第七夜 雪だるま
別れは唐突にやってきた。
「もう終わりにしましょ」
いきなりの出来事に、一瞬僕は彼女が何を言っているのか理解できなかった。
「な、何を?」
マヌケな答えだった。本当は分かっているくせに、こんな返答しかできない僕。だから彼女は愛想を尽かしてしまったに違いない。
「私たちの関係を終わりにしましょうって言っているの。別れましょうってこと。わからないの?」
「ど、ど、どうして? なんでいきなりそんな……」
「いきなりじゃないわ」
呆れた顔で彼女は僕を見つめた。
「前から思っていたのよ。あなたと一緒にいてもつまらないって。燃えるものも何も無いし、トキメキも無いし、何かサプライズがある訳でもない」
溜息混じりに彼女は、先程僕が渡した指輪のケースを開いた。
「それに、年に一度のクリスマスにこんな安っぽい指輪しか買えない甲斐性の無い男、付き合っていても未来が無いでしょ。どう? 他にも理由を聞きたい?」
言葉が出なかった。僕はそれ以上彼女を見ることができなかった。僕の足元に、ポトリと指輪とケースが落ちる。
「じゃあね。あなたと一緒にいた半年、全くの無駄だったわ」
そう言い残し、彼女は去っていった。
彼女が居なくなった後も、僕はその場に佇んでいた。
ポタポタと涙が落ちる。突然の彼女との別れ、何も言えなかった自分の惨めさ、悲しみとやりきれない思いが体中を駆け巡る。
そんな僕に追い討ちをかけるように、冷たい雨が降ってきた。しばらくすると雨は雪へと変わり、僕の頭に肩に降り積もっていく。それでも僕は、その場を離れることができなかった。
次の日。
凍えるような寒さに、僕は目が覚めた。
気だるい体をベッドから起こし、ゆっくりと窓際へ歩み寄る。
カーテンを開けると、窓の外は普段どおりの景色だった。どうやらあの雪は一晩で解けてしまったようだ。
あれも夢だったら良かったのに。
僕はチラリと机を見た。机の上に置いてある空っぽの指輪のケース。それが、あの出来事が現実であることを示していた。
そう言えば、あれはどうなっただろうか?
ベッドから飛び起き、僕は冷蔵庫まで駆け寄ると、おもむろに冷凍庫のドアを開いた。そしてホッとした。そこには、昨日僕が作ったボールくらいの大きさの雪だるまがいた。
あの後、泣きながら僕は降り積もる雪でこの雪だるまを作った。何故そんなことをしたのか自分でもよく分からない。気がついたら雪だるまを作って、それを冷凍庫にしまっていたのだ。
冷凍庫から雪だるまを取り出しテーブルの上に置く。指でつけた溝の目と口がにこやかに微笑んでいる。その愛らしい姿を見ていると、傷ついた心がほんの少しだけ癒された。
「ねぇ、昨日君にあげたあの指輪、気に入ってくれたかい?」
雪だるまの体の部分をほじくると、紫色に変色した唇が見えてきた。その唇を無理やり開き中を確かめると、カチカチに凍った舌の上に僕が買ってあげた指輪が乗っているのが見えた。
「今はこんな物しか買えないけど、来年はもっといい物買ってあげるからね。だから、別れるなんてもう言わないでよ。僕、頑張るからさ」
物言わぬ彼女の唇を引き寄せ、僕はそっとキスをした。