ベイラーの授与式
ゲレーンでは夏本番となる頃、海のある国サーラ。その小高い場所に設けられた石積みの城では騒がしさを増していた。
一国の主が住むために、守りやすく攻めにくい立地の元に建てられた城。その内部で、一番大きな部屋に座る男が、大きな溜息を吐く。
「……またか? 」
「はい。またでございます」
齢15歳でありながらすでに王に君臨するその姿に、だれも疑問に思わない。先代が相応しくなかったというわけではない。彼が、余りにもその王座に似合っていた。
老人と呼ぶにはいささか若く、しかし顔の皺が隠せない従者が、冷や汗を流しながら怯えている。
今現在サーラでは、海での漁が盛んに行われている。暖かい海域がすぐそばにあるために、魚たちを捕るにはうってつけであり、冬に入るまえに、大きく育った魚をとっておかねばならない。
だというのに、その漁に出る船を、尽く襲う海賊が現れていた。目当ての物は数知れず。
「こちらの船を沈めた上に、盗られるのは金品と、海草? 何を考えている」
「さ、さぁ」
「それを考えるのはおまえの仕事ではないのか!? 」
不可解さが極まり、王が叱責を与える。その声は雷のように大きなものではないが、刃を胸に深々とさすような、聴く者を脅かすには十分な声をしていた。
しかし従者にとって、この事象もまた不可解であり、一方的な叱責を良しとしなかった。反論を構える。
「し、しかし! 誰もわからぬのですよ。一体クラシルスを集めて何に使うかなど見当がつきません」
クラシルス。海に生える海草で、食用にもなる。しかし特別味がよいわけでもない物で、漁師の間で名が上がらない。それを大量に集めたところで、食べるにはあまりに粗末な品だった。王はそのことを鑑みて、勅命を下す。
「海草が何に使われるかは良い。その賊を捕まえる為に何ができるかを考え尽くせ。3日だ。それでも出なければ私が出る」
「お、王自ら!? 行けません、もし何かあれば」
「では軍の信頼が失墜するのを待てというのか! 」
「迎えがないので出てきましたが、なにやら揉め事ですか王」
言葉が届く。王座に近づく女性が一人。その足取りは確かで、かつ無駄もない。スラリとした体型。腰に下げた使い込まれた剣。鳥の羽がついた帽子。
クリン・バーチェスカが、自国、サーラへと戻った。
「王妃様! いつ戻られたのです!? 」
「たった今。騒がしかったから兵は返したわ。まったく。何があったの」
「……迎えをよこせなかったのはこちらの対応が遅れたためだ。そして今、このサーラではとても腹立たしいことが起きている」
「なに? 半年いなかっただけでそんなことが? 」
「事の起こりはついこの間からだ。不可思議だが、こちらの兵がやられている。船もだ。数は2。」
「……それは、また」
「ゴル。明後日またその件を話せ。知恵を絞ることだ。どうやっても答えがでないなら、私の知恵も貸そう」
「明後日? し、しかし」
「お前がそうして対応せずしてすでに2隻船が沈んでいるのだ。もう待てんぞ」
「は、ははぁ! 」
「……今日はもう良い。下がれ。私も怒鳴りすぎた。」
「そ、それではぁ! 」
ゴルと呼ばれた従者は、扉を抜けてそそくさと居なくなった。
「部屋に戻る」
「ご一緒しても? 」
「君も来るんだ」
男が従者たちを下がらせ、長い廊下を渡り、また長い時間をかけ、くたびれた様子で自室へと戻る。そこにあるのは、王座のある部屋とは真逆の、質素な部屋。家具も少なく、生活感があまりない。
というのも、この部屋にいる時間が少ないがゆえに、物をおいている暇がないからであって、同時に、この部屋の主の状態を示していた。
上着を雑に脱ぎ捨て、白いラフな服装へと変える。襟の大きな服は、その襟を立てて、海であがる人の声を汐風に負けずに聞き取るために、この国で発展した服だ。現代でいえば、セーラー服のようなその姿は、この国では一般的な普段着となっている。
男は……ライ・バーチェスカは、椅子に座り、体を投げ出した。クリンも、数少ない家具である机の上に帽子を投げ捨てる。
「……よく無事にもどった。クリン」
「ライも。お疲れね。それにしてもなに? 2隻が沈んだって?」
「海賊だ。1週間で2隻。せっかくゲレーンの貴重な木でできた、それは美しい船だったのに。もう一度作るには、ゲレーンが復興を終えるまで待たねばならないな」
「それなら、大丈夫。もう森は元の姿に戻ろうとしていますから」
