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追撃のベイラー

「姫さま! 姫さま! メイロォ!邪魔しちゃ嫌! 」

「離してメイロォ! このままじゃ姫さまが! 」

「今行ったら、2人とも火だるまよ。まぁ待ちなさいな」


 洞窟の中。コウを連れ戻しにいったカリンが戻らないでいる。心配になったリオとクオが近づこうとした時、異変が起き始めた。最初に、コウの身体が燃え始めた。双子にとって、それはコウがいつものように空を飛ぶ時の姿と重なった為に、あまり気にしていない。問題はその後に起きた変化。


  カリンの身体も同時に燃え出し始めた。普通の火ではない。勢いが強すぎて、赤く輝いて見えるような激しい炎。これに双子は大いに狼狽え、泣き叫んだ。生身の人間が突如として燃えさかれば、ましてやそれを見たのがまだ10才の子供であれば、とにかく助けなくてはと焦りしか無くなってしまう。双子が手のひらで水を掬い、すこしでも消火せんとした時、メイロォが止めに入った。


「今無理やり起こせば、カリンの心は戻ってこないわ。今のコウと同じになってしまうのよ。人間がああなれば、ずっと起きることなく、短い生涯をただ眠るだけに費やすようになる。それでもいいの? 」

「でも、燃えちゃってるよ!! 」

「姫さま死んじゃうよ!! 」

「よく見なさい。服は燃えていないわ」


  指差した先にいるのは、コウの腕の中で眠るカリン。たしかに身体は燃えているが、服は燃えていない。炎だけがその身にまとわれているような、不可思議な景色が、この暗い洞窟の中で繰り広げられている。心の読めるメイロォは、双子が抱える恐怖を言葉と行動で和らげながら、目の前の現象を理解しようとしていた。


「(心の故郷にいって身体が燃える? それも、ベイラーと乗り手が同時に? コウというベイラーは自分の肩を燃やす事ができた。なら、手違いで燃え移った? それとも……心の故郷で、火が使われている?)」


  そして、ある可能性に行き着く。その可能性は、彼女が知る、大昔の御伽話を思い起こさせるだけのきっかけになる。


「赤き炎はその全てを灰とする。恐れるなかれ。灰より命が生まれでる……コウがそうだというの? 」


  疑問に答える者はいない。ただ、目の前で何も焼くことなく、ただ燃えているコウ達が居る。手出しができるような姿ではなかった。


  しかし、次の変化がメイロォの心を動かした。自分達が渡って来た水の道に、1人のシラヴァーズがやって来る。薄い黄色をした、若いシラヴァーズ。2つに分けたお下げが小さく揺れる。今は流れ着いた大きな弓弩を恋人としており、その弓弩が対ベイラー用に作られた貴重な物で、パーム達が襲った船から流れてきた物だとは知りもしない。


  随分と急いで泳いで来たのか、肩でエラを動かしながら、一旦呼吸を整える。


「やっと着いた!! メイロォお姉さま! 大変よ一大事よ! 」

「なぁに。まずはお詫びをして欲しいのよ? いつも勝手に入ってこないでって言ってるのに」

「そ、それはごめんなさい……私の恋人をあげるので許してください」

「あら。そうなの? それじゃ許してあげようかしら」

「あーあー。結構楽しかったのに……ってそうじゃなくって! 上が大変なの……ってここも大変! お姉さまの恋人が燃えてるうううううう」

「シロロ。貴方も少し落ち着きなさい」


  シロロと呼ばれたシラヴァーズが、自分よりも盛大に狼狽えた為に、自身が冷静になれる。ここで自分達が騒いでも、状況は改善もしなければ悪化もしない事は分析できた。


「……それに、今終わったわ」

「メイロォ? 終わったって」

「クオ! コウから火が無くなってく!! 」


  リオがコウを指差す。その先には、先ほどよりもずっと炎が収まっていく姿。やがて、灯火よりも小さくなり、最後には、この海に繋がる洞窟に入る時の、元のコウの姿に戻っていた。潜る際につけていた甲羅もそのまま括り付けてある。

 

  そして、カリンから上がっていた炎も、コウと同じように消えていた。同時に、カリンの瞼が震え、その目を開いていく。その姿をみた双子が、メイロォの制止を振り切って駆け出した。


