古い約束
「《カリン》」
「なぁに? 」
「《これは、その、何? 》」
「見てわからない? 」
「《わからない。全く、全然、これっぽっちも分からない》」
「そう……実はね。私もなの」
サーラの王が住まう城。その地下にある牢獄。その広場。点呼をとったり、駆けずり回るとまではいかないが、少しくらいなら運動できる。罪を犯した囚人を閉じ込めるにはいささか不釣り合いな広さを持つ。だが、この場所が用意された理由は、決して駆けずり回る為ではないのだとコウたちが悟る。なぜならば、目の前で繰り広げらている光景がそれを裏付けているからだ。
その光景とは、囚人と看守が、酒を飲み合い、飯を喰らい、馬鹿笑いをしながら宴会をしている。その中に、あの海賊までいるのだから、カリンはひどく混乱し、困惑していた。それは、一緒に来たオルレイトも同じ。
「厳かさの欠片もない」
「ねーねー坊やさん。みんな何飲んでるの? ちょっとお父さんのくちゃい匂いがする」
「リオ君。それ、お父さんにいっちゃだめだからね? あと坊やさんってなんだい」
「クオだよ! 何度も言ってるのに! 」
「ご、ごめんよ」
横並びになる龍石旅団の面々もおおむねカリンと同じ反応だ。旅団のベイラーたちは、各々の乗り手の傍で事を静観している。クオが大人たちの飲む酒が気になってしょうがないようで、飛び出していくのをオルレイトが双子の見分けがつかにずに苦心しながら制止している。姉のリオの方は不思議そうに眺めていて動かない。それは何をしているのか理解していないのもあるが、ただ楽しそうなのは見て取れるため、いつナットを連れて混ざりに行こうか思案していている。つまりは駆け出そうとしている妹と変わりはなかった。ナットもナットで、いつの間にか看守と仲良くなり、手紙を受け取り国中に配送している。いま3往復目で広場に帰ってきたところだ。少々息が上がっているも、懐具合がいいようで、溜まったお金で何をするか考えている。
ネイラはというと、誰よりも早く混ざり、適当に酒をあおり、適当に飯をくらい、乱闘が起きればはやし立て、女性がナンパされれば助けにいって悪漢を自慢の筋肉でぶちのめしていた。時折こちらを見てはウィンクしているため、酔っているわけではないようだ。
「《……あの、だれか説明してほしんいんですが》」
「そうだな。私からでいいだろうか」
旅団の横並びに、しれっと混ざる金髪の青年。器にはやはり料理がのっており、それをむしゃむしゃと食べている。こんがり焼けた魚に、調味料として植物由来のオイルがかけられている。酒のつまみとしてこの国で愛されている食事だ。だが、料理には目もくれずに、その人物がここに居ることに驚いた。オルレイトが一番近くにいために一番驚き、腰を抜かした。双子は近寄ってまじまじと青年を見て、ネイラは乱闘を蹴飛ばしてこちらへと戻ってくる。ナットが必死に顔を思い出して、思い出しきった時には頭を垂れた。
そしてカリンが、驚きからくる硬直が溶けたころには、皿にあった魚は全て青年の胃に収まった。
「へ、陛下!? 」
「やぁ。楽しんでいるか? 」
サーラの王が護衛もつけずに監獄の中へと堂々としている。しかも飯をかっくらい、頬にオイルが滴っている。それに気がついた者がかけより、指ですくった
「すっごい盛況ね」
「お妃様まで!?!? こ、これはどうゆうことなんでしょうか」
「ん? そうねぇ」
サーラの王妃、クリンが指で拭った食べ残しを、一応周りの人間が見ていないかを見て、ぱくりと口にくわえた。指をぬぐって、何事もなかったようにとなりに居直る。そして、オイルに濡れて艶かしる光る唇に目を奪われるオルレイト。即座に、見てはいけないような物を見てしまった錯覚に陥る。カリンと同じく、自分の知っているはずの年下の女性の、このような仕草と光景に、オルレイトはまったくもって耐性がなかった。
「月に1回、刑の重さで分けて行う宴会があるの。今日はたまたまその日」
「《そ、そうですよね。刑が重かったらないんですよね? 》」
「君は何をいっているんだ」
皿から食べ物がなくなって不服なのか、遠目で飯を物色する。だが、言葉は鋭くコウに届いた。
