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坊やのベイラー

 カリンたちがセスから話を聞いている同日。落ち付きを取り戻しつつも、やはりどこかで酒盛りがはじまっている街中で、1人歩くレイダがいた。隣にいるのはオルレイト、ではなく、同じベイラーのガイン。


「《……やはり戻った方が》」

「《いいんだよ。人の事は人に任せれば》」


龍石旅団には今現在留守番を言い渡されている。それなのにこうして歩いているのは、ひとえにオルレイトと、双子の為の買い出しだ。彼らは今、熱に苦しんでいる。ここに来て、長旅の疲れと、オルレイトは持病が併発してしまった。オルレイトの場合なそこに首のむち打ちが加わってさらに悲惨になっている。普通ならば、足の早いミーンが行くべきだが、乗り手のナットが側を離れると双子はゴネにゴネた。仕方なくネイラと二人掛かりで看病しながら、薬を調達しに出かけるベイラー2人。


「《薬も飲ませた。大丈夫だって。俺らが側にいたら、逆に騒ぎになっちまうぞ。何せ俺たち1夜で人気者だからな!》」

「《冗談が過ぎます……まったく》」


ガインは身体に群がられるのを気にしないが、レイダは嫌がる傾向にある。レイダは軍を率いることもあり、死角である足元をうろうろされると落ちつけなかった。


「《コウは? 》 」

「《今は油を集めてる。じぇっと? には油がいるからな。よくわかんねぇから詳しくはコウに聞け 》」


聴くことは無いだろうなと胸の内で呟く。同じく留守番を頼まれたとはいえ、コウもコウで用事を済ませているのだなと納得した。ガインとレイダ。同じ緑色をしたベイラーが足取りをしっかり確認しつつ歩き出す。時折側にある川に、レイダ達が揺らす波紋が広がる。ふと窓から顔を出した子供が、ベイラーがいることを両親に伝えながら、両手をひろげて腕がちぎれそうな勢いでブンブン降る。。それに応えるように、片手で控えめに返礼する。二人ともいまは乗り手がおらず。ベイラー本来の、動くことが苦手ば状態にある。ましてやサーラは川が張り巡らされているような国。細い路地にも用水路がある。ちいさな段差で足を踏み外して落ちれば最後、濡れて重くなった体を動かす羽目になる。


「《小舟でも借りればよかったか》」

「《今度は橋で頭をぶつけてしまいます。どちらにしろこうしてゆっくり歩くしかないでしょう》」

「《はー!! 本当にゲレーンっていいとこだったんだなぁ!! 》」


ガインは決してサーラを悪く言うつもりはなく、単にゲレーンは落ちるような川もなく、平たい広大な土地があり、城の中にはベイラーが行き来しやすいようにエレベーターまである。ベイラーにとっては至れり尽くせりな国だった。


