氷雪の魔獣と灼熱の電子レンジ〜現代知識で分子を揺らし、極寒の地下に安息の温泉街を創成する
二十体の氷雪の魔獣が、絶対零度の冷気を纏いながら俺に飛びかかってくる。
物理攻撃による破壊は、周囲の冷気によって即座に修復される。俺の『分解』すらも、素粒子レベルの運動を凍結させられ、塵に還る前に再生されてしまう。
環境そのものが敵。
ならば、環境のルールをこちらが強制的に書き換えればいい。
「海王の能力が『分子の運動を停止させる』ことなら……俺は『強制的に分子を振動させる』までだ」
俺は星鋼の剣を、足元の氷の大地へと深々と突き立てた。
この剣を巨大なアンテナ(導導体)とし、俺の莫大な魔力を大地に流し込む。
頭に思い描くのは、現代社会のキッチンに必ずある便利な家電——『電子レンジ』の原理だ。
「『創成』——【極超短波領域】ッ!!」
ゴゥンッ!!
俺を中心とした半径百メートルの空間に、目に見えない不可視の電磁波のドームが展開された。
マイクロ波による『マイクロ波加熱(誘電加熱)』。
水分子に直接作用し、一秒間に何十億回という猛烈な速度で強制的に振動を起こさせ、摩擦熱によって内部から直接発熱させる現代科学の力。
『ギ、ギギッ……!?』
俺に襲いかかろうと跳躍していた氷雪の魔獣たちの動きが、空中でピタリと止まった。
直後。
ボコボコボコォォォォォッ!!!
魔獣たちの全身を構成している氷(水分子)が、内側から凄まじい勢いで沸騰し始めたのだ。
『ギギギギャァァァァァァッ!?!?』
絶対零度の冷気が懸命に体を凍らせようとするが、内側から強制的に引き起こされる猛烈な分子振動(熱)がそれを上回る。
水分子そのものが発熱体となるため、外部からの冷気による防御や再生は一切意味をなさない。
ほんの数秒の間に、氷の巨躯はドロドロに溶け崩れ、最後は真っ白な水蒸気となって空の彼方へと消え去った。
二十体いた魔獣は、一匹残らず熱湯の跡だけを残して全滅した。
「よし。これで当分の間、地上の安全は確保できたな」
俺は剣を引き抜き、展開したマイクロ波のドームを『恒常的な保温結界』へと再構築した。
これで、地下の前線基地の真上だけは、海王の冷気が寄り付かない『春のような温帯領域』となった。
◆ ◆ ◆
「湊! 無事だったのね!」
地下の前線基地へ戻ると、ハッチの下で待っていたセレスティアがホッと胸を撫で下ろした。
「ああ。上の掃除は終わったよ。保温結界も張ったから、もう天井から冷気が染み出してくることはない」
俺がそう告げると、身を寄せ合っていた生存者たちから、安堵の涙と歓声が上がった。
しかし、俺は周囲の薄暗い石造りの空間を見渡し、小さく首を振った。
「とはいえ、この狭い地下貯蔵庫に数十人がすし詰め状態じゃ、いずれ衛生面や精神面で限界が来る。……本格的な海王の討伐には、まだ少し情報と準備が足りない。ここを腰を据えられるだけの『街』に拡張するぞ」
「街、でございますか? この地下の穴倉を?」
生存者の代表である商人の男が、目を瞬かせる。
「そうだ。俺の【労働】の力で、この空間そのものを広げる」
俺は前線基地の壁に手を当てた。
「『解体』——からの、『創成』ッ!!」
ズゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!
