玉座の崩壊と勇者の終焉〜いじめっ子と腐敗した王族を王城ごと『解体』する
防壁という外殻を失い、完全に丸裸となった聖王国の王都。
その中央を貫く大通りを、俺はただ一人、王城へ向けてゆっくりと歩いていた。
「あ、悪魔だ……! 城壁を消し飛ばしたバケモノだっ!」
「ひぃぃぃっ、殺されるぅっ!!」
通りにいた民衆たちは俺の姿を見るなり、悲鳴を上げて家の中に逃げ込み、窓や扉を固く閉ざしていく。
だが、俺は彼らに一瞥もくれなかった。俺の復讐の対象は、罪のない一般市民ではない。この国の頂点でふんぞり返り、他人の命と尊厳を蹂躙し続けてきた寄生虫どもだけだ。
王城の正門前に立ち塞がる近衛兵の部隊も、もはや俺の足止めすらならなかった。
「と、止まれぇぇっ!」
震える手で槍を向けてくる彼らに、俺はただ指先を振るうだけ。
パァァンッ!という音と共に、彼らの武具が一瞬で砂に変わる。それを見た兵士たちは完全に戦意を喪失し、武器を放り出して我先にと逃げ出していった。
俺は誰にも遮られることなく、豪奢な王城の奥深く、国王と勇者が逃げ込んだ『玉座の間』へと辿り着いた。
ドゴォォォォンッ!!
俺が軽く蹴り飛ばすと、純金と大理石で作られた分厚い扉が、まるでビスケットのように粉々に砕け散り、広大な玉座の間へと吹き飛んだ。
「ひぃぃぃぃっ!!?」
「き、来たぁっ! バケモノが来たぞぉぉっ!!」
玉座の間にいた重鎮たちや貴族たちが、恐怖に顔を引き攣らせて壁際へと逃げ惑う。
玉座の前に立っていたのは、全身を最高級の神聖武具で固めた堂島翔と、その後ろでガタガタと震える国王と王妃だった。
「……久しぶりだな、堂島。そして王様」
俺は漆黒のコートのフードを下ろし、冷酷な視線を彼らに向けた。
「ゆ、結城ィィィィッ!!」
俺の顔を見た瞬間、堂島の顔が怒りと屈辱、そして隠しきれない恐怖によって醜く歪んだ。
「なんで……なんでお前みたいなハズレ職のゴミが、俺の邪魔をする! 俺は選ばれた特別な存在なんだぞ! 七年間、この世界で勇者として無双してきた俺の人生を、ぽっと出の底辺が壊していいはずがないだろうがぁっ!!」
「無双、ね」
俺は鼻で笑った。
「セレスティアを地下に縛り付け、彼女の魔力を啜り、挙句の果てには自分の国の民を魔導砲の燃料にして得た力が『無双』か。……お前の力なんて、最初から一つもお前自身のものじゃない。ただの泥棒の分け前だろ」
「黙れ黙れ黙れェェェッ!! 俺は光の勇者だ! 俺の光は全ての闇を打ち払う絶対の力だ! 死ね、結城湊ォォォッ!!」
堂島が腰の『聖剣』を抜き放ち、高く掲げた。
玉座の間を眩いばかりの光が包み込み、堂島の全魔力が聖剣の刀身に収束していく。それは、かつて彼が数万の魔物すら一撃で消し飛ばしたという、最大火力の技だった。
「『聖光絶禍』ッ!!!」
太陽そのものが落ちてきたかのような、圧倒的な光と熱の奔流が俺に向かって放たれる。
国王や貴族たちが「やった!」「勇者様の必殺の一撃だ!」と歓喜の声を上げた。
だが。
俺は迫り来る絶対的な光の奔流に向かって、ただ無造作に右手を突き出した。
「お前の光は、あまりにも不純だ。——『分解』」
パァァァァァァァァンッ!!!!
その瞬間、世界から「光」と「熱」の概念が解体された。
俺の掌に触れた極大の光線は、まるで幻だったかのように一瞬で無害な魔力の粒子へと還元され、ステンドグラスから差し込むただの木漏れ日のような穏やかな光となって玉座の間に降り注いだ。
「は……?」
堂島が、呆けたように間抜けな声を漏らす。
「な、なんだと……? 俺の最大魔法が、ただ触れられただけで……消えた?」
「言ったはずだ。お前の力は借り物に過ぎないと」
俺はゆっくりと歩を進め、堂島の目の前まで距離を詰めた。
堂島はパニックに陥り、震える手で聖剣を何度も振り回す。
「くそっ、くそぉぉっ! 斬れろ、死ね、死ねぇぇっ!!」
ガキンッ!!
俺は、堂島が渾身の力で振り下ろした聖剣の刀身を、素手で……ただの二本の指で白刃取りした。
「ヒッ……!?」
「神代の鎖に比べれば、こんな脆い鉄なんて、豆腐を切るより簡単だ」
俺が指先に『分解』の意思を込めた瞬間、聖王国が誇る伝説の武具・聖剣は、根元からピキピキとヒビが入り、粉々のガラスのように砕け散った。
「あ、あああ……俺の聖剣が……俺の無敵の剣がぁっ……」
腰を抜かし、尻餅をついて後ずさる堂島。
俺はその胸倉を掴み上げ、彼の顔を至近距離で睨みつけた。
「堂島。お前は俺を奈落の底に突き落とす時、言ったよな。『一生俺たちの踏み台だ』って」
「ゆ、結城、悪かった……! 俺が間違ってた! お前は特別だ! ハズレなんかじゃない、お前は最強だ! だから、命だけは……っ!!」
かつてのいじめっ子は、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、無様に命乞いを始めた。
他人の命を玩具にしてきた男の、あまりにもちっぽけな本性。
「安心しろ。お前なんか殺さない。……ただ、お前を構成している『勇者』という不自然なエラーを、元の『ただの人間』に調律し直してやるだけだ」
俺は堂島の胸元に手を当てた。
「なっ……なにをする気だ、結城、やめろ、やめてくれェェェッ!!」
「『解体』」
ゴォォォォォッ!!
