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『2021年』世界一周阻止  作者: 珍百景
第二連邦制フィリピン
10/10

本当に邪魔だったもの



第二共和制フィリピン マニラ

日本大使館 某室

2021年 5月20日


この日のマニラは怒声の大竜巻だった。


港での銃撃戦もさることながら、政府発表で独立勢力に渡るはずだったイースタシア製の武器や、彼等が首都テロ用に持ち込んだ武装を大量に押収し、複数人の首謀者を射殺したと報じられたからである。


「と、まあ、ここの政府は自分達が密告で踊らされたのを挽回するべく、こうして手を打ったのです」


その一室は、来賓用ではあるが調度品も少なく滅多に使われない、防音・防諜使用の目立たない内装だった。


テレビの画面を切った駐フィリピン大使である野馬富士作はそう鼻で笑う。


その向かいに座る控えめなコーカソイド系の男は淹れられたコーヒーを味わいながらゆったりとした調子を崩さない。


「大使、この豆はブラジル産ですか?」


「はぁ? ええ、ええそうです。ハワイが根を上げて封鎖を解きましたから入ってくるようになりました」


「羨ましいですなぁ」


「とんでもない。貴国ほど世界平和と友好に貢献してらっしゃる国は見当たりません。ほどなくブラジルも貴国に接触するでしょう。またしても友人が増える訳ですから、当方にとってはそれこそ羨ましい」


「冗談ではありません。我が祖国、イスラエルは友人の4倍は敵がいるのです」


大使の発言を冷やかしと受け取ったか、相手の声が硬くなる。


彼はマニラのイスラエル大使館で働く情報関係の人間だった。


「ところで・・・ 相手は確実に死んだのですかな?」


野馬が慎重に尋ねる。


「確実にね。護衛隊長は一命を取り留めましたが、それは問題ではなく、見事なものだったそうです。軍の友人が教えてくれました。遺体はズタズタだったそうですよ」


「それを聞いて安心しました」


「その後の逃走劇も大したものですよ。追っかけてきた敵を返り討ちにし、目撃した警官を処理してますから・・・ 貴国、日本は優秀な人材を持っていらっしゃる」


野馬は驚くことなく頷く。


イスラエル立憲国の対外諜報機関と第四世界で渡り合って来たのだから、その点では評価しているのだ。


「ですが今回は貴方がたに助けられました。危うく国内の不穏分子に武器が渡り、折角の我が天道政府の結束が乱れるところだった」


「礼には及びませんよ。祖国イスラエルと貴国とは友邦なのですから。勿論、旧イースタシア圏の皆々様も同じことですがね」


口の達者な奴だと大使は思った。


イスラエルが取引情報を日本に売ったのは善意ではない。


現在、インド洋独立防衛協定(Indian Ocean Independence Defense Agreement)を中心として進められているオーストラリア解放を円滑にするためだ。


ようやく党滅亡後の政治構想に各勢力が合意し、各所の抵抗運動との連絡線も確保し、厄介だった核戦力の無力化が完了しつつある中で、カリルトは間違った側に武器を流そうとしたのだ。


加盟国家ではないイスラエルは、武器供給で莫大な権益を得ていたため、気分を害された。


「それにしても・・・ 貴国の諜報網には恐れ入ります。南部アフリカのオセアニア領の崩壊の手際は見事でした」


「それは、我々だけの手柄ではないですよ。大勢が望んだからそうなっただけ・・・ 私どもは後押ししただけです。今回のようにね」


「成程・・・ 参考になりますなぁ」


「日本は現在、南米を貿易相手国として得たいと考えておいででしょう? 私達も協力出来るかもしれません」


「ああ、そこもご存じで。そうです。第四世界はまだまだ旧イースタシア構成国を信用していませんから。とはいえ・・・ 随分と貴国はオセアニアを敵視していますな」


「当たり前です。あのような本物の差別主義者と、それに与する異端者が蔓延る勢力を無視することは出来ません」


ユダヤ系の情報官が語気を強めて語るが、これも当然である。


核戦争を経て誕生したオセアニア・ユーラシアはユダヤ系を巧妙に甚振った。


オセアニアは党の名の下に人種・民族・言語・宗教・知識・富を人間の欲求と反応を利用して消し去ろうとした。


党はあらゆる階層や人種・民族から分け隔てなく人材を受け入れ、教育し洗脳し顔の無い支配者を作り上げたが、支配領域のあらゆる部位に根を張っていたユダヤ系のネットワークにぶつかるとその本性を曝け出して、駆除に着手したのだ。