「ひめさまぁ!! 」

「だいじょうぶ!? 痛いところない!? 」


  抱きつくように身体に捕まる双子たち。カリンはといえば、目を開けた先が真っ暗である為に、少々暗がりに慣れるのに時間がかかった。やがて、目が慣れてきた時、双子の顔がそこにある事に気がつき、その頭を優しく撫でた。


「2人とも。ありがとう。ずっと心配してくれてたのね」

「姫さま、声が聞こえてたの? 」

「クオの声も? 」

「ええ。よく聴こえていたわ。でも、もう大丈夫……そうでしょう? 」


  最後の言葉は、双子に言ったのではない。首をあげ、高い位置にある目を合わせる。そこには、今まで一度も明かりを灯さなかったベイラーの瞳が、たしかに線状に光を走らせてそこにある。


「おはよう。お寝坊さん」


  ベイラーの方はと言えば、目が覚めて、自分の知らない場所にいる事に気がつき、状況の把握に努めていた。洞窟の中である事。周りに龍石旅団のメンバー以外の、人魚の姿をした住人がいる事。はっきりと意識を回復したのは、船上の戦いの時以来だった。自分の体がやたらと重く感じ、試しに腕を持ち上げてみれば、見知らぬ装甲らしきものがくっついている。この装甲は、生物由来の物だとはつゆ知らず、丈夫そうだなとしか思わない。双子がわんわんと泣いているその隣に、リクがこちらを心配そうに見ている。

 

  どこを見ても、何も見ても何もわからない。しかし、どんなに状況や環境が変わっても、変わらずにそこにいる自分の乗り手が声をかけてくれる。それが分かったことで、ベイラーは安心しきって返答する。

 

「《おはよう。カリン 》」


  コウが、長い眠りから目を覚ました。夢で見たものは、何一つとして忘れていない。あの炎を操る女のことも。カリンが自分の為に危険を顧みずにやって来た事も。何もかもを彼は覚えている。


「《戻ろう。みんなが待っている》」

「白いやつ! 戻るのはいいけど早くしなよ! 」


  カリンに自分が眠っていた間の事を聞こうとすると、割り込むようにシロロが入ってくる。コウも、カリンも、その切羽詰った様子に、邪険に扱うよりも先に、話を聞いた方がいいと判断した。

 

「上が大変だとおっしゃってましたね? それはどういう事なのですか? 」


  シロロは、頭がしっちゃかめっちゃかになりながらも、何が大変なのかだけは誇張してでも伝えようとする。


「あたし、沖でちょっと遊んでたら、空からたくさんのベイラーが飛んでくのを見たんだよ。あれはなんだろうっておもったら、紫のやつがあの海賊のとこにいてさ!! もうそいつが強いのなんの! みんなボロボロになっちゃってんの! あのセスがボロボロなんだよ! 」

「《セスが? それにみんな? 》」 


  2人は、シロロが発した断片的に渡された情報で、このシラヴァーズが何を見たのかを組み上げる。ほどなくして、カリンが欠けて見えない情報をききだす。


「みんな、というのは、緑色のベイラーや、空の色をしたベイラーも入っていますか? 」

「そうだよ! とにかく、紫のベイラーがみんなボコボコにしてるんだ! それに、よそ者はまだいる! 」

「《……ま、まってくれ。まだいる? 空から来たのは何人なんだ? 》」 


  コウも質問に加わる。質問責めをしては余計に混乱させるだけかと警戒したが、シロロはキョトンとした顔であっけからんと答えた。


  「言ったでしょう! 空から()()()()()()()()()()()()()()| ねぇメイロォ! どうしよう、またよそ者がきちゃうよぉ! あたし達さすがに空は飛べないよぉ〜」


 ◆


「こいつ!? 右から左から! 」


  パームが舌打ちをしながらベイラーを動かす。鉄仮面の男が貸し与えた、ザンアーリィ・ベイラーと言う名の紫色をしたベイラーは、実にパームに忠実に動いていた。変形し鳥のように空を飛ぶのは、以前乗っていた青黒い色をしたアーリィ・ベイラーと同じであり、パームも気に入っていたが、今回のベイラーはさらにベイラーをより強力にする赤目にまでなり、パームの行動全てに想像以上に追従してくる。一体感で言えば、今まで従わせたどのベイラーよりも思い通りになっていた。


