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憩いの場

お礼をするのは人間だけではありません。

 リュウカクについて行くワイズ班。道なき道をいったかたと思えば、開けた場所にでたり、またもどったり。崖のような場所をいったかと思えば、突如脚をとめ、こちらの様子をみて、休憩をとったりと、リュウカクの案内には事細かな気配りが垣間見えた。


「《……複雑》」

「《リュウカクはどこへ連れて行く気なんだ? 》」

「あら、気がついていない? 」

「《何に? 》」

「たまに同じ道を通っているのよ」

「《え!? で、でも景色が違うのに》」

「同じ道を別方向から入ったりしているの。そろそろ私でも思い出せなくなりそう」

「《迷わせようとしている? 》」

「そうゆうわけではないでしょうね。進んではいるから。むしろ……」

「《確証がない? 》」

「ないわ。でもね……これから行く場所の道筋を覚えさせないようにしているのかもしれない」

「《で、でもカリンは》」

「一度いった場所なら思い出せる。でも、それにしたって限度があるわ。道筋をたどろうとしても、途中で同じ場所にでるのだもの」

「《……すごいとこに行こうとしているのかもしれませんね》」

「招待されたのだから、慎ましく、堂々といけばいいの」


 3人のベイラーがリュウカクについていき、カリン以外は気がつかない道順をたどっていくと、開けた場所にでた。周りは木々に囲まれ、吹き抜けから日差しが入る。リュウカクが足を止める。


 岩肌と木の根がからみついた場所を、その鋭利な角で切り裂いた。突然の行動に身構えるワイズ班。しかし、リュウカクはそんなワイズたちを無視し、淡々と作業をこなしていく。