「それは、本当か」
「この目でしかと見てきました」
「……そうか。それは、よかった。本当に」
「妹にもあったわ」
「妹……カリンか。ふさぎこんでいるという話だったな」
「完全復活。もう大丈夫」
「ほう。きっかけでもあったかな」
「ベイラーを見つけたのよ。それはもう大騒ぎ」
「そうか、ベイラーを」
クリンが椅子に座るライを背後から抱きしめた。それを振り払うでもなく、ライは身を委ねる。
「どんなベイラーだい? 」
「ソウジュと同じ、白いベイラー。珍しいのではないかしら」
「そうか。白か。花嫁の衣装としてはいいかもな」
「あら、男の声だったわよ」
「それはまた、ベイラーは苦労するだろうに」
「コウ。そうゆう名前」
「コウ。コウか」
背中ごしに顔を見合わせ、額を合わせる。
「なら、すぐに会えるかもしれないな」
「なに? またゲレーンでなにかあったの? 」
「そうじゃない。今年は招集の年だ。なら、この国を通るじゃないか 」
「……来るかしら」
「去年のカリンなら来ないだろう。でも、今年はベイラーを伴ってくる」
「妹のこと、私より知っているみたい」
「きっと、見せびらかしたいのだろうからね」
「……あー、そうね。そうかも」
クリンが背後から正面に回り込み、ライの膝の上に座り込んだ。腕を回して、顔の距離を近くする。金色の髪の毛を、クリンが弄び始める。それをライは咎めることはしない。
「……国はどうだった」
「ええ。何も変わっていなかったわ。とても美しくって、静かに、でも活気のある、私の知っている故郷のまま」
「まだ、ここは君の故郷たりえないか」
「2年しかいないのだもの。よそ者扱いはされなくなったけど」
「抑え込んだんだろう? 」
「あら? そうだったかしら」
「とぼけるのもうまくなった」
「ところで」
「なんだい」
「明日はどうなの? 」
「ゴルには明後日といってある。他の日程は調節してある」
「じゃぁ、こうしていられるのね? 」
「もちろん、どう過ごすかは君の自由だ」
「貴方が私をどうこうしたいのでしょう? 」
「……なら、そうしよう」
二人が、半年以上のときを経て、唇を重ねる。
サーラの王、ライ・バーチェスカとその王妃クリン・バーチェスカの仲はそれはそれは仲睦まじい仲であった。
従者が食事に呼びに来たとき、扉から漏れる声を聞き、すぐさま走りさった。
◆
「ソウジュベイラー・レイダ。前へ」
「《はい》」
ゲレーンでは、とある式典が行われていた。軍人数名と、政治を司る数名が並ぶ、慎ましかな式典である
「オルレイト・ガレットリーサー。同じく前へ」
「《はい》」
レイダは、ベイラーが格調高い場所で身に付ける蒼いマントを羽織っている。三色のコントラストがレイダを歴戦のベイラーである風格を醸し出している。その横に、軍人とは違う、しかし生地はソレに劣らないと見受けられる、蒼いローブを羽織ってオルレイトが並んだ。
二人の前には、国王、ゲーニッツ・ワイウインズがいる。
「乗り手を変え、なおこの国に住むか。ベイラー」
「《はい。レイダはオルレイトと共におります》」
「ベイラーに乗り、何を成す。ガレットリーサー」
「この命の使い道を果たします」
「それは、なんだ」
「この国の発展と、繁栄を」
「では、その志しを胸に、正しく使え」
「はっ!」
ゲーニッツが振り向いた。その先には、彼のベイラー、グレート・ギフトがいる。ゆっくりと顔を上げ、レイダを見た
「《……我ら兄弟姉妹。何人目となる? 》」
「《4人目です》」
「《そうか。体が健やかか》」
「《これほどなく》」
「《心は健やかか》」
「《これ以上なく》」
「《よろしい。我ら兄弟姉妹の新たな乗り手よ》」
「は、はい! 」
「《我らは人と共にある。しかし、その力を正しく使わぬものがいるという》」
「……悲しい、ことです」
「《正しく使わぬ兄弟姉妹たちがいたならば、止めて欲しい。我らは、人よりも長く生きるが、人よりも脆い。正しく使わねばすぐに砕けるであろう。そうなっては、彼方へと行く事はかなわぬ》」
「……レイダを止めるのは、他の誰でもなく、きっと私です。ご安心を」
「《兄弟姉妹だけではない》」
「は、はい」
「《その手を伸ばせる分だけ、ベイラーも、人も、分け隔てなく止められる者を止めよ。だが、それ以上は過ぎた願い。ゆめゆめ忘れるな。人は短い生であるが、ベイラーよりもしなやかである。だからこそ測り間違うな。間違えば、その体が砕けるよりも無残な生となろう》」
