3話
あれから何日が経ったんだろう。
陽が昇り、陽が沈む。月が昇り、月が沈む。何度繰り返し見たんだろう。
《解答。起動日から13日が経過しています》
エヌさんが補足で教えてくれた。
僕はその間、一睡もしていない。眠気すら感じない。
《解答。当機は睡眠を必要としません》
それどころか、13日間歩き続けなのに疲れもない。
《解答。当機はchaos energyによって稼働しています。残存energy量を計算…21%です》
それって不味いんじゃ…。
《解答。物質・魂・魔力のいずれかを取り込む事で補給されます》
要するに…食事をすれば良いのかな?
《解答。食事によっても補給が可能です》
そう言えば、今まで何も食べてなかった。お腹が空かないから完全に忘れていたけれど、早いとこ何か食べ物を探さなきゃいけないかな?
それはそうと、エヌさんの存在に気が付いた日から僕はエヌさんと語り合って、色々とこの世界の事を知った。
この世界に名前はないけど、星の名前はEarth。アースって読むらしい。
どうして全て英語なのかと聞いたら、魂の記憶から算出したウンタラカンタラとエヌさんは難しい事を言っていたけれど、簡単に言ってしまうと、翻訳で勝手にそうなっているだけだそうだ。
僕がどうしてこの世界に居るのかと聞いたら、エヌさんも分からないって言っていた。
あと、この身体は僕の体じゃないらしい。
元々はエヌさんの…いや、全く知らない人の身体らしいけれど、その人は実験で死んだらしく、その後にエヌさんの身体になったらしい。
でも、実験で問題を起こしてしまって、長い間機能停止状態で放置されていて、そこに僕の魂が入って動けるようになったのだとか。
難しい事はよく分からないけれど、要するに、僕の体じゃないけれど、今は僕の体って言うことになる。
それで、エヌさんは僕の二重人格的な存在…かな?
エヌさん曰く、この体には幾つも兵装?武装?…鎧や武器が積載されているらしいけれど、話を聞く限りでは僕には扱いきれない危なそうな代物ばっかりだった。
なので、そっち方面は全てエヌさんに任せる事にしている。
ちなみに、武器や鎧を取り出すのにマジックエネルギーって言うのが必要になるらしくて、起動させるのにカオスエネルギーを使うんだって。
僕には難しくて細かな所までは分からなかったけれど、取り敢えずボールペンで例えて考えてみた。
ボタンを押すのに指の力がいる。それがマジックエネルギー。
字を書くのにインクを消費する。それがカオスエネルギー。
エヌさんに合ってるかと聞いてみれば、無言で返された。けれど、僕的にはこの方が分かりやすいと思っている。
そんな会話をしつつ13日間も歩き続け、
「あ、木がある」
視覚が望遠鏡のようにズームされ、その場所がよく見える。
僕の居る地点から約1kmほど離れた所に沢山木が生えてるのが見えた。
林…じゃなさそう。大きさからして、森に近い。小高い山を覆う森だ。
ようやく一面草原の景色に変化が訪れて、ホッと安堵の息を吐く。
もしかすると永遠に草原を歩き続けるんじゃないかって内心でビクビクしてた僕にとって、その変化は嬉しかった。
これまでの変化と言えば、角を生やした兎や黒い毛並みの狼や凄く大きな猪などの魔物をエヌさんが瞬殺するぐらいで、特にこれと言った変化はなかったんだ。
最近じゃ、その光景も見慣れてきて、返り血とかも気にならなくなってきている。
あと、僕でも魔物を倒せるようにもなった。
まぁ、適当に叩くだけで倒せる弱い魔物ばかりだから、それに戸惑ったり、躊躇ったりして手こずってる時点で僕は戦闘に不向きだとしみじみ思う。
《報告。前方1528m先から膨大な魔力値を計測。コカトリス種の生息が推測されます》
コカトリス…?
それって…なに?
《解答。魔物です》
そっかぁ、魔物かぁ。なんだか危なそうだし迂回しようかな…?
《解答。コカトリス種の魔石を吸収した場合…chaos energy20%〜40%を補填可能だと推測します》
あ、もう行く前提なのね。
《解答。残存chaos energy20%。補填が必要です》
あ、はい。
どうやらエヌさんは行く以外の選択肢を選ばせる気はないみたいだ。
それじゃあ先に聞いておくけど、どうしたら魔石って手に入るの?
