1-47:スタンピードのご利用は計画的に?
「う~~ん、そっか、そうだよね、私も何を難しく考えていたんだろう。何か貴方達に毒されてきたのかもね」
「「へっ?」」
サラサ達のやり取りを見ていたキュアリーは、何か閃いたかのようにポンッと手を叩いて二人の言い争いを止めた。
そして、自分達の後ろに集まっている者達を見ながら今後の方針を告げる。
「悩む事は無いのよ、ただ単純に、相手が予想する以上の力と速度を持って真正面から突破する。もしかすると相手は何か交渉しようとするかも知れないけれど、そもそも交渉が不可能な相手なら、ね?」
キュアリーはまるで皆が思いついていて当たり前のように説明する。その話を今まで黙って様子を見ていたユーリ達が、慌てて指で自分達を指し示した。
「それは、私達に先頭を進めという事で?」
顔を引き攣らせるユーリ、そして警戒を強める者達を、溜息を吐き駄目な子を見るような視線で見返すキュアリー。
「何を言っているのよ誰もそんな事を言ってないでしょ?それに貴方達を行かせたって意味ないじゃない。ほら、あそこで呑気に食事している連中がいるわ」
キュアリーの言葉と、指の先を辿って視線をより後方へと向けると・・・ホーンバッファローに噛り付いて口元を真っ赤に染めて嬉々として食事をしているドラゴンがいた。
「グフ・・・グフグフ・・・」
笑い声とも取れる声を洩らしながら、お食事をしているドラゴン。鳴き声はじゃっかん何ではあるが、その巨体、威容は流石と言える物であった。
そして、他のドラゴン達もマナが回復した為に今度は食欲が沸いたのか、思い思い自由気儘にに美味しそうな御馳走へと口をつけていた。大型草食獣達は、小型の者達と違い森の中へと逃げ込む事が出来ず、また群れから離れるよりはと森の各所に固まっている。その為、その群れの何頭かがドラゴンの美味しいランチになっていた。
「ある意味この世界における魔獣の最高峰の生き物よ。まぁちょっとそんな風に見えないというか、ここ最近信頼と言うか夢というか、まぁその他もろもろ急降下中だけどね。でも、試してみれば解ると思うけど生半可な攻撃は効かないわよ?」
皆の視線を集めていても、その事にまったく頓着せずに自分の食事を続けるドラゴン達。食事ができる嬉しさに尻尾までブンブンと振っている為にその尻尾の周りでは大騒ぎが起きているのであるが、そんな事もまったく気にした様子も無いのはやはりドラゴンならではであろう。
「あ、あの、確かにドラゴンが先頭を行けば意表をつけると思いますが・・・」
「そもそもドラゴンってこちらの言う事を聞いてくれるのですか?」
周りから質問が飛び交う中、キュアリーは手近のドラゴンへと近づいて行く。そして、今お食事真っ最中のドラゴンの真下に来て声を掛けた。
「お食事中だけどちょっと話を聞いて欲しいのだけど」
「グルァ?」
ホーンバッファローのお腹に噛り付いていたドラゴンが、血を滴らせながら此方を向く。ただ、その動きは巨体の割に意外に早く、又キュアリーはキュアリーでやはり油断をしていたのだろうか。素早い動きの為にドラゴンの口から滴った血がキュアリーの全身、特に顔にベチャリとかかった。
「・・・・・・・」
「「「「あ」」」」
「・・・クルル?」
無言のキュアリーそしてサラサ達。ただ無言で佇むキュアリーのその姿から徐々に殺気と言うか威圧感というか、とにかく周りにいる者にすら感じられる何かが高まっていく。最初は首をキョトキョト傾げて誤魔化すような仕草をしていたドラゴンであったが、次第に高まるその気配にだんだんと挙動がおかしくなる。
「そもそも、キュアリー様の目が閉じられてるよね」
「いくら可愛い子ぶってもあれじゃぁ意味ないわな」
周りからそんな声が漏れる。
そして、ドラゴンは一向に回復されないキュアリーの機嫌を何とかしようと、ついにはその失敗を取り繕う様な物理的な行動に出た。
「クルクルクル・・・」ベロ~~ン、ベロ~~~ン。
「「「「キュ、キュアリー様!」」」」
周りの者達が驚きの声を上げる。そして彼らの目の前では、ドラゴンが必死にキュアリーにかかった血をすべて舐めとろうとしていた。