「《そうえば、ゲレーン以外に、ほかの国にいったことは? 》」

「《ないな。ずっと山だったり谷だったり。そんで始めて着いた国がゲレーンだった。乗り手はネイラで2人目だ》」

「《ずっと1人目の乗り手と旅を? 》」

「《ああ。自由気まま。風ふくままにってやつだ。でも、最後には腹をすかせて国に流れた。面白いが後先考えないやつだったよ》」


何年前かは、レイダは聞かなかった。その必要もなく、すでに1人目の乗り手がどうなったか分かる。レイダ自身も、1人目の乗り手はすでにこの世界に居ない。


「《ベイラーの身体に詳しいのは、その乗り手が詳しかったんですか? 》」

「《そんなんじゃない。まだ争いがそこらに転がってた頃だからな。よく襲われて壊された。んで、自分の身体を治してたらついでに覚えていった》」


川の波紋が1つ遅れた。


「《……ガインが戦争を知っているとは知りませんでした》」

「《あれ。言ってなかったか。ならこれもついでだけどな、ネイラも知ってるぞ。戦いの激しい場所で医者をやってたそうだ》」


今度は、波紋が消えた。1つしか足音がしないのを気にしたガインが振り向くと、赤い肩をさすりながら固まるレイダがいる。


「《いや、1人目と2人目の間が随分空いたんだ》」

「《そうゆう事が聞きたいのではなく……まったく。争いを知らない私が赤い肩をもってるのがなんとも滑稽だなと》」

「《……気にしてんのか》」


川には、誰かが荷物を流している。このまま川を下り、宛の誰かに届くのだろう。そして今、レイダが宛るのは、目の前のガイン。


「《海賊達相手に、コウは果敢に立ち向かっていました。私は、ただ遠くからサイクルショットを撃つだけ。戦いが得意だと誰が信じてくれましょうか》」


レイダが、波紋にうつる自分の肩を見る。それは、ゲレーンで認められ、自身も誇りとする赤い肩。赤いセンの実は貴重だが、それを惜しげもなくつかって塗られた美しい色。コウも赤い肩ではあるが、生粋の色なのか、色合いが若干違っていた。


「《さらには、あの海賊と一緒にいたという赤いベイラー。波に乗って空を飛んだといいます》」

「《そうえばそんなこと言ってたな》」

「《私は、彼らのように飛ぶこともできない。戦いが得意だと言われようと、海の上では何もできません……できなかった。リクに支えられながら撃つだけで精一杯》」


それはレイダがこの旅で感じていたことの吐露。自分の力量が生かせないことが、こんなにも情けなく感じることは、レイダは初めての経験だった。そんなレイダを、ガインが一蹴する。


「《船から逃げようとする海賊を狙い撃てるベイラーが他にどこにいる。お前がいなきゃ、あの海賊は逃げ出してたんだ。落ち込むことなんか何もねぇ》」

「《しかし》」

「《勘弁してくれよ。お前まで悩み事なんて。コウみたいじゃないか》」

「《……そう、ですね。彼は、いつも何かに悩んでいる。まるで人間のよう》」

「《人間、かぁ》」


いつのまにか悩みが遠くに置き去りになる。そうして次に出てくるのは、同じ旅の仲間であるコウの話。


「《まだ一年と経たないのに、彼はすごいですね。嵐から守り、獣退治から、山賊退治まで》」

「《怪我も同じくらいするけどなぁ》」

「《……そうえば、コウは最近大怪我をしなくなりましたね》」

「《いや、怪我はしてるんだ》」

「《……はい?》」


細い路地をぬけ、人々が行き交う大通りへと出る。そこでベイラーが歩く姿は目立つが、今は皆宴会に夢中でガイン達に気がついていない。子供が遊び用の吹き矢をもって的当てをしており、なかなか当たらなくて苦労していた。大人は飲み比をしたりと、騒ぎ方は様々。だからこそ、ガインの話に耳を傾けることができる。コウの体について、話の続きを促す。


「《海賊と斬り合って、体のあちこちが切り傷だらけだった》」

「《でも、次の日はなんともなかったような》」

「《治ってたんだ。薬もぬってないのに》」

「《……浅い傷だったのでは? 》」

「《サイクルブレードで斬り合って深い浅いあるもんか……確かに深く斬られた跡があった。でも日が昇ったらもう元に戻ってた。コウに聞いてみても『あれ、治ってる』ってとぼけやがる。あんな丈夫ですぐ治るベイラーなんか初めて見たぜ》」

「《人間っぽく振舞ったと思えば、だれよりもベイラーのような体をもつ。それが、コウだと? 》」

「《そうなのかもなぁ》」


 あてもなく二人は歩く。騒ぐ人々を横目にしながら、景色が変わらずながれていく。他の場所に行こうともしたが、大体の帰りの道順は覚えているとはいえ、脚元を気にしながら再び戻るには、少々時間がかかりすぎるた。


「《戻るか》」

「《私たちでは時間がかかりすぎますね》」

「《やっぱり乗り手を連れてこないと無理だって言っておくさ》」

「《ガイン》」

「《どうした》」

「《ありがとうございます。あなたは話を聞くのが上手いベイラーですよ》」

「《……お礼なら、怪我しないでくれた方が俺としては助かるんだがな》」

「《気を付けます》」


 来た道を引き返すべく、振り返った瞬間だった。突如、人々が脚元を走り去る。おもわず踏み込んだ脚を引き上げて、踏み潰しそうになるのを回避するレイダ。ガインも同じく回避したが、壁に手をついてしまい、少し家に傷をつけた。驚いた住人が窓から顔を出して怒鳴る。