《解答。魔石とは魔物の体内に生成される魔力核を指します。最も効率的な補填方法は対象の魔石に触れる事です。又、対象の体内から取り除く事で回収可能となります》
うん、分かった。
と言っても、戦うのも、回収するのもエヌさん頼りになるんだけど、理解しておいて損はないはずだ。
○○○
一頭の馬が全力で馬車を引いている。走っているわけではない。前へ前へと進もうと力強く足を進ませる。
後ろからは、男達の他にも女の人や子供までもが力を合わせて馬車を押している。
山の斜面。角度はエヌさん曰く23度らしく、急斜面だ。
馬一頭では登りきれず、馬車に乗っていた皆で押している真っ最中の様子。
だから僕は彼等に話しかけれないでいる。
ようやく見つけた人。だけど、こんなに必死になっている所を邪魔するのは悪い気がするんだ。
だから少し離れた所から用事が終わるのを待っている。
《報告。コカトリス種の生息を確認。早急な魔石の回収を推薦します》
随分と唐突だね。
それに、凄く急かしてくる。
一応聞くけど、今のカオスエネルギーはどのぐらい?
《解答。残存chaos energyは19%です》
消費は1%か…。それなら、あの人達に話し掛けてからコカトリスの所へ行っても大丈夫だよね?
《……解答。問題ありません》
なんだか不服そうな返答が返ってきた。今すぐにコカトリスの元に向かいたいって言うエヌさんの気持ちが言葉はなくとも伝わってくる。
でも、ようやく人と会えたんだし…出来れば少しだけでも話しをして寂しさを忘れたい。
それに、人が沢山集まる場所にも行きたい。
やっぱり一人ぼっちは寂しいんだ。
《解答。生命反応を探知…多数の人間種を発見しました。11時の方向、2010m先です》
2kmちょっとに人が沢山いるの?
そこって近いのかな?遠いのかな?
《解答。歩行時は約30分。走行時は約2秒にて到着できると推定》
2秒!?なにそれ!?早っ!?
《ですが、Speed suppression deviceにより、推定時刻より大幅に遅れが出る可能性があります。Accelerating deviceを使用した場合の到着推定時間は0.03秒となります。使用時chaos energyの枯渇が推測されます》
要するに、アクなんちゃら使わない方が良いって事ね。
歩いて人里に向かうのが得策かな?
《解答。徒歩にて移動を算出します…chaos energy消費量は3%です》
走った場合だと?
《解答。駆け足のchaos energy消費量を推算中…7%です》
おおよそ二倍ね。
別に急いでないし、歩いて向かおう。
さて、そうと決まれば…少し馬車を押すのを手伝おうかな?
どうも彼等は疲れ切った顔をしている様子だし、一人参加するだけでも彼等からすれば大助かりになるはず。
なにより、見ているだけって言うのは凄く退屈だ。
「あの〜…すみません」
一番端で押している比較的優しそうな人に話し掛けてみる。
「………」
馬車を押すのに必死なのか、返答がない。
「あの〜…」
もう一度リベンジで話し掛けてみるが、やはり返答は返ってこない。
と、思いきや、
『なんだか血生臭くない?』
『言われてみれば…』
お隣さんと話し始めた。
しかも、話してる言葉が全く理解できないし。
《言語を解析します》
『…って、うわあぁ!!ま、魔物ぉぉ!!』
話している相手が驚いて馬車から手を離して僕の背後を指差してくる。
なにを驚いてるんだろ?
《…complete。語源は新人種語と判明。翻訳します》
「え?魔物?……うわあぁぁ!!」
僕が話し掛けた人が疑問符を頭に浮かべながら振り向いてようやく僕を見たと思った瞬間、さっきの人同様に驚いて指差して…て、えっ!?魔物!?
「魔物っ!?えっ!?どこっ!?」
僕も振り向いて背後を確認するけれど、魔物らしき存在は見える範囲にはどこにもいない。
《半径100m以内に魔物は3体存在しています》
え!?じゃあ、やっぱり近くに居るって事なの!?
「魔物だとっ!?俺が行く!」
「ま、待てアルトッ!ぐっ…」
また一人馬車から手を離したものだから、残ってる人達が必死の形相で馬車を支える羽目になってしまったようだ。
《報告。敵性を感知》
「魔物どこっ!?」
僕はそれどころじゃないけれど。
きっと彼等もそうだ。魔物が近くにいるから気が気じゃないはずだ。
僕も襲われたくないから、目を皿にして魔物を探す。いざと言う時はエヌさんに頼りだ。
「覚悟しろ!魔物!!」
そんな声が聞こえて、もしや魔物を見つけたのかと思って振り返ってみればーー革鎧を着込んだ僕と同い年ぐらいの男の子が僕の方へ剣を向けていた。
「えっ!?どこに居るの!?魔物!」
でも、僕の目には魔物は見えない。
もしかして…目に見えない魔物!?
