第34話 VS 生霊像『マッド・カルト』
side 夜神夕子
実を言えば、昨夜のベルシィさんとの話から『パフォーマンス中にステージ上への襲撃が来る』という可能性については想定内ではあった。
『戦英プロ』への嫌がらせが目的なら見逃せない今日のハイライト。
『靴底男』がどういうわけか私を目の敵にしているのなら、なおのこと。
それこそ、『元々計画していたより効果的なイベントの妨害工作』を二の次にしてでもステージ上の私を攻撃して、イベントを潰すと同時に私の『初舞台』を台無しにできる好機。
春子さんが強引に私をステージに上げたのも、この不特定多数の人間がどうしても入り込むイベントではそうする以外に『妨害を完璧に防ぎきる』というのが現実的ではなかったから。
そう思って、心構えはしていた。
相手が収納能力者であるなら……私が属していた『独立軍』で兵隊を収納能力で持ち歩いて潜入先で召喚するような使い方をしていた曜子さんのように、どこからともなく襲撃者を呼び出してステージ上に投入してくるかもしれない。
その時は、それすら演出かのように襲撃者を処理しなければいけない……そういう状況までは、想定通りと言えば想定通り。
ただ、目の前の現実が想定外なのは……
「仏像の……妖怪?」
武器は十字架。
背中に背負うのは神社の鳥居。
ジャラジャラと音を鳴らす数珠に獰猛な獣のような表情。
これを『仏像』と呼ぶのは抵抗があるけれど……いえ、ここが『異世界』だからこそ、日本では絶対にあり得ないような『仏像』が存在するのかもしれないけれど。
襲撃者は『人間の暴徒か兵士』だろうと思っていた私のイメージの外側からの奇襲。
思わず動揺してしまう私の隣で、本物の武器としての戦斧を構えたベルシィさんは客席に聞こえない程度の声で冷静に言う。
「夕子はまだ経験ないだろうけど、『妖怪を悪用する人間』を相手すること自体は妖怪退治ならよくあることだよ……むしろ、対処が楽でよかった。こういうタイプなら、お客さんに血を見せずに済む」
舞台袖に、ミュジカさんに、それにタカラさんへもアイコンタクトを送るベルシィさん。
すぐさまマイクを手に取ったタカラさんが拡声された声で叫ぶ。
『マ、「マッド・カルト」だ! こいつぁ、暗黒帝国の技術開発局から逃げ出した新型自立戦闘ゴーレムだぞっ、畜生め! 敵味方認識もできないポンコツが勝手に戦いの気配に惹かれて来やがった! おい、ティーンズ! 今回ばかりは手を貸しやがれ! いくらなんでもこんな場所での無差別破壊なんて洒落にならねえ!』
『あっははっ!! 相変わらず馬鹿なことばっかりやってるね、帝国さんは!! そんなに言うなら手伝っちゃおっかな!』
『見返りは最後の一曲を一緒にってことでいいわね?』
『いつもの羞恥プレイをシラフでやれってか!? この変態女ども!!』
ある程度は異常事態のパターンへの対応を決めていたのか、自然な流れで共闘に入れるアドリブの掛け合い。
『ステージ続行』。
『この「妖怪退治」も観客に異常を認識させず演出の一部として終わらせる』。
その意思統一ができた直後には、戦闘が始まっていた。
「しゃぉおらぁ!!」
戦斧を振りかざしながら仏像の懐に入るベルシィさん。
演技の殺陣よりもずっと疾く、そして重い一撃に仏像の巨躯が大きく揺らぐ。
『グゥゥ──!?』
「『破壊不能属性』なし……全身が神器そのものじゃなくて、武器か核だけ神器? この手のなら、首切りで止まるかな?」
ベルシィさんの肉体が光を放つ。
普通の魔法の光とは少し違う……以前、あの海で戦った時の男の姿の社長サマの肉体強化の光に似た生命力が溢れ出るような輝き。
ただでさえ疾かったベルシィさんの動きが、さらに加速する。
『グゥッ!? ゴッ! ガッ!?』
敵は多腕の巨像。
手数でも力でも負けて当たり前くらいに見えるのに、圧倒的な白兵戦の速度と技術が現実をひっくり返す。
敵が防戦一方になって戦斧を複数の十字架で防ぎながら大きく揺らいで押し込まれる。
あの恐竜像との戦いでベルシィさんが真っ先に呑み込まれて蓬さんがあれだけ焦った理由が、やっと理解できた。
単純に、ベルシィさんがあれほどまでに強いからだ。
転生者のような特殊な能力も、マインさんの爆弾やダミーさんの加工技術もなく、下準備ができる環境や時間を必要とせず、武器を手にして戦えばそのまま安定して勝てる……シンプルに、一番疾くて一番強い。
本当に小細工なしの白兵戦ならまず負けないくらいに。
「すごいでしょ、ベルシィちゃん。昔、社長サマがその頃は一番得意だった近距離戦で普通に殺されかけて奥の手に逃げた相手だからね……促成されてはいるけど、その時よりも肉体的には成長してるし、本当に純粋な白兵戦なら戦英プロでもトップ張れる子だよ」
「春子さん……」
「ただ……それも、『狂戦士』だけあって、周りを気にせず暴れられるならって話だけどね。今回は一人だと分が悪いかも」
耳元で言葉を吹き込むようにそう言ってくる春子さん。
その直後……圧倒的だった優勢が明らかに揺らいだ。
「おっと!? 困ったな……」
当てられるはずの攻撃を強引に中止して、それで姿勢が崩れたところへ襲いかかる魔手を危ういタイミングで回避する。