そのやり方は悪辣で、イスラエルに工作員を送り込み不安定化させるだけなら良いが、支配地域各所の〈ビッグ・ブラザー〉或いは〈ビッグ・シスター〉に敵対し、〈二分間憎悪〉の主役である人物のモデルは大半がユダヤ系として描写されたのである。


同様に、ユーラシアもあの長大な領土の支配に欠かせなかった、統一両替システムや人民監視用の人権バッジを構想し設計したのはユダヤ系だったにも関わらず、完成すると一転して社会不安を引き起こす寄生分子という、旧欧州の迫害癖を持ち出して狙い撃ちにした。


「イースタシア、いえ、『東アジア相互繁栄同盟』が難民を受け入れ、イスラエルの後ろ盾になってくれなければ、間違いなく祖国は神を奪われ、抹消されていたでしょう」


匿うには力不足だった第四世界に比べて、イースタシアの庇護は効果覿面だった。


現実面の問題としてまだまだ他二国に劣っていた核開発を促進させる目的があったからでもある。


「ただし、貴方のおっしゃった難民を受け入れた結果、核兵器が第四世界へ流出した感は否めませんが」


「時間の問題でした。核戦争では使いきれなかった兵器を保有し、年々増産している超大国らを見れば、亡命した専門職や政治家が中心となって核に頼るのは分かりきっていたでしょう? 当時の永久戦争を保障したのは、他でもない第四世界による核抑止だったのは実証済みです」


領内に核焦土を山程持つオセアニアとユーラシアが核実験を躊躇い、反面、死の灰による健康被害以外には大して損失が無かったイースタシアは核実験を繰り返した。


しかし、その核実験の6割に第四世界の技術者が随伴していたのは公然の秘密だった。


70年代に大列強の影響が少ない中東湾岸地域で原子力発電所が建設されかけた時、平然と両国は核を撃ち込んだ。


その時の被害と衝撃を第四世界は未だに引き摺っている。


その瞬間から第四世界はイースタシアへ急接近し、その果てに中性子爆弾を両国に先んじて手に入れたのだ。


こうした事実を超大国は認識したため、永久戦争は長年破綻せずに済んだのである。


「永久戦争・・・ 忌々しいですな。大列強(三大超大国)が支配下にある民を制御するのに使い回した理屈です。随分と我が列島も苦労しました」


「心中、お察しします。ですがもう奴らは消え去りました。地球は開けたのです。まだまだ開放する余地はあるのですがね」


「お忙しいですねぇ。南部アフリカや南米といい、旧イースタシア圏といい、貴国からは随分距離がある。旧ユーラシア領域が手隙ですが、その方面はどうお考えに?」


「第四世界と歩調を合わせます。対等な交渉相手とは見做しません。奴等は寧ろ、放射性廃棄物をこっそりとこちら側へ流そうとしていますからね・・・ 加えて、君主だ民主だ共和制だなどと格好をつけてますが、蛮族と野盗と気狂いの集合体だ。漏れ出てくる難民が各国、我が国を含めて多大な負担となっています」


情報担当官は話をここまでだと、切り上げた。


「大使、港の件での人員は撤去済みですか?」


「一介の大使にはそこまで・・・ しかし、担当部署が沈黙している以上は無事に生きているんでしょうねぇ。標的の取引相手についても、フィリピン政府の方が内々に話を回してくれて、近々日本と台湾へ強制送還です。友好国同士でということですな」


「そうですか、ならば結構です。どうも深入りしたようですな。とはいえ我が国の複雑な立場をご理解いただけているのは貴国以外にはありませんからね。ついつい気になってしまう。それでは、美味しいコーヒーを飲ませていただきましたので、退散いたします」