「ザンアーリィベイラーだってのに! 」


  しかし、その領域を土足で、否、拳で殴り犯してくる相手がいる。緑色の、白い布を肩に巻いたベイラーが、先程からザンアーリィベイラーと互角か、それ以上の戦いを繰り広げている。


  その戦いとは、ベイラー同士の格闘戦。それも、片方は武器を持ち、片方は何も持っていない、丸腰の状態での戦い。パームはベイラーに、鉈の形をしたサイクルブレードを持たせ、そのブレードで連撃を行う。片腕を振り回すように、上から下から、右から左から。縦横無尽に振り回す。無秩序にも見える起動は全て、相手の四肢を狙った明確な敵意と殺意を持った剣戟。片腕で持てるギリギリの長さと重さを持つそのブレードが一発でも当たれば、ベイラーの手足など簡単に千切れてしまう。事実、海賊のベイラーであるセスは、その一撃を受けて腕を吹き飛ばされている。


「頭ツルツルの医者、あんな動きが出来たの……」

「《あの動きは……軍隊のソレに似ている》」

「何、あの……えっと、コノエ、何とか? 」

「《あとでそのコノエの意味をセスに教えてくれ》」


  その、 2人の攻防を眺めるだけで終わってしまう海賊のベイラーであるセスと乗り手のサマナ。傍観者に徹した方が、ガインの邪魔にならないと判断しいている。


「《オ、オルレイト様、私たちは援護しなくていいんでしょうか》」

「違う、()()()()()() パームのやつ、こっちの射線にガインを挟んでくる! なんて奴だ」


  オルレイトは奥歯を噛みながら、それでもレイダの右腕はサイクルショットをいつでも発射できるように構えている。パームは援護の射撃を撃たせまいと、必ずガインとネイラを射線に割り込ませている。そうでなくても、2人のベイラーの距離が近すぎて、まるで援護など出来なかった。


「ミーン、ガインがあんな戦えるなんて知ってた?」

「《ううん。ベイラー医が、それも拳で戦うなんて聞いたことないよ》」


  空色のミーンがつぶやく。ガインに少なく無い数身体を直してもらっている身として、今の光景はまるで結びつかなかった。今、ガインはその両手両指を、直す為でなく、相手を倒す為に使っている。それも、武器を持って応戦するのでもなく、防ぐのでもなく、ガインは、乗り手のネイラは、一歩大きく踏み込んでその、パームのベイラーが持つブレードよりさらに内側へと踏み込んで殴りかかっている。


「《今だ相棒!! 》」

(げき)!」


  緑色のベイラー、ガインがその身体を大きく沈ませ、下から掬いあげるように殴りあげる。連撃によって体重移動を仕切ったザンアーリィベイラーは、もろにその下突き(アッパー)を貰い、衝撃全てを身体に受ける。その威力によって、ザンアーリィベイラーの両足が盛大に空へと浮かぶ。


「《残り5発!左右で》」

「右が1! 左が4! 」


  ネイラ達は先程から、攻撃をパームに当てている。それも、全て拳での一撃。一度見た攻撃は当たらないと豪語するパームに当たっているのには理由がある。その、拳が当たる工程が、全く別の物で構成されている。


  ブレードを避けて叩き込んだ、中心を穿つ正拳突き。


  パームの蹴りを弾いて振り抜いた裏拳。


  殴りかかる拳を、相手よりも早く当てた返し(カウンター)


  ブレード毎吹き飛ばした両手突き(もろてづき)


  そしてたった今パームが受けた下突き(アッパー)。どれも、初見であり、かつ、内容を全てアレンジして再び迫ってくる。パームの中で、このベイラーは、圧倒的な強者だと位置付ける。以前の白いベイラー、コウの時と違い、全てこちらの理解の範疇であり、かつ、理解していながらも反応しきれない速度と威力で迫ってくる。まごうことなき実力でパームに追い縋っていた。


