77.覚醒阻止
マイコとカズコは、帽子を取って、ロングコートを脱ぎ、それらを近くの椅子の背もたれに掛けた。
コートの下は、黒ローブ姿。
三角帽子はないが、急だったので仕方がない。
「マコト! ミナの結界の中に、もう一つ結界を張りなさい!」
「はい! お母様!」
マコトは、マイコが結界を張るときと同じポーズを取った。
結界が二重になったので、薄い緑色が少し濃くなり、周囲の壁や調度品が、より緑に染まって見える。
「三人は、できるだけ離れていること!」
「「「はい! お母様!」」」
ミナとマコトは、イリヤの手を取って、壁際の方へ離れていった。
「カズー。今思えば、広い部屋を取ってくれて、助かったわよ」
「選手は何かと狙われやすいから、広く動き回れる部屋にしたのよ。
全員分を確保するのが、どれだけ大変だったことか。
ちなみに、ここはプリンススイート」
「名前を聞いても広さはわからないけれど、百平米はありそう。
これなら、とびきりの魔方陣を出せる。
見たところ、覚醒に向けて魔力を集積途中という感じだけれど、どう思う?」
「合ってる。
昔、マイコの中で覚醒が始まったときとおんなじ」
「そうだったの?
自分じゃわからなかったけれど」
「そうよ。これで貸しを作るのは二回目ね」
「昔は、お礼に何でも言うことを聞く、なんて迂闊なことを言ってしまったけれど、今度はそうはいかないわ」
「なあんだ、残念」
「じゃあ、始めるわよ」
「オーケー。
見返りは期待しているわよ」
マイコとカズコは、両手を前に突き出した。
ベッドの上では、汗びっしょりになって、もがき苦しむカナがいる。
マイコは、ふと、二十歳の時に自分の体にも起きた覚醒事件のことが頭をよぎった。
あの時の自分もこうだったのだろうか?
苦しかったこと、熱にうなされていたことだけは、記憶に残っている。
だが、カズコや他の大人たちが、どうやって鎮めたのかは全く覚えていない。
(そうだ。今はそんなことを思い出している暇はない――)
マイコは、カズコへ目で合図を送る。
二人は、互いに呼吸を合わせて、詠唱を開始した。
「「偉大なる炎の神の化身にして、高貴で尊き炎竜よ
今は壊劫の終末にあらず
嘉言善行溢れる地上は、燎原を求めぬ
贖罪を受け、浄化すべき霊魂は、ここにあらず
天をも焦がす紅蓮の炎を操るときが来たるまで、その覚醒を待たれよ――」」
ここでマイコとカズコは、両手を前に出したまま、深々と頭を下げる。
そして、膝を曲げて、ゆっくり腰を下ろし、正座をした。
とその時、カナの真上――天井付近に、直径3メートル以上ある金色に輝く魔方陣が出現。
それは、精緻な幾何学模様と多数の古代文字が組み合わされたものだ。
その魔方陣が、実にゆっくりと回転しながら、少しずつカナの方へ降りてきた。
中心は、ちょうどカナの胸の谷間付近の真上にある。
魔方陣が近づくにつれて、カナは唸り声を上げた。
目を閉じ、手足を痙攣させ、ベッドの上で反り返る。
そんなカナに向かって、魔方陣は、まるで押しつぶすかのように近づいてくる。
反り返って突き出た胸が魔方陣に触れそうになったその瞬間、魔方陣が収縮し、カナの衣服の中へ吸い込まれた。
その体勢で、カナは体が固まり、動かなくなる。
すると、胸の谷間付近から服に向かってライトを当てたかのように、丸く輝くのが見えてきた。
数秒後、その光が消えてカナは脱力し、体がベッドへ沈んだ。
訪れる沈黙。
ほぼ同時に頭を上げたマイコとカズコは、顔を見合わせた。
それから立ち上がって、カナを覗き込む。
「成功?」
「そう。これで成功。
昔のマイコも、同じだった」
カズコは、マイコの肩をポンと叩いて、ニヤッと笑う。
蜂乗家の四人は、一斉に安堵の表情を浮かべた。




