☆第18話 ぺったんこ
「ただいまー!」
「ただいま戻りました」
ジホリさんと一緒に町でのお買い物を済ませ、元気よく帰ってきたことを告げると、家の中からお母さんの返事が聞こえてきた。
「おかえりなさい。ミリアちゃん、お買い物はちゃんとできた?」
「うん! だいじょうぶだよ!」
頼まれたものはちゃんと買って来たよ!
私が欲しかったものも買ったけど!
お買い物で食べ物を見ていたから、少しお腹が空いてきちゃった。
そういえば裏庭に果物が実ってたような……?
まだ食べれるか分からないけど、甘酸っぱい果物だったはず。
名前までは覚えてないけど、ちゃんと食べれる種類の果物。
「ちょっとお庭いってきます!」
私がさっそく確認しに行くためにタタタと走っていく。
「あらあら? 気を付けてねミリアちゃん」
「ミリア様、あまり遠くに行ってはいけませんよ」
「はーい!」
お屋敷を出て裏庭に回り、さらに奥へと進む。
お家の敷地の境として存在する柵にまで近づくと、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐった。
敷地は広いので、ここまで来るのに息が上がってる。それに走ったぶんよけいにお腹が空いた気がする。
「んー、どこかなー?」
くんくん香りを嗅ぎながら、甘い香りがする場所をキョロキョロと探す。
たしかこの辺りで見たと思ったんだけど、違ったのかな?
甘い香りをたどっていくと、柵を越えた先から香りがきていることが分かった。
ナルボルクの町は高い壁に囲まれている。なので柵を越えたところで、壁の内側だから危険はないけど、お父さんからは柵を越えた先は敷地内ではないから、出ちゃダメだよと言われていた。
でもお父さん。目の前に果物が見えるの……。
しばし指をくわえながら考える。
柵を越えちゃダメ。だけど、越えた先には果物が見える。おいしそうな果物が……。
「…………じゅる」
すこしだけなら、いいよね?
そうと決まったら、自分の胸ほどまである高さの柵を越えるべく動き出す。
「えいしょ……っと」
一生懸命よじのぼり、それができたら今度は慎重に下りる。
高くはないけど、足が地面に届かないとちょっぴり怖い。
ゆっくりと下りれた後は、果物へと一直線に向かった。
「ん~、いい香り! やっぱり木苺ね!」
さっそくぷちっと1粒取って、口に入れる。
もくもく噛むと、甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。
「すっぱあまい! おいしいからもっと食べる!」
2口3口と食べ進め、まだお家に持ち帰る分を確保してないことに気が付いた。
「そ、そのまえにあと10口だけ……」
「それ私にも分けてくれないか?」
「うん、いいよ! ……え?」
声のした方に視線を向けると、木苺が生えている近くに倒れている人がいた。
私はそれを見てビクっとしてから、そそくさと木の陰に隠れた。
「だ、だれ?」
「私か?」
私とこの人の他は誰もいないよ……。
「うん」
誰かと聞かれたので返事だけはしておいた。
前よりも知らない人と会うのは多くなったけど、やっぱりまだ慣れない。
なにを喋ったらいいのか、どう接すればいいのかが全然分からない。
なので、木の陰からひょこっと顔と手だけを出して、お話をしている。
「行き倒れだ」
「そうなんだ」
「「……」」
倒れたままの人は私をじっと見ている。
よく見ると女の人で、ジホリさんよりも若そうにみえた。
くすんだ灰色の髪を後ろでお団子に結んでいて、緑かかった青碧色の綺麗な瞳。
厚めの柄付きチュニックは優しげな草色で、その上から胴鎧と膝当を身に着けていた。そして、その手には斧の刃が付いている杖が握られている。
「……杖?」
「そうだ、杖だ。それよりも食べ物と飲み物をくれないか?」
姿を観察して、女の人が持っていた杖をまじまじと見ていたら声をかけられた。
私はまたびっくりして、木の陰に隠れる。
「「……」」
それからこそっと顔だけ出すと、ばっちり視線が合った。
「なぜ隠れる?」
「……知らない大人の人と喋っちゃいけないって」
「父に言われたのか?」
「ううん。ジホリにいわれたの」
「いい教育をしてくれているな。だが、今私と君は会話しているぞ?」
あ、本当だ。
「じゃぁ、帰るね」
「ぁ。 ――ちょ! 待ってくれ!」
私はピタっと止まって、振り返る。
「お、待ってくれるのか」
それからまだ集めてなかった木苺を、持って来ていた小さな鞄に押し込んでいく。
そんな作業をしている間、私と女の人は見詰め合っていた。
「もう、そんなにいらないから」
「そうかな?」
「けっこう多いと思うが?」
「うん。いっぱい取れたから、帰るね」
「え!? それって私のために集めてくれたんじゃないの!?」
私は鞄を両手で持って柵へと向かった。
鞄を柵の下に通してから、柵を乗り越えて敷地に戻る。
「ま、待ってくれ、少し分けてくれ! それがダメなら水をくれないか?」
「……お腹空いてるの?」
「あぁ。腹が空きすぎて動けん」
「お腹空いても、動けないなんてことないと思うよ?」
お腹が空きすぎるのを経験したことがあるけど、動けないなんてことはなかったよ?