「無残な、生? 」
「《誰にもわからぬ境地である。たどり着いたとしても誰も褒めず、称えず、認めはしないであろう。乗り手であるならば、そうなるな》」
「……必ず」
頷きつつも、オルレイトは、その言葉の意味を半分も理解していない。しかし、決して忘れてはならない、大切な言葉であることは、何よりも理解できた。
「バイツの役職は継続とする。前線にでるものは追って知らせる。続けて、ベイラーへ赤を授ける。ベイラー・コウ。前へ! 」
「《はい》」
「……カリン・ワイウインズ。同じく前へ」
「《はい》」
コウは、マイヤが仕立て直したあの蒼いマントを身にまとっていた。丈を前よりもホンの少し短くし、歩きやすく改良したものだ。
カリンは、いつか見せたドレスを身にまとっている。その2人が、ゆっくりと前に出た。
「遅くなってしまったな」
「いいえ、赤いセンの実が集めづらいのは知っています」
「本当にいいのか。おまえは、ベイラー乗りとして、さらに過酷な作業を任せられるかもしれん。そして、私は容赦なく任せてしまうのだぞ」
「何をいまさら。こうしてベイラーに乗れることこそ、私には嬉しいのです。それに過酷であろうと、嬉しいのですよ」
その笑顔に、曇りはなく、ましてやその言葉が偽りでないことは誰に見ても明らかであった。その言葉をきき、ゲーニッツが声を小さく吐いた。
「……そうか。そうだったな。随分似たものだ」
「はい? 」
「乗り手として、コウと共にあれ。カリン・ワイウインズ」
「はい!! 」
「そして……ベイラー・コウ。これを授ける意味は、知っているな」
「《はい。必ず、この国の助けとなります》」
「あれから随分と無茶を重ねているようだ。姿も変わったな。肩と、脚か? 」
「《その、ようです。俺にも何が起こっているのか、よく》」
「そうゆうこともあるのだろう。私たちも、ベイラーの事を全て知っているわけではない。気にするなとは言えんが、気にしすぎるな」
「《そうゆうものでしょうか》」
「そうゆうものだ。では、受け取ってくれるな」
「《はい! 》」
「うむ。では……ここに、ベイラー・コウを赤をもらう者と認める!! これは王の決定である!! 」
王の声に答え、拍手と歓声が上がった。人数こそ少ない、ささやかな歓声であった。だがこの場にいる者のなかで、不満を漏らすものもいなかった。レイダとオルレイトも、手を叩いる。
グレート・ギフトが、コウの傍によるために、脇にいるベイラーをつかって台車を動かし始めた。この行動は、ゲーニッツも予期していなかったようで、驚きの表情をする。
「《白き、我ら兄弟姉妹よ。体は健やかか》」
「《は、はい! 絶好調です! 》」
「心は健やかか」
「荒波一つありません! 」
「《よろしい。これからも、我が友の子と共にいることを、望む》」
「《はい! 》」
「これにて、引き継ぎと授与式を終わる! 解散!! 」
ゲーニッツの号令で、観客が規則正しくその場からちっていく。昼間に差し掛かっている。昼食を取りにいくのだろう。
ゲーニッツはオルレイトに声をかけた。
「オルレイト。バイツは元気か」
「はい、こんど、牧場で採れた肉を食べていただきたいと張り切っております」
「おお、では、完成したのか」
「はい。自慢の品と言えます」
「楽しみだ。だが、食べるのはまだ先になるだろうな」
「それは、どうゆう」
「今年は、もうすぐ帝都で過ごすことになる。招集の年ゆえな」
「ああ。そうでした。もうそのような年なのですね」
「《帝都? 招集? 》」
コウがおもわず聞き返してしまった。
「なんだコウ君。盗み聞きとは感心しないな」
「《すいません! ただ、招集っていうのは》」
「帝都におわす皇帝の命さ。国を束ねるこの大陸の長のね」
「《た、大陸の長》」
ゲレーンの事を、そしてサーラのことを少しずつ勉強していたコウにとって、その発言は壮大すぎて理解が追いつかないものだった。
「《ゲレーンはそのうちの1つでしかないんですか》」
「ああ。サーラもね。同盟とまではいかないが、複数の国をまとめあげているのが、帝都ナガラだ」
「《そこに、王様はいくのですか》」
「ああ。決め事がたくさんある。そのために数年に一度招集されるんだ。今年はその年。……まぁ、君はこの国に残ることになるだろうが」
「いいえ! 」
いつの間にか、コウのまえにカリンがたっていた。目線をコウのためにあげていたゲーニッツには不意打ちとなる。