「お前だよ!」
「え?僕?」
「そうだ!覚悟しろ!不気味な魔物めっ!」
《警告。敵意を感知》
「ちょっ!ちょっと待って!僕は魔物じゃないよ!!」
「問答無用!!はああああっ!」
言うや否や、僕の言い分も聞かずに男の子が剣を掲げて斬りかかってきた。
《Automatic combat modeへ移行します》
事前に話し合っていた通り、体の主導権がエヌさんに移る。
「敵を排除します」
ダメダメ!折角会えた現地人なんだから、殺しちゃダメだよっ!!
「了解。敵を無力化します」
途端に、僕の体は動き出した。
今まさに振り被られた凶器なんて、なんのその。
当たれば痛いじゃ済まなさそうな鋭い刃を素手で掴むと、そのまま握り潰してしまった。
「へ…?」
男の子は何が起きたか分かってなさそうな顔をして、剣を見て、僕の手を見て、また剣を見る。
正直、僕も彼と同じ心境だ。
男の子が全力で振った剣を素手で受け止めただけじゃなく、握り潰してしまった。
なのに、僕は痛みを全く感じていない。それどころか、剣を握り潰すのにそれほど力を加えていなかったんだ。
たぶん、今の僕は男の子よりも驚いていると思う。
エヌさんが剣から手を離すと、ポロリと剣先が折れて地面に突き刺さり、それを呆然と立ち竦んで見つめる男の子。
「敵意の消失を確認。Automatic combat modeを終了します」
攻撃してきたのは相手からだけど、なんだか申し訳なく感じてくる。
「その…ごめんね?」
「う…」
「う?」
「うわあぁああぁぁっ!!」
泣きながら殴り掛かってきた。
そりゃそうだ。彼の物を僕が潰したんだから、泣くほど怒って当然だ。
だから僕は甘んじて彼の攻撃を受け入れたんだけど…。
まるで、スポンジのバットで優しく叩かれたかのような感覚がしただけだった。
そして、僕を殴った男の子はーー。
「いってえぇぇぇっ!!」
僕の頬を殴った右手を抑え、地面に転がって悶絶するほど大袈裟に痛みを訴えてきた。
これは…やっぱり、僕が悪いの…かな?
「…大丈夫?」
右手を抱えて蹲る男の子に手を差し出しながら尋ねると、手を弾かれた。
「触んじゃねぇ!この化け物!!」
涙で顔を腫らし、怒りに満ちた瞳で睨み付けてくる。
「アルトッ!何してやがる!さっさと戻ってきやがれ!!」
「あっ、僕が手伝います」
元々は手伝うつもりで声を掛けたんだけど、まさかこんな結果になるとは思わなかった。
「おう!誰だか分からねぇが助かる!」
《報告。コカトリス種が移動を開始しました。現在、反応を追跡中…》
うん。コカトリスは後回しね。
みんな限界が近いみたいだから、急いで僕も馬車を押すのに加わる。
「臭っ…!?」
「お前、血生臭いぞ…って血塗れじゃねぇか!?」
両隣から臭いって言われた。ちょっと傷付く。
それでも、僕はめげずに馬車を押すのを手伝う。
そう言えば、今の僕は魔物の返り血で全身血塗れだったんだ。慣れてしまって忘れてた。
「あ、これ返り血なんで。あとで洗おうと思って忘れてました」
「そ、そうか…そうしろよ?」
「はい」
《提案。新たな服の作成》
却下で。
それだと僕自身に付いてる血痕が取れないからね。
でも、もう何着か変えの服は必要かな?
機会があればエヌさんに作ってもらおう。
《解答。了解》
それにしても…これ、僕が参加する必要あったかな?
僕が少し力を加えただけで馬車が動き出し、もう少し力を加えると普通に歩くのと変わらない速度になった。
きっと、みんなで力を合わせて馬車を押しているからだろうけど、これぐらいなら僕が居なくても押せたと思う。
もしそうだとしたら、僕は彼等の邪魔をしたって事だし…なんだか申し訳ない気持ちで胸が一杯になる。
《報告。chaos energyの消費量の増加を確認。現在17%》
彼等の邪魔をしてしまった償いみたいなものだけど、この馬車を上まで押すのを手伝おう。
エネルギーは足りるかな?
《解答。頂上まで距離94m。演算結果、残存chaos energyは8%となります》
それって大丈夫なのかな?
《解答。問題ありません》
エヌさんがそう言うなら大丈夫だね。
そんな会話をエヌさんとしていたら、いつの間にか山の頂上付近に辿り着いていた。