「全員あるに決まっているだろう。罪を償うことと、その人間が生きる上で必要なことは別だ。ああ、ただ一つだけ、どうしても宴の参加できないものがいる」
「《……それは? 》」
「絞首刑だ。大体参加する前に執行される。」
さらっと言ってのけ、その場から離れる王。後ろから大声で王を探す従者たちがきて、囚人たちがはじき出されるように逃げていく。その様子をみたクリンが、従者をひとにらみすると、しずしずと声を細めて集まっていく。王が逃げた囚人たちに声をかけ直し、すこししたあと、従者もまじてて再び宴が再開された。
「《……絞首刑って、誰かあったのかな》」
「今のところはないはずだ。これからもないとは言えないだろうけど」
一応錯覚から回復したオルレイトが、コウの問いかけに応える。リオとクオは、ナットを引っ張ってついに宴に馳せ参じてしまった。ネイラはぶちのめした酔っ払いを介抱している。
「平和の形の1つだとおもうよ。うちの国とおなじくらい、この国も他の国とは争っていないから……喧嘩はおおそうだけブベェ!? 」
立ち直ったオルレイトの顔面に向け、一体誰が投げたのか肉の塊がぶつかる。酔いに任せて踊り狂った囚人の手に持っていたものが吹っ飛んできたものらしい。200g以上はある塊が首に多大なダメージを与えながらオルレイトを襲った。今度はそのまま後倒しになって目を回す。
「《オルレイトさん!? 》」
「……これは、一体なんなのかしらね」
いまだに広場にはけたたましい程の笑い声が聞こえる。その中心部に、あの海賊、サマナがいた。今日は、海賊との面談の日、だったはずなのだが、予定はまる一日ずれた。理由は、宴が予定されていた半日で収まらず、看守も、さらにはどこからか紛れ込んだのか一般の人間も巻き込んで大宴会になり、収集がついたころには、すでに朝日が昇っていた。
◆
「《愚かな》」
赤いベイラー、海賊のセスが吐き捨てるように言った。身体は拘束されているが、一応日差しが当たるように天井は穴が空いていた。コウたちが乗った船と同じかように蓋になっており、午前中は蓋を開けている。監視もついているため、逃げ出そうとしても直ぐにみつかる。
ベイラー兼、猛獣用の檻に、ベイラーに用がある者達が顔を合わせていた。カリンと、船の指揮をとっていたロペキス。そして、サーラ王ライ。三人が後ろに護衛をつけながらやってくる。簡素な椅子に座って、ライが赤いベイラーとの会話を続ける。サマナはまだセスの中で寝息を立てていた。昨日と違い、クリンはまだ来ておらず、旅団の面々はカリンの帰りを待つ留守番を務めている。なおオルレイトはあの後から寝込んでいる。あの後ネイラが診察すると、首がむち打ちになっていた。
「《まったくもって、愚かな》」
「旅木の君たちにそう言われてもしょうがないな。昨日は結局。一日中騒いで終わってしまった」
「《何故誘わない! それとも海賊は絞首刑か? 》」
「寝てたじゃないか君」
「《何故起こさない!! 》」
「寝ている旅木が人に起こせるのか?」
「《起こせる訳ないだろう》」
「こやつ」
「(適当すぎる)」
ベイラーが憮然とした態度で言い放つ中、ロペキスが心の中で呆れる。カリンはカリンで、このベイラーをコウを連れてきて口を塞がせるかどうか考え始め、笛に手をかけた時、セスが奇妙な事を言い出した。
「《まず、取り決めを破ったことへ何も無いと言うのはどうゆうこだ》」
「……取り決め、とでたか。ロペキスの言っていた通りだな」
「はい。船でもそんな事言ってました」
「《愚かな》」
今度は、明確な敵意の元に言葉が発せられる。人を下に見た言い方。
「《ついに人は約束を違えるようになったか。長く生きたが、これまで無かったのが不思議だったと言う事だな。残念だ》」
「……待ってくれ、赤いベイラー、約束とはなんのことだ」
「《『彼女ら』をお前たちの国から追放しておきながら、何を今更》」
ついには、王ですら知らない事を言い出し始めるセス。その声には怒りがあらわになっている。しかしそれはそれとして、ライには本当に覚えがなかった。ならばと、返答を返す。
