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6話



戦闘モードって、エヌさんはいつも言っていた。


僕はそれを一度も実行した事はないし、どう言うものなのか知らなかった。


戦闘は全てエヌさんに任せていればいいと、ずっと思っていた。


そう。今まではーー。


《戦闘modeへの移行許可を確認しました。身体主導権を中立化。これより、nucleus(ニュークリゥス)はbattle support modeへ移行します》


自然と理解できた。

これはエヌさんが戦うんじゃない。僕が戦うモードなんだと。


「あっ!ちょっと!アンタ!」


僕の体が意思に反して勝手に馬車から飛び降りてゴブリン種達の前に立つと、マリエッタさんが焦ったように声を投げ掛けてきた。

その声はやけに大きく聞こえる。


周りのゴブリン種達も嫌に大きく腹の立つ声で騒ぐ。


「《身体機能を確認中…各可動域の限界値を補正。最大出力域を補正》」


不意に視界の隅に映った棍棒の影。僕の体は即座にそれを掻い潜り、すり抜け際にラリアットをかまして通り抜ける。


ラリアットをモロに食らったゴブリンは、その場で宙返りをしてから地面に頭を打ち付けて息絶えた。


「《標的をlock-on》」


直接頭の中に話し掛けられているような機械音が僕の頭に響く。


グイッと首を無理矢理捻られるかのように、僕の首の向きが森の中…増援としてこちらに向かって来ているだろうゴブリン種達の方向へと視線を強制的に向けられる。


うん。間違いない。このモードは強制的に僕を戦闘に参加させる鬼畜モードだ。


僕の嫌がる気持ちなど御構い無しに森の奥へと躊躇なく突き進む体に、諦めの感情と共に今後一切このモードを使わないと心に誓った。



○○○



それから、数分も経たずにゴブリン種達の小隊は全滅したとエヌさんから連絡が来た。

そして、増援である大隊も既に半壊していた。


「もう嫌…」


言い訳になるかもしれないけれど、つい口から本音が漏れ出してしまうのも無理はないと思う。


現状、僕はゴブリン達に取り囲まれている。なにせ、その中に突撃したんだから。


向かってくるゴブリンを千切っては投げ千切っては投げ…どれだけ倒そうと終わりが全く見えない。


この体は疲れを知らないから、どれだけ動いても疲れる事はない。だけど、僕の精神は違う。


僕のか弱い精神は、度重なる戦闘を繰り返すだけの殺戮に疲労を訴えてきている。


もう疲れた。


もう嫌だ。


何度も何度もそう思ったけれど、エヌさんはそれを許してはくれない。


「《次の標的をlock-on》」


本当に嫌になってくる。

なのに、僕がどれだけ嫌がろうと、この体は勝手に動いてゴブリンを捕らえる。そして、


「《攻撃して下さい》」


こう言うんだ。


今となっては躊躇いや思考に当てる時間もなく、躊躇せずに殴ってゴブリンを瞬殺している。


例えるなら、流れてくる風船を針で刺して破る作業を繰り返しているだけになっているんだ。


嫌な気持ちはあるものの、徐々に慣れてきている自分がいるのが分かってしまう。


「《ゴブリン亜種を発見。ゴブリン種の主導者と推測。指揮系統の破壊の為、ゴブリン亜種の殺害を推薦》」


「あぁ、もう、分かった。分かったよ…」


ヤケクソ気味に返事を返すと、それがエヌさんの癪に触ったのか、乱暴に身体を動かされる。


迫り来るゴブリン。待ち受けるゴブリン。逃げ出そうとするゴブリン。相手がどんな状態であろうと関係なく、まるで道端の蟻を踏み潰すかのように道を塞ぐゴブリン達を撥ね退けて先へと突き進んだ。


その体当たりは岩をも砕き、大木をも余裕でへし折る。それでもって、足を止めない限り前へ前へと進み続ける暴虐の進行だ。


運悪く僕の前に立ち塞がったゴブリン達は体当たりをモロに食らって遥か彼方へと吹き飛ばされる。

例え離れていたとしても、踏み砕いた石が。爆風が。飛んできた仲間が、凶器となって彼等を襲う。


そして遂に見えてきた、周囲のゴブリンよりも一回り大きなゴブリン。


「《標的をlock-on。手を前方に突き出して下さい》」


言われた通りに身体を動かした途端、走る速度が爆発的に上昇しーー気が付けば僕の腕がゴブリン亜種の心臓辺りに突き刺さっていた。


ゴブリン亜種の胸を貫通した手の中にはゴツゴツとした何かを握っている感触がする。


エヌさんが腕を引き抜くと、僕の手には小さな魔石が握られていた。

大きさはゴルフボールぐらい。黒く淀んだ色をした魔石だ。


「《ゴブリンロードの魔石を入手しました。魔力値を測定…320です。魔石を媒体に高出力魔法の行使を推薦》」


それじゃあ、そうするよ。

と、何も考えずに頷いて答えておく。


「《承認を確認。魔石属性を解析…闇と判明。闇魔法の魔術式がありません。魔石属性から構築…complete。standby…standby…闇魔法を発動させます》」