「コラァ! 気をつけろぉ! 」

「《す、すまねぇ! 》」

 

 ガインが謝るも、下から聞こえる悲鳴にかき消される。最初ふたりは、自分達が人々を怖がらせてしまったのだと考えた。7m以上ある体を持つベイラーが2人も現れれば、先程まで静かだった彼らが騒ぐ立てるのも無理はない。しかし、住人たちはベイラーなど見向きもせず走り去る。それはまるで、恐怖に刈りたてらて逃げ惑うようにも見えた。レイダが、再び脚元を潜ろうとする住人を引き止める。


「《危ないですよ!! 》」

「あ、あんたら旅木かい! さっさと逃げないと危ないよ!! 」

「《旅木……私たちのこと? 》」

「あたしらがそう呼んでるんだ。で、なんだい! 用がないならさっさと逃げな! 」

「《一体どうしたんです? 》」

「群れからはぐれたリクスキルが町に入ってきたんだよ!! じゃぁね! 」

「《ま、まってください、リクスキルって》」


 詳細をを聞こうとするも、脚の間をすり抜けられて、住民はさっさと家に引っ込んでしまった。さきほどまであれだけ騒がしかった街道が、別の騒がしさで満ちている。そこに喜びはなく、ただ悲嘆と怒号が混じった逃避があった。それも人々は酔っているために、脚はもつれて倒れる人が続出している。


「《いったい、なんだというのです》」

「《お、おい……あれはやべぇんじゃねぇか》」


 ガインが指を指す。レイダがつられるようにその先を見ると、住民たちの恐怖の対象がそこにいた。大きな翼。細い頭には鋭い牙が生え、体は翼とくらべて小さく、長い尻尾はしなやかさを想像させた。翼を携える腕には、4本指があり、翼に沿うように一本、長い爪が生えている。脚にも同じく爪があるが、これは岩にしがみつくために生えた物で、鋭さよりも頑丈さが上回っている。


 リスクキル。サーラの地に住まう、大型の翼竜の一種で、鋭い牙は魚を捉えるために、長い爪は、雄同士の戦いで使う他に、海に住む大型の哺乳類を狩る際に役立っている。海に潜水する個体もいる。


 彼らは普段「リュウヨクの崖」で暮らし、普段は群れで餌を狩る。だがこうして一匹で行動する個体が希に人の住む町に迷い込むことがあった。原因は解明されていない。群れを率いる長に追い出されたのか、それとも番いになれなかったからなのか。推測はいくらでも出来たが、誰も証明していないのには理由がある。その個体を捕獲した例がひとつもないからだ。なぜならば、その個体は必ずいっていいほど飢えに苦しんでおり、そして、餌を求めて非常に凶暴になっている。そして、人間は、かれらリスクキルにとっては格好のご馳走だった。町に来てしまったリスクキルは、人間を襲うのだ。


 大空から羽ばたきをやめ、一箇所に狙いを定めて急降下してくる。地面に激突するのも厭わない速度で迫るのは、そこに餌があるのを見つけたから。レイダとガインが意図に気が付き、視線をたどると、そこには、転んで脚を怪我したが見えた。血が出ている。すりむいたのか、逃げ惑う大人に踏まれたのかはわからないが、彼が目をつけられたのは明らかっだった。


「《ガイン、子供を! 》」

「《おまえはどうするんだ! 》」

「《こうします! 》」


 脚を広げ、左腕で右腕を支えながら真っ直ぐ空に掲げる。サイクルが回り、少しずつ針が出来上がっていく。いつもよりも何倍も時間がかかるのは、乗り手が中にいないからだ。


「《オルレイト抜きでやるのか! 》」

「《やれるかわからないから、あなたに子供を任せるんです! 》」

「《なんてこと考えつくんだおまえはぁ! 》」


 駆け出すガイン。足取りはけっして軽くない、むしろ鈍重さすら感じられる物。ベイラー単体での本来の力がここにきて露呈していた。そらから急降下するリスクキルから子供を守るには、打ち落とすか、子供をかばうかになるが、ギリギリ間に合うかどうか。


