第14章 「灯る恋」
【さくらside】
図書館デートの帰り道。
気づけば、家の前に着いてしまっていた。
二人で歩いたたった20分が、まるで一瞬だったみたいに感じる。
その間に、空はすっかり夜の帳に包まれていた。
手を離すと、思わず少しだけ寂しそうな顔になってしまう。
「また、図書館デートできるかな……?」
さくらは小さな声で聞いてみた。
隆司は自信ありげな表情で、まっすぐに頷いた。
「いつだって、できるよ。連絡、待ってる」
その優しさにあふれた言葉が、心の奥に静かにしみてくる。
つい、うるっとしてしまう。
「うん、ありがとう。また連絡するね。今度は、近いうちに」
さくらは微笑みながら、ふと躊躇いがちに口を開く。
「……あの、クリスマスの予定、空いてる?」
一ヶ月以上も先の話なのに、自分でもどうして今聞いたのか不思議になる。
隆司も少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑顔になって答える。
「空いてるけど……どうしたの? 結構先じゃん」
「うん、でも、ちょっと行ってみたい場所があってさ。クリスマスマーケットって知ってる?」
隆司はさくらの目をまっすぐに見ながら、少しだけ緊張したように言った。
「知ってる。大きいところとか、テレビで見たことある」
実際に行ったことはなかったけど、その華やかさには憧れがあった。
「受験で忙しいと思うけど……一日だけ、俺に時間くれない?
電車に乗って、ちょっと遠出したい場所があるんだ」
隆司の真剣な眼差しに、胸がとくんと鳴る。
「……うん、わかった。隆司くんのプランなんだもん、
きっと素敵なところだよね。楽しみにしてるね」
さくらは笑顔でうなずいた。
名残惜しい気持ちを胸に、別れのあいさつをして家に入る。
扉が閉まる、その瞬間が、一番寂しいってわかってる。
「ただいまー」
声をかけると、母と妹の涼花が揃って「おかえりー」と返してくれる。
それを背中に聞きながら、さくらは階段を駆け上がった。
制服を脱いで部屋着に着替えながら、心はずっと隆司のことでいっぱいだった。
(クリスマスかぁ……。なんか緊張しちゃうな)
(ふたりで過ごす大きなイベントって、初めてじゃない?)
(どうしよう、何着て行こう……!)
胸の高鳴りが止まらない。
嬉しすぎて、顔が自然と真っ赤になる。
思わずベッドにダイブして、抱きしめたのは——ジンベイザメのぬいぐるみ。
仰向けになったまま、左右にゴロゴロと転がる。
(もう……隆司のバカ、バカ、バカ。……大好き)
惚気がつい口から漏れてしまう。
この幸せな気持ち、しばらくは誰にも言えない。
日奈子たちに話したら、絶対にからかわれるのが目に見えてる。
一ヶ月も続くからかいに耐える自信なんて、ない。
(……よし、事後報告にしよ。絶対その方がいい)
そう決めたころには、顔いっぱいに笑みが広がっていた。
さくらはジンベイザメをぎゅっと抱きしめながら、
静かに、でも心の底からクリスマスを楽しみにしていた。
【隆司side】
帰宅して部屋に入ると、ようやく冷静さが戻ってきた。
(……バカだな、俺。まだ一ヶ月もあるのに、
なんでクリスマス誘っちゃったんだよ)
もともと計画していたこととはいえ、
二週間ぶりに会えた嬉しさが爆発して、思わず約束してしまった。
本当は、もっとプランを練ってから誘うつもりだったのに…。
(俺って、バカバカバカ……!)