視界に影がさす。

空を見上げてみれば、雲とはまた違った真っ暗な闇が空を覆っていた。


「《魔法名:Invitation darknessの発動が成功しました》」


刹那ーー空を覆う闇から幾本もの腕が伸びてきて、突然の事で困惑を露わに慌てふためくゴブリン達を攫って空へと連れ去り始めた。


エヌさんが動こうとしないから、僕はその光景を呆然と見守る。


ゴブリン達は、叫び、逃げようともがき、苦痛に喘ぎ、助けを求めるような悲鳴に似た声を上げている。

だけど、彼等に助けはない。どれだけ暴れようとモヤのような手からは逃れられず、空から伸びばされた手は無慈悲に彼等を鷲掴みにして本体の闇へと引き込む。


あそこに一度でも足を踏み入れれば決して帰って来れないと思わせるほどの深い闇。


発動したのは僕なのに、僕自身が恐怖に足を竦ませてしまう。


そうこうしている内に、視界に映るゴブリンの軍団は死体諸共、1匹残らず居なくなっていた。


「《報告。敵意の消失を確認。戦闘modeを解除します》」


体の支配が全て僕に戻る不思議な感じがする。


その後、暫くの間、徐々に空を覆う闇が薄れて行く光景を呆然と眺めていた。



○○○



気持ちがようやく落ち着いた頃、僕はトボトボとみんなの待つ場所に戻った。けどーー。


「おっ!ようやっと帰ってきやが…って!?またかっ!?」


戻った途端、モルガスさんに呆れられてしまった。


「もうねーからな」


チラリと僕を見たアルト君が拗ねたように口を尖らせて言ってくる。


彼等の反応の意図が掴めずに首を傾げていると、ババリーさんが僕を…いや、僕の体を指差して教えてくれた。


僕の服…アルト君に借りてた服が見るも無残な事になっている事を…。


「あ…ごめん…」


返り血で赤黒く変色したボロボロの服。もう元の姿なんて見る影もない。

アルト君には本当に悪い事をしてしまった…。


「ちっ」


アルト君が舌打ちしてから、マリエッタさんの元に向かって行った。

マリエッタさんは倒したゴブリン達にナイフを振りかざしているみたい。背中で隠れて何をしてるのか分からないけど、見えなくて良かったかも…?


《解答。魔物の体内にある魔石の採取をしていると推測されます》


魔石…。


「カズト。お前、ちょっと目を離した隙にすぐに服をダメにしやがるな…。しゃーない。ちょっとこっち来い」


「う、うん…」


この雰囲気から察するに、たぶん怒られるんだろう。

せっかくの服をすぐにボロボロにしたから…。


《服の修繕には布が必要です。剥ぎ取りますか?》


剥ぎ取りって…あっ!ダメ!絶対にダメ!


《了解しました》


きっとエヌさんはモルガスさんの服の狙っていたんだと思う。そんなの絶対にダメなのに…。


怒られるのを覚悟して、僕はモルガスさんと一緒に人気のない森の中に入っていく。


「カズトッ」


うっ。怒られるっ。


「はぁ…。まったく…。そんなに縮こまなくたって、とって食おうって訳じゃない。ちょっと話を聴きたいだけだ」


怒らないの?


