後編
そして迎えた翌日。
今日は、私と公爵家令息の婚約を、大々的に発表するためのパーティーです。
貧しさに喘いでいた民衆に慈悲を与え、より良い生活が出来るようにした聖女――と言うことになっている私と。
代々、国の財政管理を担い、少ない税収で少しでも良い生活ができるように、身を粉にして国に尽くしてきた――と言うことになっている公爵家。
その婚約を発表するとあって、実に沢山の方々が会場にいらっしゃってます。
各地方貴族を始め、町長や村長、商人まで。
さすがに農民や町人まで集めたら収拾が付かないので、ある程度の力を持った者達に限りますが……
“さて、今日という日を迎えられた事を、ワシは嬉しく思う”
“皆も知っての通り、此度の主役の1人であるアリシアは、我が国の財政を立て直し、皆の生活を豊かにする礎を築いてくれた”
“そして、もう1人の主役であるディールは、代々国を支えてくれている公爵家の跡取りである”
――王様の演説が終わるまでに、最後の確認をしておかなければ。
えっと、カイル王子、どこかな?
なるべく目立たないように、視線を動かして、相方を探していると、隣に立っていた婚約者と目が合ってしまう。
「どうしたんだぁい? そんなにソワソワして。 大丈夫、この僕が、しっかりエスコートしてあげるからさぁ」
ニヤニヤしながら耳元に口を寄せ、囁かれた言葉に、背筋がゾワゾワしてしまう。
あっぶねぇ――
危うく、黄金の右足が唸りを上げる所だった。
「……お気遣い、ありがとう、ございます、ディール様」
「くふふ……普段の凛々しい振る舞いもイイけど、そうやって子ウサギみたいに震えてる姿もイイねぇ」
――――ヴぉぁぁぁあああ!
だぁぁれが震えてるってぇ!?
蹴り飛ばすぞテメ――ゲフンゲフン──蹴り飛ばしますわよ豚野郎様!
――あっ!カイル王子いた!
って、何こっちみて笑ってんの!
こっちは必死なの!
右足を振り抜きたくてウズウズしてるの!
「では、ワシばかり話していても仕方ないからな。 お二人からも一言貰おうか」
あ、王様、話し終わった?
じゃあ、仕上げといきますか!
「――では、わたくしから。 本日はお集まり頂きありがとうございます。 このような盛大な場をいただけた事をとても嬉しく思います。 さて、皆様の中には噂として以前からご存知だった方も多いでしょうが、陛下もいらっしゃるこの場において、正式に発表させていただきます」
会場を見渡すと、どことなく浮かない顔をしている商人や村長さん達の姿が見える。
「わたくし、アリシア・リーステインは――」
別の一角には、勝ち誇ったような顔をしている公爵様と、複雑そうな顔をしているお父様達が見える。
「こちらのディール様との婚約を、正式に――」
そして、隣に立つ、ニヤニヤ笑いの婚約者に向き直り――
「――破棄させていただきます!」
私は、高らかに宣言した。
「――は? え?」
何が起こったのかわかっていらっしゃらない様子の“元”婚約者様。
そこに、顔を真っ赤にした公爵様がすっ飛んできた。
「な、な、何を急に言い出すのだ小娘ぇ!」
「――控えよ!!」
公爵様が私に掴みかかろうとした直前。
壇上にいた陛下が声を上げ、その場の全員が弾かれたように跪く。
「アリシアよ、このような公の場で宣言するからには、皆を納得させるだけの理由があるのであろうな?」
「――はい。 勿論でございます、陛下」
これは最初から予定していた流れだ。
まさか掴みかかってくるとは思わなかったから焦ったけど、王様、ナイスアシスト!
「実は――公爵家では、長きに渡り国庫の資産を私的に使い、私腹を肥やしてきました。 本来であれば民に還元されるべき国の金を、自分達の欲望を満たすために使い続けてきたのです」
「な……何を根拠にそんな――」
「それについては、僕の方から話そう」
明らかに動揺を見せた公爵様に、少し離れた柱の影から声をかける我が相方。
「そもそも彼女は、公爵家の腐敗を確かめるために、僕が送り込んだ調査員だ。 あなた方はなかなか尻尾を掴ませなかったが、自分の領地を短期間で豊かにする程の知識を持った彼女を、自分達に取り込めば、もっと贅沢な暮らしができるとでも思ったのかな? 意見が欲しいと言って、いろんな帳簿も見せてくれたらしいね」
――そう。
不用意にも、脱税や着服の証拠とも言えるような帳簿も、しっかりバッチリ見せて貰ったよ。
お父上の役に立ちたいディール君に。
どうせ見たくらいじゃ、大したことはわからないと思ったんだろうけど、日本の会社の経理担当、ナメんな。
ちょっとでも狂いがあったりしたら、小一時間はお説教タイムになったりするんだから……はっ!? 気が遠くなりかけた!
「しかも、着服した金は領民に使わず、自分達は贅沢の極みとは、呆れ果てる」
「……だが! 我が公爵家が国庫の管理をしてきたお陰で、国の運営は安定し、民も貧しいながらも不自由のない生活を送らせてやっていたのだ! 少しくらい――」
そこまで言った公爵様は、急に発せられた怒気に言葉を詰まらせる。
会場の空気が急に重く感じる程の怒りを発していたのは、誰あろう我らが国王陛下だ。
「そなたが優秀な人材であったことは、認めよう」
「そ、そうでしょうとも! でしたら――」
「しかし! それならば、そなたが、何十年もかけても改善できなかった民の暮らしを、わずか数年で改善し、“国”そのものを富ませたアリシアがおれば、そなたらは不要、と言うことであるな」
陛下の言葉に、顔を真っ青にする公爵様。
その横で、よくわからないけどヤバイって事だけは感じていそうな“元”婚約者様。
「――追って沙汰を伝える。 この者達をつれて行け!」
「なっ! わ、私は公爵だぞ! 触るな! 触るなぁぁ――」
近衛の兵士達に連れていかれる公爵様達。
それを見送る国民の表情は――うん――すっごく「ざまぁ」って顔だわぁ~。
逆に、貴族達の表情は――いや、そんな悪魔を見るような絶望の表情で私を見ないで。
一応これでも、か弱い乙女なので傷つきますのよ?
「さて、これで、この国ももっと豊かになって行けるであろう。 その為に、皆の者、力を貸して貰えるか?」
「――――――!!」
国王様の言葉に、一斉に頭を垂れる参列者達。
「そして、アリシアよ。 そなたには、公爵家の代わりとなり、国を支えて貰いたいのだが、どうだ?」
あ~。まぁ、そうなるよね?
公爵様クビにしたの、私のせいだもんね!?
仕方ない、やるだけやるさ……
「――はい……若輩の身なれば、至らぬ事も多いかと存じますが、精一杯務めさせていただ――」
「ついでだ、カイルをそのまま補佐に付けるから、この場で婚約をするといいぞ」
――え゛?
「いやいやいやいや! そんな急に――」
「僕は、アリシアなら構いませんよ?」
バッと音がするくらいの勢いで振り返った先には、穏やかに微笑む王子殿下。
そのまま視線を戻せば、ニヤニヤとしてやったりな表情の国王陛下。
――えっと、これは、つまり。
「ハメてくださいましたわねぇぇぇ!」
この日の少し後、新たに1つの貴族家が誕生した。
その貴族家では、代々女性が当主を務め、長きに渡り国を支え続け、その繁栄に貢献し続けたそうだ。
初めて書いたにしては纏まったかな?とは思いますが、結構難しかったですね。
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