おでこを壁にゴツン。恒例の“壁頭突き”をしてジーンと痛みが響く。
でも、もう言っちゃったもんは仕方ない。
この一ヶ月、二人の頭の中はずっとクリスマスでいっぱいになっていた。
図書館デートもその合間に何度か重ねながら——。
* * * *
クリスマス一週間前。さくらからLINEが届いた。
「プレゼント、どうする?」
(やっべ……もう用意しちゃったよ。でも、サプライズって言えねぇ)
「どっちでもいいよ。さくらに任せる」
そう返信して、しばらくすると——「ピロリン♪」
「じゃあ、予算五千円以内で、お互いに交換するのはどう?」
即レスで「いいよ。了解!俺も考えておく」
実はちょうど五千円ぴったりで、プレゼントを選んでいた。
喜んでくれたらいいな…と想像するだけで、またも“壁頭突き”が発動。
(ああ……記憶飛ばすなよ、俺…)
そして迎えた、クリスマス当日。
最寄駅で待ち合わせ。
隆司の服装は、黒のパンツに濃紺のハイネックセーター、ダークグレーのダッフルコート。
黒のマフラーを巻いて、手には紙袋——中にはあのプレゼントが入っている。
少し遅れて、さくらがやってきた。
白いAラインのコートに、黒のブーツと赤いマフラー。
コートの裾からのぞくグレーのプリーツスカートが揺れている。
黒の小さなショルダーバッグ、そして、彼女もまた紙袋を手に持っていた。
クリスマスマーケットの会場までは、電車で30分ほど。
二人は、最近の出来事や学校のことを話しながら、あっという間に到着。
すでにマーケットは大混雑。
キッチンカーがずらりと並び、温かくて美味しそうな匂いが辺りを包む。
「ここのビーフシチュー、絶品らしいぜ」
隆司は、ちゃんと下調べ済みだった。
——計画を立てて、さくらを喜ばせたい。それが原動力になっていた。
シチューには、こんがり焼かれたバゲットが2つ添えられていて、これで800円。
空いていたベンチ席に座って、さくらにも隣に腰かけるように促す。
「……自分で言うのもアレだけど、こうして並んで座ると、ちょっと照れるな」
「うん、ちょっと照れる。でも……隆司くんの隣、嬉しい」
素直な気持ちをまっすぐ伝えてくれる。
思わず、隆司の顔が耳まで真っ赤になる。もちろん、さくらも同じく。
「よ、よし!冷めないうちに食べよう。いっただきます!」
「うん。いただきます……あ、これ、コクがあってすっごく美味しい!」
「牛テールでじっくり出汁とってるらしいぜ」
準備は完璧。予習通りの知識が披露される。
「すごい!さすが隆司くん!」
さくらは満面の笑顔で見つめてくる。
(……この笑顔、見たくてここまで来たんだよな)
食べ終わると、隆司はゴミを捨てに行き、ココアと缶コーヒーを買って戻ってくる。
「ココア、さくら用な」
テーブルが空いていたので、そのまま飲み物を手に少し休憩。
「それじゃ……私から!メリークリスマスっ」
さくらが紙袋を差し出す。
「お、来たな!じゃあ俺も、はいっ!」
お互いに紙袋を交換し、タイミングを合わせて中を開ける。
さくらからは、えんじ色のマフラー。
ふわっとした手触りに加えて、今日の服装にもばっちり合っている。
さっそくプレゼントのマフラーに付け替える。
「どう?似合ってる?」
嬉しさが溢れて、声が少し上ずる。
「すごく似合ってる!コーデにもぴったりで……私、選んで良かったぁ」
心から嬉しそうに笑う彼女の表情を見て、隆司の心もあったかくなった。
(やばいな……マジで自慢の彼女だな。司に見せびらかしたい)
頭の中では、ニヤけた未来が膨らんでいく。
「じゃあ、今度は私が開けるね」
さくらが丁寧に包みを開ける。
「わぁ……ブレスレット? すっごく綺麗……これ、誕生石? 高かったんじゃ……?
約束、守ったよね……?」
「大丈夫、ちゃんと五千円以内!
ネットのハンドメイドショップで買ったんだ。
さくら、4月生まれだろ? ダイヤは高いけど、モルガナイトならセーフ!」
「……じゃあ、着けて?」
どこか甘えたような声に、思わず心臓が跳ねる。
さくらの白くて細い手首に、そっとブレスレットをつける。
「すっごく素敵……ありがとう。大切にするね」
その言葉に、飾らない気持ちがこもっていた。
(よかった。本当によかった……)
「このあと、中央のツリーにネオンが灯るらしいんだ。見に行かない?」
これももちろん、計画の一部。
「行く!ツリーのネオン、ロマンチックで素敵だね。来てよかった」
ブレスレットがちらちら光って、さくらが少し大人びて見える。
「じゃあ、行きますか」
手を差し出すと、さくらは指を絡めてきた。
ネオン点灯の直前。
人混みはすごかったけれど、3メートル以上はありそうな
ツリーの前にたどり着く。
「さくら、手、離すなよ」
「うん」
照れくさそうな返事が、愛しくてたまらなかった。
そして——ネオンが灯る。
「おぉぉぉ、すげー……」
「わぁ……すっごく綺麗……」
二人はただ、見とれていた。
何も言葉はいらなかった。ただ、ぎゅっと手を握りしめる。
この瞬間が、きっと忘れられない記憶になる。
隆司は、今年も終わっていくことを、静かに、でも確かに実感していた。
ツリーに見惚れながらも
「ちょっと……こっち」
隆司はさくらをリードするように
人混みから離れ、ツリーから離れて
キッチンカーの陰に。
視線が絡む。
逃げない。
「……キスしていい?」
震える声。
息が触れる距離。
さくらは小さく頷いた。
唇が触れたか触れないかの、
優しいファーストキス。
世界の音が、急に遠のいた。
(あぁ……おれ、さくらが大好きだ)
少しの静寂。
手のひら越しの鼓動。
今年が終わる音がする。