「あー……。うん、まぁ、少しは動ける。どっちかっていうと動きたくないんだ」
「町の中だから、食べ物のお店いっぱあるよ?」
「そうなんだが、人を探しててな。その人の家を探していたら迷ってしまった」
んー。お家を探してて迷子になっちゃったの?
それにお腹空いてるみたいだから、なにか持ってきたほうがいいかな?
「パンとお水もってくる?」
「すまない、助かる」
「まっててね」
お屋敷から食料を持ってくるべく、私は急いで走った。
家に戻ると扉を開け、玄関近くで手を洗う。
出かけたら手を洗わないとジホリが怒る。例え怒られなかったとしても、もう習慣づいてしまって、洗わないとなんだか落ち着かない。
手が綺麗になったことを確認して台所へと向かうと、お母さんが夕飯に使う食材を選んでいる最中だった。
「お母さん、木苺ここに置いておくね」
「あら、ありがとうミリアちゃん」
台所で料理の準備をしていたお母さんの隣に、木苺が入った鞄を置く。
さてと、木苺も置けたし、次はあの女の人に食べ物もって行かないと。
なにをもって行こうか悩みつつ、手身近にある少し硬くなった黒パンを手に取る。
これで夕飯に黒パンが出されることを阻止できたはず。
次はいつでも飲めるようにと沸かされていた水を、水袋に流し込んでふたを閉めた。
「ミリアちゃん? なにやってるの? もうお腹空いちゃった?」
「ちがうの。食べ物あげにいくの」
「誰にあげにいくのかな?」
お母さんが不思議そうに首を傾げたので、私はさっきの出来事を簡単に話すことにした。
「お腹がすいて倒れてた人がいるから、いまから届けに行くんだよ?」
「あらあら、それは大変ね……。ジホリ、ジホリいる?」
「――はい奥様。なにか御用でしょうか?」
お母さんがジホリさんを呼んで、私が話したことを伝えていた。
その間にテキパキ食べ物の用意をして台所から出ようとすると、ジホリさんが私のことを待っていた。
「どうしたのジホリ?」
「ミリア様、私もご一緒します」
いつのまに準備したのか、ジホリさんは腰に剣を差している。
どうして剣なんてもって行くのかな?
倒れてただけで、わるい人には見えなかったよ?
「うん。わかった」
「では行きましょうか」
普段よりもキリリと顔を引き締めたジホリさんと一緒に、お腹がすいて倒れていた女の人のもとまで向かう。お屋敷の裏手に回り、そこから敷地の境目である柵を目指す。
両手で籠を持って、るんるん気分でスキップを踏みながら柵の近くにまで到着すると、女の人が最初に見た時と変わらない姿のまま地面に倒れていた。
「食べ物もってきたよ」
「んぐ? ああ、すまない。おや、隣の人は誰だ?」
「ジホリだよ」
「んぐんぐ、ジホリさんとやら、そこのお嬢さんに危害を加えるつもりはないから安心して欲しい」
なにやらモグモグしながら女の人がそう言った。
はて。よく見れば何か食べてる。
なんだかちょっぴり甘酸っぱい香りがするような……?
「っあーーー! 木苺食べてる!?」
半分とって、半分残していた木苺がさらに半分になっていた。
「すまないな、お腹がすいてたもんで。しかし、これじゃ腹がいっぱいにならんな」
「まぁいいや。私んちの木苺じゃないから」
「それはそれで問題なんじゃないか……?」
「もうご飯いらない?」
木苺を食べてたし、もうご飯はいらないかな? せっかく持って来たんだけどな。
「あ、下さい」
その返事を聞いたジホリさんが、私から籠を受け取って柵を乗り越えた。
ジホリさんが準備する横で、女の人は待ちきれないとばかりに黒パンを頬張っていて、それを見ていた私もお腹がすいてきた。
それにしてもこの人だれなのかな?