 やがて、根と葉を切り開くと、その先に、木々によって作られた洞窟が現れた。リュウカクがその先を行く。


「……ベイラーも入れるくらいおおきい。 この先に、一体何が」


 ワイズが疑問におもいながらも、リュウカクの先導について行く。足跡もない、人の形跡が皆無であった。そうして、長い木々のトンネルを抜ける。


 そこには、苔むした岩と、草、そして咲き誇る花が一面に広がる、動物や虫たちのたちの、憩い場所。ひと筋のくぼみが中央に走っていた。


木々は長く伸びて、この場をドーム状に囲んでいた。木々から溢れる光が淡くこの場を照らしている。


その木々には、何も鳥が羽を休めている。虫が目の前にいるのに捕食しないのは、生存競争を無視した、なんとも異様な光景だった。


「……すごい、場所ですね。山の、それも中腹より高い場所に、こんなところがあるなんて。伝承の中の世界みたいだ」

「未開の地でしょうな。まるで人の手が入っていない」

「でも、なにか変じゃなくて? あるべきものがないような、そんな……」


 リュウカクが再び足を止めた。その先には、焼け爛れた巨木が横倒しになっている。それをみて、カリンが気がついた。


「……ワイズ。あの木の間から、水がでていなくて? 」

「水?……た、たしかに出ています。……まさか、ここは、川の上流?」

「でも、ここの川は枯れているわ。 どうゆうことなの」

「レイダ。すこしあの木々の先にいってみてくれないか」

「《仰せのままに》」


 ワイズ班から1人、レイダが歩みをすすめた。リュウカクがその行動をじっと見つめている。


 横倒しになった木々の先には、水が滴り落ちている。しかし、木々をつたってまばらに落ちており、流れが途切れている。


「そうか。上流の、それも湧いて出る場所に、木が倒れているんだ。塞がれてしまっている」

「最初からこうなっておるわけではないということ? 」

「はい。でも、こんな大きな巨木が倒れるなんて、どうやって……」

「……『追われ嵐』でしょうな」


 ワイズが、オルレイトの気づきに補足した。


「焼け爛れているのは、雷でしょう」

「……リュウカクはこれをみせて何をさせたいんだ? 」


 鳥たちが、木々の先に、わずかに滴っている水をついばむ。虫達はそれを見ているだけだ。


「くぼみには、水があったのでしょうね」

「……この巨木を、どかして欲しいのでは」

「わざわざ、私たちを招く理由が? リュウカクならこの巨木、なんとも……なんとも…」


 コウを走り出させた。その先に、木に空いた穴がある。その穴を覗き込んだ。


「《リュウカクが斬れない理由が、コレか! 》」

「そうでしょうね。 先にお住みになっていたんだわ」


 その中には、たくさんの、本当にたくさんの小動物が身を寄せ合っている。


「《これ、ええと、ジュリィだっけ? 》」

「この木が、彼らの家なのよ。 雷で燃え尽きなかったのね。随分丈夫な木だったみたい。……リュウカクは、これを壊さずに運べる人をさがしていたのね」

「《カリン。やろう。きっとこれはジュリイを助けるだけじゃないと思うんだ》」

「私も、そう思ったところ。ワイズ、手伝ってくださる? 」

「龍の眷属からの頼みごとを断れるはずがありません。いけるなキッス? 」

「《……当然》」


 3人のベイラーがそれぞれ巨木の端、中央に位置した。


「3人とはいえ、なんとかなればいいが……いくぞぉ! せーの! 」


 ワイズの掛け声で、全員一気にサイクルを回した。耳障りな音が響く。巨木がわずがに揺れるが、それ以上うごかない。


 巨木が大きすぎて、動かすには真下にベイラーを送る必要があった。


「だめだ。余りにも大きすぎる。転がすにしたってここが狭すぎるぞ」

「どうしたものかな」


その時、コウが自分の肩に触れた。


「《サイクルジェットを使えば、なんとかならないかな》」

「飛び上がってどうするの? 道具があるわけでもないのに」

「《あー。持ち上がらないか。いや、待てよ……道具ならある! 」


 コウの指先から、細い繊維が作られていく。


「これは? 」

「《サイクルロープ。これを使って、上から引っ張り上げる! みなさんも手伝ってください》」


 コウの話を半信半疑で聴きながら、他のベイラーが作業を手伝う。全員サイクルロープのつくり方はわかっていた。レイダがコウに問う。


「《コウ様、一体なにを? 》」

「《これをくぐらせて、上から一気に引っ張り上げます。少しでも浮き上がれば、下に潜り込んで、動かせるはずです》」

「《引っ張り上げるって、どうやって? 》」

「《見ていてください。レイダさんが眠っていた間に手に入れた力です》」


 長く、丈夫なロープが出来上がり次第。コウが動き出す。ロープを巨木にくくりつけ、そのうえによじ登った。千切れないかを何度も確かめる。


「《カリンいいぞ。ゆっくりね》」

「あんまり燃えるとここを焼いてしまうもの。皆、用意はいい? 」

「いいんですが、コウは大丈夫なんでしょうか? 本当にいまいったようにコウが飛ぶだなんて」

「大丈夫。もう何度もやったもの。それじゃぁコウ、行くわよ」

「《ああ! 》」


 コウの肩に熱がこもる。ハッチが開き、噴射口が露出した。


「少しだけ、少しだけよ」

「《持ち上がるまではそれで大丈夫》」


 やがて、肩からいつもよりは小さな蒼い炎が噴出した。コウの体が巨木から離れる。


「《これが、サイクルジェット…… 》」

「ベイラーが飛んでる!? 」

「い、一体どうやって」

「コウ。距離をとったわ。一気に加速して! 」

「《わかった! それぇえええ!! 》」


 勢いを徐々に強くしていく。


 苔むした木の表面が、突如起きた変化をうけ、落ちていく。そして、巨木はホンの少しだけ宙へと浮いた。


「《浮いた……本当に浮きました》」

「力があるのか、コウには」

「褒めてくれているのは嬉しいけれど、早く下からも支えてくださる!? コウのコレも、長くは持たないの!! 」

「す、すいません! えっと、ワイズさん! 」

「下から支えるんだ! いそげぇ! 」


 呆けていた班員が、ワイズの掛け声で一斉に動き出す。浮いた巨木に腕を滑り込ませ、さらに担ぎ上げる。力がかけやすくなったことで、ベイラー達が十二分に力を発揮できるようになった。


