弥生ー7
お楽しみ頂ければと思います。
その晩の事だった。
智輝の枕元に一人の天使が現れた。
「兄さん、俺だよ。起きて。」
智輝が眩しい光と声に目を覚ますと
天界での双子の天使だったバラキエルがいた。
漆黒の翼に七色の光を纏わせ
黄土色の髪に右が茶色左が緑のオッドアイの
智輝と同じ西洋的な美しい顔立ちで
出で立ちは薄紫のローブに灰色の長い布を左肩に紫の石の輝くリース型ブローチで留めている。
灰色の長い布には白い薔薇の花びらがちりばめられ、
頭には銀のヘアバンド。
片手にはパンの入った籠を抱えていた。
以前天界で見た、バレエの衣装ではなく
本来のバラキエルの姿だった。
「バラク!」
智輝はそう叫び、思わず抱きしめようとしたがバラクがいるはずのそこには何もなく、腕が宙を游いだだけだった。
「兄さん、俺はまだ授肉していない。だからこの通り兄さんと触れあう事はまだできないんだ。けれど、兄さんの地上での家族のあの女の人、照美さんのお腹に宿れば俺は再びこの世に生まれかわる事が出来るよ。今日はその事を伝えに来たんだ。」
バラキエルは穏やかな笑みをたたえながら言った。
「バラク…そうか…とうとう地上でお前と会える事に…」
智輝はそう言うと喜びの涙を浮かべた。
「それと、主から兄さんへの伝言もあるんだ。」
「主から…何だい?バラク。」
智輝は身を乗り出し尋ねた。
バラキエルは先ほどラミエルがしたように片膝を付き両手を胸の前でクロスさせたポーズで主の御言葉をザドキエルなる智輝に伝えた。
「ザドキエルに地上での人としての喜びを謳歌して欲しい。特技を生かした道に進みなさい。絵の道へ。これまで我慢していた分、全て上手く事が運ぶ。何も躊躇する必要はない。大切なその命を思いのままに輝かせよ。」
「…!な…何だって…主が…そのような事を…おい、お前本当にバラキエルか…!?」
智輝は枕の下に隠していたロザリオを取りだしバラキエルに十字架を向けた。
「何故疑うんだ…!俺は本物のバラキエルだよ!」
「俺は…本当ならずっと絵の道へ進みたかった!だがどんなに努力しても開けなかった!それは主が俺に望んでいなかった道だったからだ!だから俺は諦めた!全てを悟り…この身も命も全て信仰に捧げる考えに変えた…!例え短い命であっても…それが世界を救う事に繋がるならばと…!それなのに…」
ザドキエルに疑われ哀しみと困惑で表情を歪めるバラキエルにザドキエルなる智輝は更に哀しみに歪んだ顔で訴えた。
「聞いてくれ…兄さん!その役目は俺が担うんだ!主がそうせよと俺に命じたんだ…!修道士になる道は…本来なら俺がなっていなきゃならなかったんだ…!前世で…トニーだった時…俺は沢山の愛に気付いて感謝の心に立ち返って自分を育ててくれた修道院のシスター達の所に帰るべきだった…なのに俺と来たら…悪魔の誘いに惑わされダンサーの道を選んでしまった…大失敗だ…!だから…だからこの罪を咎を贖うために俺はここに来たんだ…。哀しませた沢山の人に謝るために…今度こそ信仰の道…神が示す正しい道に進むために…」
バラキエルは実体のない姿で透明な涙をオッドアイから次々に溢れさせた。
「バラキエル…お前…!なら、お前が若くして死んで聖人になるのか…そんな…」
ザドキエルなる智輝は驚いて息を飲んだ。
「俺が死ぬのはいつになるかわからない…けれども、聖人になれるよう生きる事だけは約束するよ。兄さん、今まで俺のために苦労させてごめん…もう兄さんは好きに生きていいんだよ…!そうすれば皆でいつまでも笑っていられるから…。」
「バラク…」
もう既に聖人のような穏やかな表情を浮かべながら優しく語るバラキエルを智輝はただただ見上げるしか出来なかった。
「俺は前世での…トニーだった時の記憶も天使だった時の記憶も全てそのまま覚えた状態で生まれ変わるから…俺が生まれて5年ぐらいになったらマカオに連れていってくれ。そこには俺を育ててくれた教会の修道院の養護施設があるんだ。シスター達に会えばすぐにわかってもらえるから…またね兄さん。次の“守護の天使の日”にまた会おう。」
バラキエルはそう言うと智輝に背を向け部屋のドアをすり抜けていった。




