96.炎に包まれたカナ
観客席のあちこちで悲鳴が上がる。
テレビ観戦する視聴者も息を飲む。
七身カズコも大会本部の関係者も、身を乗り出してスクリーンに目をこらす。
あの蜂乗カナが、一瞬で火だるまになったのだ。
だが、冷静だったのは、カナを信じる蜂乗家の人々とリンなどの使い魔、そして、カナ本人だった。
灼熱の炎の壁が視界を閉ざす。
燃えさかる炎の音が鼓膜を叩く。
熱気が肺の奥まで達する。
こんな絶望的な状況でも、カナはユカリのような狂乱状態には陥らなかった。
それは、火炎魔法に対する防御を、その魔法の遣い手相手に練習して会得していたからである。
たとえ、魔法で火だるまになっても、短時間に抜け出られる自信は十分にあった。
イズミが魔法を繰り出すなら、火炎魔法しかない。
なので、憑依された彼女が魔法の構えを見せた瞬間に、その防御を発動したため、さほどダメージを受けてはいない。
カナは、肩幅に足を広げ、両手を横に伸ばす。
この構えは、炎を打ち消す魔法の構え。
この体勢で、心を静める。
頭の中では、炎が一瞬で消し飛ぶ場面を思い描いていた。
ところが、ここで、想定外のことが起きてしまう。
ドクン!
ドクン!
また始まった。
今度は、皮膚が盛り上がると錯覚するほどの強い鼓動。
胸の内側で、何者かが――もちろん炎竜だが、足で蹴っているように感じる。
ドクン!
ドクン!
(お願い! 止まって!)
前屈みになったカナは、目を見開き、胸の谷間付近を両手で押さえた。
だんだん、胸が苦しくなる。
グワングワンと耳鳴りが始まる。
ムカムカして吐きそうになる。
「お願い!! ここで覚醒しないで!!」
とその時、頭の中で獣が唸るような低い声がした。
『グルルルルルッ…………』
カナは息が詰まった。
ついに、目覚めようとしているらしい。
(覚醒、しないで――)
『グルルルルルッ…………』
(お願い……だから……)
訪れた沈黙。
猛火の音だけがゴーゴーと耳に響く。
収まったのか?
否、違う。
周囲の音に混じって、腹に響くような低くて太い声が聞こえてきた。
『……なん……じ』
(えっ?)
『……汝』
(あなたは……炎竜……よね?
ヤマト国の言葉、話せるの?)
『汝、我を纏うに値する心の持ち主か?』
カナは言葉に詰まった。