確かにキュアリーを攻撃する気配は感じられないが、それこそ一口でガブリと逝けるような大きさの差がある。それ故に誰もが驚きの声を上げていた。
「・・・・・・」
「グルルル・・・」
無言のキュアリーのその足元では、どうすれば良いのか困惑を隠せないルルがキュアリーを見上げて小さく唸っている。ドラゴンはドラゴンで今度はまるで犬が親愛の情を示すかのように身を低くしながらキュアリーの顔を舐めてはご機嫌を窺う。
「キュルル?」
「可愛く鳴けば良いという物じゃないのよ?ねぇ、解ってる?」
ドスン、ザザザ
目を閉じて成すがままになっていたキュアリーが目を開けてドラゴンを睨み付ける。するとドラゴンは慌てた様子でお腹をキュアリーへ向けてウルウル眼で降伏のポーズをとった。
そして、両者の間で時間が刻々と過ぎていく。
「・・・えっと、キュアリー様、その、何といいますか、今はその様な事をしている時ではないと・・・」
周りの者がこれどうするんだよ、誰か何とかしろよといった眼差しで周りを見渡し、最終的に行き着いたのがユーリであり、一人の視線が固まると、まるで生贄を見つけたかのごとく視線は固定されていった。そしてその視線の圧力に負けたユーリが、何とかキュアリーへ話しかけた・・・のだが。
「そんな事?そうね、遊んでるように見えたのかしら?ごめんなさいね」
謝罪の言葉とは真逆な、ギン!という効果音でも聞こえてきそうな眼差しでキュアリーはユーリを睨み付けた。ユーリはその視線に顔面を蒼白にして、更には腰を抜かして座り込み続きの言葉を言えなくなってしまった。
キョロキョロキョロっと周りを見回して、誰か助けてくれないかと視線を送るユーリであったが、誰も視線を合そうとしない。
「あ、あの・・・ぐす・・・みんな酷い・・・」
普段の理知的な雰囲気を完全崩壊させ泣き出したユーリを見て、キュアリーは大きく深呼吸をして漸く感情を抑え込んだ。
「はぁ、そうね、話を進めないとよね。ユーリ、悪かったわ。ドラゴン、貴方達にはこのままこの道を只管真っ直ぐに進んでほしいの。何かが前を塞ごうが構わないから跳ね飛ばしちゃって、私が止まれって言うまで走るの。わかる?」
「ガウ!」「ガゥ」「ガウガウ」
恐々と此方を見ていたドラゴン達も、一斉に鳴き声を上げるので、同意したのだとキュアリーは解釈した。
「私達はその後ろを進む。一応ドラゴンにはバフも掛けるから大丈夫だと思うけど、攻撃されてもドラゴンの援護を中心に。私達はあくまでドラゴンの後ろを追いかけるの。わかる?追いかけるのよ?」
聞いていた面々はキュアリーが何を言いたいのか何となく理解し始めていた。ただ、その先まで思いついた者は、顔を真っ青にしている。その代表となるサラサは、ドラゴンと、キュアリー、そしてその他の魔獣達を見ながらこの後の展開を想像した。
「キュ、キュアリー様、あの、ドラゴン以外の魔獣は?」
「そうねぇ、ドラゴンが動きはじめたらどうするかしら?森の中に散るとは思うのだけど、もしかしたらドラゴンの後を着いていく魔獣がいるかもしれないわね。でも私は別に魔獣を操れるわけでもないし、そこは責任持てないわよ?」
満面の笑みを浮かべて答えるキュアリー、その笑顔には一点の曇りもない。
「え?でも、今会話を・・・」
「馬鹿ねぇ、魔獣と会話できるはずないじゃないの。御伽噺じゃあるまいし」
笑顔を顔に張り付けて答えるキュアリーに誰もそれ以上の事を言えなくなってしまった。
そして、指示されたように前方へと移動し始めるドラゴン達、そしてドラゴンの動きに釣られるかのように移動し始める魔獣達。もっとも、単独で生活するような大型猫などの魔獣はとっくに森の中へと姿を消している。比較的群れで動く事が基準となっている大型草食系の魔獣達がドラゴンが動く為に開いた空間を埋めるかのように動き、それを追う様に小型の肉食系魔獣も動く。その動きは次第に大きなうねりを作り、今度は逆にそのうねりがドラゴン達を追い立てるかのように圧迫した。
「ギャオ~~~」
