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アスタリア世界進出&国際経済戦争編  作者: IORI


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第7話:対等の盤面と、覇者たちの協定

会議場を満たすのは、息をのむような緊迫した静寂であった。


東部国境にルナシア帝国および東方連合軍十五万が迫り、帝都ガリアブルクが暴動寸前に陥っているという地獄の急報。

ガリア帝国第8代皇帝カール・グスタフは、眼前の通信端末と、優雅に扇を広げるシェリィ・ヴァルモントを交互に見つめ、その琥珀色の瞳を恐ろしいほど鋭く細めた。


「……余の臣民と東部要塞を質に取ったか、お嬢さん」


「質だなんて人聞きの悪いことですわ、カール陛下」


シェリィは碧眼に静かな知性を宿らせ、不敵に微笑んだ。


「私はただ、世界全体のサプライチェーンと地政学リスクの事実を提示したまでに過ぎませんわ。陛下がこのまま我がアスタリアを踏み潰すために西進くだされば、その瞬間に東方が動きます。……アスタリアを得る代償に、陛下は愛する自国の東半分の領土と臣民を失うことになりますわ。――その損益計算(トレードオフ)、陛下にとって『割に合う』とお思いかしら?」


カール皇帝の背筋に、冷や汗が一筋流れる。

武力で脅せば他国は平伏する――そう高をくくっていた軍事国家の脆さを、前世のアナリスト知識を持つこの少女は完璧に見抜き、突いてみせたのだ。


もしここで無意に戦争を起こせば、ガリア帝国は東と西から挟み撃ちになり、破滅の道を辿る。

カール皇帝が何よりも大切にしている「臣民の命と自国の安定」が、完全に脅かされていた。


「……ハッ」


静寂の中、低く短い笑い声が漏れた。


「……クハハハハハハッ!!」


カール皇帝が腹の底から、豪快で地響きのような爆笑を響かせた!

周囲の随員や小国の首脳たちが恐怖に慄く中、カール皇帝はドカリと椅子に深く腰掛け直し、足を組んだ。


「見事だ! 見事すぎるぞ、シェリィ・ヴァルモント! 一度は自らの見落としでどん底まで落ちながら、わずか一時間で余の『国家構造の隙』を突いて背中に刃を突き立てて見せたか!!」


「……光栄ですわ、陛下」


「フン、褒めておらん! 余をここまで冷や汗で濡らした者は、我が人生においてお前が初めてだ!」


カール皇帝はギラギラとした野性の瞳でシェリィを射抜いた。


「よかろう! 無意味な破滅(相打ち)など余の望むところではない。『力による強奪』という選択肢は消えた! ……ここからは、互いに血を流さぬ『対等な取引(ディール)』の場だ! お前が提示する『条件』を聞こうではないか!」


会議場の空気は一変した。

「征服者と被征服者」の脅迫から、互いの実力を認め合った「覇者と覇者」による真の最高首脳対話へと切り替わったのだ。


シェリィは満足そうに微笑むと、胸元から一枚の羊皮紙――本来の『環大陸エネルギー相互協定案』を取り出し、卓上へ滑らせた。


「我がアスタリアが提示する条件は、三点ですわ」


シェリィは可憐な指を一本ずつ立てていく。


「第一に、アスタリアの魔導原石および熱インフラの採掘権・独占権は、今後も永遠に【アスタリア魔導経済特区】に帰属すること。過半の割譲など論外ですわ」


「フン、強気だな。だが……タダで原石を寄越せとは言わんはずだな?」


「勿論ですわ、カール陛下。第二に――我がアスタリアは、ガリア帝国に対し『最新型高効率・魔導熱交換炉』の技術供給と、市場価格での『優先供給枠』を保証いたします」


その言葉に、カール皇帝とガリア側の文官たちが目を見張った。


「……技術の供給と、優先供給枠だと?」


「ええ。ガリア帝国の従来の魔導鉱石は熱効率が低く、エネルギー維持コストが莫大ですわね。我がアスタリアの熱技術を導入すれば、帝国のエネルギーコストは三分の一に削減され、東部および全領土の臣民の生活水準は劇的に改善いたします。……武力で奪おうとせずとも、我がアスタリアは陛下の臣民たちに豊かに暮らすことが出来る、唯一無二の手段を提供しているのですわ」


カール皇帝の琥珀色の瞳に、深い感嘆の色が走る。

シェリィは単に脅し返すだけでなく、ガリア帝国側の「最大の利益(臣民の安定)」を完璧に保障する条件(ウィンウィン)を提示してみせたのだ。


「……そして、第三の条件は?」


「第三に――ガリア帝国、ヴァルモント王国、アルスター公国、アスタリア、そして東方のルナシア帝国を含めた【環大陸関税・エネルギー安全保障同盟】の樹立ですわ」


シェリィは扇をパチンと閉じ、力強く言いはなった。


「特定の大国がエネルギーを独占する時代は終わりましたの。全国家が適正な価格で熱資源を取引し、相互に補給線を担保し合う。……この同盟に署名いただければ、今すぐルナシア帝国軍へ連絡を入れ、東部国境からの撤退と演習の中止を約束させますわ」


「……クハッ! 完璧な盤面(チェス)だな」


カール皇帝は自らの顎を撫で、満足そうに口元を歪めた。


「余がアスタリアを力で奪おうとすれば自爆し、協定に応じれば『臣民の繁栄』と『東方の安全』の両方が手に入る、か。……断る理由がどこにもないではないか」


カール皇帝は豪快に立ち上がると、卓上の協定書に一切の迷いなく自らの皇帝花押(サイン)を力強く書き走らせた。


「合意だ、シェリィ・ヴァルモント! ガリア帝国は本日より、アスタリア大商会および【環大陸同盟】との対等な同盟国となる!」


「感謝いたします、カール陛下」


シェリィは可憐にスカートの裾を持ち上げ、優雅なカーテシーを捧げた。


自らの見落としによる「絶望のどん底」から、泥を舐めるような再計算を経て掴み取った、完璧な起死回生。

武力による戦争を阻止し、経済とサプライチェーンのロジックで世界を一つに束ね上げた瞬間であった。

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