「キッス! コウだけが力持ちでないことをみせてやれ! 」

「《……応さ》 」


 3人のベイラーが全員、その目を紅く輝かせた。サイクルが高速で回転する。


 轟音に驚いたのか、動物たちが身を寄せ合いはじめ、コウたちをここに連れてきたリュウカクもまた、事の顛末を見守っている。


 しかし、状況はよくなかった。コウが空中で上下に動きすぎて、巨木が安定しない。ロープもたわみ、一瞬のベイラー達に相当以上の負荷が掛かる。。


「姫さま! コウはそんなあちこちにいって平気なんですか!?」

「平気じゃないわ!コウ、もう少しだけでいい。体を安定させられないの? 」

「《そんなこと、言ったって、炎が強すぎる! 》」

「飛ぶのと浮くのって勝手がまるで違うのね!」

「《進む場所を、定める炎が、欲しい、でも、そんなものどうやって……》」


 コウが、自身の足に視線を向けた。砕けていたはずの両足はすでに完治し、今もなお体につながっている。


 その足を見て、何かを、忘れている気がした。


「《カリン、俺を信じて、足に意識をむけてくれないか》」

「足? この大変な時に、なんで今? 」

「《俺の足には、なにかあったはずなんだ。何かが》」

「治っただけじゃないというの? やっぱりパームと同じように、それも今度は足が? 」

「《……そんな気がする。進む方向を決める炎だ》」

「そんな、見たことも聞いたこともないものを、信じろというの? 」

「《信じてほしい。かならず、カリンの力になる、だから、頼む!》」


 カリンが必死に想像する。今のコウの体にあるサイクルジェットは、元ある肩の部分が肥大化してできたものだ。その内側も解剖によって見ることができた。


 しかし今回は違う。コウの足は外見は変わっていない。だというのに、中身が変わっているのだという。


 自分の想像力が及ばず、それでいて、頼みごとをされた。そこに、コウの求めている物が、今この場に必要な物があると言われれば、乗り手であるカリンがすることは一つ。


「信じたぁあ!! 」


 その言葉で、コウの目が、誰よりも紅く輝いた。そして、想像力が、現実にコウの体に作用する。


 コウの脚、そのふくらはぎが、割れた。内部には、肩の噴射口にも似た部品が詰まっている。


 そして、その噴射口からも、確かに蒼い炎が燃えている。


「炎が増えた!? でも、これなら! 」


 足をわずかに動かし、空中の姿勢を安定させようとする。大地に立つのと同じように、肩幅に足を広げ、重心を真下に置く。


 ふらついていた体が、一点にとどまり始めた。巨木を支えるベイラー達へも均等に力が分散されていく。巨木が、ゆっくりと持ち上がる。


 朽ち落ちた場所に入り込んでいたであろう雨水が大量にベイラーに降りかかった。木葉と泥がベイラーを汚す。


「レイダ! 大丈夫かい!? 」

「《少し汚れただけですよ! 》」

「よぉし! はこべぇ! 」 


 うえに引っ張り上げられた巨木を、そのまま、倒れた位置から運び出す。自分の家を動かされて、ジュリィ達が心配そうにベイラーたちを見つめている。


 落雷でも焼け落ちることのなかった木が、ベイラー達に支えられながら、倒れた位置からほど近い場所にどしりと落とす。コウが役目を終えて、ゆっくりと大地へ戻った。肩と足のサイクルジェトのハッチを閉じる。

 

「《なんとかなったみたいだ》」

「《……おわった》」

「コウ、肩に続いて足からも炎が出るようになったのね」

「ベイラーが空を飛ぶなんて、初めて見た」

「《コウ様、体はなんともないのですか? 》」

「《はい。ピンピンしてます》」

「《しかしおかしなものです。ベイラーの体が火が出て、なぜ自分が燃えていないのか》」

「《俺にいわれても……》」

「《コウ様はいい加減でいらっしゃる》」

「でも、これでリュウカクのお願いは訊けたわ。さて、これで山狩りを続けられる、のだけど。あー、ワイズ、方位磁石は? 」

「こちらに……ぬぁおあ!? 」

「素っ頓狂な声だしてどうしたの? 」

「ほ、方位磁石が効いておりません! 」

「そんな。ワイズさん、ちょっと見せてください」


 オルレイトがレイダから降りて、ワイズの乗るベイラーへと寄る。ワイズも降りて、手にもった方位磁石をオルレイトに見せた。


「は、針がぐるぐる回ってる……最初から壊れていた? 」

「馬鹿な! これを元にいままで進んでいたのに! 」

「姫さま、これではどこに向かえばいいか」

「地図にはこんな場所ないものね……せめて方角がわかればよかったのだけど、夜を待って星を見て帰れれば……しまった。ここからじゃ空が見えない」

「ここから出るのは夜を待てばいいのでしょうが、そのあとが危険すぎます」

「ワイズさん、ここで狼煙を上げて、父上たちを待つというのは」

「我々がどのよにしてこの場にきたのかもわからないのです。救援を呼んでもたどり着けるかどうか」

「参ったわ。森の秘境に閉じ込められたといったところね」

「《……カリン。俺の足元》」

「どうしたのコウ。今帰る算段を……え」


 ワイズとオルレイトに相対している今のカリンと、視界を共有しているコウは、今カリンの目で外を見ている。その足元をもぞもぞと動くものが、数匹、脚元を通り過ぎていった。