今一つ緊張感の欠けた叫び声を一頭のドラゴンが上げる。ただそんな印象を覆すようにドラゴン達は地響きを上げて道を真っ直ぐにエルフの村へと走り始めたのだった。
ドドドドドドドド・・・・
目の前をどんどんと魔獣の集団が通過していく。集団で動く事でもしかすると魔獣はスタンピードと呼ばれるような混乱が宿るのかもしれない。群れの各所で鳴き声が次第に熱を帯び雄叫びに変わっていくのが解った。
「・・・これ、不味いんじゃないか?」
この光景に呆然としていたコラルが、ここで漸く正気に返ったが、今更この流れを彼一人で止める事など出来ない。
「・・・あたしやっちゃったかも、あはは、これで村が残ってたら凄いね・・・」
コラルと同様に呆然と目の前の光景を見ていたサラサが、乾いた笑い声を上げる。もちろんだが、サラサも今生まれたこの巨大な魔獣の群れを統率どころか誘導する事さえ出来ないだろう。
「あの・・・私達の移住先って・・・」
「残ってるといいよなぁ」
「はは、まぁ更地くらいはあるんじゃねぇか?」
誰もが呆然としている中、キュアリーは最後尾の魔獣が通過すると同時に待機していたルーンウルフへと指示を出した。
「ルル行くよ。置いて行かれない様にね」
「ヴォ~~~~ン!」
キュアリーが走り出すのを機に、ルルの遠吠えと同時にルーンウルフの群れが走り出した。
そこで漸く他の者達は慌てて馬車を動かし、馬に飛び乗り、又あるものはキュアリーを追いかけて走り始めた。
「獣人族の者達は先行して!危険が無いか油断せずに確認を!」
「後方の一般市民を誘導しろ、慌てるな、慌てて森にでも迷えば危険だぞ!」
「子供から目を放すなよ!馬車をまず出せ、徒歩の者は遅れるな!」
掛け声が各所から上がり、それぞれ集団が動き始める。そんな中、後方からユーリでは無い女性の声が響き渡る。
「第一集団から進みはじめなさい。今まで通り指揮官の指示に従って!」
その声に合わせて足の速い獣人達がまず動き始めた。
そんな動き始めた集団から外れてガラガラと前に進んできた一台の馬車から、一人の人族と思わしき女性が顔を出した。
「ユーリさん、何か予想以上に大変なことになって来たわね」
自分の集団へと指示を出していたユーリは苦笑を浮かべて答える。
「そうですね、わたしもここまで混沌とした状況になるとは思いませんでした。でも、とにかく第一目標である森の結界は突破できましたし、その御蔭でマナ不足で動けなくなることも無くなりました」
「マナ不足で一番影響を受けていたのは子供達ですからね。森が近くなって何とか症状が緩和されて大丈夫だとは思っていましたが、森に入った途端急速に回復し始めましたから、本当によかったわ」
笑顔を浮かべる女性、その女性に頷きながらもどこか心配そうな表情のユーリである。
「そうですよね、でもあのハイエルフのキュアリー様を直接目にする事があるとは思わなかった。そうとう引き籠りな方だとうかがっていたから、でも村のエルフ達がどうやら争っている様子だから何とかお味方になっていただきたいですね」
「ええ、でもやはり結構な気分屋さんみたいですし、あと・・・発想がちょっと・・・」
ここでその馬車の女性も困惑した表情を浮かべる。そうした中で続々と獣人やエルフ、人族などの移民達が動き始めるのを見ながら、二人は今後についての相談をしていた。
そして、その二人と言うより馬車を守るかのように取り囲む男達の様子から、この馬車にいる女性が相当高位にいる事が窺われる。
「でも一応は順調に進んでいると考えても良いのではないかしら?」
「そうですね、でも最終目標はまだ目視すらしていませんし、そこに辿り着けるかどうかは・・・」
「・・・辿り着いてもどうにかなるのかしら?そもそも、あの日記を信じても良いのかどうか」
そう告げる女性の目を見返しながら、ユーリはボソリと呟いた。
「そうですね・・・きゅまぁの日記、でもあの日記の通りであれば・・・」
サラサがそう告げながらエルフの森の奥へと視線を向ける。しかし、そこは木々が生い茂るだけで空すらほとんど見えないのだった。
えっと・・・その名前の日記・・・(ぇ




