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予算取り合い騒動! 生徒会vs軽音部 -07-『四人目』

 空気が止まった。そんな感覚だった。


「……マギアスラッシュオンライン、得意なんでしょう?」


 神原の言葉を受けた俊太は、しばらくぽかんとした顔をしていた。

 やがてゆっくりと俺たちの顔を見回す。


「健」

「なんだ」

「説明」

「だろうな」


 俺はため息を吐きながら、ここまでの経緯を最初から説明することになった。

 予算取り合い合戦の無効。軽音楽部との対立。綾音との交渉。マギスラでの団体戦。神原の初心者問題。

 そして、メンバー不足。


 俊太は途中で一度も口を挟まなかった。

 ただ静かに聞いていた。

 だが、その表情はどんどん胡散臭そうなものになっていく。


「――というわけだ」

「なるほど」


 俊太は納得したように頷き。


「嫌だね」


 即答した。


「だと思った」

「いやだってさぁ」


 俊太は心底面倒臭そうに頭を掻く。


「なんで僕が生徒会のために戦わなくちゃいけないのさ。しかも会長直々の頼みって、どう考えても碌なことにならない予感しかしない」

「だから神原のためじゃなくて俺たちのためだと思えって」

「もっと嫌だよ。健と真琴が絡んでる時点でトラブル確定じゃないか」


 失礼な。

 否定はできないけど。


「峰本くん」


 神原が真っ直ぐ俊太を見る。


「貴方が生徒会を嫌っていることは理解しているつもりよ」

「へぇ。理解してるなら話は早いね」


 俊太は冷めた笑みを浮かべる。

 だが神原は怯まなかった。


「でも今回だけは協力してほしいの」

「断る」

「即答ね……」

「会長、僕ね、面倒事が大嫌いなんだ」


 お前が言うな。

 いや、本人的には本当にそうなんだろう。

 面倒だから授業をサボるし、面倒だから教師を煙に巻くし、面倒だから規則を嫌う。

 俊太は自由を好む。誰かに縛られることを嫌う。

 だからこそ、生徒会みたいな“規律の象徴”を嫌っているのだ。


「なぁ俊太」


 真琴が割って入った。


「お前、マギスラ好きだろ?」

「まぁね」

「綾音と戦えるんだぞ?」

「…………」


 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ俊太の目の色が変わった。

 俺は見逃さなかった。真琴もたぶん気づいている。


「軽音の連中、本気で来るんでしょ?」

「そりゃまぁ、綾音だからな」

「ふぅん……」


 俊太は顎に手を当てる。

 考えてる。これは押せば行けるかもしれない。


「しかも1PT戦だぜ? 綾音、多分ガチ構成で来るぞ」

「……アイツのメインって確か双剣士だったっけ」


 俺が適当に真琴に話を振る。すると。


「今は魔剣士寄りだったはず。かなり厄介」


 予想通り俊太が食いついてきた。

 たまに時間つぶし程度のプレイスタイルの俺とは違って、こいつは相当の熱量がある。しかも綾音の情報もいくらか持ってる模様。

 何より、急に会話の熱量が変わった。

 やはりコイツ、かなりやり込んでいる。


「おい俊太。お前さては乗り気になってるな?」

「別に?」


 目を逸らした。

 分かりやすい。


「でもまぁ、綾音が本気で来るなら少し興味あるかも」

「素直じゃねぇなぁ」


 真琴がニヤニヤ笑う。

 俊太は露骨に嫌そうな顔をした後、ふと神原へ視線を向けた。


「……一つ聞いていい?」

「何かしら」

「会長、自分が初心者だってちゃんと理解してる?」


 空気が変わる。

 俊太の声色が少しだけ真面目になった。


「理解してるつもりよ」

「つもり、じゃ困るんだよね」


 俊太はソファへ腰掛けると、テーブルに置かれていたシャーペンを指で弄び始めた。


「マギスラの団体戦ってさ、一人穴がいるだけで崩壊するんだ。特に初心者は狙われる」

「…………」

「対戦ゲームってのは優しい世界じゃない。相手が弱いなら徹底的に潰す。綾音もそこは容赦しないと思うよ」


 神原は黙って聞いていた。