それは、これまでの戦いの巧さと比べて明らかに悪手に見えた。
「どうして……」
「相手の全身が『破壊不能』なら今ので決めて良かったけど……そうじゃないから。あのまま斬ってたら敵の武器がお客さんの方に飛んで行ってた」
そこからも、度々『悪手』は続く。
敵に蓄積したダメージで各部の亀裂が広がるほど慎重に、パーツを切り飛ばしてしまったらそのまま危険な重量物や破片が観客席へ飛んでいく可能性があるタイミングでは攻撃の勢いを緩めて、ベルシィさんの強みである怒涛の猛攻を中断する。
きっと、パーツが観客席へ飛んでいっても、あちら側からこちらを見ている蓬さんたちがなんとかしてくれるのはわかっている。
けれど……そうなってしまった時点で、この戦闘は『ステージ上の演出』としては明らかな失敗になるから。
そして……ベルシィさんの弱点が露わになっている。
ベルシィさんは、戦闘のテンポが速すぎる。
アイドルとしてのパートナーであるミュジカさんも、タカラさんの操るゴーレムの憲兵団も、その本気の戦闘速度にはまともな援護すらできない。
ベルシィさんは自分が先陣を切って敵を弱らせてみんなで囲めるようにする計画を立てての猛攻を始めたのかもしれないけれど、上手く行っていない。
敵が『破壊可能』で、それなのに見るからにボロボロなのに何故か問題なく動く……明らかな人外としての『ダメージで弱らない』という性質のせいで計画通りに行っていない。
せめて、客席を気にしなくていいように援護しないと、ベルシィさんのペースがこのままいつまでも保つ保証がない。
「私の『黒い恋人』なら……」
能力を使おうとして……手が止まる。
このステージ上で、『それ』をしていいのかと踏み止まる。
さっきのアドリブのおかげで、共闘自体は問題ない……けれど、私が明らかな『転生者としての能力』を見せつけてしまうのは、演出の流れを断ち切ってしまう行為だ。
まだ『演出』としての振る舞いは続いている。
ベルシィさんは押されてるけれど、助けは求めていない。
それどころか、いかにもそういう演技だというように笑みさえ浮かべて、お客さんたちが息を呑むほどに技を魅せている。
「…………そこまでの覚悟で、舞台に立っているのですわね」
彼女にとって、『アイドル活動』は家族の仇討ち。
笑っていても遊びのつもりなんてなくて、敵襲があるとわかっていても命懸けでステージに立ってパフォーマンスを続けていた。
それを台無しにするようなことは……彼女の過去を知る私たちには絶対にできないこと。
『私が剣術の基礎をちゃんとしておけばみんなの役に立つ時が来る』
春子さんの言葉を思い出す。
私が『舞踊剣士』としてこの場にいる意味を理解する。
「きっと、今が『その時』……なのですわね」
いつの間にか、傍らにいたはずの春子さんは離れた位置に移っていた。
私の決断を邪魔しないためか、あるいは私の動きを邪魔しないためか。
いずれにせよ……するべきことは、目の前にあった。
「……【私は日本舞踊を捨てる】」
昨夜、ベルシィさんに囁かれた『おまじない』。
私の記憶の蓋を操作する催眠術のキーワード。
『いつでも使える記憶』を並べられる脳の中のデスクトップ、限りあるテーブルの容量を空ける呪文。
「すぅー…………はぁぁー……」
記憶に『空き』が出来た感覚。
そこに間髪入れずに、思い切って初めての『ポイント』を使う。
私に足りないもの、これから知っていくべきもの、身につけるべき考え方はこの三日間で春子さんが全て教えてくれたからこそ、それを信じて見えない境界を踏み越える。
この反則的な自己変革のために支払う対価は、『知らないはずの知識』を即座に私のものにできる転生特典の産物。
黒雄さんの能力の実験で、曜子さんやマサヨシくんはポイントが溜まるとすぐに使っていたけれど、私は使わずにそのまま残っていた『対象にスキルを与えられる能力』のボーナスポイント。
まずは、『白兵戦』の技術。
『近接攻撃を交わして相手を制圧する』という目的に対して必要な要素や理論の基礎、何が大事で何が自分に足りないかを知るための基礎講習をショートカットする。
「基礎体力がない……そのままだと、身体が付いてこない。なら……」
立ち上がり、守護者と融合した『黒い恋人』を起動する。
ただし、それは巨大なウサギの形ではなく……素肌にフィットするように顕現する『バニーガール』の装束として、サイズに余裕のある『舞踊剣士』の衣装の中に展開する。
身体強化の装備としての、擬似的な『自己強化系転生者』として振る舞うための改造神器。
これで私に足りない身体能力を補えば、イメージ通りに動き続けられる。
そして……
「【条件反射】【動体視力】【思考速度】」
ポイントを割り振る。
曜子さんはポイントを全部『危ないものが急接近してきたら反射的に収納スマホで消す』という動作の熟練に割り振っていた。
そうすることで、ベテランの前衛戦士すらも条件反射だけで消失させる防御法を手に入れていたし、それが命綱だったからこそ惜しげなくそれだけにポイントを注ぎ込んでいた。
けれど……私は『1ポイント』でいい。
その感覚を信じて、戦場へ走り出す。
「【払い受けの技術】」
「っ! 夕──」
「ふっ!」
ゴインッ!
