80.炎竜の秘密
カズコはマイコの顔を覗き込む。
「それじゃ、使用人を呼んで帰るから」
彼女は、そう言ってベッドから立ち上がった。
マイコは、ハッと顔を上げ、カナをベッドに横たわらせてから、滑るように降りた。
「カズー。今日はありがとう」
「お互い様。
四十年来の腐れ縁じゃない」
二人がそんな会話をしている最中に、カナはふと目が覚めた。
彼女は、天井を、それから周囲を見渡す。
とその時、二人の黒ローブの後ろ姿が視界に飛び込んだ。
息を飲んだ彼女は、尻が浮くほどの勢いで上体を起こす。
そして、両手と両足をばたつかせて枕元まで後退し、そこで正座をした。
カナが急に暴れ出したと思ったマイコとカズコは、ギョッとして同時に振り返る。
二人が見たものは、正座をしてうなだれるカナの姿。
彼女の言葉を待つも、ただただ張り詰めた空気が流れるだけ。
カズコが、視線をマイコとカナの間で往復して、何か言葉をかけようとした。
だが、先に言葉を発したのは、うなだれたカナの方だった。
「お母様……」
マイコは、凜とした声で返す。
「何?
顔を見て言いなさい」
しかし、カナは膝に視線を落としたまま震えている。
「わ、……私に炎竜が宿ったのは、いつのことでしょうか?」
マイコは、昔の苦しい記憶が蘇り、軽くため息をついた。
「十年前。……三つの時」
カナのミニスカートの上に、ポタポタと涙が落ちる。
「なぜ、……どうして、黙っていたのですか?」
「それが、蜂乗家の仕来りだから。
私も、宿ったのは三つの時。
それを知ったのは、二十歳の時。
覚醒しかけたのを、カズコたちの力で封じてから聞かされて」
カナの目が見開いた。
「なぜ、宿主には知らされないのですか?」
「それを知ったところで、どうするの?
友達に自慢するの?」
「いいえ……。
でも、知っていないと、いざというときに――」
「いざというとき?
何をするの?」
「覚醒させます」
「それをしてはなりません」
「なら、なぜ炎竜が体の中にいるのですか?」
「それは――炎竜が、宿主に無尽蔵の魔力を与えるため」
「えっ?」
「あなたが左手で強力な魔法を繰り出せるのは、炎竜が体内にいるから。
つまり、炎竜は、あなたに魔力を与えているのです」
「覚醒せずに?」
「そう。眠ったままで。
核燃料みたいに考えるとわかりやすいでしょう。
じわりとでも、強いエネルギー――魔力を放出する。
覚醒は、極端に言うと、核爆発」
「お母様は、炎竜なしで世界の三大魔女と言われていますが、もし炎竜がいたら……」
「おそらく、世界一の魔女になるでしょう。
でも、炎竜はあなたに宿った」
「ということは……」
「あなたの方が私より上、と炎竜が判断したということ。
もちろん、まだ実力は低いけれども、潜在能力があるということ。
だから、将来、私ほど、……いいえ、私を越える実力がつけば、確実に世界一になれる。
そのためには、強い心を持つこと」
「覚醒させると、どうなるのでしょうか?」
「さっきも言ったとおり、核爆発と同じ。
つまり、暴走して、世界を破滅させます」
ここで、カズコが会話に割り込んできた。
「炎竜が宿主を変えたとき、二人は丸一日、高熱でうなされていたのよ。
私たち、見ていられなくて、何度も炎竜の動きを封じようかと思ったくらい。
苦しかったのは、断然、マイコの方ね」
「それは済んだこと……。
カナのためなら、苦しいことなどないから」
カズコは、うつむいたマイコの顔を覗き込む。
「行ってあげなさいよ、ほら」
マイコは、カズコに背中を押されて、ベッドのそばへ近づいた。
「……お母様!」
カナは、マイコにすがって嗚咽する。
初めは棒立ちだったマイコは、そんなカナの頭を、次に背中を軽く抱いた。
それから、強く抱きしめた。
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