その動く物こそ、彼らが元々追い払おうとしていた虫。クチビスだった。


「どこから湧いたんだこやつら! オルレイト様! レイダへ!お早く! 」 

「だ、大丈夫。 クチビスは僕らを襲うような虫じゃない。で、でも」


 大きさは25cm程。先日襲われたキルクイが1mを超えていた虫であり、迫力の点では劣るが、それでも十二分におおきい虫だ。それが、オルレイトの視線からだけでも、30匹以上収まっている。


 わらわらと地面を歩きながら、オルレイト達を通り過ぎた。


「オルレイト、お話が違わなくて? この子達、臆病な子ではなかったの? 」

「……そのはずです。すぐさま逃げないなんて、それに上の鳥もクチビスを食べない。ここは、一体」


 しばらくして、さらなる変化が訪れる。巨木によって塞がれていた場所から、ゆっくりと、それでいて確かに水源があふれだす。


やがて、その水はくぼみを伝い、これまたゆっくりと山を下っていった。その溢れでた水を、クチビスたちは飲み始める。


「そうか。キールボアだけが原因じゃなかったんだ」

「オルレイト? 」

「姫さま。ここは、彼らクチビスたちの水場なんです。でも、木が倒れて水がたまらなくなった。でも今年はクチビスたち数が増えて食い扶持が多くなってる。だからわざわざ山を降りてきたんです。餌が欲しかったんじゃない。彼らは、水が欲しかったんだ」

「……でも、ここ以外にも水場なんてどこでもありそうなものだけど」

「みてください。こんなにたくさんのクチビスが集まっているのに、鳥達は食べようとしない。ここは、このリュウカクのいる場は、命のやりとりをしてはいけない、とでもいうような、彼らの不文律があるのかもしれません」

「クチビスたちが、安心して水が飲みに飲める場所ということ? 」

「そうでなければ、水が帰ってきた途端、ここにこんなに戻ってくるとは思えません」

「……なら、ここは動物たちの休憩場所なのね。人間は本来入ってはいけないんだわ」

「し、しかし、我らはこれからどうすれば? 」

「《状況はまるで変わっていなかったね……》」

「そうでもないみたいよ? 」


 静観を決めていたリュウカクが、集まった虫たちを認めると、再び歩きだした。その動きは、こちらを先導するときの動きと同じだった。


「どうやら帰してくれるみたい」

「よかった。ここで野宿はごめん被ります」


 ベイラーたちもその歩みにあわせついて行く。カリンがコウを振り向かせると、そこには、クチビスを含め、虫だけでなく、動物たちも集まって、争う事なく水を飲んでいた。枯れていた上流に、ゆっくりと水が満たされていく。