「さっきの戦闘中なんだが、お前、どこに行ってたんだ?」


「え、えっと…」


どこって…森の中?って答えたらダメだよね。

ゴブリンが大勢来てたから倒しに行ったって言っても信じてくれないだろうし…。


「まぁ、俺が聴きたいのはそこじゃないから、答えたくなかったら答えなくてもいい。そんな事よりも、だ。お前、さっきの戦闘でゴブリンを倒したろ?しかも、素手で」


「えっと…」


もしかして、倒しちゃ不味かったのかな…。


「心配すんなって。さっきも言ったろ?お前をどうこうするつもりなんて俺達には全くない。ただ、これだけは聞かせてくれ。お前は何者なんだ?」


何者…。それは僕も知りたい。僕は何者で、一体なんだろうって。


《解答。masterは全systemのmasterであり、核融合人造兵器の主格です》


それに、今エヌさんが言った事をそのままモルガスさんに言ったとしても信じてくれるとは到底思えない。

僕なら、こんな荒唐無稽な話信じれる自信がないから…。


「やっぱ言えない、か」


モルガスさんは失望したように小さく溜息を吐くと、話は終わりだとばかりに仲間の元へ戻ろうと足を運び始める。


「ま、待ってっ」


このまま行かせてはいけない。どうしてか、そう思った僕は、咄嗟にモルガスさんを呼び止めた。


でも、その後の事を考えていない。

どう説明をすれば良いのかすら分からない。


僕は…どうすれば…。


《提案。masterの主導権をnucleusに一時移行》


エヌさん…うん、お願い。


《了解しました。主導権を移行します》


「……移行完了」


「ん?」


「対象者をモルガスと認識。質問への解答。私は被験体10056号。名称:核融合人造兵器。通称:nucleusです」


「んん?」


モルガスさんがさも不思議そうに大きく首を傾げながら、理解していなさそうな顔で苦笑いを浮かべた。


「お、おう。変な事を聞いた俺が悪かったな。ほら、戻るぞ」


「了解しました。主導権をmasterに移行します」


一瞬の脱力感が僕を襲い、それで主導権が僕に戻ったのだと理解する。


前を向けば、モルガスさんが何かを考えるように首を傾げながら彼の仲間の元へ戻って行く姿が見えた。


きっとエヌさんの説明がぶっ飛びすぎてて理解が追いついていないんだと思う。

かく言う僕も始めて聞かされた時なんて、実際に体感させられるまで信れなかったもん。


《解答。説明は完璧でした》


エヌさんがちょっと怒ってるような気がする。


説明は…うん。良かったと思う。だって、本当の事だもん。でも、普通の人が理解出来るような内容じゃなかったと思うんだ。


それに…。


《解答。説明は完璧でした》


うん、それは分かってるから。


僕が言いたいのは、このまま置いていかれたりしないか心配だってこと。


《………》


エヌさんの返答がない。

やっぱりちょっと怒ってるみたい。



○○○



ババリーさんって怖い見た目からは想像が付かないけど、家事が得意らしくて、僕がボロボロにしてしまった服をあっと言う間に直してくれた。

それだけじゃなくて、残りの服も全部修繕と洗濯をしてくれた。


見た目に削ぐわない家事力だ。かく言う、毎日出してくれる料理も全部ババリーさんが作ってくれていた。


反対に、マリエッタさんは家事はカラっきしらしい。

マリエッタさんの方が家事が得意そうに見える…って、思ってても口に出さない方が良いと思った。


そうして、ゴブリンの一件があってから三日目の昼。僕達はようやくモルガスさんの話していた街に到着した。


街の名前はアーテンブルク。

周囲を巨大な壁で囲んだ、まるで城塞のような街。聞けば、これが一般的らしく、壁は外界の魔物から街を守る為に備えられているらしい。


身分証のない僕は普通なら街に入れさせてもらえないけれど、モルガスさんが門番さんに口聞きしてくれたおかげで、僕も街に入る事ができた。


壁付近は畑や倉庫が並んでいて、言っちゃ悪いと思うけど寂れた景色ばかりだった。でも、少し進むと景色が一変して、あちこちで賑わいを見せる街らしい街になった。


《報告。敵性を感知。距離120m》


え?


《再報告。敵性を感知。距離118m》


ここ、街の中…だよね?

街の中は安全じゃなかったの…?


《解答。敵性を解析中…判明。個体識別名、人間23体。獣人5体。魔族1体》


えーっと…それって危険なの?


《解答。敵性は武装しています。奇襲を警戒しで下さい》


………。


「あの、モルガスさん。冒険者ギルドって…」


「ああ。それなら、もう少しだぞ。もうそろそろ見えるはず…っと。見えたな。あの旗の付いた建物だ」


旗…って、アレかな?あの青いやつ。

モルガスさんが指し示す場所にはアレしかないわけだし、たぶんアレだと思う。


《視覚を強化》


盾の前で剣と槍が交差する刺繍がされた青い旗が見えた。


距離は…。


《距離111m》


「モルガスさん。冒険者って、モルガスさんみたいに武装してます?」


「ん?そりゃしてるだろうな。それがどうした?」


「いえ。ちょっと気になっただけです…」


「そうか」


どうやら、エヌさんが言ってる敵性って冒険者ギルドにいる冒険者の方達だったみたいだ。


エヌさんの早とちりかな?


《報告。敵性に備えて下さい》


ふと思ったんだけど、エヌさんの敵性の判断基準ってどうなってるんだろう?


《解答。一定値以上の危険性を保有する物体を検知しています》


あ、そうなの。

よく分かんないけど、分かった。


《解答。基準値は当機に傷を付ける事が可能な物体です》


補足ありがと。よく分かったよ。


「カズト。何ボサッとしてるんだ。着いたぞ」


モルガスさんにドンっと背中を叩かれる。


どうやら、エヌさんと雑談している間に、いつの間にか冒険者ギルドの前に着いていたようだ。


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