66.胸の奥でうごめくもの
ホテルに戻ったカナは、真っ先にベッドへと向かう。
そして、後ろ向きになると、両手を広げながら、天井を仰ぎ見た。
ここで、頭を後ろに動かす。
すると、体がゆっくり後ろへ倒れていく。
この時に感じる、後ろ向きに落下するような感覚。
それは、若干の不安はよぎるものの、自由落下に似て、ドキドキする。
後頭部と背中に感じる衝撃。
スプリングが硬めのベッドの上で弾む上体。
同時に、腰も足までも浮く。
「あらあら、大股を広げた大胆なカナ、はっけーん」
ミニスカートから伸びた両足が、大きく開脚しているところを、部屋に入ってきたミナに目撃されてしまった。
だが、カナは、足をだらんとさせて、スカートの中を見せたまま。
彼女の頭の中は、車中で起きた突然の鼓動のことで一杯だったのだ。
なので、今どんな格好でいるかなどは、全く関心がなく、ミナたちが部屋に入ってきたことも気づいていない。
これには、彼女の手荷物を抱えてきたマコトも、見かねて忠告する。
「カナ。いくら家族の前でも、そこまで見せない方がいいよ」
「マコトお姉様。カナお姉様は、疲れていらっしゃるのですわ。
私たちが見ないようにしましょうよ」
「あらあら、紳士ぶっているマコト、はっけーん。
いつもカナが風呂から上がって、着替えを探しに裸で走り回っている姿をみて、ニヤニヤしているのは誰かしら?」
「姉さん。それとこれとは別です」
「えええええぇ、別なのおおおおおぉ???」
「別ですって」
「ホントは、じっくり見たいんじゃないの?
うり、うり」
「み、見たくありませんよ」
「裸でも??」
そんな姉妹の会話も、カナの耳には届かない。
彼女は、天井の模様の一点を見つめて、ジッと思いを巡らせる。
なぜ、ドクンとなったのだろう。
何をしたから、そうなったのだろう。
彼女は、記憶を子細にたどっていく。
一挙手一投足、発した言葉をも振り返る。
(あっ……、もしかして、この言葉を口にしたから?)
鼓動が起こる直前に発した言葉が、記憶の中から鮮やかに蘇ってきた。
それが、ふと、彼女の口から漏れ出る。
「そうね。もし見せられるなら、今ここで見せてあげ――」
ドクン!
胸の谷間辺りで再び起こった鼓動。
心臓の何倍も響き、今度は、痛みを伴う強いもの。
カナは、咄嗟に右手でそこを押さえる。
(やっぱり!)
「あらあら、今から脱ごうとしているカナ、はっけーん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った、カナ!
ぼ、僕はカナの裸を見たいとは言っていないよ!」
カナは、慌てふためくマコトの言葉で我に返り、寝転がったまま顔を上げた。
「あらあら、もう見飽きたとか?」
「姉さん!」
ようやく、二人の姉が自分の方を向いていることに気づいたカナは、眼球が飛び出るほど驚く。
そして、左手でミニスカートの上から股間を押さえ、急いで足を閉じた。
「カナ。その右手は?」
「マコトお姉様……。私……」
カナは、胸に手を当てたまま、急いで上体を起こした。
「胸でも痛むのかい?」
「いいえ、ここに…………胸のこの奥に…………」
「胸の奥に?」
「……何かがいる」