「きっと、何年もああしてこの地の憩いの場になっていたのね」

「《手を入れちゃったけど、いいこと、したのかな》」

「そうね。そうだといいわ」


 その場を後にする。リュウカクは、こちらから一定の距離を取りながら、先導を続けた。再びあの鋭利な角で森の一角を切り裂き、トンネルをくぐる。


 先ほどの入口とは違う場所にでたカリンたちを待っていたのは、真っ赤な夕焼けだった。あの場所に訪れてから、もう、夕方になっていた。


「そんな!? まだお昼食べたばっかりだったでしょう!? 」

「方位磁石だけじゃなく、時間まで狂ってるのか……? 」


 カリンもオルレイトも、体感時間とのズレに困惑している。その困惑を知って知らずか、リュウカクが歩みを早めた。


 動物たちが遠吠えを初め、自分の縄張りを主張し始める。夜行性の虫たちが顔を覗かせ、鳥たちは眠りの場所を探し始めた。


 そうして日が沈んでしまうという頃合に、ついにリュウカクが足を止める。そこは、山の中に続く洞窟の入口。ベイラーもすっぽりと入るほどの大きさだった。


 ワイズが愚痴にも似た何かをこぼした。


「龍の眷属は、ここで、我々に野宿をしろということなのでしょうか」

「宿まで用意してくれるなんて優しいじゃない」

「ワイズさん、食料は?」

「1日分はあります。明日朝一で帰りましょう。ここなら方位磁石もガァ!?」

「ワイズ!? キッス!? 」


 ワイズの言葉が続くことはなかった。リュウカクがワイズとキッスを後ろ足で蹴っ飛ばしたのだ。突然の不意打ちをうけ、ワイズの声が洞窟の中に消えていく。


「そ、そんな! ワイズさん! キッス! 」

「すこし乱暴でなくて!? 私たちは貴方と争う気は」

「《カリン! サイクルシールドだ! 早く! 》」

「も、もう! 」

「レイダ! こっちはサイクルショットだ! 威嚇にはなる! 」

「《仰せのままに》」


 コウが両手を使ってサイクルシールドを構え、その後ろにレイダがショットを構えて備える。コウが防ぎ、レイダが撃つ。布陣は手堅く、強力だ。


 しかし、それすらリュウカクは上回る。


 コウのつくったシールドはいともたやすくその角によって切り裂かれ、さきほどと同じように後ろ足で蹴飛ばされる。その胆力は、ベイラー2人を容易に吹き飛ばすものだった。レイダとコウに、1本ずつ綺麗に蹄が食い込む。