「「《(乗り手がいないと、ここまで遅かったのか!! )》」」

 

 レイダは針の生成に、ガインは自身の足の遅さに驚愕する。自分の体だというのに、思うように動かない。いや、いつもならもっと自由に、早く動けるというのに、それができない。体の調子は悪くない。体は昨日、隅々まで掃除され、動く際にでる削りカスは全て取り除かれている。肌も拭き取られ、潮風で浮いたんだ肌はピカピカだ。ただ一点。この体を預けられる乗り手がいないだけ。


「《もっと早く、もっと! 》」

「《もっと強く、もっと! 》」


 鋭い針がようやくレイダの腕に出来上がり、ガインの脚が地面をえぐるようになったころ。リスクキルが子供の傍に舞い降りた。羽撃く翼の風に吹き飛ばされ、子供が転がる。大口を開け見える牙。そこに、レイダが狙いをつける。そして、あってはならないものを見た。


 服が、すでに牙にこびりついていた。


「《――こいつッ!!》」


 意識がかき乱され、打ち出すプロセスに移行し損ねる。一瞬の間が開く。リスクキルにとってその間は食事に十分な時間だった。首をさげ、倒れる子供にむけて伸ばす。


「《間に合ったァ!! 》」


 だが、もうひとりのベイラー、ガインが文字通り体当たりで阻止する。重量を全てのせた体当たりは、リスクキルの、空を飛ぶために軽くなった体には凄まじい威力となる。薄く広がる膜に穴を開けながら、家屋に激突した。ガインが体当たりの姿勢のまま勢いを殺せず地面に倒れ込む。


「《レイダ! 子供は! 聞いているのかレイダ!! 》」

「《あ、ああ。大丈夫。怪我はしてるみたいだけど……ガイン! 後ろ! 》」


 レイダが叫ぶ。さきほど体当たりされたリスクキルが吠え、強靭な脚で押しつぶす。地面い再び叩きつけられるガイン。


「《こいつ、俺をどうする気だ》」

「《待ってて。今どかしてやる》」


 今度こそ狙いを定めてリスクキルを撃つ。細く鋭い針が、レイダの腕から発射される。だがその勢いは弱く、飛距離も短い。しかし生き物を撃つには十分な威力を持っている。リスクキルもまた、レイダの予想を上回るの対応をしてみせた。こちらには目もくれず、長い尻尾を器用に振り、背後から迫るサイクルショトを撃ち落とした。レイダと同じ色をした針が砕かれる。


「《こ、このリスクキル、戦い慣れしてる!? 》」

「《感心している場合か! くっそ、重い!! 》」


 背中から押しつぶされながらももがくガイン。しかし奮闘虚しく、リスクキルがさらなる行動にうつった。その鋭い牙で、肩に食いつき、引きちぎらんと振り回す。サイクルが時折悲鳴を上げるようにして鳴ってはならない音がなる。


「《ガインを離してもらう! 》」


 サイクルショットが通用しないと知ったレイダが、先ほどのガインと同じように体当たりを仕掛けようと駆け出す。しかし、やはり速度がでない。その間に、リスクキルはガインの両肩にある関節をピンポイントで破壊することに成功する。暴れまわるガインの動きが鈍る。そして、最後に、羽を広げ、大きく羽撃きはじめる。


「《こ、こいつ、俺を持って帰る気か!?!? 》」


 ガインの思考を読んだのか、最初からそのつもりだったのかはわからない。しかし、リスクキルの翼力は、ベイラーひとりを空に運ぶには十分な力を発揮した。羽撃く翼が風を起こし、怪我をした子供をさらに吹き飛ばし、駆けつけたようとするレイダの進路上に、子供が入った。


「《ま、まずい!? 》」


 体当たりしようとする加速を、膝から地面に落ちることで無理やり押しとどめる。衝撃で脚に罅がはいるも、幸い子供を潰すことはなく、そのまま手のひらに受け止める。怪我はすりむいた他に、あちこちにあざが出来ていた。だが、まだ息がある。