「(……だが、さっきから何の数字だ? )」


  パームは一瞬の浮遊感の中で、相手がずっと確認のように数を数えているのを聞いている。それも、すでに半分を切ったのは理解出来たが、相手がなぜそんな計算をしているのかがわからなかった。


「(これは前とは違う。今わからねぇ事じゃねぇ……だが、なんでだ? なんで()()()()()()()()()())」


  先程から減った数と、自分が拳を受けた数は一致している。すぐさま情報を抜き出し精査する。


「(その数が0になったらどうする? どうなる? )」

「《相棒! 仕掛けるぜ!! 》」

「やぁあああってやるわ!!」

 

  パームの冷静な思考とは裏腹に、取り巻く状況は不利になる。浮き上がったザンアーリィベイラーに向け、両拳を打ち鳴らし、ガインが吠える。ネイラが叫ぶ。


「(まずい! 空中じゃ身動きできねぇ! 空に逃げるしか)」


  パームが空へと飛び立つべく、3本目の操縦桿を握りしめる。通常のベイラーにはない、中央に陣取る一本の操縦桿を握ると、背後に回った翼がガキガキと音を立てて動き始め、腰からは火が灯り、コウと同じように、赤い色の炎が吹き上がる。一瞬で青く代わり、空へと逃げ去ろうとするが、その逃走をネイラは見逃さない


「変形なんかさせないよ!! 」


  砂浜を蹴って、飛び上ろうとするザンアーリィを掴む。もがき苦しむように暴れまわるも、ガインの掴みかかる力は、空を飛ぼうとするザンアーリィより上だった。空いた左腕で、胴体に狙いを定める。


「撃! 撃! 撃! げええええええき!! 」


 体重だけはしっかりと乗せて、胴体に、顔に、無遠慮に殴りつける。身体を左右に大きく降る様に、しかし身体の軸はぶれる事なく、左から右へと横突き(フック)し、振り抜いた拳を、さらに裏拳で殴り戻す。拳を振るう度に、その両足の踏ん張りが深くなる。そして、4発全ての攻撃を受けて、ついにザンアーリィベイラーが地上へと殴り落とされた。砂が衝撃で舞い上がり、辺りに小規模の砂嵐が起きる。


「《うし。きっちり墜としたな》」

「何とか、って感じね」


  当初の宣言と信頼の通り、空を飛ぼうとしたベイラーを叩き堕としてみせた。だが、こうして軽口を叩き合いながら、それでも構えは解かない。やがて砂が晴れていくと、ザンアーリィベイラーがそこで伸びている。毒々しい翡翠色のコクピットには表面にヒビが入り、ベイラーの顔面、その左側はガインの裏拳によって歪んでいた。


「……乗り手は気絶した? 」

「《分からねぇな……近寄るか? 》」

「そんな事する訳ないでしょう?」

「だよなぁ!! 」


  ネイラ以外の乗り手の声が聞こえる。それはこのアジトの中で誰よりも邪悪な声をしている。ザンアーリィベイラーが、倒れ込んだ姿勢のまま、右手に作ったサイクルショットをガインへと向けて放つ。


「わかったぜぇその数字!! 」

「ガイン!? 」

「《おう!! 》」


 ガインとネイラの反応は素早く、放たれたサイクルショットを横に躱すように避ける。その行動は、自分の中心を起点とした回避。だが、パームの狙いは胴体を貫く事でも、ましてや不意打ちをする為でもない。


  わざとガインの左腕を狙って放たれたサイクルショットは、胴体を起点に避けたガインの、意識の外にあった部分へとたしかに着弾する。


  不意打ちでもなく、とどめでもなく、ただ、パームは自身の仮説を証明すべく、確認のための射撃、だからこそ、威力よりも発射される針の速度に重点を置いたサイクルショットを使用する。


  そして、そのサイクルショットによって、ガインの左手はいとも簡単に()()()。サイクルグローブで守られたはずの拳が、破片となって宙をさまよう。元の色など分からないほどに粉々となり、正しく粉砕の有様だった。