「《な、なんだぁ!? 》」

「《あんな小さな体に吹き飛ばされる!? 》」

「《カリン、オルさん! 早く頭を守って! 》」

「そうする! そう……あれ? 」


 暗闇の中に蹴飛ばされたオルレイトが頭を守った時だった。


違和感が襲う。4人には全然衝撃が来ない。そしてその感覚にいち早く気がついたのはカリンだった


「これ、もしかして……『落ちてる? 』」

「「「ええええええええ!?? 」」」


 カリンの発言をうけて驚嘆していると、レイダが態勢を整え、足を落下方向へと向けた。


「《山の中にいつまでも続く縦穴があるとはおもえません。着地の用意を! 》」

「《地面がみえましたぁ! 》」

「でも斜め! これならうまくやれる! コウ! サイクルジェット! 」

「《そ、そうか! 》」


 ハッチを開き、炎を灯す。両足からもきらめく炎が上がり、蒼い炎となってコウの体を支える……ハズだった。


 ボスンと、間抜けな音が聞こえたとおもえば、炎が途切れてしまう。落下の速度は遅くならないそして、その原因に気がついたコウの声が震え出す。


「コウ! こんな時にどうしたの! 」

「《……しまった》」

「なにが! 」

「《『ガス欠』だ!チシャ油が切れた! 》」

「なんですってぇ!? 」

「《コウ様、チシャ油で燃えていたんですか?》」

「あ、ええとそれはいろいろあって……ってもう! じゃぁ着地! できるだけ足を傷めないように! 」

「《は、はい! 》」


 真っ暗闇のなかでも、一瞬ともった炎で地面は見えていた。そして、ベイラー2人が落下から着地する。


「《いけない》」

「れ、レイダ? どうしたんだ」

「《オルの坊や。ここは斜頚が深いようです》」

「つまり? 」

「《滑ります》」

「聴きたくなかった! うぁあああああああああ」

「あああああああああああああああああああああ」


 2人のベイラーが、暗闇の中を滑っていく。時に曲がり、時に浮かんで尻餅をつきながら、蛇行した洞窟を滑り下っていく。


 コウは、こんな時に、生前いったプールのスライダーを思い描いていた。水こそないが、このスライダーがどこに出るかわからない以外は、今置かれている状況は全く同じだ。


「《カリン様、オル様、出口です》」

「た、助かるの? 」

「どこに出るかによります! いってぇ! 」


 オルレイトが振動で頭を打ちながら、気丈に振舞う。そして、出口の光が、4人を包んだ。


 ほっぽりだされたベイラー2人と乗り手2人は、再び空中を舞っていた。足が地につかず、おもわずばたつかせる


「また空だァ!? 」

「コウ! 本当にから欠なの!? ちょっとくらいなんとかならない!? 」

「《ないもんはないんだよぉ 》」

「《オルの坊や! 頭を守って! 怪我をしますよ》」

「わ、わかったよ」

「《サイクルシールドでせめて衝撃を和らげます! コウ様! 》」

「《なんとかなるのかぁ!? 》」


 コウが嘆いたとき、気怠けな声がそれに応えた。


「《……なるよ》」

「サイクルネットォ!! 」


 それは、キッスの小さな声と、ワイズの大きな声。


 コウとレイダの落下を、柔らかな繊維の網が捉えた。よく伸びるその網は、衝撃を一手に引き受け、その落下を防ぐ。


 ずるずるとゆっくりと滑りながら、2人は地面に降り立った。


「《な、なんだ!? 何がおこった? 》」


 見回すと。網は両脇のポールについている。バレーボールのネットと同じ構造だ。それに、コウたちは受け止められ、ゆっくりと落ちてこれた。


「《……そうだ! カリン、無事か? 》」

「なんとか。怪我もないわ。レイダ。オルレイトは? 」

「《目を回したようです。まぁ大丈夫でしょう》」

「そ、そうなの? レイダがそう言うならそうなんでしょうけど」

「《ここは、一体? 》」

「お前たちぃいいい!! 」


現在位置を確認しようと見回していると、突如怒号にも似た声が聴こえる。樽のような体に横に伸びるおおきなあごひげ。オルレイトがその声で起きる。


「いまの声は……父上? 」

「空から降ってくるなぞ何事でありますか姫さまぁ」

「え? じゃぁここって」


 視点を合わせれば、そこは朝集合した山の麓だった。ワイズもいる。


「ワイズ! 無事だったの! 」

「私はなんとか。ただ着地の際にキッスが足をやられました。不覚です」

「《……五体不満足》」

「でも、二人とも無事なのね! よかったぁ」

「ところで姫様。コウには蹄のあとがありませんか? 」

「そりゃ蹴られたのだからあるでしょうけど」

「なら、ご覧になったほうがよいかと」

「そう? コウ、おろしてくださる? 」

「《お任せあれ》」


 膝たちになってカリンを下ろす。背後に回って、蹴飛ばされたであろう箇所をさぐると、すぐに見つかった。


 くっきりと残った蹄の跡が、人間の肩甲骨に位置する部分に残っている。ただ、その跡がかすかに光っている。


「これって、リュウカクの蹄石? 磨くと紅く光るっていう、あの? 」

「かと、思われます。 偶然かとは、思いましたが。コウにもついているとなると、レイダにもついているのでしょうね」

「そしたら、コレはきっとお礼なのね。でも、だからって蹴飛ばさなくてもいいのに! おかげでとんでもない目にあったわ」


 リュウカクの蹄石。主にリュウカクのつけた蹄の跡のことを指す。その蹄が踏みしめた跡には、リュウカクが長年研いだ鋭利な角の粉末が溜まり、再び固まっていることがある。


 ベイラーたちには、その塊が付着していた。大きさは、指輪に使うような小さいもの。磨かれていないそれは表面はザラザラで、あまり綺麗ではない。


「職人に頼んでみましょうか。ねぇコウ! 貴方の要望が一個叶いそうよ」

「《要望? ってもしかして、椅子の時いった紅い宝石のこと? 》」

「紅いのであれば、種類は問わないでしょう? それに、これを磨けば、貴方が知ってるどんな紅い宝石よりも綺麗になるんだもの」

「《それは……いいね。とってもいい》」


 泥まみれになりながらも、下山を果たしたベイラーたちへ、リュウカクからささやかな返礼をもらう。すでに狼煙は上がっており、手筈通り、他の班も帰ってくる。今日の山狩りはこれで終わりを迎えた。


 山狩りから一夜あけると、ぴたりと牧場への被害もなくなり、クチビスもアリモノキルクイも人の住む場所に訪れたという話はきかなくなった。


あの山の水源。その場所をもう一度探ろうとカリンたちが降りてきたあの洞窟を登った者もいたが、その先にはだれもたどり着けなかったという。道を覚えるカリンでさえ、どこにあるのかわからなくなっていた。


 ただ、必ずその場所はあると、ワイズ班のもつ宝石が証明している。

きっと今日も森のどこかで、あの赤く美しい角を磨く音が、静かに、聞こえている。 

 


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