくらっちはどこまでいっちゃったの?」
……距離感ゼロか、この人。
「どこまでって、別にどこまでもいってないよ。
普通に“お付き合いしましょう”ってなっただけ」
「え~っ、つまんなーい。
面白い展開あったら教えてよ。アドバイスしてあげるし~」
「……はぁ」
(なんだったんだ、この嵐のような怒涛の展開)
女子高ギャルゲーもビックリだ。
翌日にはクラス中に広がるとか、拡散速度が速すぎる。
どさっと席に座り込み、教科書とノートを取り出す。
頬杖をついて、ため息まじりにぼそり。
「……まったく。これだから女子高は」
【隆司side】
まだ残暑が厳しい朝、隆司は首筋と手のひらの汗をぬぐいながら、
いつもより少し肩を張って歩いていた。
握りしめた鞄の中には、さくらとお揃いのガラス石の瓶がある。
触れるだけで、じんわり心が落ち着いていく。
――でも、胸の奥は相変わらずざわついている。
突然、後ろから
「おっす、隆司!」
と勢いよくタックルされる。
隣の席の倉本司だった。
「おっすじゃねーよ。司はいつも元気だな!」
何の悩みもなさそうな笑顔に、少し嫉妬混じりの羨ましさを覚えた。
「いやー、この前の模試でいい結果だしたら、小遣いもらった。
頑張れば報われるってやつだな。って隆司お前どうなの?」
――どうなの、って……さくらのことか?
思わず心臓が跳ねる。
いやいや勉強の方だろ。落ち着け俺。
隆司はまた現実を突きつけられた気分になり、
さっきまでの胸の高鳴りも、徐々に陰鬱なものへ変わっていく。
(やっぱり勉強と恋愛の両立は無理かな……。
さくらも受験生だし、息抜き程度ならいいけど)
心の中で自分に言い聞かせる。
「ところで隆司、うちの姉貴の買い物に付き合ってくれない?
彼氏へのプレゼント選びたいらしいんだけど、俺ほとんど塾だからさ」
「うん、時間ある時ならいいよ」
隆司は軽く返事をしたが、この選択が後にちょっとした波乱を生むことになるとは、
この時まだ知らなかった。
「やった。じゃあさっそく姉貴に聞いてみるわ。また連絡する。
そういえば、お前、東京の私大目指すんだろ?結構難関じゃね?」
司は何でもオープンに話す。そういうところが、彼のいいところでもある。
「うん。俺も頑張ってるよ。前回の模試はB判定だったけど、次はAを狙う」
隆司は成績も悪くなかった。だから、
さくらとなら少しくらいデートしても大丈夫だと思っていた。
教室に着くと、隣に座った司がさりげなく訊く。
「姉貴、明日の午後がいいって。お前大丈夫?」
「うん、俺は大丈夫。そんなに時間取らないよな?」
妙な胸騒ぎがして、念を押すように聞く隆司。
「あぁ、一時間くらいだと思うぜ。服の寸法合わせるだけだから」
司の言葉に少し安堵する隆司。
ふと窓から見た空は、夏の名残を残しつつも、柔らかな秋の気配に染まりつつあった。
隆司の心も、ワクワクと不安が交差する複雑な色合いに染まる。
(冬はイベント多いな……。付き合いたての今は、ワクワクがたくさん詰まった季節になりそうだ)
今日の授業は、いつもよりずっと頭に入った。
これも恋の効果ってやつなのかもしれない。ひとり勝手に惚気をこしらえてはニヤけてしまい、
慌てて周囲を見回すところが、いかにも隆司らしい。
授業が終わると、すぐに愛しの彼女へLINEを送る。
付き合った途端に妙に強気で堂々となる、彼の都合のいい性格が顔をのぞかせていた。
「授業終わった。今日、図書館行く?」
十分後、さくらから返事が届く。
「今終わったよ。図書館行こうかな」
ヤッター! 心の中でガッツポーズ。
こんな分かりやすいところも、隆司のいいところだ。
三十分後、図書館に着くと、さくらが庭の見える窓際の席を取っておいてくれた。秋の風景が広がるこの席は、とても気持ちがいい。
そんなささいなことが、今の隆司にはたまらなく嬉しい。
向かいに座ると、さくらが軽く目で合図を送ってくる。
「お疲れ! 来られると思ってなかったから、すっげー嬉しい」
率直な感想がそのまま口をつく。
「私も、隆司くんに会えるの嬉しいよ」
さくらは微笑みながら返した。
(くぅ……俺の彼女、めちゃくちゃ可愛い……)
ここまで来ると惚気が暴走気味で、もはや呆れるレベルだ。
二人は“蛍の光”が流れる六時まで勉強した。
時々さくらが教えてあげたり、肩を寄せて問題を覗いたりと、仲睦まじい空気が流れている。
片付けを終えて並んで外へ出ると、帰り道で隆司が週末デートを提案した。
さくらは嬉しそうに二つ返事。今流行りの恋愛映画が観たいらしい。
隆司は、映画館で手を繋げたら……などと、思春期男子らしい淡い下心を胸に秘めている。
「隆司くん、明日も図書館で勉強するの?」
さくらが、どこか“また一緒にいたい”という雰囲気で尋ねてくる。
「いや、明日は用事があるんだ。ごめん」
「そっか……仕方ないね。あのさ、また寝る前にLINE送っていい?」
遠慮がちな声。付き合っているのだから本当なら聞く必要のないことなのに、
さくらは逆に緊張してしまっていた。
「うん、もちろん。俺も送るよ」
“付き合うって最高だな。俺、幸せ!”
隆司はひとり舞い上がり、さくらの緊張には気づけていなかった。
家の前までさくらを送り届けると、
「バイバイ。またLINEでね」
二人は手を振り合う。隆司は一軒となりのマンションへ戻った。
秋らしい風が吹き、首元に少し冷たい空気がまとわりつく。
「明日は司のねーちゃんの付き合いか……だりぃ……」
そんなことを思いながら「ただいまー」と家に入ると、から揚げのいい匂いが漂ってきた。
部屋で制服を脱ぎ、部屋着に着替える。机に勉強道具を並べると、
筆箱につけたガラス石がふと光ったような気がした。
お読みいただきありがとうございました。