「ギギギッ!?」
蘇る、蓬さんとの守護者のぶつけ合い。
剣を模した『不明』の重さに剣を弾き返されて揺らぐ仏像。
『蓬さんの魔人よりもずっと軽くて弱い』という手応えからの確信。
「『触手』が『剣』になっただけ……相手が『人間』じゃないなら、問題ありませんわ。それに、蓬さんとのぶつかり合いに比べればこんなの手遊びにもなりませんし」
「……あはっ! そりゃそうだ!」
『日本舞踊』を忘れても、『守護者の使い方』は忘れてない。
加えて……初めてポイントを割り振った時の感覚からの確信。
私は三日かけて春子さんから『剣術の基礎』を習った。
その感覚と比べればわかる。
このボーナスポイントで得られる『1ポイント分のスキル』は、丁度それと同じくらいの経験値。
三日くらい、その技術のプロから講習を受けて練習したくらいの熟練度。
三日坊主の付け焼き刃、一応はその技術に『経験がある』と言えるようになるくらい。
たとえば、そう。
『自転車に乗れない人』が数日間の休日を目一杯使って練習してみて、休み明けには『自転車に乗れる人』になっていたというくらい……そのくらいの努力をショートカットできるだけの経験値を即座にもらえるくらいのボーナスポイント。
言うまでもなく、自転車に乗れるようになったばかりの人が他人とレースしたってまず勝てない。
『他人との比べ合い』が前提の戦闘技術なんて三日くらいの講習で実戦レベルにできたら誰も苦労しない。
けれど、『私の数日間の練習』は、その意味が他の人とは違う。
「【鍔迫り合いの技術】」
『そうすればちゃんと効果がある』。
そう納得できるだけの理論と知識、習ったことがないはずの『そうする理由』への納得と理想的な動きのイメージ。
限りのあるポイントの割り振りを『剣術』というたくさんの動きを内包する概念ではなく、曜子さんがそうしていたように『一種類の動作の訓練』のショートカットに絞る。
ただひたすら『そのための動作』を繰り返した仮想の三日間を私の経験値の器に代入する。
だって、本当に条件反射で発動する動作に絞れば……それを実用化するための『動作の練習』というものの大部分は『いつでもイメージ通りに肉体を動かせるようにする』ことだから。
私なら、それを元から持っている『精密動作の技術』……『自分の肉体の形を正確に認識してミリ単位で同じ動きができるようにするスキル』で代用できる。
成功と失敗を分ける判定がこの世界にあるのだとしたら、『剣術』という技能で行われるはずのそれを馬鹿みたいに繰り返してきた非効率な反復練習の中で育った『精密動作』の技能値で代用判定する。
ベルシィさんの『おまじない』で空いたすぐに使える記憶のテーブルに、日本舞踊の動作の代わりに剣の動作を置き換えて。
そのコマンドに紐付けていた『守護者を操る』という行為を『剣の形をした守護者を操る』という行為にすり替える。
曜子さんがやっていたように。
春子さんから教えてもらったように。
最初に憶えた『守りを固める』という技を実戦レベルへ昇華する。
ガンッ!
ギンッ!
ゴッ! ゴッ!