野馬大使は、上流階級のホームパーティーへそのまま飛び込めるなりをした相手のユダヤ系を黙って見送った。



日本列島 沖縄州 総督領

旧イースタシア軍駐留基地 現水産海軍租借地域 某施設

2021年 5月26日


フィリピンでの松島の偽名を捨てた男が静かに待機している。


港を囲むマニラの警察の包囲網を突破すると、彼は事前のスケジュール通りに日本大使館が密かに借り受けている隠れ家へと滑り込んだ。


大掛かりな手入れだけあって、治安組織の労力が港に向いていたため、比較的容易だった。


翌日の朝には日本の商社がフィリピンから買い付けた物産のコンテナに匿われて日本へと送られている。


船はマカオと台湾を経て沖縄に7時間前に到着したばかりだった。


彼はその足で基地内へと運ばれ、首都圏の偵察総局本部へのフライトに備えている。


そこへ、この基地での上司がやってくる。


「あ、そのままで。報告は受けているよ。大立ち回りだったそうだね」


「やむを得ず・・・ とはいえ、向こうの警官を殺害しました」


「そんなことは別に大した問題ではない。放っておいても、君を追ってきた兵士に殺されていただろう。君が死んだ後にね? 違うかな?」


「その通りです」


「どんな形であれ・・・ 生き残るまでが任務だ。さて、カリルト・リキシヤが死んで沖縄の地下組織が実弾を入手するのは困難になった。これで少しでも勢いを落としてくれればいいが」


「どうして直接フィリピン政府に警告しなかったのです? 向こうが介入すれば、同じことでは?」


「政治だ。全て政治だよ。今回の取引を我々が察知した時には既に沖縄から相当数の武器が持ち出され現地入りしていた。しかも情報は我々への贈り物として外部から提供されたものだった。こんなネタを自前で処理しなかったらどうなるか分かるだろう?」


「買手の背後がイースタシアということですか?」


「公式上にしてもそんな国はもう消えている。正確には、1999年の春風改革運動で自己滅却を骨の髄まで慣れ親しんだ指導層が粛清された時に・・・ 本土の復帰政府が妄想しているイースタシアは、大陸内の親日派だ。本当にそんなものがいればいいがね。その点、台湾の連中は強かだよ。大陸寄りを表明し、実際に義勇軍も派遣しているが、敵である軍閥とも香港経由で取引している」


上司は嘆く姿をわざと男に見せつけているようだ。


「今回は大陸との決別を明確に表明したということになりますね」


「それが偵察総局が新たに忠誠を誓う天道政府の方針だ。復帰政府や琉球人を後押しした総督府内の派閥連中は虎の威を借る狐だった事実を認めるのが怖いのだ。イースタシア時代に散々好き放題やったのだからもっと堂々としてればいいのに・・・」


『東アジア相互繁栄同盟』はその名の通り実態としては連合国家である。


核戦争後に、アジアは動乱の渦に引き込まれた。


汚染民(放射能漬け)やそれらに押し出された難民の流入で、比較的安定していた共産中国が分裂し、新たなイデオロギーを掲げる総統政府が覇権を握った時には、東アジアはボロボロで、オセアニアやユーラシアとは核開発で大きく出遅れていた。