「だから、会長が“足を引っ張る覚悟”だけで来るなら、僕は協力しない」

「え?」


 思わず声が漏れた。

 俊太は続ける。


「必要なのは覚悟じゃなくて根性だよ。勝つために本気でやる覚悟。自分が初心者だからって甘えない覚悟。時間全部使うくらいの気持ちでやれる?」


 静かな声だった。

 けれど、その言葉には妙な重みがあった。

 神原は数秒黙り込み――


「……やるわ」


 はっきりと言い切った。


「私は勝ちたい。中途半端な気持ちで頼みに来たわけじゃないもの」


 俊太はその目をじっと見つめる。

 試すように。値踏みするように。

 やがて、ふっと小さく笑った。


「ならまぁ、いいか」

「ってことは!」

「うん、参加してもいいよ」


 よし。

 って、思わずガッツポーズしかけた。


「ただし条件」

「なんだよ」


 俊太は立てた指をゆらゆら揺らす。


「指揮は僕がやる」

「は?」


 真っ先に反応したのは真琴だった。


「いや待てよ。俺だってマギスラ歴長いぞ?」

「真琴は感覚派すぎるんだよ。団体戦の説明に“ノリで行け”とか言う奴に指揮なんて無理」

「ぐっ……否定できねぇ……」

「有島は論外」

「知ってる」


 そりゃみんなほどやり込めてないとは自覚しているが、にしたって言い方がひどい。


「それと、初心者教育も僕主導でやる。会長、悪いけどかなり厳しく行くから」

「構わないわ」


 神原は迷わず頷いた。

 俊太はそれを見て、どこか満足そうに息を吐く。


「じゃ、あと一人だね」

「やっぱ九条かぁ……」


 真琴が露骨に嫌そうな顔をした。


「何よその顔」

「いやだってよぉ……」


 真琴は頭を抱える。


「応援部行くのかぁ……」

「そんな嫌か?」

「嫌っていうか疲れるんだよアイツら」


 俊太が吹き出した。


「はは、分かる。あそこ空気独特だもんね」

「お前入り浸ってる側だろうが」

「客観視はできるよ?」


 俊太は悪びれもなく笑う。


「でも九条さんなら確かに強い。反応速度だけならトップクラスだと思う」

「そんなにか?」

「うん。少なくとも、今の僕らが野良で適当に探すよりは遥かにいい」


 となれば、選択肢は実質一つか。


「じゃあ明日、みんなで応援部行くか?」

「テストが終わったら直行ね」


 みんなに聞いたつもりだったのだが、神原がしれっと予定を確定させる。


「……会長、もしかして応援部行く気満々?」

「当然でしょ。メンバー集めるんだから」

「いやぁ……」


 真琴が本気で嫌そうな顔をした。

 そんな時だった。


「――あれ?」


 俊太が冷蔵庫を開けたまま固まる。


「どうした?」


「僕のプリンがない」

「え?」


 部屋の空気が凍った。

 俺と真琴の視線が、ゆっくりと交差する。


「……健」

「待て。俺じゃない」

「真琴」

「違ぇって!」


 しかし、俊太の目は完全に据わっていた。


「へぇ……」


 静かな声。

 怖いんだが。


「僕、ちゃんと“食うな”ってメール送ったよね?」


 真琴がさっと目を逸らす。

 その瞬間。


「真琴!!」

「うおおお待て待て待て悪かった!!」


 俊太がクッションを掴んで投げつけ、真琴がそれを回避する。

 狭いリビングを逃げ回る二人。

 真琴の手癖の悪さには驚いたが、もっと驚いているのはいつの間に食ったのかということ。

 どうでもいいが、部屋の中で暴れないでほしい。


「秋村くん最低」


 神原が呆れ顔でため息を吐いた。

 騒がしい。馬鹿みたいに騒がしい。

 でも――。


「……でも。なんか、楽しいわね」


 ぽつりと漏れた神原の声に、俺は少しだけ目を丸くした。

 神原は、自分で言ったことに気づいたのか、少し恥ずかしそうに目を逸らす。


「何よ」

「いや別に」


 なんとなく。ほんの少しだけ。

 今の空気が悪くないと思った。

 テストも。マギスラも。軽音部との勝負も。

 きっと、これからもっと面倒なことになる。

 ――だけどまぁ、それも悪くないのかもしれない。


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