俺の魔力が堂島の体内へと侵入し、彼がこの世界で与えられていた『光の魔力回路』、そして王国の魔法陣から受けていた『勇者の加護(ステータス補正)』の全てを、文字通り根こそぎ粉砕した。
「ガァァァァァァァァッッッ!!?!?!?」
肉体的な痛みではない。魂の奥底から「強大な力」が引き剥がされる絶対的な喪失感。
堂島は白目を剥き、口から泡を吹いて床に崩れ落ちた。
彼の肉体は七年前の平凡な高校生のものへと退化し、もはやスライム一匹すら倒せない、正真正銘の「最弱」へと成り下がった。
「ひぃぃぃっ!! ゆ、勇者様が……!!」
それを見ていた国王と王妃が、玉座から這い降りて俺の足元にすがりついてきた。
「ま、待ってくれ! そなたの強さはよく分かった! この国の半分、いや、全てを譲ろう! 金も女も望みのままだ! だから我らの命だけは助けてくれぇっ!!」
「醜いな」
俺はすがりつく国王を冷たく蹴り飛ばした。
「民の命を魔導砲の燃料にしておいて、自分の命だけは金で買えると思っているのか。……お前らがふんぞり返っていたこの玉座も、城も、もはや何の価値もない」
俺は玉座の間の床に両手を叩きつけた。
俺の【万象の造物主】としての魔力が、巨大な王城の基盤そのものを一気に侵食していく。
「お前らの罪は、お前らが犠牲にした民衆たちに直接裁いてもらう。——『全解体』」
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォッ!!!!!
地響きと共に、何百年の歴史を持つ壮麗な王城が、音を立てて崩壊を始めた。
天井が砂となって消え、大理石の柱が塵となり、豪奢な絨毯や玉座が光の粒子へと分解されていく。
俺の『解体』は、城の建材を全て「無」へと還していく。
数分後。
王都の中央にあった巨大な城は完全に姿を消し、王城の地下深くに隠されていた『魔導砲の抽出陣(生贄の祭壇)』が、白日の下に晒された。
そこには、ミイラのように干からびた数多くの市民や亜人たちの遺体が、無惨な姿で横たわっていた。
「あ、ああ……我らの城が……」
隠れる場所すら失い、ただの平地となった王城の跡地に、下着一枚に等しいボロボロの姿で放り出された国王、王妃、重鎮たち、そして力を失い気絶している堂島。
周囲には、王城が消滅したことに驚き、恐る恐る集まってきた王都の何万という民衆たちの姿があった。
そして彼らの目は、地下に晒された『生贄の祭壇』と、そこに転がる自分たちの家族や友人の遺体をはっきりと捉えていた。
「あれは……行方不明になっていた俺の息子だ!」
「王様と勇者が、俺たちを兵器の餌にしていたのか……!?」
民衆たちの間に、驚愕が広がり、やがてそれは……爆発的な『怒り』と『憎悪』へと変わった。
「許さねえ……俺たちの家族を返せェェェッ!!」
「あの偽物の勇者を殺せ! 悪魔の王族を殺せェェェッ!!」
暴徒と化した数万の民衆が、怒号を上げながら国王や堂島たちを囲み、ジリジリと距離を詰め始めた。
「ひぃぃぃっ!! く、来るな、下民ども! 我は国王だぞ! 誰か、誰かこいつらを止めろぉぉっ!!」
目を覚ました堂島も、力を失った体で民衆の殺気に震え上がり、泣き叫びながら地面を這いずり回っている。
もはや、彼らを守る防壁も、兵士も、勇者の力も、何一つ残されていない。
俺は、怒れる民衆の波に飲み込まれ、石を投げつけられながら断末魔の悲鳴を上げる彼らに背を向けた。
「これが、お前らが他人の命を踏みにじってきた対価だ。地獄の底で、永遠に後悔し続けろ」
かつて俺を奈落へ突き落とした勇者と、腐敗した王国の物語は、ここに完全に幕を下ろした。
しかし。
俺が王都を後にし、大森林へと足を踏み入れようとした、その時だった。
ズズズズズズッ……!!
突如として、星全体が震えるような、おぞましい魔力の波動が世界を駆け巡った。
空がどす黒い闇に覆われ、空気が氷のように冷たく張り詰める。
「……湊っ!!」
大森林の入り口で俺を待っていたセレスティアが、青ざめた顔で駆け寄ってきた。
彼女の視線は、王都のさらに向こう——世界の四方八方に同時に立ち上った、禍々しい七本の巨大な『黒い魔力の柱』に向けられていた。
「王国の結界と、光の勇者の力が完全に消滅したことで……世界のパワーバランスが崩れたわ。何百年も眠りについていた、この星の厄災たちが、一斉に目を覚ましてしまった……!」
セレスティアの震える声に、俺は剣の柄に手を当てながら、不敵な笑みを浮かべた。
復讐は終わった。
だが、俺たちが生きるこの世界を、新たな脅威が理不尽に脅かそうとするなら。
「俺の【労働】は、まだ終わらないらしいな。……上等だ。相手が魔王だろうが神だろうが、俺に喧嘩を売るなら、全て残さず解体してやる」
最弱の労働者から至高の造物主へと至った男の、世界の覇権を懸けた次なる戦いが、今、静かに幕を開けた。