生存者たちが腰を抜かす中、地下空間の壁が凄まじい勢いで後退し、空間が数十倍、数百倍へと拡張されていく。
岩盤をくり抜き、太い星鋼の柱で天井を支え、そこに木造の温かみのある『居住区画』を次々と創り出していく。
さらに、天井には俺の魔力を込めた『疑似太陽(光魔導ランプ)』を設置した。
太陽の光を完全に再現したその光が地下空間を照らすと、そこはもう陰鬱な穴倉ではなく、陽だまりのような温かい地下都市へと変貌した。
「お、おおおっ……! なんだここは! 本当に地下なのか!?」
「明るい……太陽の光だわ……っ!」
「驚くのはまだ早いぞ。生活に必要なのは『食』と『清潔さ』だ」
俺は居住区の隣に、疑似太陽の光を利用した『巨大な地下農園』を創成した。万象工房から持ち込んでいた種を蒔き、時間を加速させる魔法陣を土壌に組み込むことで、数日で豊かな野菜や麦が収穫できるようにする。
そして、極寒の地で凍え切った彼らの心と体を芯から癒すための、最大の施設。
「地下深くから地脈の熱を引き上げ、魔力水と融合させる。……完成だ。『大浴場・極寒の湯』だ」
岩風呂風に設えられた巨大な浴槽に、こんこんと温かいお湯が注ぎ込まれる。
湯気と共に、薬草の心地よい香りが地下都市に広がった。
「お、温泉だぁぁっ! こんな氷地獄の中で、温かいお湯に浸かれるなんて……!」
生存者たちは歓喜の涙を流し、大浴場へと駆け込んでいった。
彼らの笑顔と活気が、この地下都市に確かな『生』の息吹をもたらしていた。
◆ ◆ ◆
数時間後。
俺は一足先に作業を終え、新設した俺たち専用の居住スペースで一息ついていた。
心地よい疲労感の中、ソファに深く腰掛けていると、甘いカカオの香りが漂ってきた。
「湊、お疲れ様。……温かい飲み物を作ってみたの」
セレスティアが、湯気を立てる二つのマグカップをお盆に乗せて歩いてきた。
彼女も大浴場で汗を流してきたらしく、銀色の髪はしっとりと濡れ、湯上がり特有のほんのりとした赤みが白い肌を彩っている。
その艶やかな姿に、俺は思わず見惚れてしまった。
「ありがとう。……これは?」
「湊が万象工房の冷蔵庫に入れていた『カカオ』の実をね、ドワーフの人たちに砕いてもらって、温かいミルクとお砂糖で溶かしたの。湊の故郷の知識を参考にしたのよ」
俺がマグカップを受け取り、一口飲む。
濃厚なカカオのコクと、ミルクの優しい甘さが、疲れた脳と体にじんわりと染み渡っていく。最高のホット・チョコレートだ。
「……美味い。完璧なホットチョコだ。セレスティアは飲み込みが早いな」
「ふふっ、よかった」
セレスティアは嬉しそうに微笑み、俺の隣にぴたりと寄り添って座った。
彼女の肩が俺の腕に触れ、石鹸のいい香りがふわりと鼻をくすぐる。
「湊。今日、逃げ遅れた人たちを助けてくれて、本当にありがとう。……私、氷にされた街の人たちを見た時、すごく悲しかった。でも、湊が創ってくれたこの場所で、みんな笑ってくれている」
彼女は両手でマグカップを包み込みながら、俺の横顔を真っ直ぐに見つめた。
「湊は、ただの労働者なんかじゃないわ。悲しみを解体して、笑顔を創り出す……私の、世界で一番かっこいい旦那様よ」
「……買い被りすぎだ。俺はただ、俺の周りの人間が快適に過ごせる環境を作りたいだけさ」
俺が照れ隠しに目を逸らすと、セレスティアはクスクスと笑い、そのまま俺の肩にコツンと頭を預けてきた。
「それでもいいわ。私はずっと、湊の隣でその『環境』の一部でいるから」
静かで、甘い時間。
地下都市の喧騒から少し離れたこの部屋で、俺たちは肩を寄せ合い、温かいホットチョコをゆっくりと味わっていた。
「……ところで、フレアはどうした?」
俺がふと思い出して尋ねると、セレスティアは呆れたように小さく息を吐いた。
「あのトカゲさんなら、さっき大浴場で『竜族の泳ぎを見せてやる!』って豪語して、深みにはまって溺れかけてたわ。今は子供たちと一緒に、大広間で湊が創ったシチューをおかわりしてるはずよ」
「相変わらず騒がしい奴だな……」
俺は苦笑し、残りのホットチョコを飲み干した。
前線基地というにはあまりにも快適すぎるこの『地下都市』。
だが、地上の絶対零度は未だに猛威を振るっている。
街の生存者たちの笑顔と、隣で微睡むセレスティアの温もりを守るため。
俺は静かに決意を固め、来るべき第六の魔王【絶氷の海王】との直接対決に向けて、思考の【労働】を再開した。




