12話 俺×隣人=気が抜けません。
「ま、まじかよ……」
この寮に着いてから驚いてばかりいるせいか、放心状態になる。
両隣が特待生組の最も癖が強そうな二人だなんて……挨拶した方がいいのか?
「いや、ここは俺も大人だ。挨拶ぐらいは済ませとかないと、今後に響きそうだからな」
意を決して、真守は白ヶ崎の方のインターホンを鳴らす。
「はい……」
元気のない声が聞こえる。
「あ、あの、お隣に住むことになりました、楽々浦です」
「楽々浦君?」
白ヶ崎は真守の名前を聞くと同時に、嬉しそうにスライド式のドアを開けた。
「さ、楽々浦君っ、なんでこんなところに?」
「その、さっきお隣に住むことになったって言ったんだけど……」
「えっ、うそっ!楽々浦君が私と同じ階に!?」
また罵倒で心が折れると思った真守だったが、クラスにいた時とは全くの別人かのように笑顔で話す白ヶ崎。そこに不気味さを感じた真守は、探り探り会話を続けることにした。
「あ、あの、俺がお隣でイヤじゃないの?」
「そんなことないよ、私、その、楽々浦君にあんな酷いこと言っちゃったから……」
急にモジモジし始める白ヶ崎。これは、もしかしてと、真守は胸を騒つかせる。
「白ヶ崎さん……?」
「ねぇ、楽々浦君、私のこと嫌い?」
唐突すぎる質問。全く先が見えない会話に頭を悩ませる。
「き、嫌いじゃないよ!」
嫌いではないけど好きではない。俺の中の印象は消すことができず、性格の悪い白ヶ崎のままだ。
「ほ、本当!?私、楽々浦君とは仲良くなりたかったんだけど……」
なんだこのむず痒いやり取りは。
白ヶ崎の落ち着かない態度が続く。
そんな白ヶ崎に真守は、また誰かの仕業で罰ゲームを受けさせられてるんではないかと予想をし、辺りを見回す。
「えっと、白ヶ崎さん、無理してない?」
「無理してるって、どういうこと?」
「いや、最初に面と向かって話した時みたいに、また罰ゲームとして俺に接しているんじゃないかと思って……」
真守は疑心暗鬼に陥る。こんな急に人など変われないと思うのは当然かもしれない。
「あの時は、私、緊張してたみたいで」
「き、緊張?」
おいおい、緊張であんな毒舌になるのか?それはさすがの俺でも理解できない。
「あの、本当にクラスの時はごめんなさいっ!」
眉間にしわを寄せ、涙目になりながら深々と頭を下げる。白ヶ崎から誠意が伝わる、ちゃんとした謝罪が飛び込んで来た。
「えっ、ほ、本当に罰ゲームじゃないの?」
「違うよ!だってここは特待生組専用の場所だし、同じクラスの石井君は実家暮らしだから、誰も私に罰ゲームを強要してくる人はいないもの」
そうは言っても、ここまできたらどっちが本当の白ヶ崎なのかわからなくなってきたな。一体、クラスの時に俺を罵倒してきた白ヶ崎は何者だったのか。
「そうなんだね……それなら、俺のことなんて気にしないでいいから」
「でも、私、酷いこと言ったのは確かだし……」
白ヶ崎は素材が最高に可愛い女子高生だから、そんな申し訳なさそうに下から覗き込まれたら、なんだかこっちが悪いことをしている気がしてならない。
「白ヶ崎さんは何も悪くないって!緊張していたんでしょ?それだったらしょうがないよ」
「楽々浦君……ありがとう、次からは気をつけるから、もしよかったら、その、こんな私とお友達になってもらえますか?」
「うっ、可愛い……」
惚れてまうヤロォー!!
「んっ?楽々浦君、何か言った?」
「い、いや何も言ってないよ!」
真守は緊張で赤面しながら友達になってほしいと言ってきた白ヶ崎に胸を射られた。そのためか、真守の方も顔が熱くなってきて、告白をされたかのようなムードになる。
最強に可愛い。こんなの友達じゃなくて、マジで告白だったら俺は気絶してしまうだろう。
「楽々浦君、やっぱり私じゃダメかな?」
ダメなわけないヤロォー!!