「……赤いベイラー。君たち海賊と約束を交わしたのはいつだ」
ある種の核心を逃すまいと、確認をとる。問いに不機嫌さを隠そうともしないセスが答えた。
「《200年前だ》」
赤いベイラーを除き、空気が固まった。人間の寿命と、そうそう死ぬと言う事がないベイラーとの、生きる時間の違いが、今までの噛み合わなさの理由だった。ライが全てに合点がいき、さらに確認を取っていく。逆上を買わないように、慎重に、かつ大胆に。
「なら、その約束の中に、船を沈めるは入っていただろうか」
それは、サーラが今まで苦しめられてきた事実。何隻も沈められて、遠路を超えたゲレーンの人々を送る事もできずにいた。その問いに、ベイラーがあっけからんと答えた。
「《沈めるものか。そもそも一度たりとも国の船を沈めたことなどない 》」
「……どうゆうことだ? 」
「《どうもこうもない。取り決めとは『沖で一隻で止まる船から食料と服の3割をもらう』ものだ。それがなぜ沈ませなければならない》」
「三割、金に、服……」
ライがさらに困惑を深める。自分が王になってはや2年経つが、そんな取り決めは一度もしたことがなければ、先代が取り決めたとも聞いたことがない。200年前の王が結んだにしろ、それが引き継がれていないことが異様だった。
「でも、ベイラーが本当の事をいっているとは限らないんじゃないですかね」
ロペキスの一言が、場の空気を一転させる。
「取り決めが大昔にあったとして、今の今までどこにいたんだ? サーラには今年まで海賊なんて出てこなかったんだ。それが今になって出てくるなんて偶然にしたって出来すぎじゃないか」
ロペキスは、確かに理不尽にも船長を任され、船員たちを安全に陸に返そうと努力した。そしてその全てを、海賊が根こそぎ奪おうともした事を忘れていない。
「目の前で船を揺らされて、それでいまになって沈ませる気はなかったなんて、それは、虫が良すぎるってやつじゃないですかね」
だんだんと売り言葉になっていくロペキスをなだめるように王が遮る。
「君の言い分も最もだロペキス。しかし、お前が悪くないという証拠をみせろというのは、誰にもできないのだ。以後慎め」
「……口が過ぎました」
「よろしい……カリン。どう見る」
ライがここではじめてカリンを名指しした。今まで一度も発言していないことをもあったが、その表情に気がついたからだ。その表情とは、まるでロペキスの言ったことを、信じていないキョトンとした顔だった。
「私は、このベイラーの事を信じます」
「ほう。なぜだ? ロペキスの言い分を聞いて、なぜ信じられる」
半分は真意を、半分は興味でカリンに聞き返す。そして帰ってきた答えは、その興味を十二分に満たすものだった。
「だって、あれだけ海に落っこちた船員が、だれも居なくなっていないんですもの」
「そ、それは、俺たちが救出したからで」
「半分はそうでしょう。でも私たちはあの戦いの時、確かに赤いベイラー以外の、他の海賊が操るベイラーが船員を引き上げているのをこの目で見ています。ただ物を奪いたいだけの海賊が、そんな手間の掛かることをしますか? 」
この場にいる全員に問いかける。あの輸送船に乗っていた船員は、海に落ちたとは言え、確かに全員帰ってきた。
「過去、サーラと海賊で何があったのか、私には分かりません。でも、あのベイラーの行動を見ると、海賊達から、もっと話を聞いていいと思うのです」
「……へぇ。意外」
ここで、セスの乗り手、サマナか初めて声をだした。よろよろと体はよろけて、目の下にクマがあり、今にも腹の中に収まっているものを外に捨ててしまいそうな顔をしている。明らかに二日酔いの症状だっだった。しかし、それでも憮然とした態度で会話を続ける。一応の体裁は取り繕うことにしているようで、セスに寄りかかりながらも、きっちりとその目はライたちを、そしてカリンを見た。
「貴族でセスの話を信じようって人がいるなんて 」
「貴方が、赤いベイラーの乗り手さん? 」
「乗り手さんだよ……ここにはあの白いベイラーの乗り手は居ないの? 」