守護者としての相性では私に優位なはずの蓬さんと互角に戦えた『重さ』の暴力。
私が振るうのは『黒い恋人』の毛皮で作り出した『不明』の大剣。
扇を手にして『不明の触手』を振るっていた日本舞踊の型が、剣の柄を手にして『不明の剣』を振るう剣術の型にすり替わるだけ。
剣戟に重さを与えるための筋力はいらない。
重い剣を自由に動かすための腕力はいらない。
鋭い切れ味を生み出すための瞬発力はいらない。
剣を振るうイメージのまま、剣の形をした『不明』を手先で動かせばいい。
私にとっては重さを感じないパントマイムの剣舞だけれど、確かな重さを持つ『不明』をぶつければそれで十分な威力になる。
この歪んだ仏像を、その手脚や破片を条件反射の切り返しで客席側から押し返すには十分過ぎるくらいには。
『い、石切兎だ! あいつ、ダンシング・ナイツに化けてやがったな! こんちくしょう!!』
タカラさんのアドリブ台詞がマイクを通して響く。
どよめきとして聞こえる、客席からのサプライズへの反応。
おそらくは……そのための、春子さんが急に注文を出したという伏線アニメーション。
意味不明な巨大妖怪の乱入が『レジスタンスの新人隊長の初登場演出』に変わる。
ここまで場が整えば、後は……
「ベルシィさん、ポイントにあまり余裕がないのだけれど……攻めはお任せしていいかしら?」
「……オッケ。大好き、夕子ちゃん」
『剣術で一番大事なのは斬ることより斬られないこと』。
春子さんの言葉を守って防御に必要な技構成を一通りショートカットで習得した。
そう思い切れたのは、ベルシィさんの強さを信じたから。
「では、残りのポイントは全部『連携』のスキルにぶち込みますわ」
「ははっ、思い切りいいね」
「うっかり自分の剣でお……お友達を傷付けてしまうなんて、死んでもごめんですもの」
『連携』のスキルを取る。
視野が広がる。
ベルシィさんの動きの意図や視線が瞬間的に理解できるようになると同時に、自分に見えていなかった『連携』も認識できるようになる。
剣戟に混じった笛の音。
後衛のミュジカさんの魔法の笛の音に合わせて鈍く、遅くなる仏像の動き。
近接戦をしている私たちの外側から包囲陣形を作っている憲兵団ゴーレムの隊列。
前衛の私たちが立ち回りのミスやスタミナ切れで窮地に陥った時には戦線離脱して立て直せるように、いつでも即座にゴーレムたちで時間を稼げるよう身構えているタカラさん。
そして、ステージ上で対応できない事態になった時のために、演出という建前を崩してでもすぐに参戦できるようにステージの近くへ位置を移して身構えている蓬さんたち。
「これが……『仲間と一緒に戦う』という感覚なのですわね」
何か想定外の事態が起きても、私がミスをしたとしても、みんながカバーしてくれるという安心感。
一人で突出していたように見えていたベルシィさんが、『みんながいるからこそ向こう見ずな攻め方ができていた』のだと理解できて。
ここも確かな『戦場』のはずなのに……こんなに安心できてしまうなんて、想像もしなかった。
「ラストスパート。行くよ、『石切兎ちゃん』」
「……はい! 守りはお任せを!」
追い込まれた仏像が遮二無二暴れ出す。
武器の十字架を振り乱し、もはや攻撃目標も私たちへのダメージも関係なく、なんでもいいからステージをぶち壊そうと錯乱したような動きに変わる。
けれど……
「はぁあっ!!」
何も壊させない。
ベルシィさんだけでなく、客席も、ステージも、全てに向けられる破壊を伸縮自在の『不明』の剣で受け止めて、重さの暴力で弾き返す。
そして……私の剣の側面を足場に。
不動の鉄檻に閉じ込められたように動きを縛られた仏像の頭の高さまで飛び上がって、横薙ぎに戦斧を振りかざすのは、このステージで最も輝くべきアイドル。
「ラストアタックはもらうよ! はぁあっ!!」
ズバンッ……ドシン。
歪な仏像は動きを止め……その首は椿の花が茎から落ちるかのように、ステージ上へポロリと落下するのでした。
妖怪図鑑『マッド・カルト(仮)』
原材料……不明。
ベースは千手観音を模った彫像のように見えるが十字架や鳥居など仏像にはありえないモチーフが組み込まれていて、起動すると無差別に周囲を破壊し始める。
『森の民の神器』にあるべき不壊の性質がなく、構造体の破壊後はどのようにして稼働していたかの原理も不明だが、その外見を森の民へ問い合わせたところ『森の民製の神器にそんなデザインのものは存在しない』という返答があったことから、森の民以外にルーツを持つものではないかと考えられる。
今後も調査を継続予定。
「死霊術への妨害術式がある程度通じましたが、微妙に噛み合わないような感覚で効果が薄かったので死霊術に近い別の技術による製作物かもしれません」
──by ミュジカ




