1-39:コルトの森前の戦い
誰一人の被害も無く、無事に砦を通り過ぎたキュアリー達は、一直線にコルトの森を目指して進んだ。
アリア達も、明日には森へと辿り着ける為、その表情はどことなく緩んでいる。
キュアリーの乗る馬車の周辺は、ルーンウルフ達が周りを取り囲むようにしている為、サラサを含め周辺警護の者達も、今は馬車の中へと入っていた。
「森を出る時は、色々と心配をしてましたけど、予想以上に順調に戻って来れましたね」
サラサの言葉に、他の面々もうんうんと頷いている。
特に、アリアは砦突破が無事に終わった為に、極度の緊張から解放された反動からか緩みっぱなしである。
「しかし、森に戻った後に面倒事が大挙して待ってますから、アリア様は頑張っていただかないと」
「ふぇ?面倒事ですか?」
突然にコラルから話を振られ、上擦った返答をし顔を赤らめたアリアがきょとんとした表情で視線を向ける。
「ええ、これだけ人族や、その他の種族、更には大量の動物達を引き連れて帰るのですから、帰った後の方が問題は山積しているのではないですか?」
「あっ!」
無事に帰る事ばかりに気を取られていたアリアは、元老院を含め、面倒な折衝などを考えて顔面を蒼白にする。そして、助けを求めるように視線をキュアリーへと向けるが、もちろんキュアリーがそんな事に関与するはずがない。
「漸く塔に帰れるわ、ちょっとお買い物のつもりで出たのに、ねぇルル」
そんな事を言いながら、ルルの頭を撫でているキュアリー、その様子を見たアリアはがっくりと頭を落すのだった。
キュアリー達一行は、順調に行程を消化していたが、それに合わせて、事前に森へと現在の状況を説明させるために伝令を送ってもいた。なぜなら、受け入れ態勢を含め、衣食住の確保は急務であった。
しかして、その送った伝令が今、彼らの目の前にて荒い息を吐いていた。
「それでは、このまま直進すると戦闘に巻き込まれるのですね?」
「は、はい。ただ、森を囲むように戦域が広がっており、このままでは森へ戻るのは厳しいかと」
「困りましたね」
アリアは、伝令の報告を聞き溜息を吐いた。
伝令からの報告によれば、森の周囲にて魔物とエルフによる万単位の数による大規模な戦闘が行われているとの事であった。
そして、それ故にこのまま進めば必ずその戦闘に巻き込まれる事となる。
「そんなに沢山の魔物がどこから現れたのかな?」
のんびりと報告を聞くキュアリーを横目に、アリアはまたもや発生した厄介ごと、しかも特大サイズに顔面を蒼くさせる。
「ま、魔物の構成はどのような?!あと、規模は?!」
「はい、見たところ主体はゴブリンでした。数は凡そ数千匹は、次にオーク、オーガ、そして特筆すべきはサイクロプスが3体確認しております。それ以外にもいるかどうかは不明です。ただ、何分戦域が広すぎて・・・」
「それ程の数に対しエルフは効果的な防衛はできているのですか?!」
「確認出来た範囲においては、森を有効に使い状況は一進一退かと。ただ、攻勢を行うには厳しいといった感じでした」
「そうですか、ご苦労様です。この後はそうですね、ミドリ、お手数ですが周囲の警戒を強化してください。魔物がどこから現れたのかも気になります」
「了解しました」
アリアの指示の下、一斉にキュアリーを除く面々が動き始める。
アリアは、現在いる場所を少し後方へと下げるかどうか思案を始めていた。場合によっては先の砦まで戻る事も検討に入れた方が良い。
「原因は恐らくマナの減少でしょうか?ただ、それにしてもそれ程の魔物が一丸となって来襲するなど、いささか唐突な気がします」
「そうですね、今回の行程にて行きは良いのに、帰りがこうなるとは納得がいきません」
「周辺から集まったにしては、我々はどの集団とも遭遇していません。これはちょっと考えにくい事です」
「ゴブリンは弱い種族ではありますが、その分警戒心は強い。かならず周囲に斥候を放っているはずです。そして、それにわたしが気が付かないのは可笑しい」
それぞれが思い思いに発言を行う。
もっとも、今しなければいけない事は、原因の探求よりも目の前にある問題の対処である。
「この状況で突撃を掛けたらどうなる?」
「普通に半数は死ぬんじゃない?砦の時と違って昼間でしょ?まぁ夜にしたとしても、人と違って魔物は暗闇でもしっかり夜目が効くから」
「そうだな、ましてや数が違う。戦闘力が違う。ついでに、耐久力や持久力も。策も無く突っ込むのはお勧めしない」
「あ~~~、やっと此処まで戻って来たのに!」
皆それぞれ発言してはいるが、そもそも馬車でこの混戦に突っ込む事自体無謀であろう。
馬車自体が持つはずがない。そして、もし馬車が壊されればそれに乗る女性や子供などは一溜りも無く魔物達に蹂躙される。
森からはエルフや獣人達による攻撃が続いているとして、魔法や、矢が飛びかい、更には、罠が多数設置されているだろう場所へ飛び込むなど自殺するようなものだ。
更に入ってくる情報では、森への唯一の道にはバリケードが作られ、更にその壁の前は魔物の死骸が積み重なっているという・
そして、それを飛び越すように侵入する魔物達は、次々に屠られていく。
「一応背後からの奇襲になるとは思うのですが、こちらの戦力が少なすぎますね」
「いや、これだけの集団が近づけば魔物も気が付くだろう。奇襲にはならん」
コラルが冷静に今の状況を分析していた。アリアはそれらの意見を吟味するが、当たり前のように解決策が出てくるはずがなかった。
「どうしますか?先程の砦まで戻りますか?」
サラサがアリアに尋ねる。しかし、戻ったところで解決策がある訳では無い。
更には今起きている事を、エルフの村自体がどのように判断するのかも読めない。
しかし、そんな一行に更に悪い情報が入ってくる。
「左後方から魔物の群れと思われる集団を確認しました。おそらくオークの集団、数は20前後と思われます」
「20か、それなら」
「緊急報告!魔狼と思われる集団を確認、まもなく右後方より、き、来ました!」
周囲を警戒していた者からの報告が来たと共に、魔狼の集団が周辺にいる動物の集団へと突入した。
ブモ~~~~!