「いいえって、まさか、来るのか? 」
「是非、私も同行させてください」
「あ、あれだけ嫌がっていたのに、どうゆう心境の変化だい?」
「コウと共にこの国を見て回って、まだまだ知らないことが多くあることを、知りました。帝都ならば、知れないことはないと」
「……誰の知恵を得たのやら」
じっとオルレイトを見つめる。彼の母、メヒンナは、王も苦手とする女性であり、それほどの人間でもあった。クリンとはまた方向性の違う女傑である。
「なら、お前が煩わしいと思ったこともすべてこなしてみせてくれよ? そうでなければ連れて行く意味はない」
「そ、それは」
「どうかな」
「……やってみせます! みせますとも」
「思い切りはいいんだよ。この子は本当に」
頭を、その髪型が崩れない程度に撫でるゲーニッツ。カリンは顔を綻ばせて喜んでいる。
ふと、コウが立ち上がると、視線の先にはグレート・ギフトがいた。そして、ギフトは、その紅くなったコウの肩を指差しす。
「《白き我ら兄弟姉妹よ。その赤色は、どうした》」
「《は、はい? 》」
グレート・ギフトの指先は、コウの、肥大化した紅い肩を指している。
「《いたずらでセンの実を使ったか? 》」
「《断じて違います。ただ、こうなってしまったとしか》」
「《……なった。とな》」
「《は、はい》」
「……白き我ら兄弟姉妹よ。乗り手と、自分を分けて考えよ。我らは共に生きねばならない。決して、『ひとつ』になって生きるのではないのだ」
「《ひとつに、なる? 》」
「《血潮のように紅く鈍いその色は、本来なき色。予兆である》」
「《予兆……俺の、この肩が? それは、なんの? 》」
「《力。その予兆》」
「《……へ? 》」
「《予兆の先に、何があるのか、誰も知らぬ。『それほどのもの』なのだ》」
難解さをさらに増すギフトの言葉は、コウの体に不思議と染み渡った。
肩に触れて、色を確かめる。センの実よりも確かに鈍い、血のような赤色。
「《この肩からは出る物は、恐ろしい力なのでしょうか》」
「《だがからこそ、『正しく』使うのだ。白き我ら兄弟姉妹よ》」
「《もし、間違ってしまったら? 》」
「《忘れてはならぬ。我らは1人ではない。そのためのこの胸である》」
乾いた音を立てながら、グレートギフトが胸を叩いた。そこは、人間が乗りこむコクピット。ベイラーが遠くに行くために用意した、人間を乗せるスペース。そこは人間にとって快適である。
「《だからこそ……乗り手を信じよ》」
「《確かに、覚えました》」
ごろごろと台車を転がされながら、グレート・ギフトがその場から去る。ゲーニッツも、あとを追うが、直前、カリンに声をかけた
「カリン」
「はい? 」
「10人とはいかないが、信頼出来るお伴を複数人選ぶように。帝都までいくのだから、お前が信頼する、お前だけのキャラバン……とうのも可笑しいのだろうが、選んでおくといい」
「よいのですか? 私が選んでも」
「帝都に行くのに、私のおまけで来たいというのか? 」
「そ、そんな訳ありません! 」
「なら、選んでおくことだ。あまり多いと旅するには支障がでる」
「わ、わかりました。その、お父様」
「どうした? 」
「昼食を、ご一緒してもいいでしょうか」
「ああ、喜んで」
「ありがとうございます! じゃぁ、コウ、また共に」
「《ああ、また共に》」
コウに手を振りながら、カリンがゲーニッツの後に続いた。
「《……帝都、帝都か。どんなとこなんだろう》」
「《騒がしいところです。人が溢れかえっている。もう少し静かなとこが好みではあるのですが》」
レイダが会話に加わる。
「《そうれば、どうゆう道で? 色々な場所を渡っていくの? 》」
「《サーラを経由して、海に出ます》」
「《……海ぃ!? 》」
途端に、コウの帝都行きが、一気に不安に満ちた。ベイラーの体で、海に出るというのは、凄まじいリスクを負う。強い潮風は体を揺らし、乗り手がいなければ泳ぐことができるかも怪しい。
「《お、おちたらどうするんですか》」
「《我々は船の中にいるんです。甲板に出ない限りは大丈夫ですよ》」
「《……ベイラーが入る船が、あるんですか? 》」
「《あります。私も乗ったことは一度しかありませんが。》」
「《まぁ、それならなんとかなるのかな》」
「《転覆したらそこまでです》」
「やだぁああ!! 」
コウの悲鳴が、城に響いた。