「《ガ、ガイン!!》」

「《心配すんなミーン! 》」


  ガインが心配するミーンに発破をかけるように声を上げる。その声色に安心するミーンだったが、乗り手のネイラはただただ戦慄している。


「……まさかそんな事まで見抜かれるなんて」

「へっへっへっへっへっへ!! そうだった! やっぱりそうだったな! サイクルジェットォォ!! 」


  紫色のベイラーが、背中のサイクルジェットを吹いて飛び上がる。先ほどの傷などまるで関係のないように、地上へとゆっくりと降り立つ。だが、その佇む姿など無視するように、パームが叫んだその名に反応する者がいる。ずっとサイクルショットを構えていたオルレイトが、疑問と、衝撃の混ざった呟きをする。


「サイクルジェット!? やはりそのベイラーもコウと同じなのか! 」

「今更気がついたか。そうよ。こいつは空をそれはそれは長く飛べる。いい奴だぜ。……それに比べて、どうした白布のベイラー。随分とお粗末じゃねぇの」


  再びサイクルブレードを構える。禍々しい鉈の形をしたそれは、刃の大きさも分厚さも、殺害以外の意図を感じさせなかった。


「てめぇ、殴れる回数が決まってんのか。自分の技に自分の体が追いついてねぇんだな! だからわざわざ数えてる訳だ!! 壊れない為に!! 」


  勝利宣言の様に高らかと叫びながら、サイクルジェットを吹き上げて、着地と共に紫の身体が空を駆ける。背後にあった翼は身体の前へと運ばれて、一瞬で鳥のように姿を変え、この吹き抜けで狭いアジトの中を旋回する。


  パームがザンアーリィの真価をここに来て発揮させる。腕だけを器用に向けて、上空からのサイクルショットを浴びせにかかる。レイダは迎撃して難を逃れたが、右腕の無くしたセスと、ボロボロになったミーンが狙われた。威力はそこまでではなくとも、その連射は、すでに身体中を痛めつけられた2人には脅威となる。


「ーーーガイン」

「《おう。それでこそ相棒だ》」


  交わす言葉が無いまま、ただ、納得のままに行動する。


  ミーンは、自身が狙われたとわかった瞬間に駆け出そうするも、ガインに任されたロープの事を思い止まる。このロープを離せば最後、コウ達が戻ってこれなくなる。一瞬の迷いが、身体を停止させてしまう。セスは立ち上がろうとするときに、戦いの中でヒビ割れていた脛部分が悲鳴を上げて割れてしまった。膝たちのまま、自分の意志とは無関係に佇んでしまう。


  両者の距離は近く、サイクルショットの雨が降りかかるのは目に見えていた。ナットが、サマナが、自身の乗り手としての責務を果たすべく、間に合うかどうかも問題でもなく、ただ彼らを守るべくサイクルシールドを貼らんとする。そして、針の雨は両者に容赦なく襲いかかる。一瞬でアジトの砂浜に穴が開いていく。舞い上る砂は今までの戦いの比ではなく、煙が晴れるまで多大な時間を要した。


  やがて、針の雨も、煙も晴れた頃。パームが頭に思い描いていた通りの光景がそこにある。だが、ナットも、サマナもその光景は思い描いてなかった。


  緑色をした、見慣れた白い布をはためかせて、ガインが両者の前に立ちふさがっていた。事前に用意されていたサイクルシールドは半壊して意味を為さず、ほぼ全ての針をその身に受けて、それでも両足をしっかりと地面につけてそこにいた。セスとミーンには、傷1つない。レイダが、ナットが叫んだ。

 

「《ガイン! 》」

「ネイラ! ネイラ! ねぇ返事をしてよ! 」

「まぁ、お前達はそう言うことをするよなぁ」


  旋回からふたたび大地へと戻ったパーム。すでに余裕を取り戻し、先ほどまでの狼狽えはない。


「仲間の為だ、人の為だと制約をつけて、自分を犠牲にしてなんになる。こうして何にも犠牲にしていないこのパーム様みたいなのに笑われるだけだっての」

「ガインをバカにするなぁ!! レイダァ!! 」

「《はい! 》」


  サイクルショットを放つオルレイト。遮蔽物もなく、たった今何も射線には何もなかったために、そして、今の今まで何も出来なかった己の無力を晴らす様に、感情を多大に乗せてサイクルショットを放った。