「《子供は無事だ……ガイン!! 》」


 羽撃きがさらに強くなる。そして、ガインの体が宙へと浮いていく。


「《おいおいおいおい!?!? 》」


 突如起きた浮遊感に恐れて動く脚をばたつかせるも、リスクキルの上昇は止まらない。すでに家屋よりも高く舞い上がり、ガインをどこかへと連れ去ろうとしていた。レイダが再びサイクルショットで狙いをつけるも、問題が起きる。


「《だ、駄目……今のままじゃガインに当たる》」


 脚を器用に使って体にピタリと沿わせるように抱えるリスクキル。ガインを運びながらも盾にする事に成功していた。何度狙いをつけようとも、ガインがその射線に入ってしまう。ガインを避けてリスクキル本体に当てるのは不可能だった。掲げる右腕が力なく下がっていく。


「《何が赤い肩だ! 何が、戦いが得意なベイラーだ! みすみす逃がすというのか! 》」


 己の無力を嘆き、悲しむ。そんな暇はないと分かっているのに、止めることができなかった。今すぐにでも、脚元にいる子供を医者に見せる必要があり、ガインは、龍石旅団総出で探す必要があった。どちらも優先事項は高く、それは、子供をネイラへとみせることで解決できた。しかし、レイダのこれまでの悲嘆な考えが、体を動かなくする。ついには、謝罪の言葉でがんじがらめになった。もう、ひとりでは動けなかった。


「《すまない……すまないガイン……私が、不甲斐ないばかりに……》」


 両手が地面に付く。膝はさきほどの急な制動で罅が走っている。立ち上がることもできなかった。普段は爛々と輝くベイラーの双眸が、今や何も灯していない。涙を流さない代わりに、ベイラーは光を亡くすのだった。暗く黒い瞳は、何も移さず、ただ、空に羽撃く音が聞こえるだけ。家屋に避難した住民は、ただその様子を見ているだけで、何もできない。かける言葉を見つけられない。


―――ただひとりを除いては。



「……ベイラーの泣き方。本と同じなんだな」


 脚元から声が聞こえる。そばには、サーラでよく見る鳥が縛られている。その男は、騒ぎを聞きつけ、この鳥に乗り、咳き込む体を、痛む節々を、熱くなる頭を全て振り切ってここに来ていた。


「《どうして、ここに? 》」

「おまえはいつも無茶をする。だから来んだ。さぁ、やるぞ」

「《だ、駄目です。私ではなにも、できない。できなかった》」

「いいかレイダ。ひとりで出来ることとできないことはある。誰にだってある。だからこそ、共に生きていこうとするんだ。それは、僕と、君なら、2人ならできることがたくさんあるからだ。そうだろう? 」


 頭と首に湿布を貼った男が、ひび割れた脚を登って、レイダの顔に触れた。その目にはクマが居座り、顔色は蒼白。とても万全ではない。だが、その目だけは、決意に満ちて燃え上がっている。


 オルレイトが、病の体を押してレイダの元に駆けつけた。



「僕と君が一緒なら、なんだってできるさ」

「《……はい!! 》」

「やるぞ。ガインをリクスキルなんかに渡すものか」

 

 波紋が広がり、オルレイトがコクピットの中に収まる。ベルトを締める暇も惜しみ、レイダの体の調子を見る。操縦桿を握り締め、共有が始まる。


「膝が駄目か……でも他は平気だな? 」

「《はい。しかしサイクルショットを使おうにも、ガインが射線に》」

「なら、細い針で翼を狙い打つ。できるな」

「《……できません》」

「え、ええ!? 」

「《私ひとりではできませんでした。でも、今は坊やがいますから》」


 色を無くしたその目に、強く暖かな光を灯す。七色の光の筋が走り、レイダがオルレイトを受け入れる。そして。掲げる右腕は先ほどよりも何倍も力強い。サイクルが回り、一瞬で針がつくりだされる。このまま打ち出そうとしたとき、脚元に、さきほどの酒盛りで子供達が使っていた吹き矢が転がってくる。風に煽られてレイダの脚にあたってふたたび何処かへと消える細長い吹き矢。その瞬間、オルレイトにひらめきが起こる。共有しているレイダは、困惑しながらも聞く。