そんな時代を乗り越えるべく、総統政府へ権力の移譲を画策する集団が各地域に芽生え、その結果として台湾や日本はイースタシアの一部へと変質した。


けれども、1964年の消費保存条約で開始された永久戦争にいつしか居心地の良さを感じ、台湾の旧政府や東議会のような傀儡へと各指導層は堕ちたのである。


一方で、大列強の他の両国が白色系人種が比率的に指導層の大半を占めていた事実は拭いがたく、イースタシアは無言の差別と劣等感に苛まれていた。


第四世界へ比較的寛容だったのにはこうした心理状態も影響している。


「情報をリークしたのは何処なんです?」


「オーストラリアの解放戦争に投資し、尚且つ我々が大陸との決別を表明し、第四世界側につくと得をする国家だ」


「イスラエル・・・」


「君は浸透員時代に第四世界で連中と渡り合ったんだったか・・・ きっと好敵手だったんだろ?」


苦虫を噛み潰すような顔しか男は出来ない。


彼等の大列強に向ける憎悪は日本人には理解不能であり、そこまで凄まじい大列強の工作員狩りを展開していたことを思い出す。


「イスラエルの見返りは?」


「旧イースタシア圏の結束阻止だ。彼の国は旧超大国領を分裂させるのに固執してるが、それは生存戦略だ」


一連の中東戦争でイスラエルは2度の分裂を経験した。


他の第四世界の諸国が死に物狂いで手に入れた自給自足を構築するには時間が足りず、常に圧倒され続けた周辺国が実施する断続的な経済封鎖は暗に示された拒絶に等しい。


よってイスラエルは大列強の旧領土を撹乱させ、傀儡や従属国を育成することで市場確保に勤しんでいる。


「忙しい連中だ。中華の次は南米だとさ。この分じゃ中南米まで行くだろうな」


「カリブ海には浮動要塞がありますから、そこまではないでしょう」


「政情が変わった。北米南部の軍事政権とキューバ経済協定が浮動要塞を乗っ取った。合同作戦にはユダヤ系の傭兵が関与していたようだ」


「東部の党は何かアクションを起こしましたか?」


「とっくに切り捨てていたようだ。笑い事じゃなくてな、大陸内で核報復の牽制し合ってるんだから・・・」


上司の身震いと動揺を男は黙って見ている。


核戦争で混乱した北米よりも発展の可能性を秘めた南米・中南米がオセアニアに従っていたのは、やはり核の恫喝によるものだった。


オセアニアの核配備は独特で、広大な大洋を隔てた領域を統べるために、敵領土と近しい「エアストリップ」の名を冠する立地には人間の盾を配置し、それ以外の大陸に大陸間弾道ミサイルを備え付けた。


一方で、潜在的不服従とされる地域やシーレーンの要衝付近に浮動要塞が建造され、そこへ中距離用の放射性廃棄物を搭載したミサイルを仕込む。


敵領土ではなく、支配地域への脅しと焦土作戦のための自爆用だ。


ところが、1990年のアフリカ危機でオセアニアの核戦力運用のお粗末さと未熟ぶりが露呈し、第四世界・ユーラシア・イースタシアの連合による海峡戦争に敗北すると、両アメリカ大陸での蜂起に対処出来ずに分裂した。


以来、オセアニアの根拠地だった北米は内乱に陥り、辛うじて東海岸一帯を党が死守しているのみとなっている。


「一応、未だ旧オセアニア圏には党が健在だとされていますが、碌な連携はとれていません。貴方が言ったように、東部の党が生き永らえているのは、ワシントンD.Cに引き籠る連中が核の発射ボタンを握っているからです」


北米が微妙な拮抗を保っているのは、大陸内で各集団が奪った核による相互確証破壊を実現しているからだった。


「11月のハワイ会議には東海岸の党の連中も来るそうだ。どう思う?」


「情勢がどう転ぼうが、私の任務に支障はありません。天道政府にとっての邪魔者を潰すのみです。さもないと、そのハワイ会議で文字通り、列島は破壊され、人民は散り散りとなるでしょう」


「浸透員7011号、その言葉が聞けて嬉しいよ。東京の政府は、この任務の重大性を大して認知していないが、我々偵察総局は違う。任務に改めて忠誠を誓ってくれたことは覚えておこう。さあ、帰りの便が待っている。もう行きたまえ」


上司は男を急かした。


男にとってもこの部屋から早く出る理由があった。


この部屋にはドリームライトが無いが、代わりにカメラとマイクがあらゆるところに仕舞ってある判別室である。


イースタシア軍内の裏切り者を炙り出すために、味方を演じて接近する役目を果たしてきたのだ。


男は孤独ではあるものの、総督政府のスパイの嫌疑を掛けられた時ほどではない。


飛行場へと向かう男を護衛する兵士、機内での乗員、本土で迎えてくれる係員、連れて行かれる先、いかなる時でも処刑の準備は整っている。


それは男の持つ情報が極めて有害過ぎるからだ。


前の任地である樺太で北極を抜けてきた船を拿捕した。


船内には暗号無線設備と小型核兵器が搭載可能な無人機が分解され秘匿されていた。


通信記録の大半は消去されていたが、最後の通信相手がハワイであったことは判明する。


何処かの誰かがハワイ会議を白紙にすることを目論んでいるのは明白で、1955年のジュネーブ会談の自爆テロを彷彿とさせる。


危うい天秤の上にある日本列島に比べると、男の境遇は彼自身が思っている以上に高待遇であるに違いない。

ここまで読んでくださった方々、見つけてくださった方、大変ありがとうございます。

ネタのストックと構想が途切れたため、次回更新は先になります。

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