「私が、白いベイラー、コウの乗り手よ。」
「……へぇ。貴族が、乗り手」
空の上で斬り合ったものの、その時はお互いに声しか知らない。だからこそこうして乗り手同士会うのは初めてであり、双方がまじまじと顔を見る。そして、カリンは口もとを緩めて、サマナは眉を吊り上げて2人とも笑顔になる。笑顔であるはずなのに、2人の表情はまるで似て居ない。その心中は更に違って居た。
「(背が! 私より! 小さい!! それもあんなにほっそりしてる! あれならどんなドレスも着れるのではなくて!? )」
「(でか! なんだその、その袋みたいな胸!? あれだけあれば、体甲板女ってバカにされずにすむんじゃないの!? )」
大体が、相手の身体に対する衝撃だった。悟られないようにカリンが問いかける。カリンにとっては重要だった。
「いま、おいくつ? 」
「あー、ネイラ? ってむきむきの医者が言うには、だいたい16から18らしい。数えた事もないし、数えられない」
「(同い年の! 可能性!? しかもネイラの保証付き!? 海と森ではこうも違うの!?)」
サマナにとってはまるで重要ではなく、さらっと答えた割に、相手が妙な反応を返すことに怪訝そうな顔をするも、立っているのも気持ち悪い状態でそれ以上の追求をするのをやめた。
「とにかく、真水をくれないかな。できれば樽と器がほしい」
「おまえ、囚人って立場で何をいっているんだ」
「・・・持ってきてやれ」
「王! いいんですかそれで」
「許すといっている。頼む」
ロペキスを目で説き伏せ、すぐさま、小さめの、子供がはいる位の大きさの樽と、木製のコップがサマナに渡される。それをがぶ飲みするかと思いきや、サマナは一度天にコップを掲げると、その一杯の水に祈りをささげるように頭をたれ、一口ごとに喉に水が行き渡るのを感じながら、喉をならして、ゆっくりと飲んでいく。3口ほど、器を傾けないようにしながら飲み、それを机に置いた。樽の中身を確認しながら、王に問う。
「これ、他の連中にのましていいか? 」
「それは君がよければ、だが」
「おーい、水だぁ。ほら飲め」
返事を聞くや否や、おもむろに立ち上がり、同じように二日酔いで横になる仲間に飲ませていくサマナ。彼女は最初から自分以外の海賊に水を飲ませる気でいた。
「ロペキス。彼女は、真水が如何に貴重か知っているのだ。海の上では特に。それを仲間に分けるためにわざわざ言って来たのだ」
「……分け合うために、ですか? 」
「ああ。首がはねられてもおかしくない疑いをかけられてなお、だ。まだ不服か? 」
ライの問いかけに、ロペキスが歯ぎしりをしながらも、頭を何度も振りながらも応える。それは、彼の中で、どうしても納得できなかった部分。
「じゃぁ、一体だれが2隻も船を沈めたって言うんですか」
「それは……」
「ライ! ライ! そこにいる!? 」
ライが振り向くと同時に、ロペキスが短い悲鳴を上げた。それは自身の主であると同時に、畏怖の対象が現れたことえの反応だった。
「なぁにロペキス。私に会うのがそんなに嫌? 」
「滅相もございません! ただ剣を腰に下げているお妃様は恐ろしい御婦人でありますから! 」
「うんうん。今日もちゃんと物申してくるわね。貴方とりあえず船に急ぎなさい」
「はい。すぐに……はい? 船? 」
「ああ、それと、海賊さんね。貴方たちとりあえずここから出ていいわ。ただ悪さはしちゃダメよ」
ズバズバ物を決めていく王妃クリン・バーチェスカ。ライはもうなれた様子で指示を受け入れているが、突然の姉の訪問にカリンが質問する。
「ど、どうしたのですお妃様? 船? それに海賊たちを出していいというのは」
「ああカリン。ごめん。貴方と貴方のベイラーの力を借りなきゃならないかもしれない」
「それは、どうゆう? 」
クリンが神妙な顔つきで応えた。この時、ロペキスには、彼女の放つ殺気が、意図的に抑えられていうrことに気がつく。彼女は今、怒り狂うのを必死にこらえていた。なぜか。
「沖に出してた船が襲われてる。海賊が出たわ。船を沈めた海賊は他にいたのよ」
ロペキスとオルレイトは不憫




