6話 俺×生徒会長=かけ離れた存在です。
早速、クラス委員には仕事が任された。
内容は、生徒会室にて全学年のクラス委員が集まり、顔合わせをするというものだった。
そこには、容姿端麗で頭脳明晰、完璧と言っていいほどの人物——生徒会長が来るらしい。
普通の生徒にとって、この学校で生徒会長を見られること自体が幸運らしい。式典も含めて、年に二、三回見られるかどうかというレベルだという。
(生徒会長はミッ○ーマウスかっての……)
いや、さすがに盛りすぎだろと思うが、ここまで言われると逆に気になる。
いったいどんな人物なんだ。
結局、真守は黙って会議室へ向かい、決められた席に腰を下ろした。
「……広っ」
思わず呟く。
ここは本当に会議室なのかと疑うくらい広い。
一学年の新入生だけでも相当な人数だが、それに加えて三学年のクラス委員も集まっている。二学年は少し遅れて来るらしく、先に一学年と三学年だけで挨拶を始めることになった。
ちなみに——
相変わらず真守のことが嫌いな白ヶ崎は、一向に目を合わせようともせず、不機嫌そうに頬杖をついていた。
「さて、君たちが新入生の代表ね!」
いかにも“先輩”という雰囲気の、眼鏡をかけた女子生徒が第一声を発した。
「二学年はまだ来てないけど、先に私たちだけで挨拶を始めちゃいましょう」
挨拶、か。
何をするんだろう。
まさか自己紹介じゃないよな——と思ったが、まあいい。練習はしてきたし、今さら自己紹介くらいなら問題ない。
「それでは、一学年のA組から男女の順で、クラス、名前、趣味、このクラス委員を引き受けた理由、そして意気込みを聞こうかしら」
(多いな!?)
思わず心の中でツッコミを入れる。
情報量が多すぎる。
ちなみに一学年はAからJ組まであり、クラス委員だけで総勢二十人集まっている。
真守はその中のB組。
噂によると、Aから順に成績のいいクラスらしい。つまり真守は、そこそこ頭のいいクラスということになる。
(……代表ってだけで重いんだけど)
責任という名の圧が、すでに背中にのしかかっていた。
「まずはA組の——って、あら。男の子の方はどうしたのかしら?」
まさかのA組男子が不在だった。
理由はわからないが、これは普通に緊急事態では?
そんな空気の中で、ゆっくりと、けれど凛と席を立つ人物がいた。
「申し訳ございません。A組代表の山神 隼人は、どうしても外せない案件があるようで、早退しております」
そう答えたのは、A組の絶対女王——黒ヶ峰 姫花だった。
彼女の容姿は、一言で言えば魔女そのものだ。
長い黒髪に、鮮やかな赤い瞳。さらに、吸血鬼かと疑いたくなるほど綺麗な八重歯までついている。
白ヶ崎さんとは正反対のタイプだ。
共通しているのは、透き通るような白い肌くらいだろう。
(うわ……)
噂で聞いていた通りの美人だった。
さっき会議室へ向かう途中、神宮丸に捕まって黒ヶ峰の話を聞かされたが、まさかこんなところで本人を目にすることになるとは。
「なに、じっと見つめちゃってるの?気持ち悪い……」
「えっ、べ、別にじっと見てたわけじゃ——」
「私に喋りかけないで、変態」
半ば食い気味の罵倒だった。
「はいはい……」
(なんで綺麗な子って口が悪いんだよ……)
いや、黒ヶ峰までそういう子だとは、まだ決まったわけじゃない。
白ヶ崎が俺の中でたまたま“ハズレ枠”だっただけだ。きっとそうだ。そう信じたい。
「それでは、男子の山神くんは飛ばして、黒ヶ峰さんから自己紹介をお願いできるかしら?」
「はい、かしこまりました。私の名前は黒ヶ峰姫花でございます。趣味は花を生けること——」
口を開いても、その可憐さは崩れない。
典型的なお嬢様だ。
清楚で、上品で、いかにも優等生という風格がある。
「それでは、黒ヶ峰さんはこの学校でやりたいことってあるのかしら?」
(うわ、質問までされるのかよ……)
これは気が抜けない自己紹介だ。
「私は二学年になったら、この学校の生徒会長に立候補し、この町の風情を取り戻したいと考えております」
意外とスケールの大きいことを言うんだな、と真守は少し驚いた。
たしかにこの町は、もともと桜並木やイチョウ並木が多く、風情ある観光地として知られていた。けれど、この学校ができてからというもの、町の自治体が無理やり大きな駅やショッピングモールを建ててしまい、その結果、昔ながらの景観はかなり失われた。
桜もイチョウも減って、観光客も減った。
今ではただ、有名校があるだけの、無駄に広い町という印象の方が強い。
「君、昔の僕を見ているみたいだよ」
その声が、会議室の扉の方から聞こえた瞬間だった。
三学年の生徒たちが一斉に姿勢を正し、頭を下げる。
「お疲れ様です、生徒会長!」
異様な空気だった。
それにつられるように、真守も自然と頭を下げていた。
「あはは、みんなご苦労様。そんな、僕は王様じゃないんだから頭を上げていいよ」
優しい声だった。
その一言で、全員が顔を上げる。だが、さっきまでとは目の色が違う。
真剣な眼差しで、その人物——生徒会長を見つめていた。
「それで、話はどこまで進んでいるのかな?」
生徒会長が状況を確認するように問いかける。
「はい!今は一学年の簡単な自己紹介を行っていました!」
やけに気合の入った返事が返ってくる。
「そうか。それで今、黒ヶ峰君が意気込みを語っていたわけか」
(名前まで知ってるのか……)
さすが黒ヶ峰、と言うべきか。
「私の名前をすでに知っていただき、誠に感謝の至りでございます」
黒ヶ峰が深々と頭を下げる。
(すげぇ……)
あの黒ヶ峰が、ここまで丁寧な態度を見せる相手。それだけで、生徒会長の格がなんとなく伝わってきた。
八ツ星高等学校の生徒会長——円山 薫。
誰もが憧れる存在であり、その功績は一年生の頃から際立っていたらしい。
その結果、高校では異例の“一年生で生徒会長就任”を果たしたのだという。
さらに噂では、教師陣ですら頭が上がらないほどの家柄で、実質、生徒会長の一言で学校全体が動くとも言われている。
(どんな存在だよ……)
「あはは、もちろん。君は特待生組の中でも群を抜いていたからね。それに……ここには入学式を無断放棄した人もいるようだしね」
まるで軽い冗談みたいな口調だった。
けれど。
(……それ、俺のことでは?)