真守は我慢できず、顔を伏せてしまう。
「だ、ダメなんかじゃないよ、俺も白ヶ崎さんとはお友達になりたかったし」
真守の言葉を聞くや否や、白ヶ崎は目を大きく輝かせ、顔を近づけた。
「ほ、本当!?私、嬉しすぎてなんて言ったらいいのか」
近い近いっ、こんなの俺が一歩踏み出せば身体が触れてしまうではないか!!
「ねぇ、いきなりなんだけど、楽々浦君のこと下の名前で呼んでいいかな?」
「し、下の名前で!?」
二人の距離がどんどん縮まりつつある。最初の出会いからは想像のできない出来事。
だが、そんな夢のような出来事がいつまでも続くわけはなかった。
「全然、下の名前で呼んでいいよ!」
「わかった、それじゃあ……
すごい緊張する。とうとう俺に彼女ができるのかもしれない。それはとても綺麗で清楚な『毒舌女』だとしても俺は構わない。
真守は目を閉じながら至福のときを味わうことにした。
だがその瞬間ーー、
「まー君!」
「ま、まー君?」
なぜ白ヶ崎がこの愛称を知っているんだ?てか、この愛称で俺のことを呼ぶのは真希ねぇだけのはず。
「まー君!」
いや、ありえない、こんな最高の瞬間に、こんな数少ない俺のチャンスの瞬間に……
「まー君ったら、帰りが遅いから迎えにきたぞ♪」
あぁ、終わった……
真守は閉じていた目をそっと開き、現在の状況を理解する。
「ま、真希ねぇ、なんで今のタイミングで……」
白ヶ崎は驚きで口が開いている。
「てかてか、まー君の前に立ってるこの女、一体何者なの?」
真希那が白ヶ崎のことを指差す。そこで、我に帰ったのか、白ヶ崎の開いていた口がゆっくり閉じられていった。
「こらっ、俺のクラスメイトに指差すな!」
真守は反射的に真希那の行動に対してツッコミをいれる。
「痛っ、もう、まー君ったら女の子に乱暴はよくないぞ!」
俺としたことが、真希ねぇにおもわずツッコミを……こんなの、側から見たら完全にバカップルだ。
そんなことより、今は白ヶ崎に誤解されないように、俺と真希ねぇの関係をちゃんと話さないと!
「あの、白ヶ崎さん、実はこの人は俺の――、
「バカっ!変態っ!死ねクソ男!」
そうそう、それそれ、おかえり俺の知っている白ヶ崎咲音。
「ちょっとあんた、私のまー君になんてひどいこと言うのよ!」
おいおい、そんなこと言ったらますます誤解するだろうが、バカ姉よ。
「うるさい、おばさん!こんな高校生に手を出しちゃって気持ち悪い!」
「お、おばさんですって!?」
待ってくれ、これは喧嘩が始まってしまうじゃないか……
今にでも取っ組み合いが始まりそうな予感。体格差は殆どないものの、真希那は昔不良をやっていたため、拳には自信があった。
「ふ、二人とも落ち着いて!」
「まー君は黙ってて!」
「ゴミは黙ってて!」
うん、俺の入る余地なし!
「あぁ、もう、本当に楽々浦君はゴミ同然ね!なんでこんなゴミの隣人にならなきゃならないのよ!」
白ヶ崎の罵倒は止まらない。一体これは緊張なのか、照れ隠しなのかは、今の真守に判断することは難しかった。
「だから、私のまー君にそんなこと言って許されると思ってるの!?」
「うるさいったら!もう、あんたらと同じ空間にいるだけで吐き気が止まらないわ!」
「じゃあ、さっさと自分の部屋に戻ったらどうなの?」
それはごもっともだ。
「わかったわよ!今すぐ帰ってやるわ!その代わりに、もう金輪際、私の家のインターホンを鳴らさないで!」
白ヶ崎はそう言うと、勢いよくスライド式のドアを開け、勢いよくそのままドアを閉めた。
「何なんだったのよ、あの女」
真希ねぇ、それはあんたもだ……
ちなみに俺は、この騒がしい事件の後に赤坂先輩の挨拶に向かったが不在だった。
住みやすいが住みづらい。そんな矛盾した、事故物件にどのくらい住むことになるのだろう。