「そしてこうなる」


  だが、あくまでパームは冷静に対処する。ザンアーリィがおもむろに片手を動かなくなったガインへと伸ばし、その首を掴んで射線へと割り込ませた。


  当然の帰結として、オルレイトが放ったサイクルショットは、ガインへと命中する。背中が盛大に吹き飛び、左側の上半身はほぼ何もない様な姿へと、ガインは変わり果てた。


「お前、お前はぁ!! 」

「《坊や! 落ち着いて! 》」


 オルレイトは、激昂しながらも、たった今自分が招いた結果に怒り狂っていた。その様を見て、ただ笑い続けるパーム。


「いい様だぜ。本当にさ……さて。そろそろ白い奴を探すとする……か……」


  笑い続けていたからか、それとも油断していたからか、判断は出来なかった。ただ、目の前の瀕死に等しいベイラーは、たしかに首を掴んで持ち上げているベイラーのその目は、赤く、紅く輝いているのだけは理解できた。そして、その身体には、まだ、右手の拳がある。


「《やっちまえ相棒! 》」

()ええええええええええき」

「(最後の、一発! 右の拳を最後の最後までとっていやがった!? )」


  タイミング。距離。気迫。何もかもが完璧だった。ガインの拳は、首を掴まれながらも、右側からの横突き(フック)は、たしかにザンアーリィベイラーの顔面へと向かっている。迎撃することはおろか、回避することもできない。完璧な拳だった。


「(これは、ヤバイ)」


  先ほどまで、ガインの拳を受け続けていたからこその予感。己の拳を壊す事になろうとも構わずに放つその一撃を、無防備にな状態で受ければ、このザンアーリィベイラーもどうなるかわからない。しかし、その予測が、自身が招いた結果であると割り切るには、パームは人ができていなかった。


「くそったれぇがぁあ!! 」


  叫び声と、破砕音が聞こえるのは同時だった。


  オルレイトも、ナットも、サマナも、レイダも、セスも、ミーンも。そして、建物へと逃げ込んだ海賊達も、その光景に目を奪われている。悔しさによって吐き出された叫び声と、激烈な気合いの籠る叫びが交差する。一瞬の空白の後、ベイラーの欠けらが吹き飛んでいく。枯れ木の様に乾いた音を立てて砕け散り、白い砂浜に混じっていく。


  その欠片は、()()()()()()()()


  上空から、次々に針が打ち込まれ、ガインはついに仰向けに吹き飛ばされる。もう、動くことはなかった。


「やっと追いついたぁ! 旦那様早すぎますぅ! 」


  誰も、この惨状を理解出来ないでいると、この惨状に最も似合わないような、軽率で短絡的な女性の声が上から聞こえてくる。サイクルジェットの騒々しい音が、その声色を、冷静なのか単純なのか判断を鈍らせる。


「ケーシィか……ハハ……ほらよ。何にも、犠牲にせずにすんだぜ? なぁ」

「嘘だろう」


  オルレイトは、ただこの状況に戦慄していた。背筋は凍り、冷や汗が止まらない。目の前には、上空から降り注いだ、全く別方向からの攻撃を行ったベイラーがいる。サイクルショットを放ったのは、青黒い、パームの操るベイラーと同じ変形をする。名前は、アーリィベイラー。


  ケーシィが青黒いアーリィベイラーを操りアジトへと到着した。その際に、自分の旦那を守るために、サイクルショットでガインを狙撃してみせる。そして、ケーシィの背後には、4人の、アーリィベイラーがいた。 1人のザンアーリィベイラーと、5人のアーリィベイラーが、海賊のアジトへと強襲してくる。


「空飛ぶベイラーが、5人だってぇ!? 」


  すでに、五体満足でいるのはレイダだけとなり、その身体はすでに傷だらけなっている。セスは足が壊れはじめ、ミーンはロープのためにその場からうごけず、ガインは、もう戦う事が出来る身体ではない。


  オルレイトの中には、絶望という言葉が鎌首をもたげていた。


ベイラーの膝はよく割れますが、現実で運動部の中高生が膝のオスグットで退くのを見ていると、人間の膝がやたらと丈夫過ぎているだけなのなど思います。

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