グルルルル!
周辺の動物達が、魔狼の姿や匂いで騒ぎ始める。
動物達がパニックを起こせば、こちら側にも被害が出る可能性が高い。又、暴走を起こした動物達を宥めるのは非常に困難が予測される。
「急いで魔狼を撃退せよ!」
コラルが指示を出すがその直後、魔狼は思いもかけない行動に出た。
アリア達集団どころか、動物達をも無視してまっすぐにコルトの森の方向へと走り抜けていったのだった。
「・・・・なんなんだ?」
「なんでしょう?」
皆が呆然とその様子を眺めていた。動物達も、魔狼から一定の距離を開けた後は又、穏やかに立ち止まって休んでいる。
「気のせいでしょうか?魔狼達は何かに追いたてられているような?」
「まさか、他の魔物達も?」
皆が首を傾げる中、キュアリーがのんびりと声を掛ける。
「ん~~まぁ、森へ行ってみましょう。この子達もいるし、まぁ何とかなる?」
キュアリーの周りには、ルーンウルフ達が集まっていた。それこそ、ぎゅうぎゅうにおしくらまんじゅう状態で。
「あの・・・何をされているのでしょうか?」
「う~~んと、なんでしょう?ただ、何となく何が起きてるのかは想像がついた。その確認もしたいのでわたしは森に向かいます」
そう告げると、馬車から降りてルルパパの背に跨り、ルーンウルフ達と集団を形成し動き出した。
「んじゃ!」
一斉に走り出すルーンウルフ達の背中を見ていたアリア達は、慌てた様子で周りに指示を出す。
「急いで出発します!キュアリー様を追いかけるのです!」
皆がそれぞれ騎乗したり、馬車へと乗り込むのを待つことなく、動物達はキュアリーを追いかけるように走り出していた。
「うわ!ちょっとまて!」
「危ない!あ、あ、あ~~~~」ドカッ!
急に移動を始めた動物に跳ね飛ばされた者もいたが、概ね問題なくアリア達も移動を開始した。
しかし、その頃には周辺に動物達の姿は無く、はるか前方を砂煙が漂っているだけであった。
「急ぐのです!もたもたしないで!(ゴン)あぅ」
馬車の窓から身を乗り出して叫ぶアリアだったが、馬車が急に走り出した時に派手に顔を窓枠へと打ち付けていた。そして、馬車の中でのたうっていた。
ともかく、一行はキュアリーを追いかける。しかし、視線の先には前を向いて走る動物達の姿があるだけであった。しかし、更に森に近づいていく内に、アリア達は周囲の異常に気が付き始めていた。
「なんかマナが薄くない?森を出た時も、ここまで薄くなかったですよね?」
「はい、キュアリー様が傍においでだった為、そこまで気にはしなかったのですが」
「急激にマナが薄れている?」
アリアの言葉にサラサとコラルが意見を述べる。
本来、コルトの森へと近づけば近づくほどマナは濃くなっていくはずである。しかし、その兆候が余りにも感じられない。
「これは何かが」
そう呟いたとき、遠目にコルトの森が見え始めた。
そして、その時、遠くから重く低い音が、若干の衝撃波と共に届いたのだった。
・・・・ズズン・・・
「な、何ですか今のは!」
音のした方向、コルトの森の方向で砂埃が巻き上がっているのが見えた。
まだ森まで数キロは離れているというのに、ここまで音も、風圧も届くほどの何かがあの場所で起きたのだ。慌てて馬車を止めさせたアリアは、ミドリ達を斥候として森へと放つことにした。
「気を付けるのですよ。こちらは非戦闘員もおります。無策でこのまま向かうことは出来ません。何が起きたのか、いえ、起きているのかの情報を必ず持ち帰ってください」
アリアの指示に頷き、ミドリ達斥候4名は、急ぎ早に走り出すのだった。