「お、俺じゃん……」
まさか、こんなところでその話を拾われるとは思わなかった。
どうして会長が知ってるんだ?
本当に俺だけが入学式を欠席していたから、名簿か何かで確認されたのか?
「ところで、自己紹介はどこまで行ったのかな?」
「はい!今は1-Aが終わったところです!」
(ちょうど俺じゃねぇか……)
最悪のタイミングだった。
会長から皮肉混じりの一言をもらった直後に、自分の番が来るなんて。
「おっ、ちょうど君なんだね。自己紹介、楽しみにしているよ!」
無駄な期待をかけないでほしい。
すでに会長に名前を認識されているだけで、周りから変な目で見られそうなのに、ここでさらに恥を晒すなんてごめんだ。
(いや、落ち着け)
無難に終わらせればいい。
余計なことを言わず、流れ作業で済ませれば問題ない。
そう自分に言い聞かせながら、震える手をどうにか抑えて席を立つ。
「えっと……1-B、男子のクラス委員、楽々浦真守です。趣味は音楽鑑賞で、なぜクラス委員を立候補したかと言うと、自らが率先してクラス全体をまとめられるか、その力が自分にあるのかを確かめたく、立候補させていただきました。以上です」
(……ちょっとクサかったか?)
でもまあ、これくらい言っておけば流れるだろう。
そう思ったのに。
「あははっ、君って面白いね!」
会長が、やけに楽しそうに笑い始めた。
(……どこが?)
自分では何ひとつ面白いことを言った覚えがない。
「楽々浦君、君は嘘をついてるね」
「……は、はい?」
「嘘が見え見えなんだよ。まず、君が率先してクラス委員を引き受けるはずがない」
「なっ……」
一瞬、言葉を失う。
(なんでわかったんだ……!?)
中学時代、“魅惑のポーカーフェイス”と密かに呼ばれていた俺の嘘を、こんなあっさり見抜くなんて。
この人、侮れない。
「正直に言ってごらんよ。君がここにいる理由を」
何もかも見透かされている気分だった。
きっと、ここでまた誤魔化してもバレる。
だったら——もう全部言ってしまった方が早い。
真守は小さくため息をつき、背筋を少し緩めた。
「はぁ……えっと、俺の名前は楽々浦真守です。趣味はとくになくて、なぜクラス委員になったかというと、半ば強制的に担任から任されて、それに加えて、俺のことが大嫌いな白ヶ崎さんまで一緒にクラス委員をやれって言われて、よくわからない状態でここに立ってます」
「ちょっと、あんた!なんで私の株まで下げるようなこと言うのよ!」
白ヶ崎がすぐに噛みついてくる。
全部言ってやった。
これが真守の現状。無味無臭という言葉が一番似合う男かもしれない。
周りの視線は、だいたい想像通りだった。
ゴミを見るような目、とまではいかなくても、明らかに引いている。
白ヶ崎は、自分の評価まで巻き添えにされたことに苛立ちを隠していない。
そんな中で——
「あははっ!やっぱり君は面白いなぁ!実に面白いよ!」
会長だけが、すごく満足そうだった。
(なんでだよ……)
真守にはまったく、理解ができなかった。
なんなら馬鹿にされているようにすら感じた。
「あの、もう次の人に行っていいんじゃないですかね?」
これ以上、注目を浴びるのはごめんだった。
早く終わってほしい。
「いや、ちょっと待って!」
会長が手を軽く上げる。
「僕は君のことがすごく気に入ったよ。よかったら生徒会に入らないかい?」
「……えっ?」
思考が止まる。まさかの勧誘だった。
(いやいやいやいや)
生徒会なんて絶対に面倒だ。
この学校の生徒会がどれだけすごいのかはまだよくわからないが、少なくとも俺に向いていないことだけは確信できる。
断る。
それ一択だ。
まさか、こんな俺が生徒会長・円山薫に気に入られるなんて。そんな想像は、一度だってしたことがなかった。
そしてきっと——
俺の高校生活は、思っていたよりずっと騒がしくなっていくのだろう。




