83.カナの対戦相手
カトリーンが、いくらヘルヴェティア王国の全権代表だとしても、口約束では反故にされかねない。
そこで、カズコは、大会本部が用意する文書に署名してもらうことを提案する。
ところが、カトリーンは、それに応じようとしなかった。
「これは、あくまで密約のようなものです。
文書に残すと、ハチジョウ・ファミリーが後々困ることになるはずです。
それとも、私を信用できないのですか?」
「信用しないとは言っていません」
「いいえ。信用できないから、そう提案するのでしょう?
なら、覚醒のために魔法少女たちから魔力を奪う行為を妨害せず黙認する、という一文を追加してもらいます。
これでも、文章に残すのですか?」
「……っ!」
まだ十四歳の少女に対して、こうも大人が言い負かされるのも癪ではあるが、カズコは渋々折れることにした。
勝ち誇ったように去って行く全権代表の背中を見送った二人は、ドアが閉まると顔を見合わせた。
「カズ-。勝手に決めては困るわよ」
「マイコ。ああでもしないと、試合どころじゃなくなるのは、火を見るよりも明らか。
炎竜は盗まれていた、なんて記事がヤマト国に広まるのよ。
残念だけど、あの子の提案の方が、穏便にことが進む」
「それは、炎竜が奪還されるストーリーでしょう?」
「だから、そうならないように、娘さんに是が非でも勝ってもらうのよ。
カトリーン・シュトラウスに勝てば、全てが丸く収まる。
彼女は諦め、炎竜は覚醒されずに娘さんの体の中に残る。
でしょう?」
カズコは、まだ納得がいかない顔をしているマイコの肩をポンと叩いた。
うつむいたマイコは、ポツリとつぶやく。
「それで――準決勝の組み合わせは?」
「今知りたい?」
カズコは、マイコの顔を覗き込んで、ニヤリとする。
そんなカズコを、マイコは横目で睨んだ。
「あと数分で公表するのに、もったいぶらない」
「それもそうね。
では……」
カズコは、右手の人差し指を立てた。
「第一試合は、娘さんと五潘イズミよ」
「やっぱり、いきなりのカトリーンを避けたのね?」
「いやいや、偶然偶然。
選手たちの間で、取り組みが細工されているという噂が立ったので、準決勝から、サイコロを振って決めた結果を金庫の中に入れていたの」
「今時、サイコロなんだ……」
「私の予想では、娘さんとカトリーン・シュトラウスが決勝に進むと思っている。
だから――」
「だから?」
「決勝戦の審判員は、マイコ――あなたよ」
カズコは、マイコの鼻先に人差し指をビシッと向けた。
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