79.母親マイコ
部屋の二重の結界が解除され、ミナたちが退室するのを見送ったマイコは、カナの方へ向いた。
まだ、カナはベッドの上で静かに眠ったままである。
少し前まで、あれだけ苦しんでいたのが嘘のようだ。
「マイコ。話って、何?」
「カズー。もし、明日の試合中に炎竜が覚醒されたら――」
「わかっているわよ。
試合を中断して欲しい――でしょ?
でも、大会が混乱に陥って、興行としては失敗する。
そうならないように進めないと。
一応、考えはあるわ」
「もしかして、準決勝で五潘イズミとカトリーン・シュトラウスを当てるつもり?」
「それは無理。
実はもう、取り組みは決定されているから」
「無理ということは、準決勝で二人が当たらない?」
「そう」
「ならば、カナは準決勝でその一人に、決勝に進めば、可能性としてもう一人に当たる」
「そう。二度の覚醒の危険にさらされる」
「なら、そうならないように進めるって、どうやって?」
「二人に、試合前に、炎竜の覚醒を諦めさせる」
「諦めるとは思えない。
仮に、覚醒させたら失格、と言い渡しても、試合は二の次だから、目的を果たそうとするはず」
「……それもそうね。
でも、目的を果たす可能性があるからといって、出場させないわけにもいかないし。
急に二人が抜けたら、騒ぎが起こる」
「試合中に怪しい素振りを見せたら、こちらから全力で阻止する、でどう?」
「それがベスト?」
「ベスト」
マイコは、もう一度、カナの方へ向いた。
そして、ベッドに上がって正座をし、カナの頭を膝に乗せた。
カズコは、二人を見ながらベッドに腰掛ける。
「なんだ。ちゃんと母親しているじゃない」
「今だけ、ね」
「マイコは、いつも子供を突き放すから、鬼に徹しているのかと思った。
その点、私は、逆。
ユカリのことになると、自分で言うのもなんだけど、もうべったり」
「わかっている。
だから、今日もキレたのでしょう?」
「ああいうことされると、瞬間的に頭に血が上るの」
「気持ちはわからないこともないけれど、ほどほどに」
「ねえ。なんで突き放すの」
「それは……強くなって欲しいから」
マイコは、そう言いながら、カナの寝顔に目を落とす。
幸せそうな顔が目の前にある。
見ているこちらまで、心が落ち着くようだ。
すると、胸の奥から何かがこみ上げてきて、視界が潤んできた。
蜂乗家に生まれてきたが故に、魔力が桁違いに強いが故に、こんなことになってしまった。
体内に炎竜が宿っているという事実は、いつかは気づくと思っていたが、ついにその日が来てしまった。
だから、その日が来る前に、心が押しつぶされないよう、強く生きよと突き放してきた。
これは、カナにとって、不幸なことだったのだろうか。
もしも不幸なことなら、溺愛すればよかったのだろうか。
カズコがユカリにそうしているように。
だが、マイコは、かぶりを振った。
そして、噛みしめるようにつぶやいた。
「そう。……強くなって欲しいから」