「《な、なぜそんなことを? 》」

「いつもは針をなにも覆わずただ打ち出していた。それはそれでお前は威力があるし、距離もあった。だが、無駄があったんだ」

「《無駄? 》」

「ああ。打ち出す際に、どうしても小さな針を押し出すには力が余る。でも、これなら、余る力も全部まとめて針に注ぎ込むことができる」

「《そんな、ことが》」

「やれるなレイダ!? 」

「《仰せのままに! 》」


 針の周りに、筒が出来てる。腕の長さを超えていき、胴体と同じくらいの大きにまで膨らむ。簡易的な銃口を、オルレイトはその場で作ってみせた。


「《風向き……よし。 距離……よし! 》」

「撃てぇ!! 」


 サイクルが急速に回転し、針を押し出す。同時に、普段なら勢いが逃げるところを、覆うようにつくられた筒が逃げ道を塞ぎ、針に全推力を余すことなく伝える。そして、ゲレーン1の威力をもつレイダのサイクルショットが、更なる力を得て吐き出される。初めて聞く金切り声と、風を切り進む針が確かに、リスクキルの翼を打ち抜く。小さな針が打ち出されたとは信じられないほどの威力をもってして、薄く膜になった翼に大穴を開ける。翼力を得られず、失速するリスクキル。だが、墜落することなく、そのまま、風にのってレイダの元に襲いかかてきた。がっしりとつかみこんだガインを離さずに、レイダをその牙で食い散らかさんと急降下する。


「《……一撃で楽にします》」

「ああ」


 掲げた腕を、地面と水平に戻す。左手で伸ばした腕を支え、銃口を携える右腕をぶらさないように狙いを定める。リスクキルがガインを地面に引きずりながら、大口をあけて吠える。その牙には、未だにこびりついた衣類がある。それをみたオルレイトが、レイダの感情を汲み取った。苦しませることなく、しかし、必ずここで、このリスクキルと止める為に。


 2人の意思が、ゆっくりと一つになっていく。オルレイトが乗り手となって初めて、レイダの目が赤く輝く。それは、ひとりでは決してたどり着けない場所に行けた証。レイダが紅い目になり、金切り声あげて打ち出される針。リスクキルの口に飛び込み、その頭を貫いた。すれ違うように制動し、家屋の壁にぶつかり、しばらく痙攣したあと、リスクキルが動かなくなった。静寂が、町を包む。それをやぶったのは、乗り手のオルレイトだった。


「……ガインは!? 無事か! 」

「《なんとかー》」


 ほぼ墜落といっていい状態で、地面に叩きつけられているガイン。だが、体のどこもちぎれていない。だが、リスクキルに噛まれた部分が酷くささくれていた。


「《医者が怪我してるんじゃ世話ないなぁ。肩と……どこだこれ。どこやられたんだ》」

「《背中ですよ。あとで診ます》」

「《はは。たのむわ》」


 レイダがガインを担ぐ。その足取りは軽く、もう、迷いはない。ふと、レイダたちの元に、頭に大きな羽飾りをつけた男が、なにやら慌てた様子でやって来る。


「オルレイトさま! かってにチャルルを持って行かれては困るんだ! まったくもう! 」

「マリゴさん。ごめんよ。いてもたってもいられなくって」


 造船所の長、マリゴが息を切らしながらも走ってやって来た。あの怪鳥はチャルルという、この国では一般的な移動につかう鳥。それをオルレイトは少々拝借していた。


「で、どうしたんです? 」

「そ、そうだ。緊急です。みなさんに集まっていただきたくて」


 息を整えながら、さきほど来たばかりの知らせを読み上げる。


「沖で船が襲われた! 海賊だ!! 海賊はふたつあったんだ!! 」 


オルレイトは鞭打ちと発熱と咳とを併発しています。正直寝たほうがいいんですがまだ働いてもらいます。

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